公益財団法人日本国際フォーラム

現代の国際情勢は、想像を超えた激動状態だ。第2次世界大戦後は「民主主義、自由主義」の牽引国あるいはお手本と見られていた米国の大統領が、ある国や他国領土に関して相手国との合意が何もない状況で、「カナダをわが国の一州にする、その首相は知事にする」「グリーンランドを購入する」などと平然と嘯く時代となった。今が20世紀前半であれば、間違いなく世界大戦が生じていただろう。

私はかつて、21世紀の今日は20世紀の前半に酷似していると言っていた。ただ現在は、核兵器が存在するため、その「相互確証破壊 MAD」への恐怖心から、世界大戦が起きていないだけではないか、と。17世紀に「国家主権」という概念が生まれても、その後も帝国主義、植民地主義の時代が続いた。18世紀に「基本的人権」なる概念が生まれていたが、先進国の帝国が属国とした植民地の人々は、人身売買の対象ともなった。大国や専制国家がその力を背景に勝手に振る舞う今日と、一体何が違うだろうか、と思うこともある。ロシアの大統領は、領土を拡大したピョートル大帝や「信じることができるのは自国の軍隊のみ」と述べたアレクサンドル三世を公然と褒め称えている。最重要の役割が「世界の平和と安全の維持」とされている国連安全保障常任理事国のロシアが、公然と隣国を侵略したり勝手に傀儡政権をつくったりしている(南オセチア・アブハジア・クリミア半島、ウクライナ南部4州など)。

今私は、現代世界について、次のように考えている。世界が激動する新時代になったと言われるが、今日の国際状況は、長い人類の歴史の生地が出ただけではないのか、と。

2千年以上前の東西の賢人の言葉を紐解いてみた。以下は、プラトン (BC427~BC347)の『国家』と孫氏 (BC544~BC496) の 『兵法』からの抜粋である。ちなみに、『国家』の多くの部分は対話篇で、ここに引用したのが「プラトン自身の考え」というわけではなく、プラトンが問題意識をもって取り上げた古代ギリシャの考えである。

◆プラトンの『国家』より
①民主制から僭主独裁制が生まれる。独裁者は民衆指導者 (ポピュリズム)を基礎に生まれる。
②不正な事柄の方が、正しい事柄よりも、多くの場合得になる。
③ 何らかの力をもつ人が、正義を尊重する気になるだろうか?
④国の指導者は、嘘が国にとって有益ならば、嘘を言うべきだ

◆『孫氏の兵法』より
① 百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なり。
 ※兵は詭道なり
②勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。
③他を知りて己を知らば、百選して殆(あや)うからず。
④利にあらざれば動かず、得にあらざれば用いず、危にあらざれば戦わず。

賢明な読者諸氏には、広く知られているこれらの言葉を紹介しただけで、いろいろ感じられることが有るのではないかと思う。

驚かされるのは、1919年に第1次世界大戦が終了した後、世界一民主的と言われたドイツのワイマール体制の中から1930年代にナチ体制が生まれたのだが、2400年も前に、古代ギリシャの哲学者プラトンが「独裁者や僭主は、民主制あるいはポピュリズムから生まれる」との見解を、当たり前のことのように言及していることだ。同じ頃、古代中国では、孫氏が、今日の情報戦の時代を先取りしたかの如き言を、様々な形で表現している。

これらの言を説明しなくても、今日の国際情勢について私が、「歴史の生地が出ただけ」と言う意味を、お察し頂けると思う。少し余白があるので、唐突かもしれないが、1994年12月の米、英、露、ウクライナによる「ブダペスト覚書」と今年6月の米・イランの「14か条の覚書」について、私が感じていることを、以下簡単に述べたい。

前者は、米、英、露がウクライナに(カザフスタン、ベラルーシにも)、国家主権と領土保全を保障し、代わりに当時は世界第3位の核弾頭保有国(約1700 保有との説あり) だったウクライナは核を放棄して「核兵器不拡散条約(NPT)」 に加盟するとの合意である。結果的には、何と保障国の露が、ウクライナの国家主権や領土保全を武力で侵害し、それに対して米国も英国も、対露制裁は多少行っているが、実際には有効な行動は自制し、ウクライナに対し恩着せがましい態度をとり、ウクライナ国民の必死の抵抗で、4年半近い戦争が今も続いている。国際法的には、「覚書(memorandum)」は条約のような強制力を有さない。ちなみに「協定」は覚書と条約の中間だが、条約寄りとされている。

ブダペスト覚書成立のイニシアチブをとったのは、当時米国大統領だったビル・クリントンだった。彼は2023年4月4日に、アイルランドの公共放送 RTÉにて「ウクライナが現在も核兵器を保有していれば、ロシアが侵攻することはなかっただろう」と、強い後悔と責任の念を語っている。だが後継者トランプは、米国の責任は全く感じないどころか、ウクライナの主権保護よりロシアでの鉱山、都市、リゾート地開発などのディールを最優先している。では、なぜウクライナは、究極の兵器とも言われる核兵器を、強制力のない「覚書」などの約束で放棄したのか。ウクライナにあった核兵器の発射ボタンはソ連時代以来モスクワが握っていたので、核兵器だけを持っていても無意味だったから、との説もある。しかしソ連時代の核専門家の中にはウクライナ人も沢山いたし、最近のドローン技術で世界を驚かせているように、ロシアが2014年3月にクリミアに、22年2月にドネツク、ルハンスクに侵攻するまでの間には、ウクライナが保有する核兵器の発射ボタンは独自開発が可能だったはずだ。私は、ウクライナは多くの核兵器を保有し続ける莫大な経費を負担する経済力がなかったことが一つの理由だと思う。私がさらに重大な理由と思うのは、EUの成立などによって、またF・フクヤマ氏の『歴史の終わり』(1992年)が典型だが、世界は国家間対立の時代は終わったとの「平和幻想」が広まったことだ。

ホルムズ海峡を巡る交渉の結果が14項目の「覚書」として発表された。海峡は更なる交渉のため、60日間開放とされたが、発表直後にイランによって再閉鎖され、6月末に相互の軍事攻撃も始まった。私は最初から合意が「覚書」とされたことが気になっていた。また、この合意にイスラエルが強く反発していることも意味深長だ。勿論、イランが「イスラエル国家の殲滅」を国是としているからだが、何故中東専門家はそれを言わないのか。