公益財団法人日本国際フォーラム

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第18回定例研究会合

「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会の第18回定例研究会合が下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところそれらの概要は下記4.のとおり。

  1. 日  時:2026 年6 月19日(金)15時00分-16時30分
  2. 場  所:日本国際フォーラム会議室にて対面およびオンライン(Zoom)開催
  3. 出 席 者:
[講  師] 野村 明史 拓殖大学海外事情研究所准教授
[主  査] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員
[顧  問] 袴田 茂樹 JFIR評議員・上席研究員/青山学院大学名誉教授
[メンバー] 名越 健郎 拓殖大学客員教授
廣瀬 陽子 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授
保坂三四郎 エストニア国際防衛安全保障センター研究員
山添 博史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
              (メンバー五十音順)
[JFIR] 渡辺 まゆ 理事長
菊池 誉名 常務理事
佐藤  光 特別研究員
田中  心 日本国際フォーラム研究助手
  1. 内容
    冒頭、渡辺理事長および常盤主査から本研究会の主旨等について説明が行われた後、野村明史・拓殖大学海外事情研究所准教授による報告および自由討議が行われたところ、概要はつぎのとおり。

野村明史・拓殖大学海外事情研究所准教授による報告:
「中東諸国の対露認識(中東からみたロシア)」

(1)ロシアの対中東戦略

冷戦期、中東諸国はソ連のイデオロギーに対して根深いアレルギーを持っていた。共産主義が無神論に基づき宗教を否定する傾向にあったためである。ソ連はイデオロギー上、革命政権を支援すると標榜しながらも、実際には革命・非革命政権双方と良好な関係を築くこともあり、保守的な親西側諸国(特にサウジアラビア)からの不信感を招いた。また、ソ連からの支援を受けた諸国においても、親ソ連的な国内の敵対勢力に置き換えられることへの警戒感も招いていた。

プーチン政権になると、こうしたイデオロギー路線は大きく転換した。親西側・反西側を問わず実利主義(プラグマティズム)に基づいて国益主導による関係を構築し、現状維持を擁護する立場を打ち出した。また、米国や西側諸国を「現状の不安定化要因」として描くことで、中東諸国との関係強化を図るという外交戦略が鮮明になった。

(2)シリア:ロシアの戦略的変化と新政権との関係

ロシアの中東関与の転機は、2015年9月末のシリア内戦への軍事介入であった。2013年、アサド政権が化学兵器を使用したにもかかわらず、オバマ政権のいわゆる「レッドライン」が機能しなかったことが、ロシアによる介入を後押しした。2024年12月にアサド政権が崩壊すると、ロシアはシリアに展開していた装備やドローン部隊をリビアへ移送し、北・中央アフリカへの活動拠点を再編した。これは正式な基地を構えるのではなく、ハフタル将軍の支配地域の複数拠点を利用して、空輸・補給のネットワーク化を進めていると言える。

シリア新政権(シャラア政権)は当初ロシアと距離を置き、シリア経済から排除するとともに、国内のロシア軍基地の活動を制限・規制していた。これまで、反アサド体制派に容赦ない攻撃を浴びせてきたロシアに対し、シャラア政権の不信は高かったと言える。しかし、イスラエルが「ドゥルーズ派支援」を名目にダマスカスへの空爆を繰り返したことで、シリアはイスラエルへの対抗上、ロシアの存在意義を再認識せざるを得なくなった。2025年7月末には、シリアのシェイバニ外相がモスクワを訪問し、プーチン大統領・ラブロフ外相と会談し、10月にはシャラア大統領自身が初めてモスクワを訪問した。

一時は100を超すと見られていたロシアのシリアでの拠点は、2026年6月時点で、フメイミム空軍基地とタルトゥース海軍基地の2か所に縮小されているようだ。3月にはサンクトペテルブルク発の貨物船がロシア海軍の護衛付きでタルトゥース港に入港したことが確認されている。

シリアの現状を整理すると、①ロシアは全国展開を大幅に縮小、②沿岸2拠点(フメイミムとタルトゥース)の維持、③アサド元大統領の引き渡し問題は未解決、③シャラア政権はロシアを完全排除せず治安維持に活用する方針、という構図が浮かび上がる。

(3)サウジアラビア:政治体制改革とロシアへの接近

サウジアラビアは、米国の中東への関与低下を背景に対米政策を大きく転換させている。国内の石油行政は従来テクノクラートが担っていたが、ムハンマド皇太子の異母兄のアブドゥルアジーズ・ビン・サルマーン王子がエネルギー大臣に就任したことで王族支配へと移行した。サウジアラムコ会長職も公的投資基金(PIF)責任者のヤーセル・アル・ルマイヤーンが兼任し、石油収入をPIFによる海外投資へ誘導する体制が整えられた。

王位継承においても、サルマーン国王は、第2世代の初代国王の息子たちが順番に継承していたが、第3世代に移行し、その中でサルマーン国王の息子ムハンマドが皇太子となった。ムハンマド皇太子は他の有力王族を失脚させてサルマーン一族への権力集中を推し進めている。ムハンマド皇太子の側近は、王家の古参、幼なじみの王族、テクノクラートの三層で主に構成され、主要ポストには自らが引き立てた人材を配置している。

対米関係は1991年のソ連崩壊を機に変容し始め、2003年のイラク戦争や2019年のサウジ石油施設攻撃へのトランプ政権の無関心を経て、相互利益に基づく取引的関係へと変化した。その一方で、ロシアとの関係は深化している。2015年以降、PIFとロシア直接投資基金(RDIF)による共同基金が設立され、ウクライナ戦争後も継続されている。2022年にはバイデン政権の増産要求を無視してOPECプラスが日量200万バレルの減産を決定するなど、対米自律姿勢を鮮明にしている。

2026年のサンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)にはサウジアラビアのエネルギー・産業・投資担当大臣らが参加し、食料安全保障分野を中心に総額約2000億円規模の合意が成立した。対ロ投資は停滞気味な一方、ロシアからの小麦・大麦輸入への依存は強まっており、食料安全保障が対ロ関係の重要な柱となっている。

今後の課題としては、原油価格下落局面におけるアジア市場をめぐる両国の競合、ロシア・イラン軍事協力がサウジアラビアに与える影響、グリーンエネルギー転換に伴う石油需要の変化への対応が挙げられる。

(4)イラン:米イスラエル・イラン間の軍事衝突とロシアとの協力関係

イランをめぐる緊張の根本には、イスラム革命以来続く「革命の輸出」(力による現状変更)がある。イランの支援するヒズボラ、ハマス、フーシ派などの代理勢力(抵抗の枢軸)が周辺国の安定を揺さぶってきた結果、イスラエルのレッドラインを超えてしまった。核開発を脅威と見る米・イスラエルによる攻撃を招いた背景には、トランプ大統領によるオバマ政権のレガシーである包括的共同作業計画(JCPOA)の塗り替えや、ネタニヤフ首相の政治生命延長という思惑も絡んでいる。

ロシア・イラン関係はウクライナ戦争を契機に急接近した。イランは「シャヘド」型ドローンをロシアに供給し、その後はロシア国内での生産支援を行った。Su-35戦闘機やヘリコプター等の兵器取引も報告されており、UAEを経由した金取引など制裁回避の枠組みも活用されてきた。制裁下のイランにとってロシアからの収益は不可欠であり、両国の軍事・経済的な相互補完関係は深化している。しかし、今回の戦争ではイスファハンのロシア領事館やテヘランのロシア正教会も攻撃の二次被害を受けた。さらにロシア・インドの南北輸送回廊の重要拠点バンダルアンザリ港も攻撃を受け、ロシアへの損害は無視できない水準に達した。ロシアは仲介役を申し出たが、米・イラン双方から特段の反応は得られなかった。

両国関係には現時点での安全保障協力上の限界も露呈している。2025年1月署名の包括的戦略パートナーシップ条約は、有事の際の相互防衛義務を定めておらず、「互いに相手のために戦わない」ことを示すにとどめている。イランからすれば、ロシアによって対西側交渉のカードにされる懸念がある。一方ロシアは、湾岸諸国とも良好な関係を維持しているため、イランの「抵抗の枢軸」路線とは利害が一致しない場面も多い。さらに、制裁解除後はアジアへのエネルギー輸出をめぐる競合も予想される。

 米・イラン合意において、イラン側に課された義務はホルムズ海峡の航行安全への協力と核兵器開発の断念などその内容は限定的である。一方、米国側は海上封鎖の解除、石油輸出への免除措置、凍結資産の解放などを約束している。ただし合意には曖昧な点が多く、イスラエルによるレバノン攻撃停止や内政不干渉の範囲、米軍撤退の地理的範囲、ウラン濃縮の上限・量・監視メカニズム、制裁解除の順序、復興資金の調達方法など、今後の交渉で揉める要素が山積している。

イランの交渉術の本質は「先延ばし」にある。交渉を打ち切らず次の一手を残しながら時間を稼ぎ、トランプ政権の終了など情勢の変化を待つことが最大の目標とみられる。濃縮の一年間停止提案や、ホルムズ海峡での実弾演習による緊張醸成など、軍事衝突を避けつつ相手から譲歩を引き出す手法を繰り返してきた。また、包括的な議題をあえて切り離し、別レーンで個別交渉を進めることも常套手段である。

もう一つ重要なポイントとして、イスラエルの政局が今後どう変化するかである。ネタニヤフ首相は政治的に苦境に立たされている。今年秋、イスラエルは議会総選挙が行われる予定である。6月時点の議席予想では、ネタニヤフ陣営が反ネタニヤフ陣営を下回ると予測されており、国民の支持も低下している。加えて、連立を組む超正統派政党の二党が求める実質的な「兵役免除」を法制度化することをネタニヤフ首相が棚上げしていることで、両党は早期解散法案を支持し、解散手続きは順調に進められている。本来10月末に予定されている議会総選挙が9月に前倒しされる可能性もある。イスラエル国内の政治的混乱が、今後の中東情勢にどのような影響を与えるかが注目される。

(以上、文責在事務局)