公益財団法人日本国際フォーラム

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公開シンポジウム「5年目のウクライナ侵略戦争—ロシアの戦略と国際秩序の行方を展望する—」

「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会の公開シンポジウム「5年目のウクライナ侵略戦争—ロシアの戦略と国際秩序の行方を展望する—」が下記1.~3.の日時、場所、登壇者にて開催されたところそれらの概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2026 年3月3日(火)10時00分-12時00分
  2. 場 所:オンライン(Zoom)開催
  3. 登壇者
[開会挨拶] 渡辺 まゆ JFIR理事長
[主査基調報告] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞編集委員兼論説委員
[報  告] 山添 博史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
保坂三四郎 エストニア国際防衛安全保障センター研究員
熊倉  潤 法政大学教授
廣瀬 陽子 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授
[コメント] 吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
名越 健郎 拓殖大学客員教授
袴田 茂樹 研究会顧問/JFIR評議員・上席研究員/青山学院大学名誉教授

(登壇順)

  1. 概要

冒頭、渡辺まゆJFIR理事長による開会挨拶と常盤伸研究会主査・JFIR上席研究員による挨拶が行われた後、山添博史氏、保坂三四郎氏、熊倉潤氏、廣瀬陽子氏、常盤主査による報告が行われ、続いて、吉岡明子氏、名越健郎氏、袴田茂樹氏よりコメントが述べられた後、登壇者との間で質疑応答がなされた。

開会挨拶

渡辺 まゆ  JFIR理事長

ロシアによるウクライナへの全面侵攻から5年目を迎えた。この戦争は長期化し、欧州の安全保障のみならず、国際秩序の基盤そのものに広範な影響を及ぼし続けている。単に一国の主権と領土を巡る紛争にとどまらず、民主主義と法の支配、国際協調と安全保障体制のあり方が根本から問われる挑戦となっている。

とくに近年、米国の国際的関与の在り方や米欧関係を含む大国間力学の変化が、本戦争を取り巻く環境に新たな局面をもたらしている。なかでも、中東における緊張の高まり、とりわけイランをめぐる情勢も、エネルギーや安全保障を通じて国際環境の不透明化を一層深めている。
国際法や既存の国際秩序を無視した、力による現状変更が見受けられる今日、経済制裁ふくめ手段が有効に機能しないなかで、平和に向けて日本として何ができるのかについてこの戦争を起点に考えたい。

このシンポジウムは、当フォーラムの「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会の一環として開催しており、常盤主査、メンバーによる、戦争の4年間にわたる趨勢と軍事情勢の分析、ロシアの対ウクライナ・対欧州戦略、中国の視点から見た本戦争の位置づけ、旧ソ連諸国とロシアの関係、そしてプーチン体制の現状と将来、など幅広いテーマの報告・コメントを通じて議論を深めたい。

研究会主査挨拶

常盤 伸  JFIR上席研究員/東京新聞編集委員兼論説委員

米国がイランに全面的な攻撃を行っているという状況の中で、このシンポジウムが行われることは大変意義深い。この1年は、ウクライナの消耗戦とロシアによるウクライナのインフラへの激しい攻撃と並行し、トランプ大統領が主導して、いわゆる早期和平を目指す外交プロセスが最大の特徴だった。しかしプーチン大統領の戦略というものを完全に誤認した、対露融和的なアプローチでは、本質的な進展は見られないまま現在に至っている。

そのような状況下で、トランプ大統領は2月28日にイランへ大規模な攻撃を開始し、最高指導者ハメネイ師が殺害されるという、イラン革命が始まって以来の歴史的な事態となり、戦闘は中東全域に拡大している。ロシアにとって中東の戦略的なパートナーであるイランへの攻撃という非常に重大な事態でも、プーチン大統領はあからさまな米国批判、トランプ批判を避けている状況である。新年早々の米国のベネズエラ攻撃によるマドゥーロ大統領拘束のとき以上に、おそらく大きな衝撃を受けていると考えられる。

国家主権を尊重せず、リベラルな国際秩序維持に全く関心のない、力のみを重視するトランプ大統領の第二次政権の発足で、プーチン大統領はいわゆる「新ヤルタ」と呼ばれる、米国・中国・ロシアでの勢力分割構想を期待したが、幻想に終わったといえよう。結果として、トランプ大統領はロシアの地政学的な影響力を削り取っていると言える。プーチン大統領は、ウクライナに執着したことで国際的な影響力を低下させ、深刻な経済状況と相まって、大国復活どころか、衰退する地域大国への道が現実味を帯びている。

報告A 「ロシア・ウクライナ戦争4年間の趨勢」

山添 博史  防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長

この4年間のロシアの選択を振り返ると、2022年2月の侵攻開始時、ロシアは首都キーウを狙いウクライナの従属化と占領地拡大を同時に目指したが、3月にキーウ攻略に失敗して撤退した。4月前半までに停戦交渉があったが、もしこれを実現させていれば、ウクライナの中立化(NATO不加盟)が達成可能で、軍事作戦は終了できた。かつ、この段階であればフィンランドはNATOに加盟していなかったため、それに対して圧力をかけて加盟を防ぐということも可能であったが、この選択をプーチン大統領は選ばなかった。そして、2022年4月15日の条約草案の書き換えによって実現不可能になった。

その後もウクライナ従属化と占領地の拡大を追求し続けたが、9月には占領地を失う大敗を喫し、30万人を動員して東部・南部4州の併合を宣言、目的を「ウクライナ従属化+4州全域統治」へ再設定した。2023〜2024年にかけてウクライナの反攻阻止には成功したものの目的は達成できず、2025年のトランプ大統領仲介による停戦提案もロシアによる領土拡張を含んでいたものの、ウクライナの独立が存続する提案だったので同意しなかった。結局、西側のウクライナ支援を断ち切ることも従属化も果たせないまま4年が過ぎた。

占領地は2022年9月以降、全体としては大きく変化していない。ただしドネツク州では激しい戦闘が続き、バフムト(2023年)、アウディーイウカ(2024年2月頃)、ポクロウスク(2024年夏以降)と激戦地が移り変わりながら、ウクライナ側の支配地域は徐々に縮小している。ロシアはポクロウスク制圧宣言をしたものの安定した支配には至らず、大きな損害を出しながら前進は小幅にとどまっている。現在はスラビャンスクやクラマトルスク近傍がドローンの「キルゾーン」圏内に入りつつあり、ウクライナ側に厳しい状況が続いている。

技術面では、ロシアが滑空爆弾や光ファイバー制御ドローンを先行して実用化し、ウクライナが追随するという場面も生まれている。両国とも航空優勢を確保できないため、ドローンが主役となり、2025年には月数千回規模の打撃が行われている。結果として、監視・打撃能力の高度化で防御側が有利な陣地戦が続き、ロシアは歩兵浸透などローテク併用で突破を模索するが、ウクライナも反撃している。ウクライナが倒れない限りロシアは政治的要求を押しつけられず、プーチン大統領も戦争を止めないという膠着した状況である。

人的損耗はウクライナ側10〜14万人、ロシア側はその2倍とも言われ、継戦能力は双方とも不確実であるが、これが今後重要な要素になると考えられる。また、技術的ブレイクスルーや核兵器、第三国参戦などのエスカレーションが情勢を一変させる可能性はあるが、現時点で兆候は見えていない。

報告B 「ロシアの対外戦略-対ウクライナ、対欧州中心に-」

保坂 三四郎  エストニア国際防衛安全保障センター研究員

第二次トランプ政権の成立により、ウクライナ・欧州をめぐる地政学的構図が大きく変化した。ロシアの対外戦略の基本方針自体は変わっていないが、米国という大きなプレーヤーの転換が、ロシアの対ウクライナ・対欧州政策にも大きな影響を与えている。その象徴が、ロシアのSVR(対外諜報庁)が公開した風刺画である。第二次大戦のポスターになぞらえ、米国とロシアが共に「ユーロファシズム」を打倒するという構図を描いたもので、欧州のリベラリズムを米ロ共通の敵として位置付けるロシアの意図を端的に示している。

トランプ第二次政権になり、ロシアはこの変化を利用して、米国経由でウクライナに圧力をかけ、欧州を分断しようとしている。欧州はこれまで通りのロシアへの対抗だけでなく、米国への対応も考慮しなければならなくなった。これは大きな転換点である。トランプ政権成立以前は、西側がウクライナを支援し、ロシアは中国から支援を受けるという明快な対立構図があった。ロシアはハンガリーやスロバキア、ドイツのAfDのような右翼ポピュリスト勢力を支援して欧州分断を図っていた。昨年以降、米国がロシアに融和的姿勢を取り、米国もロシアと同様に欧州のリベラル勢力を敵視し、右翼ポピュリストを支援する側に回った。ヴァンス副大統領がミュンヘン安全保障会議でAfDを公然と支持したことはその典型例である。これに対して、欧州は危機感から対ウクライナ支援の有志連合を結成するなど結束を強化している。また、中国は欧州の対米不信を機に秋波を送る動きをみせている。

ロシアの対外政策の理念的柱は三つある。第一に、米国の単独覇権に反対し「多極化世界」を目指すという方針で、これは中国とも共鳴する部分で独裁体制の正当化でもある。第二に、「国家=文明」的世界観、伝統的・保守的価値観の重視であり、これが欧州ポピュリスト勢力への支援につながっている。第三に、米ロ核大国同士の「戦略的均衡・安定」による平和共存という対米ナラティブである。興味深いことに、昨年12月に発表された米国の国家安全保障戦略もロシアを直接の脅威とは位置付けず、「柔軟な現実主義」として国家主権を重視し、体制転換を否定する方向性を示すなど、ロシアの主張と重なる論点が目立つ。米国はさらに60以上の国際機関から離脱するなど、多国間主義の否定においてはロシア・中国よりも過激な姿勢を示している。

こうした変化を受け、ロシアは対米政策と対欧州政策を明確に切り離すようになった。「一枚岩の西側」という構図はすでに崩れたとロシアは認識している。他方、国家安全保障戦略にも関わらず、実際の米国の政策は取引的である(対ベネズエラ、グリーンランド、イラン)。

対ウクライナ戦略の基本目標——違法併合の既成事実化と中長期的な「影響圏」の維持——は変わっていないが、戦術面では大きな変化がある。米国を仲介者として活用し、トランプ大統領の「平和ディール」への意欲を利用しながらウクライナに圧力をかけるという手法である。昨年11月に米国を通じてウクライナに提示された28項目の和平案には、クリミアやドンバスの事実上の承認を示唆する文言が含まれており、ロシアが交渉を有利に進めようとしている姿勢が鮮明に表れている。

対欧州戦略において、ロシアは引き続きハンガリー・スロバキアなど親ロシア的な国々を足がかりとしつつ、欧州分断に関して、米ロの利害が部分的に重なる局面が生まれている。一方で、中長期的には欧州からの米国の影響力排除を目指しており、ポーランドやルーマニアへのドローン侵入、エストニアへの領空侵犯といった事案は、NATOと米国の覚悟をロシアが試していると考えられる。ただし、こうしたロシアの圧力は逆説的に欧州とウクライナの結束を強める方向にも働いている。

報告C 「中国の視点からみるロシアのウクライナ侵攻:2025年以降の動向を中心に」

熊倉 潤  法政大学教授

中国の視点から見ると、2025年は第二次世界大戦の「戦勝」80周年にあたり、習近平国家主席とプーチン大統領の相互訪問が象徴するように、中露首脳間の往来が一層活発化した年だった。習近平にとってロシア訪問は国家主席就任以来11回目であり、両国関係の緊密さを印象付けた。

ただし、中国のウクライナ戦争に対する立場は、これまで微妙な調整を要するものであった。中国はロシアを事実上支援しているとはいえ、公式には「主権と領土的一体性の原則」を掲げており、ロシアによるウクライナ領土の併合はこの原則と矛盾する。台湾やチベット問題に関わる中国の核心的利益から来るこの原則と、ロシア支援とを両立させることが、2022年以来中国にとって課題であった。

中露首脳会談でプーチン大統領は、中国のウクライナ問題への姿勢を高く称賛したと中国側は発表しており、一定の相互理解が得られたとしている。しかし、そこで発表された中露共同声明の文言が議論を呼んだ。通常、共同声明は双方が一致して行動する内容が記されるが、「中国側は、『平和の友』グループなどのプラットフォームを通じて危機の政治的解決に向けた取り組みを継続する」という箇所には、ロシア側の賛同や評価を示す表現がなく、「中国側は何々する」という中国を主語とする言い切りになっていた。これは両国がこの点において完全には合意していないことを示唆している。とはいえ、ロシア側もある程度「平和の友」グループへ一定の理解を示さざるを得ず、共同声明への記載を認めざるを得なかった状況を反映している。

「平和の友」グループとは、2024年9月、王毅外相とブラジルのアモリン外相が共同で呼びかけ、エジプト、インドネシア、南アフリカなどグローバルサウス諸国を巻き込んで国連本部内に設立された多国間グループであり、中国主導のウクライナ和平イニシアティブとされる。ロシアを支援しながら和平も呼びかけるという一見矛盾した姿勢だが、中国側は習近平国家主席の「四つのすべき」などのスローガンで論理的整合性を保っているとしている。加えて、ロシア側との対話を通じて、ロシアの黙認のもと、行動している。

中国がウクライナ和平に関与する意図は二つある。一つは国際社会における道義的優位と独自の存在感の確立である。もう一つは、ロシアの意を汲みながら戦争責任の一部をウクライナとそれを支援する側に負わせる主張を展開し、ロシアの意を汲んだ別働隊としての役割を担うことである。

最後に、2月にブルームバーグが報じた「ドミトリエフ・パッケージ」では、ウクライナ戦争終結で合意が成立した場合に米露間で経済的利益が一致しうる7項目が挙げられ、ロシアがドル経済圏に復帰すれば中国が孤立するとも指摘された。しかし実際には、中国はロシアにとって依然として不可欠な経済パートナーであり、中国自身もトランプ政権への独自の接近を図っている。ロシアだけが一方的に米国の懐に入り込もうとしているわけではない点には注意する必要がある。

報告D 「旧ソ連諸国とロシア」

廣瀬 陽子  JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授

旧ソ連諸国全体の傾向として、ウクライナ侵攻直後は反ロシア的姿勢を示す国が多かったが、その後各国はロシアからの頭脳流出、観光客、資本、そして迂回貿易による経済的恩恵に気づき、「つかず離れず」の態度へと転じた。迂回貿易は2024年以降の二次制裁の強化で旨みが減ったものの、労働移民問題含む経済やエネルギー面でロシアへの依存が続く国は多く、ロシアから完全に離脱できる状況にはない。そうした中で、ロシア離れを示す明確な事例として、アゼルバイジャンとアルメニアの和解とモルドバの選挙介入対応が注目される。

まず、アゼルバイジャンとアルメニアの和解は、「和平の劇場化」と見ることができる。2025年8月にワシントンでトランプ・アリエフ・パシニャンの三首脳会談で握手シーンが演出されたが、実態は同年3月に両国間で基本合意が成立していたものであり、両国がトランプ大統領を「利用した」側面が強い。一方で、トランプ大統領も成果を映像化でき、可視化された外交成果を示すことができた。注目すべきは米国が仲介した「TRIPP構想」である。アルメニア領内となるアゼルバイジャン本土と飛地・ナヒチェヴァンを結ぶ回廊に米国が99年間の開発運営権を取得し、道路・パイプライン・光ファイバーなどを整備するという輸送回廊計画である。これにより、地域の連結性(コネクティビティ)が向上するだけでなく、ロシア・イランの影響力も低下させることが可能となる。特に、2020年の停戦合意でロシアのFSB(連邦保安局)が監視役として駐留することになっていたザンゲズル回廊からロシアを事実上排除し、米国のプレゼンスへと置き換えることに成功した。アルメニアにとっては経済的な機会が得られる一方、主権のダメージに関するリスクは享受せねばならなかった。

ただし、和平の最大の問題であるアルメニアの憲法問題は未解決なままである。アルメニア憲法にはナゴルノ・カラバフがアルメニア領と明記されており、アゼルバイジャンはその削除なしに最終合意をしないという強硬な姿勢を崩していない。TRIPP構想の細部も未確定なままであることに加えて、カラバフ難民の帰還や財産権問題も残されている。領土確定問題は部分的に進展しているが、アルメニアにとって敗北の承認になるため国内の反発がある。アルメニア政府は現実主義的な対応をしており、EU加盟を目指しているが、ロシア主導の集団安全保障システムであるCSTOからの離脱後の安全保障の空白やユーラシア経済連合との兼ね合いなど、課題は山積している。

他方、アゼルバイジャンでは、2024年12月にロシアに民間機を誤射される事件が発生した。ロシアは国際南北輸送回廊の維持という実利的な観点から2025年10月に謝罪したが、その直後に捜査を打ち切り、責任の明確化・処罰・補償も行わず曖昧にした。これがアゼルバイジャン国内での対ロシア不信を再燃させており、「信用できないロシア」という構図が改めて浮き彫りになっている。

モルドバでは、ロシアによる大規模な選挙介入が繰り返されてきた。情報戦・SNS拡散・資金ばらまきなど多様な手法が用いられ、2024年の国民投票・大統領選挙では大きな影響が出た。しかし2025年の議会選挙では、セルビアで養成されたロシアのエージェント74名を事前に逮捕し、買収工作にも厳格な法と処罰で対処するなど、前回の経験を活かした徹底的な対抗措置が功を奏し、比較的安定した選挙を実現した。この経験はモルドバの大きな自信となっている。

総じて、旧ソ連諸国におけるロシアの影響力低下は明確である。しかし各国の対抗能力が強まる一方、ロシアは経済・エネルギー・安全保障上の弱みを握る国に対してはハイブリッド戦略を駆使しながら影響力の維持を図ろうとしている。

報告E 「プーチン体制の現状と将来」

常盤 伸  JFIR上席研究員/東京新聞編集委員兼論説委員

ウクライナ侵略戦争を契機に、個人独裁が強化され、ロシアの政治体制は変容してきた。それに伴い、社会も再編されている。プーチン体制はもともと制度が空洞化し、個人支配ネットワークが実質的な統治を担っていたが、戦争以降、統制機能が集中する構造が固定化した。

権力構造の面では、プーチン大統領を唯一の最終決定者とするメカニズムが固定化した。とりわけ、大統領府が各省庁の統制・監督機能を吸収するスーパー省庁化が進み、議会の機能はさらに縮小した。人事原理は能力重視から完全な忠誠優先へと転換し、FSB(連邦保安庁)を中心とする治安機関の権限が拡大している。政治学者スタノヴァヤ氏が「野生のプーチン主義」と呼ぶように、従来エリート層に存在していた非公式の保護メカニズムが撤廃された。2025年10月には前例のない大規模な対汚職キャンペーンが展開され、ショイグ元国防相に近い人物を含む幹部が次々と拘束、さらには事実上の自殺とみられる事案も発生した。その結果、エリート層の間には動揺が広がり、自己保存での裏切り行為といった現象も生じている。2022年にプーチン大統領が演説したように、評価基準は侵略戦争への貢献と忠誠の行動による証明が最重要となった。

人事面では特異な現象も目立つ。プーチンの遠縁(いとこの娘)であるアンナ・ツィビリョワが国防次官に任命され、二人の娘も準公職に就きメディアに登場するなど、ファミリー重視が進んでいる。また侵略戦争に従事した人物の政治登用も行われており、占領地の武装勢力(スパルタ大隊)幹部の父親がウラル連邦管区の全権代表に任命された。また、ウクライナ占領地域からの児童移送でICCに訴追されたマリア・リヴォワ=ベロワは、多子・家族重視・反LGBTQ+の象徴的存在で大統領府付属児童権利問題担当全権代表である。彼女は、極右的な実業家のコンスタンチン・マロフェーエフと戦争の最中に結婚し、超保守イデオロギーと伝統的価値観の異様な合体として話題となった。

 一方、帰還兵問題は社会的に大きな問題になる可能性がある。政府は支援資金や法制度などの対策を進めているが、実行は限定的である。また、帰還兵を選挙に多数立候補させる計画もあるが、実際には限定的と見られている。さらにロシア国内に残るリベラルな独立系人物への体系的な排除も徹底されており、2025年8月時点で政治犯は1,217人に達しているとされ、「望ましくない組織」指定も急増している。

社会統制の面では、準ソビエト的な社会再編が進んでいる。2022年7月にプーチン自身をトップとするピオネール運動の後継組織「第一運動」が設立され、昨年時点で約1,300万人が参加している。「伝統的なロシアの精神的・道徳的価値観に基づく世界観の形成」を掲げ、実弾訓練やドローン操作といった軍事的愛国教育とも連動している。これは仮にプーチンが退場したとしても西側の価値観に影響されない次世代の形成を目的としている。一方、ソ連の政治弾圧を記録してきたグラーグ歴史博物館も閉鎖され、ソ連国民に対するナチスの犯罪を扱う国立博物館として再開館する予定である。ウクライナ侵攻を正当化するプロパガンダの強化が狙いとみられ、スターリン批判70周年、ペレストロイカ宣言40周年という節目に、改革の歴史を否定する動きが加速しているのは皮肉な現象である。

総じて、国内統治構造と社会統制の水準に鑑み、プーチン体制は従来の権威主義体制を超え、準全体主義的体制、あるいは全体主義的要素を強く持つ権威主義体制へと接近しつつあるのではないか。この転換は単なる個人支配の深化ではなく、国家の作動原理そのものとして内面化された構造的再編である。その結果、この体制は上からの制度改革の可能性を制度的に遮断している。つまり、たとえプーチン大統領が退場したとしても、それが直ちに体制転換を意味するわけではない。戦争正当化の論理を統治原理としたこの体制は、敗戦や大規模な外生的ショックといった断絶を伴う変化がない限り、中長期的に持続する蓋然性が高い。

(以上、文責在事務局)