公益財団法人日本国際フォーラム

今年2月24日のロシアによるウクライナ侵略と関連して、国際政治における地政学の復活、世界各国の国家安全保障、エネルギー安全保障、食糧危機、国際供給網の破綻、自由主義経済体制の危機などが、様々な形で論じられてきた。この11月のG20首脳会議、APEC首脳会議でもこれらの問題が主要関心事となった。本稿では、エネルギー安全保障に関して、まず戦後日本の歩みと今日の問題への筆者の感想を一言述べ、次いである優れた論考を紹介したい。
1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約と同じ日に日米安保条約が締結された。すでに冷戦が始まっていたが、それ以来わが国は、国の安全保障は「世界の警察官」米国に任せて、専ら経済発展と貿易拡大のために防衛支出は最小限に抑え、軍事紛争には関与しないという吉田茂首相の路線(吉田ドクトリン)に沿って進んだ。その結果、経済政策では自由経済路線を邁進したが、自由貿易のためにもシーレーン防衛などの安全保障が不可欠の問題だとの認識は国民にも経済界にも希薄だった。全てを輸入に頼っているわが国の石油にしても、われわれは金さえ払えば世界の何処からでも輸入できる、との安易な考えに慣れてしまっていた。エネルギーだけでなく、国家の安全保障についても、戦後日本の政界・言論界は憲法論議など観念的な論議に終始した。いわゆる「平和ボケ」である。
具体例を挙げよう。2019年6月に故安倍晋三首相がイランを訪問して最高指導者ハメネイ師と会談した時を狙ったかのように、ペルシャ湾出口のオマーン湾で日本向けタンカーが砲撃を受けた。この時、米トランプ大統領は「シーレーンは日本が守れ」と当たり前のことを述べたが、その言葉に日本人は虚を突かれた。トランプ氏は妄言もしばしば述べるのだが。
日本人の平和ボケに鉄槌を下したのが、プーチン政権の対ウクライナ侵略戦争だった。

2019.6.13、オマーン湾で攻撃を受けた日本向けタンカー(EPA時事)2019.6.13、オマーン湾で攻撃を受けた日本向けタンカー(EPA時事)

エネルギー安全保障の問題に関して、最近筆者の目に触れた論説で最も説得力があり、またバランスが取れている見解と思えたのは、十市勉氏(日本エネルギー経済研究所客員研究員)の「激動する国際情勢と日本のエネルギー戦略」(『公研』公益産業研究調査会 2022年11月号 会員向け)であった。以下、筆者が特に共感した論点を、幾つか紹介したい。なお十市氏は、東大大学院地球物理コースの博士でMIT客員研究員も経験、エネ研に約50年勤めている。

筆者は欧州の、いや世界のエネルギー状況の変動を知るには、ノルドストリーム(ND)の定点観測が有効だと考えてきた。十市氏も次のように説明する。
今年9月に、稼働停止中のND1と、完成したが未稼働のND2がスウェーデン近くでそれぞれ2か所テロ爆破された。露は米の行為と主張、欧州は露の犯行と見る。今の露は何をしでかすか予想できない。西側諸国の結束を乱すため、露は天然ガスを武器にしている。欧州に大量のガスを輸出しているノルウェーも、同国のエネルギー・インフラ攻撃に強い懸念を抱く。因みに、ノルウェー沖のガス田で、国籍不明の大型ドローンが確認された。ノルウェーはドローンによる攻撃を警戒している。
日本はサハリンのエネルギー長期契約を一応更新したが、契約があっても欧州におけるように露が一方的に供給を停止する可能性も充分ある。日本政府が最悪の事態を想定して対策を検討するのは当然である。

世界で原発への関心が強まっている。国際エネルギー機関は今年6月「原発復活の好機」と報告し世界は脱原発から脱・脱原発に軌道修正している。自然災害の多い日本は大地震に備えるべきだが、国内資源が非常に少ない日本にとって、原発は不可欠だと確信している。不安定な再生可能エネルギーで全部賄うというのは極論で、安定基礎電源としての原発と相互補完する必要がある。
米国スリーマイル島の原発事故が起きたのは1979年だった。アメリカ国民が再び原発の必要性を叫ぶようになったのは、2000年のカリフォルニア州や2003年のニューヨーク州などでの大停電だった。1886年のチェルノブイリ原発事故の後、欧州では脱原発の流れが強まった。しかし、2005年に首相となったドイツのメルケル氏は、物理学の専門家として原発推進派だった。彼女の政党「キリスト教民主同盟」が「緑の党」に敗北しそうになった2011年3月に、福島原発事故が生じた。それを契機に、彼女は政権維持のために脱原発路線に舵を切り替えた。今日、ウクライナ戦争でエネルギー危機に陥った欧州では再び、原発利用が重視されている。ドイツも政策を転換した。原発利用などのエネルギー政策は世論に左右される。何らかの危機や大事故で一方に振れた世論がバランスを取り戻すには少なくとも15年から20年かかる。日本でも、特に若い世代は、しっかりと安全対策を講じた原発を支持する者が増えている。60代後半以降の世代は、一度決めた主張を変えたがらないが。

以上、十市氏の見解を紹介したが、(一部、筆者が補足)、これは筆者の見解でもある。11月28日に経産省は、今後の原子力政策の原案を有識者会議に提示した。注目されるのは、原発の建て替え(リプレイス)や、次世代型の原発の開発や建設の推進だ。翌29日の日経や讀賣新聞は肯定的に報じたが、予想通り朝日新聞は「拙速」と批判した。