公益財団法人日本国際フォーラム

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第9回定例研究会合

標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:令和4926日(月)16時より18時まで
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:11名(以下、五十音順)
[主  査] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員
[顧  問] 袴田 茂樹 JFIR評議員・上席研究員
[メンバー] 安達 祐子 上智大学教授
名越 健郎 拓殖大学教授
廣瀬 陽子 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授
保坂三四郎 エストニア・タルトゥ大学
山添 博史 防衛省防衛研究所主任研究官
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所研究員
[JFIR] 高畑 洋平 上席研究員
日向友紀恵 特任研究助手
渡辺  繭 理事長

 

  1. 議論概要:

吉岡メンバーによる報告:「ウクライナ戦争とロシア極東・北方領土」

(イ)プーチン大統領 国民向けテレビ演説

 9月21日、この戦争の転換点とも言えるような、プーチン大統領の演説があった。演説の内容については、①ウクライナの4つの州で行われる“住民投票”の結果を支持、②核使用の示唆(領土の一体性)、③部分的動員の3点が非常に大きかった。“住民投票”は、ウクライナ国内だけでなく、極東を含むロシア各地のウクライナからの”避難民”等に対しても実施されている。これら4州がロシアの領土ということになれば、核兵器の使用基準となる「領土の一体性」の対象になるのかどうかということが、今後大きな争点となっていくことが考えられる。もうひとつ、ゼレンスキー等が懸念しているのが、この住民投票でロシア領となってしまえば、その地域の住民も部分動員の対象になるのではないか、そうなると、ウクライナ人同士が殺し合うという、今まで以上に更に人道的な問題が出てくる。

部分的動員については、9月21日の夜に大統領令が出され、同24日には動員に従わない場合の法律が厳格化された。ロシアのメディアでは、各連邦構成主体への割り当ては人口比で行われるだろうと言われていたが、明確な割り当てのルールも各連邦構成主体への実際の割り当て数も分かっていない。はっきりと動員の割り当て数がわかっているのは極東の中では沿海地方のみであり、沿海地方軍事委員部のトップが7,700人という数字を明言している。その他の連邦構成主体の動員数は、各地域の議員やメディアが報じているだけで正式な発表は今のところないが、ロシア人1億4千5百人のうち30万人が動員されると仮定した場合、単純な人口比であれば、モスクワは25,000人が、ペテルブルグも11,000人が割り当てられる計算だが、実際の動員数はそれぞれ16,000人、3,200人程度に過ぎないと言われている。沿海地方は逆に、上記試算では人口比3千数百人程度でいいはずのところ7,700人が割り当てられており、何かからくりがあるような、不公平感のようなものが感じられているようだ。サハ共和国の議員からも、同共和国には4,750人が割り当てられたが人口に比べ多すぎるのでは、との指摘が出されており、今後こうした不公平感が各地域における不満の火種になっていく可能性がある。

部分的動員が発表されると、抗議活動も起きた。モスクワとペテルブルクでの抗議活動が特に大きく、極東に関してはあまり大きな波にはならなかったが、極東でもハバロフスクやザバイカル地方等では軍事委員部に火炎瓶を投げつけて放火するといった事案が相次ぎ、ブリヤート等では軍事委員部周辺での酒類販売制限をしてとにかく暴動を抑えようという動きがニュースで伝わってきている。

(ロ)極東連邦管区

 面積はロシア全土の40%程度にして、人口は約5.5%。人口密度が低く、中心部モスクワからの距離は物理的にも心理的にも遠い存在であるのが、極東連邦管区である。ロシア統計局のデータによると、この10年間で極東の人口は2.7%減少していることがわかる。この減少率は、ロシア全体と比べても際立っていると言える。
 さて、極東には独自の社会経済基盤がある。背景としてよく言われることとして、90年代の極東はロシアの政治的経済的社会的矛盾の象徴のような地域であり、中央にモノ言う知事や首長が力を持った時代でもあった。極東のこの自由を愛し、中央に簡単に頭を下げない地域性について説明される際、ウクライナとの関連がよく持ち出される。実際に、19~20世紀初頭にかけてウクライナから相当数の人が入植している。その子孫が今どれほど自分たちをウクライナ人と認識しているかについては、調査によりバラツキがあるが、いずれにせよそういう土壌が極東にはある。

プーチンによる「権力の垂直」構造を中央への取り組み第一の波と仮定すると、ウラジオストク開催のAPECや、極東発展省、東方経済フォーラム、先行発展領域(TOR)やウラジオストク自由港(SPV)といった新制度など、極東地域の開発を本気で取り組み始めたことを第二の波と位置付けることができるであろう。また、第3の波として、知事のすげ替えが挙げられる。サハリン州と沿海地方では、知事のすげ替えにより比較的中央のグリップが効いていることが、2018年の大統領選や2020年の憲法改正に関する全ロシア投票、2021年のロシア下院選などの投票結果にも表れているが、ハバロフスクでは知事のすげ替えに関しては失敗し、モスクワとの関係はこじれる結果となっている。今後、2024年大統領選半年前の2023年秋に実施される沿海地方やサハ共和国等極東各地の知事選結果が注目のポイントになると考えている。

(ハ)北方領土の今

北方領土の行政管区は、択捉島はクリル地区、国後島および色丹島は南クリル地区である。経済面での最近の新しいトピックとして、北方領土では観光が盛り上がっている。そのきっかけのひとつはコロナであり、海外に行けないロシア人たちが、秘境を求めて北方領土に来るのである。もうひとつの大きな要素は、インスタグラムやTikTok、YouTubeなどのSNSで人気になったことであり、東京五輪の際にロシアのサーフィンチームが国後島で合宿を行ったことも若者を中心に話題となった。また、以前は1隻のみだった船は3隻体制となり、飛行機も夏季は増便するなど、物理的な輸送面での効率も良くなっている。観光客数は、2020年は前年比30%増、2021年は前年から倍増している。また、北方領土は極東の中では珍しく人口が増えている地域であり、サハリン州の中でも自然増が見られるのは、北方領土の3島と州都ユジノサハリンスクのみである。これだけの僻地である島で人口が増えているということは注目すべき点であると思う。

北方領土では開発も進んでいる。もともとエリツィン時代に始まったクリル発展計画は、1994-2005年の第1次クリル発展計画では全くと言っていいほど予算通りに進まず、ほぼ何も作られずに終わった。2007-2015年の第2次クリル発展計画、2016-2025年の第3次クリル発展計画で実際に開発が進められていくこととなる。第3次クリル発展計画の前半5年間では415億ルーブルが実際に予算として消化された(内訳;サハリン州41%、予算外47%、連邦12%)。北方領土の特区制度として2017年に始まったTORクリルでは、3~5年間一部の税が免除される。更に、プーチン大統領が目玉として打ち上げたのが、20年間にわたるクリル諸島の免税制度であり、今年の3月から施行されている。声を上げている会社は8社あると言われているが、このコロナ禍で実際に動いているという話はまだあまり出てきていない。東方経済フォーラムでは、択捉リゾート計画の構想が出てきている。これは実現可能性は低いように思われるが、今後も注意していく必要はあるだろう。そんな開発の動きにも、コロナおよび制裁によりブレーキが見られる。サハリンⅠの生産量は制裁により非常に少なくなっていて、22分の1に減少している。これによって、サハリン州の2023年度の収入が最大で26%減少してしまうともいわれており、それに伴い、サハリン州がクリル発展計画を続けるのが可能なのかどうかという大きなテーマとなっている。

以上