公益財団法人日本国際フォーラム

日本政府は露にどのような態度で臨もうとしているのか。岸田政権の対露政策には釈然としないものを感じる。ウクライナ問題ではG7合意の「露の軍事侵略」を強く批判をしながら、サハリン2などのエネルギー問題では、ロシアの善意に取り縋っている。核問題では、広島の平和記念式典に露を招かなかったが、8月のウクライナ主催の「クリミア・プラットフォーム」では、岸田首相は、日本がウクライナと同じく領土を露に侵されていることには一言も触れなかった。露は一方で日本を強い言葉で脅し領土交渉は拒否しながら、経済的には日本を取り込み、露に反抗出来なくする政策を着々と進めている。

プーチンのレニングラード時代以来の元KGB同僚で、大統領が全幅の信頼をおく側近は安全保障会議書記のN・パトルシェフだ。彼が8月19日に、上海協力機構加盟国の安全保障会議書記の会合で、米国非難と共に、次のように、極めて厳しい日本批判を行った。

「米国およびその属国は、自己の対外的野心を正当化するために、歴史の書き換えを含む冷笑的な嘘を平気でついている。その一例として日本を挙げることができる。日本は<ロシア嫌いの世界運動>において主導権を握ろうと全力を尽くしている。」(タス通信 8.19)

タス通信はさらに、広島、長崎の原発に関連して、パトルシェフが次のように述べたと報じた。ちなみに平和記念式典には、今年日本は各国代表や国連事務総長を招待したが、ロシアは招かず、湯崎広島県知事が「東欧の侵略戦争」と侵略国の核の脅しを厳しく批判したが、それに反応した可能性が高い。

「(記念式典では)あたかもロシアが核兵器使用の準備をしているかの如く述べられた。グレーテス事務総長も米国の原爆投下を一言も批判していない。原爆は日本の都市に勝手に落ちて来たかのようだが、それを投下したのは米国だ。われわれはそのことを決して忘れない。」

ロシアの『コメルサント』紙(電子版8.19)も、上海協力機構の会議でパトルシェフがアジア太平洋地域における米国の政策と関連して、「日本について特に厳しく述べた」として、「日本がロシア嫌いの世界運動の主導権」云々の言葉を紹介している。ロシアに融和的だった安倍元首相と異なり、岸田首相がG7の合意である「ロシアのウクライナへの侵略批判」をストレートに述べ、G7の対露制裁を積極的に支持していることを念頭に置いているのであろう。プーチン最側近のパトルシェフの考えは、もちろんプーチンの考えでもある。

一方で露紙は、岸田政権が日本企業に、「サハリン2」のLNGプロジェクトから英シェルに続いて撤退しないよう圧力をかけている事態も実に詳しく報じている。以下は『独立新聞』(8.18)の一節である。

「日本政府閣僚たちは、自国企業にサハリン1、2に留まるように要請した。日本政府は、日本のLNGに対する深刻な必要性ゆえに、自国企業にロシアでのエネルギープロジェクトから撤退しないよう助言している。撤退したら、インドや中国が喜んで買収するからだ。

新任の西村康稔経産相は、日本は9月4日までにサハリン2への参加の継続につき公式の回答をしなければならないと、三菱商事の指導部との会見の後で述べた。8月12日には、三菱商事の代表はノーボスチ通信に対して、まだ参加について決定していないと述べていた。8月17日には、九州電力と西部ガスなどが、サハリン2を新たなオペレーターに移管するとの公式通知をロシアから受け取ったと述べた。

日本政府のこの立場は一貫しており強力である。以前、萩生田光一前経産相も三井物産の責任者との個人的会合で同様の要求を表明した。彼はまた、日本がロシアでのシェアを維持する計画について米国にも情報を与えたと述べた。萩生田は、日本がロシア・プロジェクトから撤退すると、日本は(中国など)第三国に権益を渡すことになり、ロシアが莫大な利益を得ると指摘した。

……ただ、ロシアはサハリン2のプロジェクトを継続するためには、三井物産と三菱商事の技術を必要としているとフリーダムファイナンス・グローバル社の専門家ウラジミル・チェルノフは述べた。」

サハリン2は6月30日にロシアが一方的に接収してロシアの法人に移管するとの大統領令が出された。シェルは撤退したが、日本企業が継続する場合、ロシアに参加継続を申請する必要がある。8月末の時点では、三井物産も三菱商事も、日本政府の意向に沿って、サハリン2への参加継続の意思表明をした。ただ、参加継続の申請をしても、それを認めるか否か、認めるとしても、如何なる条件で認めるか、日本へのLNG輸出の条件がどうなるのか、今後の決定権はすべて露が掌握している。ということは、国際的エネルギー危機の状況下で、日本政府がエネルギーの対露依存を政策的に実行している以上、ウクライナ問題に関するG7の対露制裁を日本が本気で遂行することは不可能となる。露もそのことをはっきりと見抜いている。前述の『独立新聞』(8.18)の記事の表題も、「燃料不足が制裁の枠組みを破るДефицит углеводородов ломает санкционные рамки」である。

欧州では、ドイツは天然ガス輸入の約55%を露に依存し、EU全体としては約40%依存していた。しかしEUは取りあえず露からの輸入を15%削減し、将来的には輸入ゼロを目指している。最近完成した露からのガスパイプライン「ノルドストリーム2」は操業開始を禁止した。この制裁に対して、露は稼働中の「ノルドストリーム1」を、タービンの故障を口実に、6割、8割そして一時的には全面停止で揺さぶりをかけている。現在、欧州はその困難をどう乗り切るか、苦しい努力をしている。

日本の露からのガス輸入は、全輸入量の8.8%である。それに頼る政策を政府がとるとしたら、当面は従来と同じ条件で契約ができても、状況次第で露が対日圧力としてLNG問題を使うことに間違いはない。そのことは今回の接収や「ノルドストリーム1」の例が示しているし、プーチン自身も「エネルギー資源はわが国の最重要の戦略的手段」だと述べている。この状況下で、「未解決の領土問題が存在する」と日本は交渉を要求できるのか。もちろん8.8%とはいえ、その削減が国民経済にとって厳しい問題であることは充分理解しているが、しかし欧州が直面している問題とは深刻さの次元が異なる。

政府も一部経済界もメディアも、サハリン2から日本が撤退したら中国に利権を取られるだけで、露は困らない、と弁明する。しかし、露紙も認めているように、サハリン2のLNG工場は、日本の2商社を通じて日本の技術(千代田化工と東洋エンジニアリング)で建設・維持されており(筆者も2回建設現場を視察)、日本が撤退したらロシアも中国も操業できない。中国がたとえ操業技術を何とか獲得したとしても、中国はガスを露から買い叩くはずで、日本が撤退したら、むしろ露が困るのである。

最後に、天然ガスを露に100%依存してきたモルドバのヴォロニン大統領の言葉を紹介したい。

「モルドバは、たとえ露のガスを失っても、また露のワイン市場を失っても、沿ドニエストル(露軍が統制しているモルドバ領土)に関して譲歩はしない。われわれはたとえ露のガスがなくても、震えながら冬を過ごす覚悟が出来ているし、決して降伏はしない。モルドバはその代価がいかに高くつこうとも、自らの領土保全、主権、自由を犠牲にはしない。」(『独立新聞』2005.10.12)

これは17年近く前の発言だが、今日のモルドバのサンドゥ大統領も、国内親露派のガガウス共和国の要求には従わず、ガス問題ゆえに露に譲歩し妥協するのを拒んでいる。(『独立新聞』2022.8.26他)