公益財団法人日本国際フォーラム

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第2回定例研究会合

標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2021年628日(月)17時より19時まで
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:11名(以下、五十音順)
    [主  査] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞外報部次長
    [顧  問] 袴田 茂樹 JFIR上席研究員/青山学院大学名誉教授
    [メンバー] 安達 祐子 上智大学教授
    伊藤和歌子 JFIR研究主幹
    名越 健郎 拓殖大学教授
    廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授
    保坂三四郎 エストニア・タルトゥ大学
    山添 博史 防衛省防衛研究所主任研究官
    [JFIR] 高畑 洋平 主任研究員
    ハディ・ハーニ 特任研究助手
    渡辺  繭 理事長
  4. 議論概要:

はじめに常盤主査より、研究会の始動にあたっての前提を整理・確認するという目的のもと、「米露関係の現状と展望」と題する報告が行われ、最近の米露関係における政治的進展について振り返りがなされた。

(1)常盤主査より報告

「米露関係の現状と展望」

6月16日、プーチン・バイデン両大統領による首脳会談が突然開催された。首脳会談はプーチン・ロシアの行動様式の動態的分析、およびロシアに今後どう向き合うかを考えるうえで、重要なケーススタディとなる。

首脳会談開催の背景には、米国に対するサイバー攻撃問題(米大統領選介入、政府や主要企業に対する攻撃など)や、ウクライナ国境地帯に約10万人規模の部隊が集結した示威行動の一件、また欧州での破壊工作活動などの問題があった。またロシアが欧州への天然ガス輸送に向けて建造するノルド・ストリーム2の事業会社に対する経済制裁を米が解除し、これが交渉前、プーチンに対する誤ったシグナルとなるのではとの懸念もあった。

会談の一般的な意義としては、①国際安全保障上の懸念への対応、②G7NATO陣営を基盤に対ロシア交渉を行うこと、③米外交の復活と普遍的価値の重要性を示すこと、などの点がある。

特徴としては①共同会見が無かったこと、②プーチンが遅刻しなかったこと、③一対一会談に外相が同席したこと、④拡大会議に国務省のNo.3(ヌーランド氏)が参加したことなどが挙げられる。

成果には、軍備管理に関する「戦略的安定対話」の開始、また外交活動の正常化が合意されたことがある。一方、サイバー攻撃や民主主義への攻撃、選挙干渉、人権問題、ウクライナ問題などについては平行線となり成果がなかった。

バイデンの発言にもいくつか特筆すべき点もがあった。中でもCNN記者からの「プーチンの行動は変わっていないのでは」との質問に対し、感情的に反論するなどした(翌日に謝罪)点は。全体的に戦略的な確信があったわけではなく「やってみなければわからない」との程度の認識で臨んだものと思われる。

一方のプーチンは、サイバー攻撃や人権問題について、一貫して米に反論しつつ、会談は建設的であったとし、バイデンを表向きは高く評価した。ロシア国内では平和共存への第一歩だとして肯定的評価が多かったが、民主派からはプーチンの存在感が一層強まったとの懸念も見られた。

米では共和党がバイデンの弱腰姿勢を批判し、民主党内でも批判が出た。米専門家らも、大きな一歩ではないが肯定的に評価できるとしている。

ロシア側の本音としては、①国際的な舞台で大国として再認知された、②米には弱点があり、対露対立の長期化を回避したいのだろう、③米の対露方針は当面不変だろう、④ウクライナ危機以降の孤立脱却への淡い期待を見出せた、といった理解があると考えられる。米側の狙いとしては、①サイバー攻撃鎮静化により国内情勢を安定化し、政権安定化を図りたいという点があった。また②人権・民主主義の旗手としての米の復活を強調し、③対露関係を低位安定化して対中競争にリソースを集中させたいといった点があった。

米政権の対露戦略の新アプローチ構築においては、ヌーランド国務次官が重要な役割を果たした。同氏によるフォーリン・アフェアーズ誌上の論文では、まず米は冷戦期の効果的戦略を忘却してしまったと指摘した。強力な防衛力を示しつつ、露が融和に乗り出すなら協力するという姿勢により、米の利益はよりよく達成されるとし、制裁撤回や解除の条件を明確化すべきと述べた。条件として、民主主義国に対する攻撃の停止、軍備管理、ウクライナ・シリア等の難問についての誠実な交渉などを約束する必要があるとした。現在、露は中国依存に苦しんでいるため、米が融和的姿勢を見せれば、態度を変えるかもしれないとの期待も米国の一部にある。

一方のプーチン側の対米戦略の要素は、①部分的に協力姿勢を見せることで経済・貿易における圧力緩和を狙うこと、②国際的存在感を誇示し、2024年問題に向けて求心力を維持すること、同時に③米の分断状況を助長すること(トランプ再選も狙っている?)、④対米関係を対中バランスに利用すること、などがあるだろう。

次にプーチン主義の交渉観の特徴は、第一に、外交交渉を西側と異なり「闘争」とみている。武器なき戦争であり、ギブアンドテイクでもWin-Winでもないドライな世界観である。第二に、「力の相関関係」を最重視すること。第三に、「見せかけ外交」とも呼べる、強気の姿勢を示し、脆弱性を隠蔽する点などがある。

またプーチン・ロシアの対外行動を支える思考様式の要素には、①どちらかが勝ち、どちらかが負けるというゼロサム的世界観と、②欧米的リベラリズムの敵視(ロシアの「保守主義」こそ正統とする世界観)、そして③歴史修正主義、すなわち第二次世界大戦の原因は欧米であり、冷戦後の歴史を塗り替えたいとの強い願望、といった点が挙げられる。会談後のモスクワでの国際安全保障会議でもこうした強硬姿勢が表明された。

さてソ連崩壊直後から現在までの米露関係には一般的ともいうべきパターンがあるようにみえる。米露両首脳直接会談の状況を図示すると、一目でわかるのは、クリントン・エリツィン時代からプーチン・子ブッシュ時代までは、関係が悪化しても、二国間会談が定期的に行われてきたことだ。2007年ころまでには、蜜月関係から対立関係に移行したが、その後のオバマ政権・メドベージェフ政権期には関係をリセットし、新START調印につながった。しかしプーチン再登板によりリセットは終焉し、第二期オバマ政権期には敵対関係に移行した。トランプ政権樹立後、双方は関係改善に意欲を示したが、ロシアゲート問題もあり、「ミニリセット」は終焉した。この経緯を踏まえつつバイデンは「新リセット」ではなく「安定して予測可能な関係」を提案している。

しかし①中国の核戦力をどう扱うか、②最先端兵器(極超音速ミサイル、空中発射弾道ミサイルなど)を含めた軍備管理③サイバー空間や宇宙での攻撃など、課題は山積している。また欧州分断の危険性もあり、特に沿バルト三国などロシアへの脅威認識の強い近隣諸国からは懸念が高まっており「バイデン・プーチン首脳会談は(宥和への)水門を開いた」とも警告された。

今後について、まず最も楽観的なシナリオは、①新デタント(緊張緩和)の可能性だ。ロシアの攻撃的行動をやや抑制し、本格的戦略対話が軌道に乗るというシナリオである。だが、②現状維持が続き、徐々に悪化していくという可能性もある。ロシアが攻撃的行動を継続し、米が戦略的忍耐で対話を当面継続するが、それもやがて困難になっていくというシナリオである。③危機シナリオの可能性としては、米国の宥和姿勢を逆手にとり、むしろロシアの攻撃的行動が強化され、それによる米の制裁強化から対立が激化し、関係が悪化するシナリオだ。私は②③の中間の可能性が最も高いと思われる。

日本の視点では、一部に米露関係緩和により、日露の平和条約進展の追い風になるなどという短絡的かつ希望的観測がある。しかしこれは根本的に現状認識を誤っており、かえって危険である。ロシア側の真の狙いは、日米同盟弱体化と「善隣友好」的な平和条約締結であり、これに向けての各種圧力が強化される可能性もある。

結論としては、米ロ関係の進展は期待薄との認識に基づき、冷めた対応が必要である。首脳会談の意義は限定的であり、解消不可能な対立構造を前提としつつ、衝突を回避する「ガードレール」敷設に向けた、ほんの一歩に過ぎない。成功か失敗かは数か月以内に明確化するが、楽観視はできない。

露が行動変容せず、むしろ危機状況を演出することでバイデン政権が追い込まれる恐れもある。中長期的にも、プーチン主導による特殊な世界観を有するチェキスト主導政権が続く場合、米国を主敵とする外交方針は不変であり、関係改善は不可能であろう。選択的封じ込めという方針が妥当と思われる。

以上

以下、参加者の間で自由討論が行われた