[1] 例えば、以下など。「国防部新闻发言人就日方炒作中国国防预算答记者问」新华网、2026年3月18日[https://www.news.cn/world/20260318/dab860be5ff4464fab769ebb604fc15e/c.html]。
[2] 中国海南省三亜から約300km、ベトナムのダナンから約400kmに位置する。
[3] ”Antelope Reef Could Now Be the Largest Island in the South China Sea,” CSIS, The Asia Maritime Transparency Initiative and The Center for Strategic and International Studies, March 19, 2026 [https://amti.csis.org/antelope-reef-could-now-be-the-largest-island-in-the-south-china-sea/].
[4] 例えば、以下など。「20通电话4次会见会谈、中国外长密集斡旋伊朗局势」中国新闻网、2026年3月28日[https://finance.sina.com.cn/roll/2026-03-28/doc-inhspfkz7660417.shtml]。
[5] 三船恵美「『イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から④:アメリカのイラン攻撃をめぐる中国の衝撃と思惑」中東調査会コメンタリー、2026年3月9日[https://www.meij.or.jp/research/2023/48.html]。
[6] 「2026年3月16日外交部发言人林剑主持例行记者会」中华人民共和国外交部。2026年3月16日[https://www.mfa.gov.cn/fyrbt_673021/202603/t20260316_11875472.shtml]。「外交部阿富汗事务特使岳晓勇赴阿富汗和巴基斯坦穿梭斡旋」观察者网、2026年3月16日[https://www.guancha.cn/internation/2026_03_16_810260.shtml]。
[7] 中国の「グローバル安全保障イニシアティブ(GSI)」の限界については、以下などを参照されたい。三船恵美「イラン情勢が露呈した中国の限界、防空網と『グローバル安全保障構想(GSI)』のほころび」東洋経済オンライン、2026年3月16日[https://toyokeizai.net/articles/-/937964]。
[8] アブラハム合意がイランに2021年の「中国・イラン25カ国包括協力協定」に走らせた点については、以下を参照されたい。三船恵美「米中相克と中国の対イラン関係(1)2016~2023年」『駒澤法学』第25巻第2・3・4号、2026年3月、21~42頁。
[9] 「解放军报社论:坚决打赢军队反腐败斗争攻坚战持久战总体战」新华网、2026年1月24日[https://www.news.cn/politics/20260124/eb3148439da1428788846c2c5516cba1/c.html]。
[10] 「独裁者の罠」の具体的な事例として、ロシアの情報機関(FSB)が、「事実」ではなく 、「権力者が望む情報」を報告した結果、判断ミスを招いたという構造的危機が挙げられる。FSBの職員 約150人が、ウクライナ侵攻における情報判断ミスを理由に追放または拘束された。
■ 中国の軍拡を「正当化」するための認知戦の一環としての中国のナラティブ
中国は「日本の右肩上がりの防衛費は、膨張し続ける軍事的野心の反映」[1]と批判する。
その一方で、中国は南シナ海の軍事要塞化を急速に進めている。中国は、2025年10月半ば、パラセル諸島(中国名:西沙諸島)でかつては最小であったアンテロープ礁(中国名:羚羊礁)[2]において大規模な浚渫作業を始め、埋め立てとインフラ建設を加速させた。2026年3月時点での大きさは、南シナ海における中国最大の拠点であるスプラトリー諸島(中国名:南沙諸島)のミスチーフ礁(中国名:美済礁、これまで南シナ海最大の人工島とされていた)に迫る同規模にまで拡張されている。2026年3月19日には、アメリカのシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)は、衛星画像による分析によって、中国が新たに造成しているアンテロープ礁が南シナ海で最大の島となる可能性を指摘している[3]。
中国人民解放軍南部戦区は、3月29日、海空軍を動員して、スカボロー礁(中国名・黄岩島)の周辺海域やその上空において、追跡・監視・退去警告などの「戦闘即応パトロール」を実施してみせた。
「核戦力の急速な拡大を含む軍拡に邁進している中国」が日本に対して「再軍備」のことばを使って批判するのは、単なる「非難」ではなく、中国の「力による現状変更」や急速な軍拡を正当化するための「認知戦」(Cognitive Warfare)の一環であると位置づけられる。言い換えれば、現在の中国の軍拡の実相を矮小化しようとする狙いが読み取れよう。
■ 「2つの戦争」と中国
2026年3月の中国は、南シナ海で牙を見せる一方で、2つの戦争――「アメリカ・イスラエルvs.イラン戦争」と「アフガニスタンvs.パキスタン戦争」――をめぐっては、停戦を呼びかけている。中国の政府やメディアは、王毅中共中央政治局委員・外交部部長が諸外国の外相ら要人と電話や対面での会談でイラン情勢や中東情勢について意見交換を行い、和平促進、戦闘停止、事態の沈静化に尽力してきており、「責任ある大国」としてのコミットメントを示している、と宣伝している[4]。とは言え、2月28日のアメリカのイラン攻撃以降、中国はイランの主権を口頭で「支持」しつつも、安全保障面で実効性あるイランへの「支援」については慎重な姿勢を崩していない[5]。「アフガニスタンvs.パキスタン戦争」においても、中国外交部は、岳暁勇アフガニスタン問題担当特使を3月7~14日にアフガニスタンとパキスタンへ派遣するシャトル外交を展開し、双方に対して、冷静さと自制を保ち速やかに停戦し対話を通じて意見の相違を解決するよう仲介外交を行っている[6]。しかし、中国のシャトル外交は、「ポーズ(宣伝)」に留まっており、サウジアラビアやトルコやカタールのような実利的な調停には及んでいない。中国の「大国としての外交」は、2つの戦争において、機能していない[7]。
中国は、従来、アラブ諸国、イラン、およびイスラエルの3者間でのバランス外交をとってきた。しかし、2023年のガザ紛争以降、中国はパレスチナを支持し、イスラエルからは信頼を失った。現在のアメリカのイラン攻撃は、イスラエルのビンヤミン・ネタニヤフ首相とサウジのムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード皇太子がアメリカのドナルド・トランプ大統領へ働きかけたとされるが、イランがアラブ諸国へ報復攻撃したことによって、中国はイランとサウジの間のバランス外交が難しくなった。中国に対するイランの依存関係が強化されたのは、トランプ政権1期目の2020年のアブラハム合意で焦ったイラン[8]が、中国との包括的な関係を深めたからである。その関係は非対称である。そこで、そうしたイランと中国の関係を利用しようとしたサウジのムハンマド皇太子が、2023年にサウジアラビアとイランの国交回復で、中国を仲介役に位置づけた。つまり、現在のイラン情勢を巡るイランとアラブ諸国の関係によって、中東における中国の外交的な地位が総体的に低下することになっている。これは、中国が押し進めようとする世界秩序の多極化において、非常に痛手と言える。
■ 「独裁者の罠」と中国
最近の日本における報道では、イラン情勢によって中国が台湾問題で思いとどまるのではないかと見る楽観的な論者もいる。そうであろうか。東アジア情勢は、実際には、ますます厳しい状況になっている。
筆者は毎年勤務校における国際関係論の講義で、国際関係論のリアリズムを学生達が理解するための古典として、クラウゼヴィッツの『戦争論』を紹介している。必ず紹介するのが、「戦争は他の手段をもってする政治の継続である」という言葉である。このことばを、現在の東アジア情勢で考えるならば、台湾有事で中国が求めることは、台湾の統一であり、台湾の殲滅ではない。また、台湾は、上陸作戦が非常に困難な地勢を有している。そのため、習近平が台湾有事を指示するには、アメリカ軍と日本の自衛隊が介入する前に、10万人以上の規模の陸軍を上陸させて制圧する必要がある。しかし、現在の中国には、短時間に10万人以上の兵士の上陸を可能にする船が十分でない。現実的な能力を考えれば、中国が2027年に台湾有事に踏み切ることはできない。
しかし、政治家が常に合理的な判断をするとは限らない。近年の中国の経済政策を見れば、習近平をプラグマティストとは言えないのではなかろうか。
中国では、多くの軍部の高官が粛清された。その一人が、昨年まで中国軍のナンバー2にあった張又侠である。今年1月の『解放軍報』は、張又侠の罪について、「中央軍事委員会主席責任制を著しく踏みにじり破壊した」と報じた[9]。しかし、実際のところ、張又侠は、習近平が望む「2027年」の台湾侵攻は難しく、「2035年」に延期すべきと習近平へ進言し、習近平の強い不興を買った、と言われている。張又侠の失脚は、台湾や尖閣などをめぐる偶発的事態の際の「暴走」の歯止めがもはや効かない可能性が高くなっていることを示しているとも言える。
リベラルな国際秩序は、もはや、短中期的には再構築が困難な状況にある。
ロシアは、ウクライナ侵攻に際し、情報機関(FSB)が、「真実」ではなく「権力者が望む情報」を報告した結果、判断ミスを招き戦争に至ったという構造的な危機「独裁者の罠(Dictator’s Trap)」に陥った。「独裁者の罠」とは、権力の集中によって指導者に不都合な情報が入らなくなり、誤った意思決定を下すことである[10]。
習近平の政治的タイムライン、イラン情勢、そして中国軍高官の粛清がもたらす影響を複合的に鑑みれば、指導者の判断ミスを誘引する「独裁者の罠」という構造的危機が、東アジアの安全保障を深刻な不安定化へと突き動かす危険性は、かつてなく高まっていると言えるのではなかろうか。