メモ

- 日 時:2025年11月12日(水)午後4時~午後5時
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- 出席者:27名
| [外部講師] | 和田 賢治 | 武蔵野学院大学教授 |
| [主 査] | 髙橋 若菜 | 日本国際フォーラム上席研究員/宇都宮大学教授 |
| [事業統括] | 高畑 洋平 | 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学 SFC 研究所上席所員 |
| [事業副統括] | 伊藤和歌子 | 日本国際フォーラム研究主幹・研究主幹 |
| [メンバー] | 北村美和子 | 東北大学スタートアップ事業化センター特任准教授 |
| [JFIR] | 大槻 歩未 | 研究助手 ほか21名 |
- 議論の概要
(1)和田賢治・武蔵野学院大学教授による基調報告「女性・平和・安全保障におけるジェンダー主流化の課題」
(a). ジェンダー主流化とは何か
ジェンダーとは「女性」の代替語ではなく、社会的・文化的に構築された女性性・男性性を軸とする権力構造を指す。政策形成の場では長らく「男性的価値」(理性、自立、合理性)が基準とされ、「女性的価値」(感情、ケア、依存)は劣位に置かれてきた。WPSにおけるジェンダー主流化とは、政策のあらゆる段階でこの権力構造を可視化し、制度変革につなげるための包括的戦略である。
(b). 女性の固定的イメージと実態の乖離
1990年代以降、国連を中心に女性の可視化は進んだものの、依然として女性は「被害者」や「平和の担い手(peacemaker)」として描かれがちである。しかし現実には、武装勢力に参加した女性や、紛争後に積極的に政治的主張を行った女性など多様な主体が存在する。DDR(武装解除・動員解除・社会復帰)をはじめ制度設計にも女性が参加しづらい構造が残り、単一的な「女性像」の押し付けが問題である。
(c). 保守政権におけるWPS:カナダの事例
カナダの保守党政権(2006–15)では、「ジェンダー」という語を避けつつも、家族重視の価値観を背景に、母子保健や教育などに特化したSignature Projectsを実施し、費用対効果・成果指標を重視した。さらに、反LGBTQ政策をとる国々を批判し難民受け入れを表明するなど、野党時代とは異なる「LGBTQフレンドリー」な外交も展開された。ただし、この流れには①「性的寛容さ」を文明的優越と位置づけるHomonationalism、②国家イメージ向上のためのPinkwashingといった批判も存在する。
(d). ジェンダー主流化の困難
組織文化の変革を伴わない「Add women and stir(女性を足せばよい)」では、真の変化は生まれない。軍組織に典型的に見られるMilitarized Masculinity(軍事化された男性性)は、女性兵士の昇進阻害や性暴力・搾取の温床となる。また、シンシア・エンローが指摘するようにジェンダーは「安全な概念」ではなく、「男性性」の側の権力構造を問い直すことが不可欠である。WPSが「女性のために戦争を安全にする」(Shepherd, 2016)方向へ傾く危険性を踏まえ、戦争を前提としない平和構築の重要性が重要である。
(2)質疑応答
(a). 髙橋主査:統合的視野の形成とカナダの経験
Q1. 「女性を足すだけ」では構造は変わらない。カナダでは統合的アプローチを進めるためにどのような仕組みや困難があったのか。
A. カナダでは政策をジェンダー分析にかけるGBA+(Gender Based Analysis Plus)が全省庁に義務化されており、ジェンダー政策を「特別枠」とせず、全政策領域に埋め込む仕組みがある。保守党政権でもGBA+は継続され、政権交代を超えて制度として定着している。
Q2.(髙橋主査コメント) 大学でも意思決定過程でジェンダー平等が重視されていた。価値の再構築が必要ではないか。
A. 表面的にはジェンダーと無関係に見える領域でも、実際には深く関わっていることが多い。人数確保だけでなく、私的領域の負担が女性に偏る構造を問い直すことが不可欠。「ジェンダー化された思考」は保守・リベラル双方に存在する。
(b). 高畑統括:男性性の再生産の問題と制度改革の方向性
Q. 自衛隊・警察・官僚組織などでは男性性が再生産されている。これを変えるには何が必要か。また日本の第三次行動計画は指標が曖昧で問題があるのではないか。
A. 加速しない理由の一つは、ジェンダー主流化を担当する部局が可視化されていないことにある。専門部署の設置、責任者の配置、評価制度との連動など、組織的改革が不可欠である。特に警察組織では女性の通報が軽視されるなど根深い課題がある。ジェンダー改革が昇進・予算・評価に直結する制度をつくれば実効性が高まる。政策立案側の変革抜きには主流化は定着しない。
(c). 伊藤副統括:価値観転換の方法と「ケアの倫理」
Q. 女性の参入が男性中心組織の既得権益を揺るがす場合、反発が起きやすい。価値観を転換する別の方法はあるか。
A. 「ケアの倫理」に基づき、人間は本質的に誰かに依存し、支えられなければ生きられない存在であるという前提に立つ社会設計が必要である。これまで「私的領域」として脱政治化されてきたケア問題に予算と制度を配分する動きが21世紀以降進んでおり、これを継続・深化させることが重要である。問題に名前を付け可視化することが価値観の変革につながる。
(以上、文責在研究本部)