メモ

標記国際シンポジウムが、下記1.~4.の日時、場所、参加者にて開催されたところ、その議事概要は下記5.のとおり。なお、本シンポジウムは「非軍事的側面からの日米協力」研究会の活動の一環として行われた。
- 日 時:2025年10月27日 (月) 10:00-12:00
- 場 所:国際文化会館「講堂」(ZOOMウェビナーとのハイブリッド開催)
- 参加者:182名
- 登壇者:(プログラム登場順)
| 【日本側】 | 渡辺 まゆ | JFIR理事長 |
| 前嶋 和弘 | 日本国際フォーラム上席研究員/上智大学教授 | |
| 鈴木 一敏 | 上智大学教授 | |
| 手塚 沙織 | 南山大学准教授 | |
| 三牧 聖子 | 同志社大学教授 | |
| 小尾 美千代 | 南山大学教授 | |
| 【米国側】 | クリスティ・ゴヴェラ | オックスフォード大学准教授 |
| ポール・スラシック | ハドソン研究所 非常勤フェロー | |
| チャールズ・マックレーン | イェール大学助教 | |
| メアリー・アリス・ハダッド | ウェズリアン大学教授 |
- 議事概要:
渡辺理事長より開幕挨拶が行われた後、「非軍事的側面からの日米協力」研究会主査である前嶋和弘上智大学教授の司会の下、2つのセッションにて日米メンバーより報告がなされた。その概要は以下の通り。
<セッション1「経済安全保障における日米協力の深化」>
(1)鈴木メンバー
近年、経済安全保障やその背景にある「相互依存の武器化」が注目されている。これは国際関係の構造変化を踏まえれば自然な流れだと考える。冷戦期には外交・安全保障上の対立に応じて経済も東西に分断されていたが、冷戦終結後にWTOが設立され、東側諸国も加盟したことで外国直接投資が拡大し、経済効率を重視したグローバルな貿易ネットワークが形成された。その状態から米中対立の顕在化を迎えたので、各国は再び経済を安全保障や外交政策の手段として利用するようになり、2010年代にはその傾向が特に顕著となった。
これに対応するため、各国は「経済の武器化」に対応するため、供給網の強靭性を高めようとしている。フレンドショアリングやリショアリングなど、政治的に信頼できる国へのサプライチェーン再構築が進み、政策的にネットワークの形が変化しつつある。1990年代以降のグローバル化によって世界の貿易依存度は急上昇し、世界のGDPに占める貿易の割合は1960年の約17%から1990年には30%、2020年には約46%に達した。国際的なサプライチェーンは複雑化し、ある国の部品生産の停止が、遠く離れた国の完成品生産を止めるような現象が起きている。その際の被害は、停止した部品ではなく完成品の付加価値に依存するため大きい。どの国がどの国にどの程度依存しているかを直感的に把握することは難しくなっている。
こうした間接的な影響も含めた各国の交渉力を定量的に評価するモデルを、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の橋本教授と共同で開発した。同モデルでは6つの指標を用いて、相互依存構造の変化が将来のパワーバランスにどのような影響を及ぼすかを推計する。試算の結果、アメリカが中国との貿易を大幅に縮小すると、中国の対米依存が低下することによって、アメリカの相対的交渉力が弱まることがわかった。現在のアメリカの影響力は他国のアメリカ市場への依存に支えられているためである。ただし、対中依存を減らす過程でアジア太平洋の同盟国や友好国との経済関係を強化すれば、失われた影響力を部分的に補うことができる。反対に、全方位的に貿易を縮小すれば、アメリカは孤立し、発言力を失う。
依存関係の変化は必ずしも悪いことではない。アメリカが戦後、経済的相互依存を通じて築いてきた影響力を、技術優位、戦略的優位、同盟関係の強化といった別の形のパワーに転換できれば、それは新たな強みとなる。重要なのは、この「パワーの転換効率」をいかに高めるかである。国際関係は繰り返しのゲームであり、相互依存の変化が次の局面でどの国を有利にするかを見極める必要がある。日米のみならず、インド太平洋地域全体で協力を深め、対立を表面化させずに共通利益を追求することが、今後の経済安全保障における鍵であると考える。
(2)ゴヴェラメンバー
バイデン・岸田政権期において経済安全保障は日米協力の主要な柱として確立されたが、トランプ政権2期目および高市政権の発足を受け、その在り方は新たな局面を迎えている。経済安全保障の重要性が広く認識される一方で、国家ごとの定義には一貫した合意がなく、むしろ分断が深まっているのが現状である。新政権の登場は不確実性を増すが、同時に新たな機会をもたらすものであり、継続性と適応性の両立が求められている。
経済安全保障の概念は、①強靭性(resilience)、②競争力(competitiveness)、③保護(protection)の三つの動機に基づく多面的な課題である。日本は近年、経済安全保障推進法をはじめとする政策群を通じて、主に強靭性の強化と一部競争力の促進を図ってきた。半導体や重要インフラの保護などがその例であり、保護主義的な要素は比較的少ない。これに対し、バイデン政権下の米国はCHIPSおよび科学法やインフレ抑制法を通じて国内産業の競争力向上を図ると同時に、輸出管理や対内・対外投資審査を強化するなど、より保護的な政策を進めてきた。さらにトランプ政権2期目では、経済安全保障の定義そのものが「保護」中心へと大きく傾き、関税措置やリショアリング政策が前面に出ている。
他方で、日米間の二国間および多国間の協力枠組みは一定の継続性を保っている。日米経済政策協議委員会(Economic 2+2)や商務・産業パートナーシップ(JUCIP)、CoRe(コア)パートナーシップなどの枠組みは依然として存続しており、特に重要鉱物分野での協力は引き続き活発である。QuadやIPEF、鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)などの多国間枠組みも存在感を維持しているが、現政権下では国家単位での政策主導が顕著であり、同盟国による補完的な関与が求められている。
現在の米国では、造船・エネルギーなど特定産業への投資を経済安全保障の推進手段と位置付ける傾向が強く、同盟国との協力はその延長線上で議論されている。一方で、日本を含む米国の同盟国やパートナー諸国にはウィンウィン型協力 (win-win cooperation)を模索する姿勢が根強く残っている。とはいえ、現時点では米国の政策の方向性が不明確であり、協力の具体的な道筋は見えていない。
今後の日米協力の方向性としては、以下の点を提言したい。まず、政治的変化を前提に、高官レベルの定期対話を制度化し、経済安全保障上の共通利益を再確認することが重要である。また、民間部門との連携を強化し、政策順守を促進することで、政権交代を超えた安定性を確保すべきである。さらに、東南アジアなど第三国市場での協働を通じた商業外交を推進し、AI、半導体、重要鉱物などの戦略分野での協力を深化させることが期待される。防衛産業基盤の連携強化も有望な分野であり、これを産業協力へと拡張することが望ましい。
総じて、日米両国は短期的な政治的変化に左右されず、国家的・二国間・多国間の各次元でバランスをとりながら協力を進める必要がある。米国の自国第一主義的政策は課題であるが、同時に日本が主導して志を同じくする国々を結集する契機ともなり得る。経済安全保障の概念が変化する中で、信頼と安定を基盤に協力を再構築することが、今後の日米関係の持続的発展の鍵となる。
(3)手塚メンバー
国際人的移動の観点から、日米協力の機会とその課題、そして政策提言を示したい。経済安全保障の議論はカネ(投資)やモノの流れに偏りがちだが、人的資本の流れは同じく戦略的に重要である。人的交流の円滑化は移民政策の枝葉ではなく、経済安全保障の基盤であると位置づけられる。
まずは、日米の協力可能な分野についてである。日本から米国への直接投資は2000年以降顕著に増加し、日本企業がアメリカにおける最大の外国投資家の一つであり続け、雇用、製造能力、研究開発で米経済に大きく寄与している。人的交流でも日本は上位であり、教育・観光・ビジネスを通じて結びつきは深い。日本はすでにアメリカの経済・社会において深く根差したパートナーである。にもかかわらず、現在のアメリカの専門職ビザの審査プロセスは、このパートナーシップの強さを反映しているとは言えず、日本企業が従業員、研究者、管理職をアメリカ支社に派遣する際に懸念や困難を表している。したがって、高度人材のより円滑な移動を促進することは、単なる移民問題ではなく、経済安全保障上の協力問題である。
次に、その協力の機会が直面する課題について言及すると、米国では移民政策が高度に政治化し、国境管理や不法移民への対応が議論を専有する結果、公の議論において専門的・交流的な移動を他の移民カテゴリーと区別することが困難になっている。これは、昨年の12月トランプ支持者のMAGAとイーロンマスクが高度なスキルを持つ高度人材の就労ビザH-1Bビザをめぐって言い争いをしたことからも顕著である。さらに、つい先月、トランプ政権下における韓国の現代自動車グループのバッテリー工場への外国人労働者の取締の査察が挙げられる。この政策は、名目上、不法就労に焦点を当てたものだが、この事件は構造的な問題を露呈させた。それは、既存のビザ規制の下では、アジアの同盟国企業が必要人材を確保しにくく、生産遅延やコンプライアンス不安を招いているということである。さらに、審査基準の不透明性や更新の不確実性が、渡航躊躇とコスト増を恒常化させている。これはサプライチェーン強靭化や産業政策の実効性とも整合しない。
以上を踏まえ、二つの政策措置を提案したい。第一に、「同盟専門家移動枠組」の創設である。同盟国の企業に雇用され、実証可能な投資や生産統合がある専門職を対象に、特別ビザ枠を設ける。チリ・シンガポールに対するH-1B1ビザ、オーストラリアに対するE-3ビザでの先例のように、戦略的パートナーシップに基づく信頼型の移動メカニズムとすべきだ。日本は最大の対米直接投資国であり、同盟国であり、日本人の不法就労・不法滞在リスクは極めて低い。特別ビザ制度への適格性は明白である。第二に、日本側の移動インフラ整備の拡充である。海外派遣専門職への法務・行政支援の強化、R&D拠点や共同研究所の人員ローテーション制度の支援により、日本企業や日本人における不確実性が低減し人材循環を加速できる。
結論として、同盟間の「信頼のコスト」を下げることが協力の効率性を最大化する近道である。共通の戦略的・経済的目標を推進するためには、同盟間のネットワーク内において経済的利益が安全保障上の疑念を上回るべきである。H-1B1やE-3ビザ等のモデルを参照しつつ、人材流動性を制度化することで、イノベーション促進、サプライチェーン強靭化、長期的競争力の向上を実現できると考える。日米間の人材移動の強化は、単なる移民問題ではなく、戦略的同盟の課題であり、経済安全保障を支える中核課題である。
(4)スラシックメンバー
日米間で最大の摩擦要因である貿易問題について、米国側の論理と背景を共有したいと考える。なぜ米国が現在の政策をとっているのかを理解しなければ、建設的な対応はできない。その点を、2024年大統領選挙前後の一つの出来事を通じて説明したい。選挙の数週間前、ワシントンの記者が取材のためオハイオ州まで足を運んできた。取材後に地元のレストランで食事を終えると、店員の女性が「ワシントンはひどいけれど、私たちが直す」と言った。彼女の言う「直す」とは、トランプ氏を大統領に選ぶことを意味していた。数か月後、再び彼女に会ったところ、「すべてに賛成ではないが、150%支持する」と答えた。彼女の言葉は、ワシントンのやり方は壊れており、それを立て直す存在がトランプ氏であるという、多くの米国民の感覚を象徴している。
この「国家の衰退」への危機感は共和党だけではない。ニューヨーク市長選では社会主義者を名乗る候補が有力視されており、体制の根本的変革を求める機運が左右両陣営に広がっている。こうした流れの中で、政府の三権分立や抑制と均衡の原理が軽視され、行政権の集中が進んでいる。トランプ政権ではすべての最終判断が大統領自身の手にあり、閣僚でさえ最終決定を彼に委ねている。特に選挙前に起きた暗殺未遂事件は、トランプ氏の政治姿勢を決定的に変えた出来事である。本人は「神が自分を救い、米国を救う使命を与えた」と語り、それ以来、直感に基づく信念をより強く確信するようになった。
その中核にあるのが「関税は善である」という信念である。関税は輸入から国内製造業を守るか、歳入を増やすかのいずれかに寄与する。両者は理論的には矛盾するが、トランプ氏にとってはいずれも米国の利益である。大統領には貿易に関して広範な一方的権限が付与されており、これは1930年代にまで遡る。フランクリン・ルーズベルト政権下で、当時の国務長官コーデル・ハルは「貿易を行う国同士は戦争をしない」と信じ、関税引き下げを推進した。しかし議会は常に関税引き上げを求めるため、貿易権限を大統領に委譲した。この制度が続いた結果、大統領には現在も232条(国家安全保障関税)をはじめとする強大な権限が残されている。もともとは「大統領が関税を引き上げない」ことを懸念して設けられた仕組みだったが、今や「関税を積極的に引き上げたい」大統領に強力な武器を与える構造となっている。仮に最高裁が一部の権限行使を違法と判断しても、他の条項を通じて同様の措置を実行できるため、制度上の制約はほとんどない。
こうした状況を踏まえ、日本に対し、まず米国の政治構造と意識変化の大きさを理解することを求めたい。ワシントンでは人事が刷新され、従来の「ジャパン・ハンド」と呼ばれた人々の影響力は低下している。したがって、日本は新たなネットワークを構築し、地域レベルを含む多層的な交流を進める必要がある。特に地方都市を中心としたボトムアップ型の外交、すなわち人と人との交流が重要である。手塚メンバーが提案した人材移動枠組もその観点で有効であり、ボストンやバークレーのような沿岸部だけでなく、アラバマやオハイオのような政治的に重要な中西部地域にも目を向けるべきである。
日米協力の象徴として、NASAとJAXAの共同プロジェクトである有人与圧ローバーの開発を挙げたい。トヨタやホンダも参加するこの計画は、1970年代以来の月面探査再開を目指すものであり、「アメリカを再び偉大にする(Make America Great Again)」というスローガンに通じる意義を持つ。こうした協力事例を積極的に発信し、米国内における日米協力の認知を高めることが、将来の両国関係の安定と信頼の強化につながると考える。
【質疑応答】
Q1.公共部門と民間部門の間には根本的な利害の対立があると考える。民間は利益を追求する一方で、公共部門は社会的福祉を重視する。このため、PPPを成功させるには、両者が事前に「目標」「出口戦略」などの基本的な枠組みについて合意しておく必要があるのではないか。こうした合意がなければ、PPPはうまく機能しないのではないかと思うが、この点についてどのようにお考えか。
A1. ご指摘の通り、公的部門と民間部門の間には根本的な利害の違いがあり、民間は利益を、政府は社会的福祉を重視している。そのため、両者が事前に目標や出口戦略を明確に合意しない限り、PPPはうまく機能しないと考える。紹介した研究でも指摘しているように、政府はしばしば民間企業の考え方や動機を理解しておらず、利益が第一の目的であるという現実を踏まえた制度設計ができていない。政府は企業の行動を理解し、それを促進できるような枠組みを作る必要がある。経済安全保障の分野では、「政策を決めれば企業が自動的に従う」という誤解が多いが、実際にはそうではない。完璧な形でのPPPは難しいが、政府が不確実な環境の中で企業を支援し、より良い連携を実現できるよう努力することが重要だと考える(ゴヴェラメンバー)。
Q2. 貿易や経済の相互依存を踏まえると、アメリカによる関税政策の発動が必ずしもアメリカの対中交渉力を低下させるとは限らないのではないか。むしろ、中国経済が困難な状況にある現在、中国は対米関係の改善に注力する可能性も考えられる。その場合、日本はむしろ有利な立場を得ることができるのではないか。
A2. 確かに現在の中国は厳しい経済状況にあり、その点ではアメリカが優位な立場を活かして交渉を有利に進めていると言える。ただし、指摘しているのはより中長期的な視点からのものである。もし今後、中国が対米依存を減らす方向に動けば、次の段階ではアメリカが現在のような優位性を維持できなくなる可能性がある。そのため、質問の内容は短期的な状況を捉えたものであり、議論はより長期的な戦略的観点に基づいたものである。(鈴木メンバー)。
<セッション2『揺らぐ「価値の同盟」と岐路に立つ気候変動対策』>
(1)三牧メンバー
本日は「揺らぐ価値の同盟」というテーマのもと、アメリカ外交と日米関係を価値とソフトパワーの観点から論じたい。高市首相とトランプ大統領の初会談が近づいているが、従来の日米首脳会談では必ず「法の支配」「国際秩序」が共同声明に盛り込まれてきた。しかし、今年2月のトランプ二期目政権下での石破首相との会談では、こうした理念的文言が盛り込まれなかった。このことは、日米が価値観という面で岐路に立たされていることを示している。
第二次世界大戦から80年が経過した今、日米関係および国際秩序は大きな転換点を迎えている。高市首相とトランプ大統領は個人的な関係を築くことができるだろうが、トランプ政権の対同盟国姿勢は一段と厳しくなっている。トランプ大統領は就任演説で「アメリカがこれ以上つけ込まれることを許さない」と述べ、同盟国にも厳しい姿勢を示した。彼は、戦後の国際秩序の維持によりアメリカが犠牲を払う一方、同盟国が経済成長を遂げてアメリカの製造業を脅かしたという「被害者意識」を抱いており、その矛先は中国やロシアではなく日本や韓国などの同盟国に向けられている。
この被害者意識に基づき、トランプ政権は同盟国に対して関税政策を強化し、防衛費負担やアメリカ製品の購入、巨額の対米投資を求めている。Pew Researchの調査によれば、主要同盟国におけるアメリカへの好感度は大きく低下しており、特にフランス、ドイツ、韓国、日本などでは過半数がトランプ外交を否定的に見ている。このことは、トランプ政権の政策が戦後80年かけて築かれたアメリカのソフトパワーを確実に掘り崩していることを意味している。
また、トランプ政権は反多様性政策を掲げ、気候変動やワクチン研究などリベラルな研究を攻撃している。その結果、大学の研究資金が削減され、ハーバード大学など主要大学が博士課程の募集を縮小するなど、学術的基盤そのものが揺らいでいる。これはアメリカの国力と経済成長の根源に直結する深刻な問題である。
5月に逝去したジョセフ・ナイ教授は、論文「The End of the Long American Century(長いアメリカの世紀の終わり)」の中で、アメリカが魅力や価値観に基づくソフトパワーを軽視すれば、アメリカの衰退は避けられないと警告した。ナイ教授は、力の3要素として「強制・報酬・魅力」を挙げ、アメリカが冷戦に勝利したのは価値観に基づく魅力によるものであったと述べている。現在のトランプ政権はこの「魅力」を軽視し、関税や圧力外交に依存することで、アメリカの国際的影響力を失いつつある。
明日予定されている高市・トランプ会談では、安倍政権期のような良好な個人的関係の再現が期待されている。しかし、トランプ2.0政権では側近に彼を制止する存在がほとんどおらず、同盟国への圧力と単独行動主義が顕著である。そのため、首脳間の個人的関係だけで同盟を維持するのは難しい。副大統領のJ.D.ヴァンス氏も、トランプ以上の孤立主義者であり、この傾向は今後長期化する可能性が高い。
アメリカがもはや国際秩序の主導国としての意志を失いつつある中で、日本は日米同盟の強化だけでなく、多極化する世界における新たな外交戦略と日米関係の再構築に取り組む必要があると考える。
(2)マックレーンメンバー
本日は、日米両国の民主主義が共有する課題、すなわち政治家の高齢化について論じたい。現在、「シルバー民主主義」をテーマにした書籍を執筆しており、その研究の一部を紹介したい。一般に、政治家が有権者より高齢であることは「どこの国でも同じ」と思われがちだが、実際には日米両国は若年層の政治的代表が最も少ない国に属している。OECD諸国を比較すると、欧州諸国では議員の約3分の1が40歳未満であるのに対し、日米はわずか5%前後に過ぎない。また、再選率の高さも際立っており、米国下院は世界で最も再選率が高く、日本も5位に入る。結果として、若者が意思決定の場に参加する機会は極めて限られている。
本研究で、この「シルバー民主主義」を人口構造の必然としてではなく、制度設計や選挙制度の帰結として捉えている。高齢化と指導者の年齢には相関がない。例えば、イタリアやドイツなども高齢社会だが、若い政治家が多い。したがって、日本や米国でも制度改革によって若者の政治参加は可能であり、避けられない宿命ではないと考える。特に地方政治のデータを分析すると、若者が意思決定に関与しているかどうかが、公共投資や政策方向に明確な影響を及ぼしていることがわかる。
次に、若年層有権者の動向について触れたい。ある日本の記者から「日本の政治は退屈で、自民党がいつも勝つ」と言われたことがある。しかし、今年7月以降、若者の政治参加には明らかな変化が見られる。参議院選挙では国民民主党や参政党が若者の支持を集め、高市氏は自民党総裁選で他候補よりも若者からの支持が高かった。読売新聞の世論調査では、20代の支持が一時15%から80%に急上昇したというデータもある。この変化を単純に「若者が右傾化した」と見るのは誤りであり、むしろ「既存政党が若者と十分に対話できていない」ことの表れだと考える。政治的に取り残されたと感じる若者に対して、SNSを駆使した新しい選挙戦略を展開する政治家が支持を得ている。
しかし、主流政党が若者層との関係を深めないままでは、過激派や極端な政治勢力が若者を取り込む危険性がある。改善策として、2つの提案をしたい。第一に、被選挙権年齢の引き下げである。先週、東京地裁で「被選挙年齢を25歳から18歳に引き下げる」訴訟の判決があり、結果は棄却されたが、この動きは重要だと思う。自民党内でも同様の議論があり、若者が政治の場に立てる制度改革は、若年層の信頼回復につながる。安倍元首相が投票年齢や成年年齢の引き下げ、SNS選挙解禁を行ったように、高市政権も同様の流れを引き継ぐべきである。
第二に、地方自治体の若者施策を支援することである。この10日間で秋田、函館、青森、芦屋など多くの都市を訪問し、複数の市長に「最も大きな課題は何か」と尋ねたところ、全員が「少子化問題(少子高齢化問題)」と答えた。その中でも特に「若者をどう地元に留めるか、どう呼び戻すか」が共通の課題となっている。地方自治体は若者政策に最も関心を持っており、ここに中央政府が支援を拡充する余地がある。
現在、米日財団と林文子氏が立ち上げた「Young Mayors of Japan Award(若手市長賞)」のプロジェクトにも携わっている。初代受賞者は岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長で、彼をアメリカに招き、若手市長との交流を進めている。このような取り組みは、若者のリーダーシップを促進し、日米双方の地方政治の活性化につながると信じている。
結論として、日米両国の民主主義の未来は、若者がどれだけ政治に関与し、発言権を持てるかにかかっている。若者への投資こそが、両国の民主主義的価値を次世代に継承する最も重要な手段であると考える。
(3)小尾メンバー
国際政治学の観点から、気候変動問題をマクロに俯瞰してみたい。気候変動は科学的な観測データに基づく課題であるが、各国の政治体制や国際関係を反映する政治問題でもある。2024年は観測史上最も暑い年となり、世界平均気温は産業革命前よりも1. 55℃高かった。現在、世界平均気温上昇を「1.5℃以内」に抑えるべく脱炭素化が進められているが、各国の自主的な排出削減目標(NDC)がすべて達成されても、3℃程度の上昇は避けられないとされ、こうした「エミッション・ギャップ」が依然として大きい状況にある。
本来、各国は今年2月10日までに2035年までの新しいNDCを提出することになっていたが、期限内に提出できた国は少なく、9月に延長された。そうした中で、日本とアメリカはすでに提出を済ませている。アメリカは2005年比で61〜66%削減を目標とし、バイデン政権下で2024年12月に提出した。日本は2013年度比で60%削減を掲げた。
一方、専門機関カーボン・アクション・トラッカー(CAT)の評価では、アメリカと日本の取り組みはともに「1.5℃目標に整合していない」とされている。アメリカは「Critically Insufficient(著しく不十分)」と最低の評価となっている。トランプ政権はバイデン政権下の気候関連政策を次々と撤回しており、すでに273件のプログラムが中止された。トランプ大統領は「気候変動対策は史上最大の詐欺だ」と公言し、「エネルギー」の定義から太陽光や風力を除外している。アメリカでは電力価格の上昇が問題となっているが、その主因はAIデータセンターの電力需要増加など構造的要因によるものであり、再エネの増加ではない。むしろ、風力・太陽光の発電比率が高い州ほど平均電力料金が低い傾向にあるというデータもある。再エネ導入が民主党の強い州に限らず、共和党が強い州でも進展している点は注目に値する。
一方で、CATによる日本の評価は「Insufficient(不十分)」であり、政府が掲げる2050年カーボンニュートラルの目標に実態が追いついていない。特に、日本は炭素回収・貯留(CCS)や水素、アンモニア、ペロブスカイト太陽電池など、まだ実用段階に至っていない脱炭素化技術に依拠している点が懸念される。これらの技術開発を進めつつも、すでに実用化されている手段による排出削減を優先すべきであろう。
また、アメリカではエネルギーを政治的に選択するのではなく、エネルギー安全保障をコスト効率の高いエネルギー供給体制の確立として追求することが重要であろう。再生可能エネルギー市場は世界的に拡大しており、2024年に新規導入された電源の92.5%が再エネであった。さらに、太陽光と風力による発電量が電力需要を9%上回るという、画期的な状況も確認されている。これは、技術革新とコスト低下によって再エネが市場主導的に拡大しつつあることを示している。こうした潮流に日本とアメリカが積極的に関与することが、両国の競争力維持に不可欠と考える。
最後に二つの点を強調したい。第一に、エネルギー政策を政治的価値から切り離し、純粋に「手ごろな価格の(affordable)エネルギーの確保」を目的として設計することが望まれる。第二に、気候変動対策としての脱炭素化を産業振興、特に技術革新の機会とは切り離して捉えるべきである。例えば省エネ技術やヒートポンプなどの脱炭素化分野において、競争力のある日本企業(三菱電機、ダイキンなど)はアメリカ市場でも高い存在感を示している。すでに実用化され、導入が拡大している脱炭素化技術や製品は多くあり、こうした脱炭素化を実践している企業や業界団体から情報収集を行うことで、気候変動分野における日米協力を発展させていく可能性はあると考える。
(4)ハダッドメンバー
トランプ政権第二期によって多くの分野で米国の政策が大きく変化している中で、環境・エネルギー政策については「全面的な転換」ではなく、「言葉の置き換え」としての変化にとどまっている。特に日米協力の枠組みをみると、制度や実施レベルでは多くの取り組みが継続しており、むしろ表現やレトリックのみが変化しているにすぎない。
バイデン政権期には「気候変動対策」「再生可能エネルギー協力」「災害対応と気候変動の関係」などの言葉が多用されていたが、トランプ政権下では「気候」という語そのものが意図的に排除されている印象を受ける。だが、実際には「将来技術」や「エネルギー安全保障」という表現のもとで、同様の分野が引き続き推進されている。例えば、日米クリーンエネルギーパートナーシップは依然として有効であり、共同研究や資金支援は継続している。米国内では連邦レベルの風力・太陽光関連の資金が一部削減されたため、日本企業が関与している案件も影響を受けている可能性があるが、再エネ自体が市場競争力を持つため、多くのプロジェクトは市場主導で進行している。
明日の首脳会談では、新たな原子力協力協定の発表が見込まれており、これが最大の注目点である。原子力は環境・人道面からの反対意見も多い一方で、低炭素エネルギー源として支持する層も日米双方に存在する。特に経済界では、再エネが全面的にエネルギーを賄うまでの「橋渡し技術(bridge technology)」としての役割が強調されている。
さらに、日米重要鉱物サプライチェーン強化協定も、中国をめぐる地政学的状況を背景に強化されている。同様に、電気自動車バッテリー分野の協力も継続しており、トランプ政権は補助金の多くを削減したものの、米自動車業界の要請により例外措置や迂回的支援が残されている。また、地熱発電協力も維持されており、日米企業による東南アジアでの地熱開発プロジェクトが進行中である。これらの事例は、政府間レベルでも企業レベルでも協力が実質的に継続していることを示している。
また、州レベル・自治体レベルの協力においては、トランプ政権の影響はさらに限定的である。例えば、カリフォルニア州では依然として積極的な気候変動対策が進められており、日本政府との連携も継続している。さらに、ワイオミング州のような石炭産業が盛んな地域でも、日本企業がクリーン・コール技術の導入に協力しており、トランプ政権の石炭復活政策との整合性を持ちながら環境技術の改良が進められている。
加えて、水素分野での地方自治体間協力も活発であり、日米両国の地方政府・企業・非営利団体の間で多くの覚書が締結されている。特にロサンゼルス・オリンピックを見据えた都市間の水素技術協力や脱炭素型インフラ整備が進行している。
以上を総括すると、次のように考える。現在のトランプ政権下では、「気候変動」や「環境」という言葉は政治的に避けられているが、実態としては気候協力の中身が「エネルギー安全保障」や「先端技術協力」という言葉に置き換えられているだけであり、政策内容そのものは大きく変化していない。特に地方レベルや企業間の連携はむしろ拡大しており、日米協力の実質は維持・強化されていると言える。
【質疑応答】
Q1. 高市政権として、トランプ2.0との関係構築においてどのようなディールを提示すべきか。また、イギリスのように「王室」を外交カードとして活用することは有効だと考えるか。
A1. 確かに高市首相とトランプ大統領には保守的価値観やナショナリズムに共通点があるが、日本はむしろナショナリズムに流されず、プラグマティックな外交を重視すべきだと考える。高市首相は石破政権の路線を継承し、韓国との関係にも柔軟姿勢を示しており、理念より実利を取る姿勢が日米関係にも有効だと思う。
また、皇室を外交カードとして活用するのは、イギリスのようには機能しないと見ている。日本は恒常的に対米貿易赤字を抱え、同様の「王室カード」で交渉を有利に進めるのは難しい。さらに、トランプとスターマーの関係も必ずしも安定しておらず、個人的関係だけに依存する戦略は危うい。したがって、日本がトランプ政権と関係を築く際は、象徴的な手法よりも経済、安全保障面での実質的な取引を重視すべきだと考える。(三牧メンバー)
Q2. ソフトパワーに依拠した国際関係論は理想的だが、現実には軍事力などハードパワーによる挑戦が絶えない。価値観の共有だけでは対応できない非常時に、日本はどのように備えるべきか。
A2. ご指摘の懸念は共有している。トランプ政権が関税を重視する背景には、中国に製造業で遅れを取ったことが軍事力低下にもつながるという認識がある。ただ、アメリカは人的資源、特にエンジニア不足という構造的問題を抱えており、現行の政策では解決は難しい。ハードパワー重視は理解できるが、ソフトパワーを大幅に削ぐのは得策ではない。日本については、被爆国として核武装は現実的でなく、国際規範と同盟関係を基盤に生存を確保していく道を模索すべきだと考える。(三牧メンバー)
Q3. 日本側の発言は、日米関係や日本政治の将来についてやや悲観的すぎるのではないか。高市首相の登場で日本政治は活気づいており、今後も良い方向に進むのではないか。
A3. 日本政治の専門ではないが、気候変動の観点から見れば、日本もアメリカも現状では国際的リーダーシップを発揮しているとは言いがたい。高市政権の誕生によっても、その方向性が大きく変わったとは言えず、政治的主導力の面では限界があると思う。ただし、日米関係については協調的に発展していく可能性が十分にあり、その点では悲観しているわけではない。(小尾メンバー)
A3. 世論の観点から見ると、高市政権の支持率が高いこと自体、日本社会の分断がまだ深刻でないことを示している。アメリカでは政権発足直後から国が割れる傾向があるが、日本にはまだ「ハネムーン期間」が存在しているとも言える。その意味で、日本とアメリカの政治的状況は本質的に異なっていると感じる。(前嶋主査)
【前嶋主査による総括】
二つのセッションを通じて、経済安全保障や価値の同盟といったテーマを中心に、トランプ2.0体制下での新しい日米関係の姿を多角的に考える機会となった。非軍事分野での協力のあり方を再構築するのは容易ではないが、だからこそ知恵を出し合い、現実的かつ創造的な形を模索していくことの重要性を改めて感じた。政権の変化によって日米関係は揺らいでいるものの、同時にそれは研究者やシンクタンクにとって、既存の枠を越えて思考を深める「アメリカ研究のルネサンス」とも言える好機でもある。こうした転換期だからこそ、何ができるのか、どのように関係を支え、発展させていけるのかを見極めながら、実践的な知の蓄積を進めていきたい。
(文責、在研究本部)