メモ

- 日 時:2024年7月29日(木)午前10時-午前11時
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- 出席者:9名
[外部講師] | 斉藤 正道 | 中東調査会主任研究員 |
[主 査] | 廣瀬 陽子 | 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員 |
[メンバー] | 宇山 智彦 | 北海道大学教授 |
遠藤 貢 | 東京大学教授 | |
畝川 憲之 | 近畿大学教授 | |
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ | 慶應義塾大学SFC研究所上席所員 | |
高畑 洋平 | JFIR常務理事・上席研究員 | |
三船 恵美 | 駒澤大学教授/JFIR上席研究員 |
(メンバー五十音順)
[JFIR] | 伊藤和歌子 | 常務理事・研究主幹 |
池野 琴美 | 研究助手 |
- 議 題:斉藤正道研究員による講話「イラン・イスラエル戦争後のイラン外交」
6月13日以降、12日間にわたりイスラエルによるイラン攻撃が行われた。今回はイランの今後の外交政策に主眼を置き、ロシアをはじめとした多国間の枠組みとの関係について報告する。
<イスラーム革命>
イランの外交を考えるにあたり、1979年の「イスラーム革命」について触れたい。革命以前のイランの王制時代は、米国、イスラエルと友好関係を保っていた。対して革命のスローガンは、「東でもなく、西でもなく、イスラーム共和国」、つまり共産主義の「東」や自由主義の「西」ではなくイスラーム的正義を追求する国であることを宣言したのである。革命のイデオロギーはその後のイランの外交政策にも色濃く反映されており、「イスラームの団結」の理念のもと「イスラーム共通の敵」として米国、イスラエルが位置付けられた。そこで、イランが掲げるイスラーム共和国の「イスラーム性」とは何によって担保されるのか。一つは、極めて限られた範囲の中で、刑法や賠償や相続、商法など伝統的にイスラーム法がカバーしていた一部の分野におけるイスラーム法を復活させ、実践することである。また、哲学者フランツ・ファノンのネオ・コロニアリズム批判を源流とする、反米、反イスラエルといった植民地主義・帝国主義に対する抵抗と非抑圧者への支援に「イスラームの正義」を見る傾向も出てきている。こうしたイデオロギーに基づき、革命後のイランの対外関係がどう推移していったのかを振り返る。
<革命後のイラン外交>
<イランの対外認識の特徴>
以上を念頭に、イランの外交における特徴を挙げる。まず、イランは核濃縮を促進しているが、表向きには核兵器不拡散条約(NPT)に参加し、大量破壊兵器に反対しているなどの点から、あくまで国際法規を遵守する中東における「地域の一等国」であろうとしている。しかし、核濃縮に対する国連からの非難に対しては、米国をはじめとした西洋列強、西洋主導の国際機関から「不当」で「過大」な要求を受けているという被害者意識や、国際機関への不信感を持っていると言える。そのため上海協力機構(S C O)やB R I C Sなど西側主導ではない国際機関への積極的参加を進めている。
<イランとイスラエルの停戦合意後の動き>
次に、イランとイスラエルの停戦合意後の動向を確認したい。6月26日、イランのアジーズ・ナシールザーデ国防軍需相は中国を訪問し、SCOの会合に出席した。7月6日、アッバース・アラグチ外相はBRICS首脳会合に出席するためブラジルを訪問し、ロシアやトルコ、インドの外相らと会談を行なった。さらに同外相は翌日サウジアラビアを訪問し、ビン・サルマン皇太子や国防相らと会談。15日には、SCO閣僚級会合に出席するため訪中し、習近平国家主席やロシアのラブロフ外務大臣らとの会談において、イランに対する「政治的支援」をS C Oに求め、加盟国に対する軍事攻撃への対応を調整するための恒久的メカニズムや一方的制裁に対抗するための研究機関である「上海地域安全保障会議」の設立などを提案した。イランはサウジはじめとする地域諸国やB R I C S、S C Oといった多国間枠組みとの関係拡大を図り、同時にイランに対する地域諸国の不信感の払拭に鋭意努力をしている。
<ロシア・中国との関係>
イランが関係強化を狙う中国、ロシアとの関係をまとめる。まず中国はイランにとって最大の貿易パートナーであり、イラン産原油のほぼ唯一の輸入国である。そしてロシアを中心とするユーラシア経済連合とも自由貿易協定を締結している。ただ、ユーラシア経済連合との年間貿易規模は60億ドル程度と小さく、イランは貿易赤字の状態だ。これはイランとロシアは貿易において相互補完関係がないためである。他方、ロシアによる対イラン投資は主に天然ガス分野で拡大しており、イランとアゼルバイジャンをつなぐ鉄道もロシアの資金で建設が進んでいる。
今後の動向を見ると、2025年10月にJCPOAの期限が切れる前にイランへIAEAへの協力を求めるため、欧州3カ国(イギリス、フランス、ドイツ)がスナップバックと呼ばれる国連安保理制裁の一斉復活でイランを脅迫する懸念がある。そのため現在イランはロシア、中国と連携強化をアピールすることでスナップバックの回避を模索しているのではないか。しかし、ロシアと中国は近年イランとの関係を深めているとはいえ、両国とも今回のイラン・イスラエル戦争においてはイランを兵器や資金等の面では支援しなかった。イランは対ロシアではウクライナ戦争におけるドローン導入に協力したが、ロシアからの軍事協力は得られず、一方的な「片思い」の状態にある。対中国ではイランは中国の戦闘機J-10C(殲撃10型)の導入を検討し、中国はイランへの防空ミサイルシステムHQ-9Bの提供を開始したとの報道もあり、今後両国は防衛協力を進めていく可能性がある。しかし、中国にとってイランとの軍事協力により米国との関係を損なうことは国益に合致せず、また過度な反米・反イスラエル姿勢をもつイランとの同盟関係はリスクであるとも捉えられる。このようにロシア、中国はイランに過度の肩入れをするメリットがないことや、イランが非同盟主義を掲げ、安全保障面では支援を受け入れられないことから、イランは安全保障の面で孤立した状態にある。そのため、安全保障上の最後の手段として核兵器獲得に向かう危険性があり、イスラエルによる対イラン再攻撃の格好の口実ともなり得る。
また、ロシアとアゼルバイジャンの対立をきっかけとしたイランとロシアの関係拡大の可能性も挙げられる。ロシアとゼルバイジャンの関係は、2024年12月のアゼルバイジャン機の墜落事故をめぐるアリエフ大統領のロシア批判から険悪化している。アゼルバイジャンがイスラエルによるイランへのドローン攻撃の拠点の一つとなったとの報道もあるなど、アゼルバイジャンを巡って、イランとロシアの間では利害が一致する。7月20日 にはイランのラリジャニ最高指導者顧問がロシアを訪問し、イランとロシアがカスピ海で共同軍事演習「CASAREX 2025」を実施したが、これはアゼルバイジャンへの牽制が一つの目的ではないかと考えられる。
<質疑応答>
中国側が昨年出した機関紙のコメントによると、ロシア、中央アジアとイランは中国の一帯一路に接続したがっているという話についてどう考えるか。また、イランは中国の石油を代表とした経済を支え、イスラエル・パレスチナ紛争でも中国産の武器が使われたことからイランと中国は双方が支え合っているのではないか。(三船教授)
中国の一帯一路を進める思惑はあったと思うが、中国・パキスタンが開発を進めるグアダル港とイランが開発しているチャーバハール港が近く、イランはパキスタンとの国境付近の開発も進めている。イランの石油収入のほとんどは中国であり中国無くしてイランの経済は成り立たないと言える。(斎藤正道研究員)
アゼルバイジャンとロシアの関係が悪化すると、イランが切望している南北の輸送回路にも影響が出るのではないか。またアルメニア、アゼルバイジャン、アメリカが結託している見解が強く持たれているが、アルメニアとイランの関係はどうなったのか。さらに中央アジア、キルギスとタジキスタンの貿易が近年伸びているが、キルギスにはユーラシア経済連合との繋がりが効いているのではないか。(廣瀬主査)
アルメニアとイランの関係では、アルメニアはイスラエル・イランの紛争に関して、言葉だけではあるがイスラエルを強く非難する立場をとっていた。2022年、イランで起きた女性解放運動では国連決議でイランが非難されたが、アルメニアは擁護した背景もある。イランとキルギスはあまり強い外交関係を持っていないが、トルクメニスタンやカザフスタンとの首脳外交も活発に行なっている。南北回路については、アゼルバイジャンを通すだけではなく、これらの国を通した鉄道網と中国を繋ぐ実験も一部では報じられているので、この2カ国との関係強化を促進しているのではないか。(斎藤正道研究員)
イランとロシアのカスピ海での軍事演習について、イランにとってカスピ海の軍事的な維持の目的はどこにあるのか。演習が象徴的な意義であるのか、カスピ海を実際にイランの軍事制約の中で位置付けていくものであるのか。(宇山教授)
基本的には象徴的なものである。カスピ海の法的地位を巡っては元々ソ連とイランだけで決める方針であったが、ソ連崩壊後にアゼルバイジャンやカザフスタンを含めカスピ海の関係国が多くなってしまったことで、前に進めることができなくなった。イランがロシアやカザフスタンとの貿易航路を確保することと共に、アメリカや外部の国が侵入してこないことがイランにとって重要である。直接イランがカスピ海を軍事的に重視しているわけではないと考える。(斎藤正道研究員)
(文責、在事務局)
革命と同年1979年の11月に起きた在イラン米国大使館占拠事件を機に、翌年アメリカとイランは国交を断絶し、イランは国際的孤立を深めた。1980年9月にはイラン・イラク戦争が勃発し、西側諸国とほぼ全てのアラブ諸国がイラクを支援。イランはイスラーム正義を守り通す「孤高の国」としての自負を掲げるようになる。その後ハターミー政権(1997-2005)が国際協調路線を押し出したことで西側諸国との関係は一時劇的に改善された。しかし2001年イラン核問題が発覚。冷戦の雪解けムードの中、この問題をめぐり西側諸国との溝が再度深まるが、ハメネイ最高指導者はロウハーニー政権(2013-2020)の下、「英雄的柔軟性」のスローガンを掲げ、西側諸国との協調路線へとシフトした。
2015年には安保理常任理事国とドイツとの間では核合意(JCPOA)が締結されたが、2018年には第一期トランプ政権がJCPOAからの一方的離脱と対イラン制裁を復活させた。イランは2019年以降、核合意の規定を大幅に上回るウラン濃縮活動に着手し、20%以上の濃縮ウランの製造・貯蔵、新型の遠心分離機の開発を進めた。米国とイランの緊張が高まる中、2020年1月、米国はバグダードを訪問した、革命防衛隊の対外作戦部門であるソレイマーニー革命防衛隊のデュス部隊司令官を殺害。イランも報復でイラクにある米国のアイノル・アサド空軍基地を爆撃したが、イラン・米国間での直接交戦には発展しなかった。その後も、イランの核開発に大きな役割を担っていたとされるファフリーザーデ国防軍需省研究印刷機構長官が2020年11月、イスラエルによって暗殺される。それを受け、イランでは「制裁解除のための戦略的措置法」が成立し、濃縮度20%のウランの生産・貯蔵を政府に義務付けたことで、バイデン政権下でもJCPOAの再建は事実上不可能な状況となった。
イランの核問題をめぐりこう着状態が続く中、2023年10月にハマースによる対イスラエル攻撃が始まる。イスラエルはシリアにあるイランの軍事施設への攻撃を激化し、イランとイスラエルの対立は、両国間の直接交戦へ発展した。今年1月に第二次トランプ政権が誕生し、イラン改革派系政権と米国の間で核交渉が開始した。しかし6月上旬、国際原子力機関(IAEA)の報告書が、濃縮度60%のウランの貯蔵を発表し、12日にIAEA理事会で対イラン決議が採択された。イラン・アメリカ第6回各交渉の2日前であった翌13日、イスラエルがイランを攻撃し、革命防衛隊の幹部や核科学者および一般市民に多数の死者が出た。続いて米国も22日にイランの核施設(フォルド、ナタンズ、イスファハーン)をバンカーバスターで攻撃する結果となった。12日間の戦闘を経て停戦合意が発行された25日、イラン国会は「I A E Aとの協力停止」法案を可決、承認した。