公益財団法人日本国際フォーラム

トランプとプーチン(敬称略)の関係の変化について流れを書いたのだが、安倍昭恵氏のプーチンとの対談という驚くべきニュースが30日に飛び込んだ。まず、驚きのニュースについてロシア報道を紹介した上で私見を述べ(1)、その後、それとは関係なく、欧。米・露関係の最近の推移とトランプ・プーチン関係の変化について事実を記す(2)。

1、安倍昭恵氏のプーチンとの会談

安倍昭恵氏が5月29日、モスクワでプーチン大統領と対談したと30日朝聞いて、たいへん驚いた。早速ロシアのメディアを確認すると、案の定、日露関係改善に関して、安倍晋三元首相がプーチン氏との間で進めた日露関係改善の努力をお互いに讃え合い、その対露政策を継承すべきだと、再確認している。

昭恵氏は安倍晋三首相の妻、つまリファーストレディーとしてプーチン氏と幾度も会っているはずで、気楽に会えると思ったのか。また、昨年12月、米国のトランプ大統領夫妻と会って好評だったので、露や日本人関係者の入れ知恵で、お膳立てがなされたのだろうか。日本政府も駐露の日本大使や大使館も、これには一切関わっていないと公表された。

ロシア大統領府ペスコフ報道官は対談の内容は承知していないとしたが、通信社「インタファックス」が、相当詳しくその対談内容を公表した。以下その一部の要約である。

プーチン大統領は昭恵氏に、「安倍首相の夢は、そして彼が,いから求めていたのは、両国間の平和条約を締結することだったことを私は知っている。そして私たちはこの道に沿って大きな進歩を遂げた。ただ、今は状況が違う」と二人の会談で述べた。また彼は、「我々は安倍首相の対露政策に非常に感謝し尊敬しており、ロシアと日本の協力関係の発展に努力した彼の対露姿勢を非常によく覚えている。したがって貴女はわが国でいつでも歓迎されるグストです」と述べ、安倍氏の下で日露協力の様々な計画が策定されたこと、安倍氏の故郷の山口県を訪問したことなどを想起した。

これに対し昭恵氏は、政治家ではないので政治問題には触れたくないと言いながら、「安倍はあなたを山口に招待したが、他の外国の最高指導者も、そこに招かれた人はいない。山口県民は、今でも貴方の訪問を暖かく覚えている。安倍は常に、日露両国関係の改善と拡大のプロセスを続ける必要があると述べていた。ロシアは日本にとって非常に重要な隣人だ。この困難な時期にも、両国間で文化的。人的交流は続けたい」と述べた。

政治に無関心の彼女が、私人として勝手なことを述べたのかも知れない。しかしプーチンによるウクライナ侵略問題で日本や世界が対露制裁を実行し、プーチンに和平の意思がないので、さらにその強化が問題となっている時、彼女の行動は常識的に考えて余りにもナンセンスな行動であり、発言だ。彼女が何に動かされて行動し、プーチンとの会談など、通常では行えない諸手配が如何になされたのか明らかにされていないが、これ以上論じる必要はないだろう。ちなみに私は、リアリストとしての安倍氏の政策は全般的に高く評価しているが、彼の対露政策は、露側の真の発想や心理に対する無知故の大失敗だったと見ている。これは当時の安倍氏周辺の人たちの問題でもある。

2、トランプ・プーチン関係の変化 一トランプはロシア人を知っているのか

今年トランプ大統領が世界をかき回し既存秩序をひっくり返してきたが、現在、米露関係の変化が注目されている。まず、最近の米欧ウクライナとロシアとの関係を瞥見する。

プーチン大統領は長年、米国を露にとって最大の敵であり、露に対する全ての脅威の背後には米国が存在すると固く信じていた。ただ今年1月に就任した第2期トランプ大統領とは、当初は親密な関係を維持した。その理由は、後者がプーチンとのディールによって、露とウクライナや欧州との対立を解決できると軽率に信じ、プーチンやロシアに敵対的、批判的態度を示さず、むしろ欧米のゼレンスキー大統領支援を厳しく批判したからだ。

プーチンとトランプには、共通の発想がある。それは大国だけが世界の動きを采配できるし、すべきだと信じ、そして国家主権の尊重を基礎とした国際秩序というものを全く無視していることだ。国家主権の無視に関しては、プーチンは2008年のジョージア侵攻や2014年の「クリミア併合」、さらに2022年以来のウクライナヘの軍事侵略などで明確だ。 トランプも、臆面もなく「カナダを51番目の米州に」とか、「グリーンランドの購入」、「ガザ地区を保有し、住民は近隣諸国へ移転させる」などと述べている。さらにトランプは、米国によるこれまでのウクライナ支援資金は、同国のレアアースや鉱物資源を米国が所有し、ウクライナと共同開発して返済してもらうとさえ述べた。この見解に関してはウクライナの反発だけでなく欧州諸国も驚愕したので、この5月、結局ウクライナの資源は同国の所有物と認め、その共同開発という合意に落ち着いたのであるが。

同じ大国主義的独裁者の発想を有しているからと言って米露が親密になるとは限らない。それは、ヒトラーとスターリンの関係を想起すれば明らかだ。敵対時も親密時もあった。しかしトランプは「プーチンとは良好な関係を有している。彼とはディールができると」述べ、それを信じ、また誇っていた。つまり彼は、ウクライナ紛争はプーチンと彼の二人の取引で解決出来ると信じ、その解決を米大統領として最重要の歴史的レガシーにしようとしていた。ところがこの5月になって、トランプはプーチンに対して強い苛立ちと不信感を強く抱くようになった。その背景と、最近の欧米と露の関係の変化を簡単に概観する。

この5月10日、英、独、仏、ポーランドの首脳はウクライナのキータでゼレンスキー大統領と会い、皆でトランプとも電話会談をして、5月12日から30日間、露とウクライナの無条件停戦を露に呼びかけた。露が応じない場合は対露制裁を強化するとも発表した。しかし露はその翌日、トルコのイスタンブールで露とウクライナの高官による無条件の停戦協議を提案した。これは30日間の停戦案を拒否するためだ。この露の提案に対し、ゼレンスキーは「私がイスタンブールでプーチンを待つ」と新たな首脳会談の提案をし、中束訪間中のトランプも「私も喜んで参加する」と公表。ただ、プーチンが「ネオナチ」「任期切れで正統性のない大統領」と公言した相手と会うことは自己否定になるし、その実現性はないと筆者は見ていた。今後も恐らくないだろう。

結局16日に露とウクライナから高官レベルの代表団がイスタンブールで会談したが、補虜交換以外に何の結果も出せず、本格的な和平交渉は先送りとなった。

19日に米。露大統領は電話で首脳会談を行い、トランプが和平を提案してもプーチンは拒んだ。ただ、プーチンは将来の和平条約に関する「覚書」を策定する考えは述べた。

21日迄に米共和党、民主党の超党派上院議員80名以上が、露産エネルギーを購入する国に500%の関税を課す姑露制裁法案に賛同し(法案提出をしたのは4月1日、約50人の超党派議員よって)、これまでトランプが控えた対露制裁強化の可能性が具体化した。日本も「サハリン2」から、ガス輸入量の約9%のLNGを輸入し、露の北極における「アークチック2」のエネルギー開発にも協力しており、その扱いがどうなるかは不明だ。

ちなみに、2022.12 – 2025.4の露産原油は、中国が47%、インドが38%、 トルコが6%輸入している。当然、露は石油やガスの輸出収入をウクライナ攻撃にも使っている。

露は5月24日夜から25日にかけ、ウクライナに対しドローンとミサイルによる過去最大の攻撃をし、それまでプーチン批判を控えていたトランプは、「プーチンは全く狂った」と述べた。27日に米ケロング・ウクライナ特使は、ウクライナから和平受け入れ文書を受けたと述べ、露からも同様の文書を受け取って、次回の両国高官級協議をジュネーブで開催し「和平条約に関する覚書」作成の予定だと述べた。同日、トランプは、露の24日以来の大規模攻撃に対し、「プーチンは火遊びをしている」と怒りをあらわにした。

28日、ゼレンスキーは独のメルツ首相を訪問し、 ドイツ製長距離巡航ミサイル「タウルス」(射程500km)の供与(100発を超えるとされる)や追加軍事支援を協議した。注目されるのはミサイルの長距離飛行などに一切制限を課さないとした、すなわち露への攻撃を認めたことだ。米・英・仏もそれまでに供与した長行距離ミサイルによる対露攻撃を認めた。ウクライナの専門家は、これらミサイルの的は主として露の軍需工場だとした。

同じ28日、露ラブロフ外相は、次回の直接協議を6月2日にイスタンブールで行い、露としての停戦条件を記した文書をその場でウクライナの代表国に示すと表明した。ただ、その内容は、紛争の「根本原因」を確実に除去するためのものだと言う。これはウクライナの降伏を要求するに等しいものだが、ウクライナ側は露の協議続行の提案を受け入れた。

同じ28日にトランプもプーチン大統領に、停戦の意思があるかどうか2週間以内に判断するよう求め、記者団に「彼が私たちを欺いているか否か見極める。もし欺いているなら、露への対応を変える」と述べた。ただ彼は、対露制裁の強化に関しては、以前と同様、「制裁で合意を台無しにしたくない」と述べ、相当強引な政策を実行している露には、やはり慎重に対応する姿勢を示した。同時に彼は、「交渉の最中に露の攻撃で人々が殺されている事には非常に失望している」と、プーチンヘの不満を改めて述べた。さらにトランプは、「プーチンが我々を利用しようとしているかは2週間以内にわかる」とも述べた。

この5月の米・露・欧州・ウクライナの動向を概観したが、最後に二つの基本問題を指摘しておきたい。一つは、トランプの「プーチン・ロシア認識」の酷い甘さを指摘する論が、欧米や日本で余りにも少ないこと。もう一つは、日本や国外のメディアが「トランプ、プーチン、ゼレンスキー」の三者会談は現実には有り得ない事を、指摘していないことだ。