公益財団法人日本国際フォーラム

本稿は、公益財団法人日本国際フォーラム(JFIR)「気候変動を遠因とする紛争が発生する社会的リスクの評価フレームワークの構築」研究会に基づく

1.気候変動と世界の難民・避難民の現状と予測

難民や避難民の数は世界的に増加している。2023年に1億1730万人が、紛争や迫害などが原因で家を追われたと国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は報告している。実に日本の人口に逼迫する規模の人々が世界各地で避難を強いられていることになる。国境を越えて避難を強いられる「難民」に対して、自身が住む国内で避難生活を余儀なくされている「国内避難民」(IDPs)は、2024年の国内避難モニタリング・センター(IDMC)の報告書によると、世界で7,590万人にも上る。2023年の間に新たに避難や移動をした人は、4,700万人近く記録されている。この年の避難の原因は、2,050万人は紛争や暴力に起因し、大地震やサイクロンなどの災害による避難は、2,640万人で全体の56%を占めた。近年の特徴として、高所得国においても災害による避難民が増加しており、一例として2023年のカナダにおける未曽有の山火事により18万5,000人が国内避難を余儀なくされた。2009年の国際移住機関(IOM)の予測によると、環境変化が起因となって2050年までに世界で2億人が移住を強いられるとされ、実際にはその予測を上回るペースで人々の移動が進んでいる。

このような状況を踏まえ世界銀行は、報告書「大きなうねり:気候変動による国内移住者への備え」(Groundswell: Preparing for Internal Climate Migration)の第一部を2018年に、第二部を2021年に発行し、従来見過ごされがちであった環境に起因する国内における避難や移動に着目し、今後の国内避難民の増加の予想を示した。同報告書では、積極的な気候変動対策や開発政策が実行されなければ、水不足や農業生産の低下、海面上昇、ヒートストレス、異常気象といった要因により、世界的に2050年までに約2億1600万人が避難を余儀なくされる可能性があるとして警鐘を鳴らした。また、移民の増加は短期間で急激に進むわけではなく、作物が収穫できない時期に都市部へ出稼ぎに行くなど、様々な対処メカニズムが活用されるため、人々の移動や避難のパターンも多様である。

温室効果ガス削減による気候変動緩和策の重要性は言うまでもないが、加えて適応策の必要性がますます高まっている。たとえ各国が現行の温室効果ガスの排出削減目標「国が決定する貢献(NDC)」を実行したとしても、気温上昇を1.5℃以内に抑えることは難しい状況にある。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気候変動が移住に与える影響について、以下の4つの分類を示している。一つ目は、「適応的移住」(個人や世帯の選択による移住)、二つ目は、「非自発的・強制的移住」(移動以外にほとんど選択肢がない状況での移住)、三つ目は、「気候災害のリスクが高い地域からの計画的な人口移転」、最後に、移動が困難な状況(文化的、経済的、社会的な理由により、リスクの高い地域から移動できない、または移動しないケース)、である。社会でももっとも脆弱な人々や資源を持たない人々が最後に避難や移動ができずに取り残されてしまう傾向が強いことが指摘されている。

ちなみに1951年の「難民の地位に関する条約」では、難民とは「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた」人々と定義される。「気候難民」や「環境難民」は、通常国際法上は「難民」として認定されてこなかった。この条約では自らの人種や宗教あるいは政治的立場により母国では迫害を受けるおそれがあり国外に避難した人を「難民」と呼び、庇護の対象とする。そして、気候変動は緩慢な進捗に伴って徐々に発生するため、そもそもあまり注目されない傾向がある。そんな中、UNHCRは2020年に「気候変動と災害の悪影響の文脈における国際的な保護請求に関する法的考察」[1]という文書を発行し、既存の国際法体系の中で気候変動や災害の悪影響の中で国際的保護を求める人々は、難民としての正当な権利を主張する可能性があると新しい見解を示している。今後その運用に注目していきたい。

2.気候変動に起因する移住と紛争リスクとの関係性について

気候変動に起因する人々の移動は、平和や安全保障の問題に何らかの影響を及ぼすのであろうか。この関連についてノルウェー国際問題研究所(NUPI)とストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の共同研究により興味深い分析が示されている。この研究によると以下の4つの発生経路が特定されている。第一に、異常気象や災害によって生活の基盤や生計手段が失われ、社会の不安定化が進む。第二に、大規模な移住や人口移動により、ホストコミュニティと難民・避難民との間で資源や職の奪い合いや既存の対立が激化する、第三に、軍や武装組織が、異常気象に伴う環境変化を利用して、新規の収入や人材を獲得するなどして勢力を拡大する、そして第四に、政治的・経済的搾取が不安定な状況を引き起こす、である。この研究を主導したNUPIのセドリック・デ・コーニング(Cedric de Coning)教授にインタビューを行ったところ、これらは必ずしも典型的な発生経路ではなく、国連で取り上げられるなどしたある意味最悪の事例と捉えるべきだ、とのことであった。

スウェーデンのウプサラ大学平和・紛争研究学部による「ウプサラ紛争データ・プログラム」(UCDP) では、武力紛争の定義を「毎年25人以上の死者」が出ること、および「当事者の片方または双方が国家政府であること」として世界的な紛争に関するデータを収集公開している。しかし、紛争は必ずしも暴力を伴うものとは限らず、社会生活のさまざまな場面で表出すると言える。イデオロギーや目指すべき目標、価値観が異なる場合に、紛争(conflict)が生じることが指摘されている。紛争が存在すること自体は必ずしも悪いことではないが、その解決のために破壊的な手段をとる場合、大きな弊害が生じる。紛争解決(conflict resolution)のメカニズムには、裁判所への訴えやディベート、投票など、さまざまな手段があるが、構造的な暴力が是正されなければ、真の平和の実現は難しいことも指摘されている。気候変動により生活の基盤である自然資源が悪影響を受けたり、その配分が変わるなどの場合に構造的な不平等や不公正が深まり、社会における紛争リスクを増加させる懸念がある点には注意が必要である。

3.アジア地域における事例

豪・マードック大学トビアス・イデ准教授による災害が武力紛争の力学をいかに形成するかについて分析した研究[2]で、アジア諸国36件の事例研究に基づく評価を行っている。その結果、災害が紛争に与える影響を、「大きな影響を及ぼさなかった」(18件)「紛争を悪化させた」(9件)「紛争を緩和させた」(9件)の三つのパターンに分類した。これらの影響の出方は、集団のリーダーや構成員の動機に大きく左右される。災害以前から不平不満が存在する場合には、紛争が悪化しやすくなる一方で、災害によって人々の団結力が高まることもある。また、不平不満を利用して武装集団が若者を取り込むこともあるが、逆に災害によって武装集団の活動が困難になる場合もあると述べられている。災害が紛争に大きな影響を及ぼさなかった事例の一つとして、2013年のフィリピンを直撃したスーパー台風ハイエンが含まれる。紛争が悪化した例としては、インドのアッサム地方での1998年の洪水があり、この地域では災害が武装集団の召集に利用されていたことが報告されている。また、紛争が緩和された事例としては、2007年のバングラデシュのサイクロン・シドルが挙げられ、災害によって武装勢力の統率力が低下したことや、元々、武装集団に対する住民の支持が低下していたことが紛争緩和の理由として述べられている。災害が紛争に結びつきやすい十分条件として、農業への依存度が高い場合、民主的な政治制度が存在しない場合、そして貧困率が高い場合などが指摘されている。

加えて、1996年のスウェインの調査[3]によると、インドのファラカ堰において、1960年代のインドの緑の革命以降、人口増加に伴い、ガンジス川の取水量が上流でかなり増加した。そのため、下流のバングラデシュ南西部の人々は水不足に苦しむこととなった。この影響で、塩害やマングローブ林の減少が生じ、人口が万単位で流出し、インドのアッサム地方やデリーに向かうこととなった。アッサム地方において流入してきたイスラム教徒のバングラデシュ人がヒンドゥー教徒のインド人から暴力的な対応を受け1,700人が命を落とし、加えて双方に約3,000人の死者が出た事例が1983年に報告されているという。この事例は気候変動に伴う人口移動とは言えないものの環境変化による大規模な人々の移動がもたらす地域への影響という意味では相当に深刻な惨事とインパクトがあったと言えるであろう。

4.まとめと展望

本稿のまとめとして、2024年度に日本国際フォーラムが主催した「気候変動を遠因とする紛争が発生する社会的リスクの評価フレームワークの構築」研究会での議論も踏まえて展望を示したい。既存研究を振り返ると総じて気象災害が移民や難民を生み、それらの移民・難民が対立や紛争を招いたという直接の因果関係が証明されている事例は少ないと言えるであろう。その中でもSIPRI・NUPIの四つの発生経路で示された気候変動に伴う紛争リスクの増大の背景にある共通した課題とは、移住する人々の生計が失われることである。こうした移動する人々や受入コミュニティの生計手段が失われないように、様々な緊急・人道・開発支援が行われてきたわけだが、今後はさらなる支援の拡大や予防的な措置が求められる。その際にイデ氏の研究の一つの重要な示唆は、紛争当事者や社会が持つ脆弱性の大きさが、気象災害発生時に紛争が激化するか緩和するかを左右するということである。今後の気候変動と移住研究をさらに進める上で新しく着目するべき論点として、近年増加傾向にある気候資金を緊急避難や計画的移住の問題に活用するための正当性の確保、適応としての移住が様々なかたちの紛争や軋轢の原因とならないよう配慮する、復興支援の際に紛争をいかに軽減するか、などが考えられる。

短期的な避難に関する経済的損失などの研究成果に加えて、今後は長期的なインパクトに対応するための予防策や都市計画の研究をより強化する必要がある。例えば、日本は、今後の海面上昇によって沿岸域がどのような影響を受けるのかより精緻な分析が求められる。これまで、台風などの短期的な災害に対する研究に予算が多く割かれてきた。また、特に開発途上国では計画的移転の場合には支援が少なく、基本的に自助努力で行われているため、やむを得ない移転に対する支援や、移転後の経済的・生計手段の確保のための支援を強化する上で、気候変動と移住の研究が役に立つだろう。さらに、受け入れる側のホストコミュニティに対する支援も少ないことが指摘されている。ホストコミュニティと移住した人々の間で支援の差により軋轢が生じることもあるため、このような長期的な視点を持った研究や実践は重要である。従来の法的保護が十分に受けられてこなかった人々が保護されるためにも、このような研究は今後さらに重要性が増すであろう。

また、時間軸を考慮した研究の不足について触れると、特に海面上昇などの長期的な災害が移民・難民をどれほど増加させているのかは明らかになっていない。短期的な災害の方が避難民を生みやすいが、それらの避難民は戻る人が多いため受け入れ先は比較的寛容に避難民を受け入れ、紛争に至るケースは比較的少ないという。一方で、長期的な旱魃や海面上昇を受けて避難した人々は元の地域に戻れず、受け入れ先に長く留まるため受け入れ先で対立を生みやすいという。しかし、この指摘については今後の実証研究が待たれるところである。前述のイデ氏の研究では、災害の長短は紛争の在り方に影響を及ぼしていないと述べられている。

研究会メンバーから紹介された気候変動を遠因とする紛争により、欧州において大規模な移住が起きた一例は、2010年代半ばのシリアからの1300万人とも言われる難民・避難民の欧州への一部受け入れであった。スウェーデンは移民受け入れ大国であり、古くは1960年代のベトナム戦争に伴う移民に始まり、中東や東欧などから、歴史的に多くの移民を受け入れてきた。多様性を重んじ寛容な移民政策で知られるスウェーデンだが、近年はホストコミュニティにおける社会不安定化も起きている。ロシアのウクライナ侵攻後、2022年に中道右派政権に移行してからは、移民を制限する方向に変わってきている。また、そもそも移民の大量発生を招かないような予防対策として、「適応策」強化のための国際協力もスウェーデンは行っている。気候問題に対する危機意識がヨーロッパで高い理由の一つに、移民の流入があると見てよいだろう。

一方で、ニュージーランドでは、2017年に気候変動担当大臣が気候変動の影響によって避難を余儀なくされている太平洋諸島民のために「実験的な人道的ビザ」の発給を検討していると発表したが、公表後6ヵ月後に撤回された。この原因の一つは太平洋諸島国側からの不評もあり、まずは当該諸国での適応策の強化や支援など訴えたという。筆者が議論した太平洋諸島のリーダー達が「自分たちを難民扱いして欲しくない」と述べていたことを思い出した。また、近年では、世界の特に先進諸国における政権の保守・右傾化や国民感情も相まって移民の受け入れを制限し、国境警備を強化する方向にあると言える。このような背景からも移民問題を安全保障上のリスクと安易に関連付けて論じることが、移住を余儀なくされた人々が受け入れる側の社会の脅威となるという短絡的な議論や偏見を助長し、冷静な議論への道を閉ざす可能性も否定できない。

国や地域によって初期条件は異なるため、災害発生時の社会の対応は大きく異なる。アジア太平洋地域の特徴を考慮すると、短期および中長期の時間軸での整理が重要であると考えられる。また、社会が脆弱な場所と気候変動リスクが高い地域をマッピングし、今後のリスクの高い場所を特定することも重要であろう。さらに、レジリエンスを高めるための計画策定やインフラへの投資も重要である。災害対策はローカルな文脈が重要であるが、アジア太平洋の国々では共通点も多く存在するため、学び合いや技術協力ができることが望ましい。アジア太平洋地域において経済成長するにつれて資金の出資元が多様化しているため、気候変動と人々の移動にも配慮し、その可能性にフォーカスすることも重要であろう。

[1] The Office of the United Nations High Commissioner for Refugees (UNHCR), “Legal considerations regarding claims for international protection made in the context of the adverse effects of climate change and disasters” https://www.refworld.org/policy/legalguidance/unhcr/2020/en/123356 (Accessed on January 10th, 2025)
[2] Tobias Ide, Catastrophes, Confrontations, and Constraints: How Disasters Shape the Dynamics of Armed Conflict, (Cambridge, Mass.: MIT Press, 2023). doi:10.1017/S0892679423000333
[3] Swain, A. (1996). Displacing the Conflict: Environmental Destruction in Bangladesh and Ethnic Conflict in India. Journal of Peace Research, 33(2), 189-204. https://doi.org/10.1177/0022343396033002005 (Original work published 1996)