問:トランプはロシアとウクライナの問題にどれだけうまく対応してきたか?
答:私は基本的にトランプの、戦争を直ちに停止すると言う考えは正しいと思う。
問:正しいとは?
答:ロシアとディールをすべき、ということ。それはロシア側の主要条件を受け入れることだ。第1に、ウクライナはNATOに加盟せず、西側諸国の安全保障支援も受けない。第2に、ウクライナはかなりの領土を放棄する。第3に、同国はロシアの脅威にならない程度まで非武装化する。ただトランプ提案のこのディールは、欧州諸国やウクライナの同意を得ることは難しい。
問:ウクライナが領土を譲歩するとして、その後の安全保障は如何に得られるのか?
答:彼らは安全の保証は得られない。その事実をただ受け入れるしかないのだ。ウクライナの安全保障とは、実質的にはNATO加盟に等しい。ロシアはそれを受け入れない。ウクライナとロシアの戦争は、NATOの拡大が根本的な原因だったからだ。
問:安全保障無しでは、プーチンが再びウクライナを攻撃するのでは?
答:プーチンが将来ウクライナを攻撃するとは思わない。戦争解決の後、プーチンが最も望まないことは、新たな戦争の開始だ。
問:「クリミア併合」後にもあなたは、プーチンは他の地域を攻撃しないと言ったが……
答:そう言ったが、状況が変化した。その後、バイデンがロシアに超強硬姿勢で臨んだ。
問:ということは、プーチンは侵略を余儀なくされたと?
答:そうだ。私たちが、ウクライナのNATO加盟阻止のための戦争をロシアに強制した。2008年にNATOの首脳はウクライナを同盟国にすると発表した。プーチンとその側近たちは、それが現実の脅威であり、それは許さないとはっきり示した。
問:ウクライナは一度もNATOに加盟していない。バイデン政権下でも。
答:実際には彼はNATOに加盟させるため全力を尽くした。その戦略計画文書もある。
問:昨年、あなたは「2022年2月24日以前にプーチンがウクライナを征服し、ロシアに組み入れたいと考えていたという証拠は全くない」と述べたが……
答:今もそう信じている。
問:あなたは本当にウクライナがロシアにとって脅威であると感じているのか?
答:NATO加盟国のウクライナはロシアにとって脅威だ。
問:プーチン大統領は2008年4月に、ジョージ・W・ブッシュに、「ウクライナは国ですらない」と言ったが、あなたはそれについてどのように説明されるか?
答:その発言については知らない。今まで聞いたことがなかった。もっと勉強しなければならないようだ。
ミアシャイマーは2008年4月のルーマニア・ブカレストのNATO首脳会議で、NATO首脳がウクライナを同盟国にすると発言し、その時プーチンは(「NATO・ロシア理事会」のロシア首脳として出席)米ブッシュ大統領ジュニアに「ウクライナは本当の国家ではない」とその主権国家としての地位を否定するかの如き発言をしたことは広く知られている。(袴田茂樹「ロシア、プーチン大統領の中央アジア戦略」(日本国際問題研究所発行『国際問題』№647 2015.12 以下「袴田論文」とする)
ミアシャイマーが、私が10年前に「広く知られている」と書いた2008年4月のNATO首脳会談時の有名な政治的「エピソード」を知らないことには驚く。それよりさらに驚かされることは、この時の首脳会談の主要テーマ、ウクライナとジョージアをNATOに加盟させるか否かの決議を、一方的に解釈していることだ。この時は、クロアチアとアルバニアのNATO加盟受け入れが決まり、実際の手続きに入る、つまりロードマップ(行程マップ)を具体化することになったが、ウクライナとグルジアの加盟に関しては欧州の2大国ドイツとフランスの首脳が反対して、受け入れに不可欠なNATO加盟国の一致は得られず、「将来同盟国にする」と曖昧にして事実上「棚上げ」になった。将来と言っても、いつ加盟するかも示されず、もちろんロードマップも問題外だった。また、当時はウクライナ国民の間でも、NATO加盟賛成派は少数派だった。
このウクライナ加盟を棚上げしたNATO首脳会談につき、ミアシャイマーは「ウクライナを同盟国にするとした」と断定、「プーチンとその側近たちは、それが現実の脅威だとして許さなかった」と述べた。NATO加盟国や世界の専門家の多くは「棚上げ」と見たが、ロシア側は「同盟国にする」の言に注目し、「棚上げ」の事実は無視している。
ウクライナが主権国家なら国際法上、他国或いは他の同盟組織と同盟関係に入る権利を持っている。しかしプーチン政権は「ウクライナは国ですらない」と述べ、ジョージアに対して同様の発言をし、NATO加盟の権利を否定した(『イズベスチヤ』2006.6.2)。
バルト三国や旧東欧諸国がNATO加盟を望んだのは、ロシアの脅威ゆえである。ただ、この問題は「鶏が先か卵が先か」の論に陥る。ケナンやキッシンジャーが生きていたら、フィンランドやスウェーデンのNATO加盟を批判したか。それが正しい判断なのか。
プーチン政権の深刻な問題点は、NATOへの加盟意思を全く表明していない旧ソ連圏の国々でさえ、真の独立国と見ていないことにある。例えばカザフスタンだ。プーチンは2014年8月、「カザフが国家だったことはなく、ナザルバエフ大統領が、国家が一度も存在したことのない領土に国家を建設した」と述べた。翌年秋に「カザフ・ハン国」創立550周年の盛大な式典や催しがカザフ各地で行われた。これがプーチンに対するナザルバエフの回答だった。
ロシア政権がNATO拡大に対し、常に脅威を感じていたとの論に対しては、次のことも指摘する必要がある。2008年8月にロシアがジョージアに軍事侵攻して同国内の南オセチア自治州、アブハジア自治共和国を「独立」させた。実際はロシアの傀儡国にしたのだが、NATOは動かなかった。翌年1月に米大統領に就任したオバマが最初に打ち出した対外政策は「米ロシア関係のリセット(改善)」で、オバマはその年10月にノーベル平和賞を受けた。2014年3月にロシアが「クリミア併合」をした時もNATOは動かなかった。その直後、ロシアの著名な軍事評論家A・フラムチュヒンはプーチンに、「NATOは張り子の虎どころか、石鹸の泡にすぎないことを貴殿は示して下さった」と述べた(『独立新聞』2014.4.18)。
3月18日の電話による米ロシア首脳会談では、トランプ大統領(以下敬称略)がゼレンスキーの了解のもと提唱した30日間の「全面停戦」案は拒否され、同期間の「エネルギー施設の攻撃停止」とされた。ちなみに、ロシアはウクライナから幾度もエネルギー施設のドローン攻撃を受けていた。また、プーチンは会談開始に1時間ほど遅れた。遅刻は彼の政治的「常套手段」だが、習近平とは多数回会談して一度も遅れていない。世界のメディアはこの会談につき「トランプの敗北」と報じた。1990年代以後、ソ連「封じ込め」政策で有名なJ・ケナンや、米国とロシア・中国間の仲介で有名なH・キッシンジャーなどが、NATO拡大政策を厳しく批判したことはよく知られているので、ここでは触れない。
本稿では、トランプに影響を与えているとされるが、毀誉褒貶が激しいシカゴ大学の著名なリアリスト国際政治学者ミアシャイマーの見解に焦点を当てる。ちなみに私は大学院ゼミでもリアリストとしての彼の論を扱ったが、今日の彼の主張には戸惑っている。
彼は、一方では「知の巨人」とか「世界で最も明晰で論理的なリアリスト」と評価されてきたし、他方、特にロシアのウクライナ侵攻後は、侵攻の責任に関してはロシアよりもNATOの拡大政策を進めた西側に責任があるとの見解を強く主張し、「世界で最も嫌われる学者」とか、「プーチンにとって使い勝手の良いバカ」とさえも評されている。
ロシアによる「クリミア併合」(2014.3)後の、2014年の『フォーリン・アフェアーズ』誌の9月号は、ミアシャイマーの、「悪いのはロシアではなく欧米だ――プーチンを挑発した欧米のリベラルな幻想」を掲載した。
最近のミアシャイマーの発言としては、The New Yorker誌の著名なインタビュアーであるアイザック・チョティナー(Isaac Chotiner)のインタビュー記事(2025.3.11)を、紹介したい。これは大学時代の友人の紹介で読んだのだが、同誌はインタビュー記事の前書きで、「トランプは、ミアシャイマーの言葉で国際対立について語ってきた」と述べている。つまり、トランプはミアシャイマーの考えを実行している、という意味でもある。
以下、質問者チョティナーと回答者ミアシャイマーの対話の一部だ。(袴田要約)