公益財団法人日本国際フォーラム

1.「ガザ所有」発現の衝撃

2025年1月20日、2期目のドナルド・トランプ政権が発足した。就任演説で「アメリカがこれ以上利用されることを許さない」「非常に明快にアメリカを第一に据える」と強調したトランプは、初日に多くの大統領令に署名したが、その中には対外支援が「アメリカ第一」の外交方針に一致しているかどうかを精査するために、対外支援を90日間停止することを求める大統領令も含まれていた。1週間後、国務省は、対外援助の資金拠出を原則として凍結する方針を発表し、こう述べた。「我々が費やす1ドル、資金提供する全プログラム、追求する政策は次の3つのシンプルな質問に答えられなければならない。アメリカをより安全に、より強く、より繁栄させられるか」。

このように「アメリカ第一」のもと、対外支援を厳しく精査・制限する姿勢を見せているトランプ政権だが、緊急食糧援助、およびイスラエルとエジプトへの軍事費援助は除外された。とりわけイスラエル支援は、バイデン政権より手厚いものとなる可能性もある。大統領就任式から数日後の1月26日、トランプは自身のSNS、Truth Socialに「イスラエルが注文し、既に代金を支払ったが、バイデンから送られていない多くの物が、現在輸送中です!」と投稿。前ジョー・バイデン政権によって差し止められていた1トン級の爆弾 1800発をイスラエルに輸送したことを明らかにした。爆弾の到着を受け、イスラエルのカッツ国防相は「イスラエルとアメリカの強力な同盟関係のさらなる証拠」と歓迎の声明を出した。

大統領就任以来、多くの大統領令に署名してきたトランプだが、1月29日には、「反ユダヤ主義的な嫌がらせや暴力の加害者には、訴追、追放、またはほかの方法で責任を問う」とする大統領令に署名した。大統領令は、「(アメリカのキャンパスで)ユダヤ人学生は、容赦ない差別の集中砲火、図書館や教室を含むキャンパスの共用エリアや施設へのアクセス拒否、脅迫、嫌がらせ、身体的脅迫および暴行に直面している」との認識のもと、高等教育機関に対し、キャンパスで「反ユダヤ主義」が台頭することを防ぐため、「外国人学生および職員の活動を監視および報告する」よう求めるものだった。

さらにトランプは2月4日、大統領就任後、ホワイトハウスで会談する最初の外国首脳としてイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、イスラエルの軍事行動が続くガザについての私案を発表し、世界を驚愕させた。トランプは、現在のガザについて「解体現場のようだ」と表現した上で、「死と破壊を終わらせるために」ガザ住民すべてを国外に移住させ、「(アメリカが)ガザを所有し、不発弾などを解体し、敷地を整備し、破壊された建物を撤去し、経済発展によって多くの雇用と住居を提供する」という考えを披露したのだ。そうした復興を経てガザは、「『中東のリビエラ』と言われるような素晴らしい場所になる可能性を秘めている」とも述べた。リヴィエラは、地中海沿岸のフランス・イタリア国境付近にある高級リゾートだ。アメリカが中東政策の長年の方針としてきた、イスラエルとパレスチナが共存する「2国家解決」の目標を放棄するのかという問いに対しては、「1国家でも2国家でもなく、人々に生きる機会を与えたいだけだ」と答え、言葉を濁した。

武力紛争のルールを定めたジュネーブ諸条約の追加議定書は、占領地の住民の追放や移送を禁じている。意に反してガザ住民が強制移住させられれば、国際人道法違反となる。国際法を無視したトランプ発言に対しては、各国から批判が相次いだ。もっともその数日後に石破茂首相の訪米と日米首脳会談を控えていた日本政府は、トランプ発言に対する批判や反応を慎重に控えた。

2.封じられるイスラエル批判

3月18日、イスラエルとハマスとの間で成立していたガザでの停戦合意を破って、約2カ月ぶりにイスラエルによる大規模攻撃が再開された。このイスラエルによる攻撃について、国連では多数の安保理理事国が批判し、イスラエル国内ですら疑問や批判の声が大半を占めた。にもかかわらず、アメリカは、「ハマスが恒久的な停戦の枠組みを交渉する時間延長を含めたすべての提案を拒んできた結果だ」、「責任はハマスのみにある」と主張し、イスラエル軍の行動を全面的に支持した。イスラエルによる大規模攻撃が「無差別」に行われているという批判に対し、アメリカのシェイ国連臨時代理大使は「イスラエル軍はハマスのいる場所を攻撃している」と反論し、「トランプ大統領は、ハマスが直ちに人質を解放しなければ、高い代償を払うことになると明言しており、我々はイスラエルの次のステップを支持する」と語った。

イスラエルを強硬に擁護する姿勢によってアメリカは外交的な孤立を深めているだけではない。トランプ政権は、国内におけるイスラエル批判の弾圧を強めている。その主要なターゲットとなっているのが大学だ。

3月8日、トランプ政権は、「パレスチナ問題をめぐって嫌がらせを受けるユダヤ人学生を守る義務を怠っている」という理由で、ニューヨークのコロンビア大学に対し、4億ドル(590億円)の助成金や契約を取り消すと発表した。今後、他の大学も対象になる可能性も示唆している。2023年10月のハマスによる攻撃を端緒に、ガザでイスラエルの大々的な軍事行動が始まって以来、コロンビア大学はじめ全米の大学で、無差別的なイスラエルの軍事行動、それを軍事支援で支えるアメリカ政府に抗議し、パレスチナの解放を求めるデモが展開されてきた。しかしトランプは、イスラエルによる軍事行動やネタニヤフ政権への批判、すべてを一括して「反ユダヤ主義」とみなして否定し、SNSへの投稿では、イスラエル抗議デモに参加した留学生を国外に追放する考えも明らかにした。その数日後、コロンビア大学での抗議デモで中心的な役割を担ってきた元大学院生マフムード・カリル当局に拘束された。憲法が保障する言論や表現の自由への攻撃ではないかと、アメリカでも批判が広がっている。トランプは今後も、抗議デモ参加者を拘束し、強制送還する意向を示している。

コロンビア大学は、全面的にトランプに従う道を選んだ。3月21日、キャンパスから人を排除・拘束できる権限のある警備員を36名雇うことの他、抗議デモの参加者らが学内で顔を隠すためにマスクをつけることを禁じると発表した。また、中東関連の教育・研究内容についても「徹底的な見直し」を進めるため、上級幹部を新たに任命することも発表した。私立大学のコロンビアが、教育内容への政府介入を許容するかのような態度を示していることは、大きな波紋を広げている。

3.「価値の同盟」を守るために

ガザ危機で露呈してきたアメリカの道徳的な混乱状況は、アメリカとの「価値の共有」をうたってきた日本外交にもさまざまな再検討を迫っている。

2024年4月初頭、岸田文雄首相が訪米し、バイデン大統領(当時)と会談した。岸田首相は、連邦議会上下両院合同会議で「未来に向けて-我々のグローバル・パートナーシップ—」と題した議会演説を行い、こう強調した。「世界はアメリカのリーダーシップを当てにし」ているとして、「「自由と民主主義」という名の宇宙船で、日本はアメリカの仲間の船員であることを誇りに思います」。もっともそのときアメリカ国内では、パレスチナ連帯デモが弾圧され、「反ユダヤ主義」的な言動の取り締まりが進んでいた。トランプ政権になってから公然かつ劇的な形で行われている「反ユダヤ主義」の取り締まりだが、前ジョー・バイデン政権下のアメリカにも、イスラエル批判を許さない雰囲気は広がっていた。

トランプ政権は、2024年11月に国際刑事裁判所(ICC)がハマスの幹部3人とともに、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント元国防相に対し、ガザでの戦闘行為に関して戦争犯罪や人道に対する罪などの疑いがあるとして逮捕状を発行したことに反発し、逮捕状を請求したカリム・カーン主任検察官など、ICC関係者に制裁を科す意向も示している。こうしたアメリカの動きについて、ICCの所長を務める赤根智子はこう語っている。「(アメリカに制裁を科されれば)ICCの活動は機能停止に追い込まれ…イスラエルのみならず、ハマス幹部やプーチン大統領らに対してこれまでに出したICCの逮捕状も、事実上、効力のないものになってしまう…国際社会で「法の支配」がないがしろにされ、「力による支配」が横行すれば、戦争犯罪の被害者たちは報われない」。このように懸念を表明した上で、赤根は「国内外で「法の支配」を体現してきた国の一つ」として日本に対し、ICCを存続させるために、何らかの政治的・外交的行動をとることを求めている。

2025年2月初頭に行われた石破・トランプ会談後に発表された日米共同声明には、「法の支配」や「国際秩序」といった言葉は盛り込まれなかった。日米同盟は今後、「法の支配」や「国際秩序」といった共通の価値で結ばれた「価値の同盟」であることをやめていくのだろうか。それは世界平和にとって大きな損失になるだろう。今、日本に求められているのは、上部だけの理念をとりつくろうことではなく、アメリカとの間にある価値や利益の齟齬を率直に認めることだ。日本は「価値の同盟」としての日米関係を諦めてはならない。そのために、トランプ・石破首脳会談であらわになった日米の価値観の断絶を見据えるリアリズムとともに、岸田首相が表明したアメリカのリーダーシップへの期待と希望を抱き続け、アメリカに働き続けるべきだ。