公益財団法人日本国際フォーラム

「アメリカ第一主義」を再び前面に掲げた第二次トランプ政権が発足し、世界情勢が一気に混迷の度を深めた感がある。アメリカが単独で国際秩序を支え、リーダーシップを握ってきた時代は大きく変わり、国際秩序そのものが大きく変貌しはじめている。

グローバル・ガバナンスの危機

特に大きいのが、一国の統治だけでは解決できないような、地球環境、パンデミック、国際テロ、難民、人権などの主要なグローバル・アジェンダへの対応であるグローバル・ガバナンスがいま、大きな危機を迎えていることだ。

グローバル・ガバナンスとは、人・モノ・カネ・情報が国境を越えて行き交う時代において、一国の統治だけでは解決できないような、地球環境、パンデミック、国際テロ、難民、人権などの主要なグローバル・アジェンダへの対応や国際秩序をめぐる動きなどに対応することを意味する。

トランプ政権が矢継ぎ早に発表する大統領権限には気候変動対策の放棄、関税、USAID(国際開発庁)の解体、国際協力分野の公務員の大量解雇、国際交流のための資金提供の凍結など非軍事分野のグローバル・ガバナンスの争点の多くが含まれている。いずれも、アメリカ国内「内なる敵」との戦いの延長であり、「ウォークネス(wokeness)」に対する憎しみの度合いの激しさから、トランプ政権はグローバル・ガバナンスから距離を置くようにみえる。

グローバル・ガバナンスの様々な争点が党派的な対立争点にすり替えられているのが今のアメリカの現状である。昨年のトランプの選挙戦では「不法移民」という言葉は保守層の支持固めのための最大のキーワードだった。民主党支持層が多い地域、都市部では非合法移民が入ってきても人道的にも追い出さない「サンクチュアリシティ」(聖域都市)があるが、これについてもトランプは徹底して禁じていく姿勢を見せている。

しかも、3月初めの議会演説でトランプ自身が指摘したように、この変化はまだ始まったばかりである。今後も中国の「文化大革命」のような大粛清の動きが続いていきそうだ。

「トランプリスク」を「トランプチャンス」に変えるには

ただ、日米協力において、特に非軍事分野でのこのアメリカの大きな変化は必ずしもマイナスだけではない。

「トランプリスク」を「トランプチャンス」にするにはどうしたらよいのか。日米で共通の課題をさらに探っていくことに尽きる。

例えば、トランプ政権が様々な形で主張しているように、もし、今のグローバル・ガバナンスを支える仕組みそのものが、すでに機能障害になり、アメリカが世界各国の「食い物になっている」とするなら、その不満を現状に合うようにアップデートさせていく機会を拡大することも、日米関係の強化の文脈で可能だ。例えば、中国が自由貿易の原則を守らずWTOを悪用しているなら、「不正」を正し、法の支配を十分確保するための協議をアメリカと日本で一緒に話し合っていく場を作ることは可能だ。関税というアメリカ経済も人質にし、「トランプ不況」を招いてしまうような荒っぽいやり方よりもずっと論理的だ。その議論に欧州なども引き入れることができれば、機能不全となっているWTO改革も一気に進んでいくはずだ。その向こう側にWTO改革に代わる新しい枠組みも提示できるかもしれない。

トランプ政権は取引至上主義であるため、関税は交渉の取引材料であるという見方もあった。ただ、それだけでなく、世界各国の企業の直接投資を狙うための関税であることが次第に明確になりつつある。その意図は、アメリカの産業発展と雇用拡大だ。ただ、日本企業の場合、すでにアメリカ国内への直接投資が進んでおり、さらなる急激な動きは、日本の国内産業の空洞化につながってしまう。この弊害を減らすために、話し合いを通じたかつての日米構造協議的なやり方を提示する仕組みづくりもあり得るだろう。

いずれにしろ、かつての世界恐慌直後で国際社会が学んだように、「関税引き上げから生まれる貿易戦争には勝者はない」という事実を再確認すべきである。貿易戦争化することを徹底的に避ける工夫を日米両国の枠組みで、さらには他国を組み入れる形で練り上げていく必要がある。この日米協議が欧州やほかのアジア諸国のモデル的な存在にすることができれば、トランプ関税が与えている世界経済の不安定化を避けることができるはずだ。

また、アメリカが脱退したTPP(CPTPP、環太平洋貿易パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)については、バイデン前政権でも全く進まなかったことを考えると、アメリカ側の復帰の可能性は現状では極めて少ない。ただ、日本側は自由貿易を堅持する意味でも、これまでと同様にアメリカがいつでも復帰できるような形を維持すべきであろう。

様々な連携の可能性

関税以外も日米には様々な連携の可能性がある。

例えば、化石燃料を「掘って、掘って、掘りまくれ(drill, baby, drill!)」というスローガンを掲げているトランプ政権が進める化石燃料への回帰は今後の地球環境を考えると、やはり科学的に好ましくない。日本はアメリカからのLNG購入などでこのトランプ政権の動きには様々な形で歩み寄る一方で、気候変動対策を進めていく必要がある。例えば、化石燃料を使っても環境に与える影響を減らしていく技術開発は日米間で深化させることができるはずだ。

電気自動車(EV)への移行は中国を利するだけで、アメリカが比較優位を持つ化石燃料で頑張るべきだというのがトランプ側の視点である。今後もエネルギー掘削を進め、関税、減税とともに経済政策の核に持ってくるのだろう。トランプ政権が気候変動対策を放棄しても、世界各国と協調するのが日本の役割となる。

代替エネルギー関連技術にはもともと、様々な観点から克服しなければ課題が数多く存在する。例えば、太陽光発電に使うパネルの場合、使われる鉱物資源は中国のウイグルでの強制労働から得られているものもあるとされている。サステナブルな発電を目指すために、より環境にも人道的にも問題がないような材料開発が必要となる。

また、もちろん党派的な見方の違いはあるが、ソーシャルメディアにおける偽情報の深刻さは日米、そして世界的な問題である。AIの時代における情報の正確性を追求していく仕組みづくりを日米協力が進めることができれば、世界的な貢献につながる。

さらに、人の移動についても日米協力は可能である。日本の難民受け入れは、これまで積極的ではなかったため、国際社会から非難されることも少なくなかった。しかし、トランプ政権が移民受け入れを縮小するのをきっかけに、アメリカの受け入れ分の一部を日本側が受け入れるなどの措置をとることで、国際社会との連携を深めていくような工夫もあり得るだろう。一方で難民申請は国際法上、認められている権利だ。日本側が受け入れを拡大すれば、トランプ政権に対して、対応の改善を一定程度主張できる基盤とはなる。

そして、アメリカが予算を凍結するとされているフルブライト奨学金などの日米交流の予算も日本側が一部負担し、次世代の人材育成や教育研究の深化にストップがかかるような事態は避けるべきである。

アメリカの「未曽有の分断と拮抗」と
政権が否定できない言葉遣い

「未曽有の分断と拮抗」の中にアメリカ社会があり、グローバル・ガバナンス関連の政策を潰していくトランプ政権に否定的な世論は極めて大きいことに注意すべきだ。昨年の大統領選挙の一般投票の結果はわずか1.48ポイント差である。日本では誤解が広がっているような「トランプ圧勝」では全くなく、「トランプ圧勝」「国民からの信託(mandate)」はトランプ側の主張の垂れ流しでしかない。さらに、議会も共和党が上下両院で多数派といっても、極めて僅差だ。

一方でトランプ政権の政策を共和党支持者は強く支持しており、様々な変化は「ニューノーマル」として、日本を始めた世界も順応していかなければならない。「ニューノーマル」に対応する工夫の一つが言葉遣い(wording)だ。気候変動対策をめぐる様々な工夫を進める際、トランプ政権の場合、「温暖化」「持続可能な発展」という言葉そのものを嫌悪し、使わない傾向にある。あくまでも言葉の問題ととらえ、同じ気候変動対策であっても例えば永続的な「エネルギー自立(energy independence)」のための政策などと言い換えて、トランプ政権側に呼び掛けていくような注意が必要でもある。つまり、トランプ政権も否定できない言葉使いをしていくことが肝要だ。

アメリカ国内の「未曽有の分断と拮抗」が続く中、トランプ政権が否定できない言葉遣いを選ぶことで、アメリカ国内には確実に存在するグローバル・ガバナンス関連の政策の継続を望む層への連帯も示すことができる。これは2026年の中間選挙、28年の大統領・議会選挙などにともなる将来的なアメリカの政治や社会の変化を見据える工夫でもある。

日本の役割

第二次トランプ政権はさらに大きな変化を起こしていくであろう。アメリカが単独でリーダーシップを握ろうとする時代は大きく変わり、グローバル・ガバナンスから距離を置くようになっている。国際秩序を支えてきた国家主体の中心にあるアメリカの変質がますます顕著になり、アメリカは自ら作ってきた国際秩序を失っていく。

その潮流の中、日本はアメリカを国際社会につなぎとめておく役割が期待されており、その意味で、日本の役割は極めて大きい。欧州諸国は、価値観が似ている日本に対する期待が高く、対アメリカだけでなく、対中国でもまず日本と共同歩調を取る可能性がある。

トランプ復活は様々なリスクも予想されるが、日本が世界でリーダーシップを取る機会が増えるという意味ではプラス面もないわけではない。発想を転換し新しい時代の日米関係に向かっていくべきであろう。

非軍事的な側面分野での日米協力についても、まずはその変化がどうなるかを突き詰めていく必要がある。