経済的影響はともあれ、それとは別に注目すべきなのは同盟への影響である。同盟国・友好国間での関税戦争は、信頼関係を棄損し、同盟の信憑性を低下させてしまう恐れがある。トランプ大統領は就任直後から、米国内で依存症と乱用が問題になっている鎮痛薬フェンタニルや不法移民について取締まりが不十分であるとして(自国内でも十分に取締まれていないからこそ問題化しているにもかかわらず)メキシコとカナダを非難し、広範な関税を賦課した。その実施に際してカナダのトルドー前首相は“a dumb thing to do”(愚かな行為)と指摘し報復を宣言した。こうしたやりとりは同盟の信頼性を傷つけてしまうし、あとになって関税が撤廃されても以前と同じ信頼は望めないだろう。
その影響は第三国にも及ぶ。そうした理不尽な扱いを目撃した他国はリスクヘッジの必要性を強く認識するだろう。特に米中のはざまに立たされた国々は、対米依存の軽減を目指し、将来的に中国側との関係をより強めるかもしれない。現在、中国はCPTPP(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)に加盟を申請している。日本やオーストラリア、そして既に加盟を果たしたイギリスなどは中国の加入に慎重であるし、カナダやメキシコも米国との関係の強さから積極姿勢は示しにくい状況にある。しかし、米国に対する信頼が揺らげば他の加盟国の中には中国の加入に賛同する国も出てくるだろうし、それが大勢を占めれば上記の国々も反対を続けるのが難しくなってゆくだろう。実際、2020年に合意されたRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)では、高い水準の自由化を主張して合意を延ばしてきた日本とオーストラリアが、早期の合意を望む中国と東南アジア諸国に押し切られる形で妥結している。ここ数年、中国はCPTPP加盟国に対して個別に働きかけて切り崩しを試みており、予断を許さない。最悪の場合には、米国だけがアジア太平洋地域の貿易枠組から孤立するリスクがある。そうなれば、日米間だけでなく米国がアジア太平洋地域で結ぶ二国間の同盟関係の信憑性が失われ、経済安全保障の面でも協力がより困難になってしまう。
日米パートナーシップの重要性
権威主義国家がより威圧的になっている現在の国際情勢において、日米のパートナーシップがインド太平洋地域において果たすべき役割はより重要になっている。ここで問題となるのは単に軍事面の同盟だけでない。経済や貿易分野においても関係性の強化が必要とされている。これには少なくとも二つの理由がある。
第一は、同盟の信頼性の確保である。防衛同盟は、有事に際して参戦義務が果たされるという予測を周辺国に持たせることによって抑止力を発揮する。このとき、同盟国が価値観や利害を共有し経済関係・外交関係が円滑であれば、その同盟は強固であると認識されるだろう。逆に経済問題での齟齬が政治問題化して外交的な対立に発展すれば、安全保障分野における信頼関係をも疑わせてしまう。
第二は、安全保障と経済の再結合である。冷戦終結から2000年代にかけてのグローバル経済の時代には、経済的合理性を優先して直接投資や貿易を行う傾向が強かった。しかし2010年代に入って米中対立が顕在化すると、地政学的な境界に沿って経済関係を再構築する動きが頻繁にみられるようになった。ブロック経済と第二次世界大戦から始まった冷戦期の東西関係とは対照的に、貿易・投資のつながりが深まった状態から地政学的対立が強まったからである。経済的な依存関係にある国々が軍事的に対立すると、輸出規制や輸入制限といった貿易政策を外交・安全保障の道具として利用する「経済の武器化」の有効性が高まる。これに対処するため、サプライチェーンの強靭化、デカップリング、フレンドショアリングといった経済安全保障が、各国の政策研究の場において注目をあつめている。相互依存が深まりサプライチェーンが伸長した現代において、制裁の有効性を確保し、経済的な威圧に対抗するためには、同盟国・友好国間での協力が不可欠になっている。
アメリカの保護主義化と最悪のシナリオ
このように、経済・貿易分野における同盟国の協力は、米中の地政学的対立という文脈において重要な位置を占める。しかし、近年のアメリカは、同盟国との協力も含め、貿易の促進そのものに後ろ向きな姿勢を見せている。WTOにおける自由化交渉や紛争解決手続には距離を置いてきたし、自由貿易協定に対する姿勢は厳しくなる一方である。さらに第二次トランプ政権になってからは、カナダ、メキシコ、欧州、日本、台湾といった同盟国・友好国に対してさえ関税の発動をほのめかしたり、実行したりしている。
このアメリカの保護主義化の背景には、国内の労働者の利害がある。国際経済学のストルパー=サミュエルソン定理によれば、貿易自由化が行われると、その国で豊富な生産要素の所有者が利益を得て、希少な要素の所有者が損失を被る。これは豊富な要素が用いられる産業が輸出産業に、希少な要素が用いられる産業が輸入競合産業になりやすいと考えると理解しやすい。たとえば、土地・労働・資本の三つの要素を考えると、土地が希少で労働と資本が豊富だった高度成長後の日本では、労働者と資本家が貿易から大きな利益を得た一方で、農業団体は大規模農業を行う外国からの輸入品を恐れて貿易自由化に反対していた。この議論を、土地と資本が豊富なアメリカに当てはめると、農業利益や資本家がグローバル化から裨益し、安い輸入品と競合する労働者が損失を被ることになる。グローバル化の負け組としての労働者を救済すると強調して選挙戦を勝ち抜いた第二次トランプ政権が、関税によって労働集約的な輸入品を減らして労働者の賃金を上昇させようとするのは、ある種自然ともいえる。もちろん、広範な関税はインフレを悪化させるし、現在の貿易はサプライチェーンの伸長によって複雑化しているので、実質的な効果については疑問視されているのだが。
経済的影響はともあれ、それとは別に注目すべきなのは同盟への影響である。同盟国・友好国間での関税戦争は、信頼関係を棄損し、同盟の信憑性を低下させてしまう恐れがある。トランプ大統領は就任直後から、米国内で依存症と乱用が問題になっている鎮痛薬フェンタニルや不法移民について取締まりが不十分であるとして(自国内でも十分に取締まれていないからこそ問題化しているにもかかわらず)メキシコとカナダを非難し、広範な関税を賦課した。その実施に際してカナダのトルドー前首相は“a dumb thing to do”(愚かな行為)と指摘し報復を宣言した。こうしたやりとりは同盟の信頼性を傷つけてしまうし、あとになって関税が撤廃されても以前と同じ信頼は望めないだろう。
その影響は第三国にも及ぶ。そうした理不尽な扱いを目撃した他国はリスクヘッジの必要性を強く認識するだろう。特に米中のはざまに立たされた国々は、対米依存の軽減を目指し、将来的に中国側との関係をより強めるかもしれない。現在、中国はCPTPP(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)に加盟を申請している。日本やオーストラリア、そして既に加盟を果たしたイギリスなどは中国の加入に慎重であるし、カナダやメキシコも米国との関係の強さから積極姿勢は示しにくい状況にある。しかし、米国に対する信頼が揺らげば他の加盟国の中には中国の加入に賛同する国も出てくるだろうし、それが大勢を占めれば上記の国々も反対を続けるのが難しくなってゆくだろう。実際、2020年に合意されたRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)では、高い水準の自由化を主張して合意を延ばしてきた日本とオーストラリアが、早期の合意を望む中国と東南アジア諸国に押し切られる形で妥結している。ここ数年、中国はCPTPP加盟国に対して個別に働きかけて切り崩しを試みており、予断を許さない。最悪の場合には、米国だけがアジア太平洋地域の貿易枠組から孤立するリスクがある。そうなれば、日米間だけでなく米国がアジア太平洋地域で結ぶ二国間の同盟関係の信憑性が失われ、経済安全保障の面でも協力がより困難になってしまう。
日米関係のマネジメント
では日米のパートナーシップはどのように進められるべきだろうか。毎週のように新たな動きがあるため確定的なことは書きにくいが、本稿執筆時に日米関係で注目されている代表的な争点は、メキシコやカナダにも工場を持つ日本の自動車産業も標的にした関税や、日本製鉄によるUS Steel買収、そして鉄鋼とアルミニウムに対する関税である。また、トランプ大統領が相互関税(reciprocal tariff)と繰り返し発言していることから高関税品目が残る日本の農産品市場が槍玉にあげられる危険性もあるだろう。これらの産業分野では日本の高度成長期から貿易摩擦が顕在化していたが、いずれも自国政府による保護を通じて国内産業が生き残ってきた。そして、過去に問題を政治化して保護を得たことが成功体験となっているので、労働組合や産業組合といった圧力団体の活動が比較的活発で、政治的に「難しい」分野となっている。
日米に限った話ではないが、協力を強化するためには、このような問題での表立っての対立を避ける必要がある。経済関係では、共通の利益と同時に利害対立もあるのが普通である。「一方が売ることに利益を持てば、他方は買うことに利益を持つ」(モンテスキュー著、野田良之他訳、『法の精神』第 4 部 20 編 2 章)というのが真実であると同時に、売手と買手は価格で利害が対立するし、両者が売手、あるいは両方が買手ならば市場で競合するというのもまた真実である。しかし、競合が避けられないにしても、政治問題化する場合としない場合がある。過去の日米摩擦でも利害対立の側面は常にあったが、政治問題化が抑制されていた事例もある。一般的には、官僚レベルで事務的に処理されるときや、WTO紛争解決手続などで専門家による議論が行われるときには、両国間の関係が悪化するような派手な対立には発展しにくかった。逆に、問題がマスコミを通じた大々的な議論になると政治問題化し、互いに引けない感情的な議論に発展しがちであった。同盟の信頼性を保つ観点から言えば、このような議論のヒートアップを避けることが重要である。仮に中身が薄かったとしても、あるいは問題を先送りするものだったとしても、合意を成立させて協力姿勢を誇示することに意味が出てくる。
実はそうした「難しい」分野での対立の先鋭化をうまく回避した実例が、第一次トランプ政権期にあった。日米貿易協定である。交渉の際には、トップに問題が上がって政治問題化されないように実務的に処理する方法が意識されていた。また、先に日本の農業とアメリカの自動車という対立が大きな分野を事実上除外することに合意している。このため、日米貿易協定はWTOの基準から言えばFTAとみなすことができないような限定的は協定になった。しかし、それでも中国や東南アジアを含むFTAであるRCEPよりも先行して合意し、日米の協力関係を一定程度示すことには成功している。
問題を政治化させずに処理することの重要性は、日本政府内では十分に共有されていると思われる。現在までの推移を見る限り困難に思えるが、米国側担当者がその重要性を理解し実行に移せるかどうかが、今後の重要なポイントとなるだろう。