公益財団法人日本国際フォーラム

2月28日(日本時間の3月1日未明)に、米ホワイトハウスでトランプ大統領とゼレンスキー大統領(以下敬称略)の首脳会談が行われた。本来はウクライナのレアアースなど鉱物資源の共同開発をめぐり、双方が譲歩した協力案に署名する予定だったが、トランプがロシアとプーチンに融和的な発言をし、これに対しゼレンスキーが歴代の米大統領が誰もプーチンの対ウクライナを止められなかったと発言したことから両首脳に米副大統領も加わった激論になり会談は決裂。予定された共同記者会見も中止された。この件に関しては、世界のメディアが直ちに動画や記事、解説などを詳報しているので、ここではこれ以上触れない。ロシアによるウクライナ侵攻以来丁度3年経つが、本日の米・ウクライナ対立にも関連して、今世界情勢は大きな転回点を迎えている。

この変化を最も喜んでいるのは、もちろんプーチン大統領だ。ただ国際情勢の近年の激しい動きについても既に多くのメディアが報じており、ここではその問題は述べない。

本稿で伝えたいことは、事実上プーチンの独裁国家で、報道の自由も市民の反政府運動も相当厳しく制限されているロシアにおいて、主要メディアが、今日のトランプ政権や国際情勢の変化を如何に報じているか、ロシア国民は急変する国際情勢に関して、如何なる情報を得ているか、ということを具体例で示すことだ。以下、立場の異なる2つの記事を紹介するが、後の記事は今回の米・ウクライナ首脳会談の決裂にも直接関係している。

●最初にロシア当局の見解をそのまま代弁しているような、A・クリコフ陸軍大将への『モスコフスキー・コムソモーレッツMK』紙のインタビュー記事(2025.2.21)を紹介する。記者の、「特別軍事作戦」開始後3年も経つのにウクライナ軍に勝っていないが、もっと早く解決できなかったのか、との問いに対する大将の答である。

「私達多くの軍事指導者たちも憤慨していた。あのドンバス地方が、ロシア軍によって1年で解放(占領の意)されないなど有り得ないと。しかしその後判明したのは、私達はウクライナ軍と戦争をしているのではなく、西側全体と戦争をしているということだ。つまりNATOの最新兵器や防衛システムと戦っていたのだと。もしロシア軍が部分動員ではなく、正規の戦争として総動員をかけていたら、もっと早く勝てただろう。しかし、政治的にはこの判断は正当化されると確信している。」

以下はトランプが軍事紛争よりロシアとの和平交渉を望むのは何故かとの問への答だ。

「最も合理的に考える米国のエリート層、例えばトランプ氏やその側近などにそのような考えが訪れたのだ。私的見解だが、欧米で反露的な怒りが高まっているにも拘らず、米国で権力の座についた野心的な指導者は、他の誰よりも賢いことが判明したように私には思われる。彼はロシアとは、戦うよりも友達になる方が良いことを理解している。」

さらに将軍は、3年の長期にわたって戦った成果を次のように誇っている。

「以下のことを知っている者はほとんどいないかも知れないが、今日では西側諸国の兵器庫は空っぽになっている。つまり、プーチン大統領の指令で、われわれは米国も含めて、彼らを『非武装化』したのである。欧州諸国は当初弾薬の生産量を年間1,000万発に増やすことを計画したが、実際の生産は50万発ということが判明している。」

実は多くのNATO諸国の兵器庫は、ロシアの侵攻前に既に空だった。冷戦終了後、「平和の配当」に幻惑されたからだ。それはロシアも同じで、ウクライナ侵攻に対しては、最貧国の北朝鮮から数百万発の弾薬や多くのミサイル、更に兵士迄も得ざるをえなかった。

●次に、プーチンやロシア当局が大変喜んでいるトランプの米大統領復帰だが、トランプを金銭亡者として徹底的に揶揄している『独立新聞』(2025.2.26)の記事を紹介する。

「ロシアの詩人マヤコフスキーは1925年にニューヨークに行ったとき、米国のブルジョワを『大儲け』に狂った連中だと揶揄した詩「ブロードウェイ」を書いた。ちょうど100年前に、詩人はトランプの登場を正確に予見していたのだ。

トランプは、ウクライナがレアアースなどの地下資源に恵まれていることを知った時、彼の眼は輝いた。その採掘の為の条約締結を狙ったが、ゼレンスキーはトランプが提案する条約は本質的に強圧的で帝国主義的だとみて最初は締結を拒否した。(注、この冊子が発行される2月28日には、ゼレンスキーとトランプは双方が譲歩した形の協力条約に合意すると伝えられていた。)しかしロシアがウクライナよりも天然資源が豊かだと知った時、トランプの目はさらに輝き、ロシアとの新たな大規模経済・投資協力について考え始めた。もちろん、トランプが米国の対露制裁を解除するという条件で。

先週サウジアラビアでロシアと米国の代表者会談があった時、ロシア投資基金CEOは、撤退した米石油会社がロシアに戻ることを望んでいると表明した。そして米国はロシアで大儲けすることができると言った。トランプはまさにそれを望んでいるのだ。というのは石油価格を下げると言うのが、彼が国民に選挙公約として約束した政策目標だからだ。トランプが2028年の大統領選挙で3期目の大統領を目指しているなら、それは憲法違反なのだが、確実にその助けとなるだろう。

ロシア側には、トランプがロシアとの経済・投資計画に特別に強い興味をもたせるひとつの『ニンジン』がある。それは、ロシアにおいて大規模なホテル、リゾート、オフィスや住宅建設のプロジェクトを推進することだ。今や、彼の夢が実現する可能性が生れているのだ。『大儲け』は長年彼の主要な人生目標、全ての行動の動機付けとなるものだった。トランプはその為にも、ウクライナ紛争をできるだけ早く終わらせたいのだ。ロシアにおける『大儲け』は、トランプとその仲間にとっては、ドンバス地方、ヘルソン州、ザポリージャ州そして恐らくキエフさえもが、どの国に属するかということよりもずっと重要なのだ。……」

このロシア主要紙の記事を読んで「エッ!」と驚く方も多いと思う。プーチンが内心強い関心と好意を抱いているトランプをこれだけ戯画化して強烈に批判しながら、しかもその本質をグサリと突いているのだから。もちろん、プーチンのトランプへの期待の批判でもある。何故ロシアで、このような記事が、ロシアの権威ある新聞に掲載できるのか。私は、編集長のレムチュコフ氏と個人的知り合いで、共に食事をしながら話し合ったこともある。私見だが、『独立新聞』が生き残っているのは、このような記事と政権寄りの記事を併載しているからだと思う。この記事はソ連時代ならサミズダート(地下出版)に近い。