コサチョフ上院副議長とは、彼が下院外交委員会委員長時代からの私の古い知人だ。以前彼は、立場上、ロシア政権の立場を踏まえながらも、「国際派」的な側面も個人的な会話では見せていた。このインタビュー記事では、一般国民向けという『論拠と事実』紙の性格や、上院副議長としてプーチンとも近い立場にあることも関係して、公式的側面が強く出ている。彼は、欧米はロシアと交渉すべき、という考えも述べている。
トランプは就任演説ではウクライナ危機について一度も触れなかったが、就任式直後の記者団との会見では、ウクライナ問題の和解ビジョンについて説明した。彼は、ウクライナとのディールが不可欠だと声明した。また、彼はプーチンとの対話の用意があるとも述べ、もし解決策が見つからなければ、ロシアに対して極めて不快な事が起きる、と脅した。プーチンはトランプとの対話に前向きだが、ただ彼は紛争の根本原因の根絶が重要で、それゆえ交渉開始には何年もかかる、とも述べている。
「紛争の根本原因」とは、NATO諸国のウクライナへの支援だ。プーチンはこれまでもしばしば停戦・和平交渉を口にしている。しかし最初から交渉の条件として、「領土の帰属問題は議題にしない」としている。つまり、ウクライナ東南部の4州とクリミア半島は露領と認めることが、交渉の前提ということだ。到底ウクライナが呑める条件ではない。またゼレンスキーを「ネオナチ」「任期切れで正統性のない大統領」とも決めつけている。となると、「交渉開始まで何年もかかる」という言は、現実性を帯びる。トランプも選挙中に述べた「24時間で解決」は到底無理と理解し、「6か月以内に解決」と訂正したが、彼はまだ事態の本質を理解していない。もう一度同上『コメルサント』紙に戻る。
米公聴会で先週演説したマルコ・ルビオ新国務長官は、「ウクライナの平和を達成するためにトランプと積極的に協力する意欲を繰り返し述べた。トランプは和平を実現し、戦争を終わらせる大統領になりたいのだ。ただ、これを実現するのは難しい。二つの勢力が紛争終結する場合、それぞれ何かを犠牲にしなくてはならない。そこには複雑な利害が絡まっているので、公開の対話や論争ではなく、非公開の外交を通じて解決するのが最善だ」と述べた。
国家間の重要な交渉はほとんどが非公開で行われるものであり、今のロシア・ウクライナ間では、紛争終結のための外交交渉そのものが成立する条件がないことを、米上院議員をこれまで十数年勤めながら、ルビオ米国務長官はほとんど理解していないようだ。
以下、タス報道の要点である。
トランプの就任演説に対する最初の反応を見ると、米社会と国際社会の深い分裂が見える。彼はメキシコとの国境地帯に非常事態宣言を導入た。これを保守団体は支持したが、アムネスティ・インターナショナルを含む人権団体は、「国際法違反」として批判。また米国生まれの者が自動的に米市民権を得る出生地主義を廃止する意向に対し、保守的なヘリテージ財団はこの政策を支持し、米自由人権協会(ACLU)は、この提案を「違憲」だとした。
言論の自由と検閲の撤廃について、トランプは「政府の検閲」を終わらせると約束した。保守メディアはこの声明を歓迎し「憲法修正に関する第一の勝利」と呼んだが、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどは、誤情報の拡散に懸念を表明した。また彼の男女二つの性のみを認めるとも発言は強い議論を生んだ。家族研究会議(Family Research Council)などの保守派は、この決定を「生物学的な自然の回復」と呼んで支持し、LGBT支持の人権団体などはこの発言を「差別的」だと反発した。トランプは石油やガスの増産とパリ協定からの脱退を発表した。米石油・ガス業界はこれを支持、グリーンピースやシエラクラブ(Sierra Club)など環境団体は、環境に破壊的な影響を与えると声明。米メディアは、石炭業界や関連企業などが「米企業のコストを削減する」とトランプ政策を支持していると報じた。国連を含む国際諸機関は、この決定に対して遺憾の意を表明した。
タス通信は、トランプの就任演説への批判は一切なく、客観報道に徹しているように見えるが、少なくともエネルギー問題に関するトランプ発言は、ロシアも支持しているからだろう。なお、トランプは出生地主義を否定しようとしているが、これに対しては、すでに米国の20余りの州政府が違憲だと声明している。LGBT問題に関しては、ロシアではソ連時代には同性愛などは犯罪とされていた。この問題で極端な保守主義を批判した欧米主要国の首脳の大半が、人権問題を理由に2014年2月7日のソチ・オリンピック開会式をボイコットした。これとは逆に、北方領土問題解決を重視する当時の安倍首相は、「北方領土の日」にもかかわらず無理をしてソチの開会式に参加し、日露首脳会談で熱心に対露経済協力の提案をした。結果的に日露間の領土問題は2018年11月のシンガポールでの日露首脳会談で、頓挫或いは行詰まりと言うより、日露間の合意「東京宣言」よりも大幅に後退した。2014年2月は、ウクライナでマイダン革命が進行中で、翌月にプーチンはウクライナの「クリミア半島併合」を宣言した。これに対し、日本はG7の対露制裁に一応参加したが、形式的制裁に終わり、現在もロシアのエネルギー開発に協力している。
カナダを第51番目の米州に
ロシアの多くのメディアで「カナダを51番目の米州に」のトランプ発言が報じられている。ただグリーンランド買収発言も含めて、プーチンによるウクライナ侵攻の問題とかロシアの領土拡大問題と結びつけて報じるメディアはほとんどない。それらの中で注目されるのは、この発言を本音から目を逸らす為とするカナダのトルドー首相の言の紹介だ。
カナダのトルドー首相は、次のように話した。「トランプは、カナダが米国の1州になる可能性について発言することで、カナダ製品に関税を課すという彼の意図から世論の注意を逸らそうとしている。成功した交渉者として彼は人々の認識バランスを崩すのが得意だ。例えば、今誰もがカナダが51番目の米州になるということについて話しているが、カナダから米への輸出品に課せられる25%の関税が、米国民の物価にどのように悪影響を及ぼすかについては述べていない。」 つまり、高関税は米国人の生活費を増加させ、米・カナダ関係をも損なうものだが、「51番目の州」という発言は、この非常に現実的な問題から注意を逸らすものである、と。
トルドーは「51番目の米州」論は目眩ましであるとして、真剣には受け取っていない。
1月20日に、トランプ氏が第2期目の大統領に就任した(以下、敬称略)。トランプは、就任前に、あるいは就任したら24時間でロシア・ウクライナ紛争を解決するなどと豪語していた。第一期の大統領選の時は、ロシアの介入も噂されていた。彼はプーチンとも親しい関係にある、と吹聴している。本稿では、ロシアの主要メディアがトランプの大統領就任を如何に報じているか、紹介する。
また、トランプは大統領就任に先立ち、カナダを第51番目の米州にするとか領土拡大に関し、世界を驚かすような物騒な発言もしている。この発言を内心最も喜んでいるのは、ウクライナ併合を目指しているプーチンではないかとも想像される。トランプには、プーチンの対ウクライナ侵攻を批判する意識は殆どないのではないか、との疑問も生まれる。以下、トランプの就任演説に関するロシア報道の要点(太字)を紹介し、最後に「カナダを51番目の米州にする」との発言の意味について、あるロシアメディアの見解を紹介する。
トランプの大統領就任演説
●『論拠と事実』紙は就任演説の翌日、ロシア上院副議長コンスタン・コサチョフ(元下院外交委員会委員長)への長文のインタビュー記事を掲載した(2025.1.22 原題:ПО ТЕЧЕНИЮ ДОНАЛЬДА)。彼はプーチンと近い関係にあり、『論拠と事実』は大衆紙で、ロシア当局が国民に知らせたい見解を知る格好の記事と言える。以下、その要旨とそれに対する私の解説である。
トランプ政権は世界秩序の代表者でなくあくまで米利害の代表者だ。この点でバイデン政権と本質は同じで、異なるのは国の利益を追求する方法のみ。トランプ政権下では、米国と外部世界の関係はより破壊的になる。
第二次世界大戦時には欧米とソ連は、思想的立場は異なるが団結できた。今日欧米は世界政治の唯一の指導権を主張し、他の全ての国々の国益を従属させ主権の無力化を企んでいる。NATOの手先、操り人形となっているバルト諸国やウクライナがその例だ(訳注:バルト諸国やウクライナが欧米の属国になっているとの意)。今日では、欧米は我々の敵だ。それでも欧米とロシアには今でも共通の利害がある。国際テロリズムへの対策とか、エネルギー、感染症の分野に於ける危機対策などだ。今年は戦勝80周年で5月9日の記念祭典には欧米の首脳を招く用意はあるが、欧米諸国が傲慢な態度で出席を拒否するのなら、我々を侮辱する機会を与えるつもりはない。招待したら欧米諸国がどう反応するか、ロシアはその状況を今探っている。ウクライナに対する特別軍事作戦は、その全目標が達成されるまで、或いは欧米がロシアとの交渉が必要だと理解するまで、何年でも続く。