公益財団法人日本国際フォーラム

国際情勢が混乱する中で、2024年が終わろうとしている。今年の国際情勢の出来事で、この12月に私が特に強い関心を持ったことがある。それは、中東の「大国」シリアのアサド政権が12月8日に、国際情勢のフォロワーにとっては「突然」と言っていうほどあっけなく崩壊したことだ。それと関連するが、イランがイスラム過激派の「中央銀行」であることが、遅まきながら、周知のこととなったことである。シリアもイランも、ロシアのプーチン政権と密接な関係を有していた。この件について、私が感じたことを簡単に述べたい。

シリア問題であるが、私はロシア・旧ソ連と東欧地域の専門家であり中東問題の専門家ではないが、日本のあるいは国際的な中東報道に対しては、以前から疑問を抱いていた。それは、イランやシリアに関して、ネガティブな側面の報道がほとんど無く、きれいごとの報道に終始していたように私には思えたからだ。わが国では、イランは日本の「友好国」というイメージが圧倒的だ。逆に、ハマスと関連して、イスラエルのガザ地区などへの軍事行動の残虐性については詳しく報道され、その犠牲者たちへの同情は大変高まった。最近、小生のある講演会で聴講者に、イスラエルに関しての印象を尋ねたが、約8-9割の聴講者が、イスラエルを「攻撃的、侵略的国家」というイメージを抱いていた。
 しかし、わが国だけでなく、国際的にもイランや同国が支援するガザ地区のハマスとか、ヨルダンのヒズボラ、イエメンのフーシ派など20以上とも言われるイスラム過激派のイスラエル攻撃に対する、イスラエル国民の「国家存亡」の危機意識については、メディアではほとんど報じられていない。イスラエル国民の6割以上が、イスラエル国家の存亡に危機意識を抱いているとの今年の世論調査もある。

しばしば生々しく報道されるイスラエル空軍による、ガザ地区への爆撃は、「イスラエル国家の殲滅」を最重要のジハード(聖戦)とみなすイスラム過激派による数百発、数千発のロケット弾によるイスラエル攻撃への対抗措置であった。しかし、イスラム過激派による地図上からの「イスラエル国家殲滅」の攻撃については、イスラム・スンニ派ハマスによる昨年10月7日のイスラエルのキブツ(農村共同体)での音楽祭への軍事攻撃(死者約1700人、負傷者約2万人 ※JETROより)以外には殆ど報道されておらず、従ってあまり知られていない。ハマスの軍事攻撃の実情については、音楽祭参加者のスマートフォンなどで写真・動画が多数撮られている筈だが、メディアでは、イスラエル軍攻撃の惨状は繰り返し報じるが、ハマスのイスラエル攻撃の惨状の写真、動画は多数ある筈なのに、殆ど報じられない。何故なのか、メディア関係者にその理由を伺いたい。
 ハマスやレバノンのヒズボラ、ヨルダンのフーシ派などのイスラム過激派の背後には、イスラム過激派を財政的、軍事的に支援しているイランが存在する。そのイランやイスラム過激諸派の「イスラエル殲滅」攻撃についても、わが国のメディアでは具体的に、特にイスラエル国家の殲滅を目的にしている攻撃であることは、ほとんど報じられていない。
 イランのホメイニ師による1979年のイラン革命(現在のイラン最高指導者ハメネイ師がその理念を継承)について、それが1948年に建国されたイスラエル国家をこの地上から殲滅することをジハード(聖戦)の最重要目的にしていること、そのことをイラン革命後のイラン憲法に明記してイランの国是としていることも、日本の中東専門家はメディアなどでの発言でほとんど言及しない。

2009年に作家村上春樹がイスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞した時、彼はエルサレムで「壁と卵」と題する受賞スピーチを行い、敢えてイスラエルのガザ地区への攻撃を次のように批判した。
 「受賞の知らせを受けた後、私は何度も自問しました。このような時にイスラエルに行き、文学賞をもらうのは正しいことなのだろうかと。紛争当事者の片方を支持する印象を与え、圧倒的な軍事力を行使する選択をした国の政策を支持することになるのではないかと。……その壁には名前があります。――体制(国家、システム)――です。体制は本来私たちを守るためのものですが、時に独り歩きして私たちを殺し始め、私たちに人を殺すよう仕向けます。冷酷に、効率よく、システマチックに。……」
 イスラム・シーア派のイランが、人口が約10分の1のイスラエル国家の殲滅を国是として、同じシーア派のヒズボラだけでなく、ハマスなど宗派が異なっていても、イスラム過激派を財政的、軍事的に支援していること、それ故イランが「イスラム過激派の中央銀行」とも称されていることも、わが国の中東専門家は、メディアではほとんど口にしない。

さて、12月8日のアサド政権の突然の崩壊であるが、その背景や原因については、ここでは論じない。私が問題に、或いは疑問に思っていることは、アサド政権が崩壊して初めて、或いはその直後に、アサド政権の非人道的な残虐な行為や、正常な国家と言えない施政が、日本や各国のメディアで急に詳しく報じられるようになったことだ。
 例えば2011年以来、下からの革命の波「アラブの春」がシリアにも及んだ。シリア内戦で数十万人が行方不明になったり、生きたまま焼き殺されたり、頭蓋を撃たれたりした。前アサド政権とその父の政権は、1963年以来、60年以上国民への拷問や化学兵器の使用、虐殺を続けて来た。政権による「指名手配者」は、150万人に達していた、との報道も出た。アサド前政権に連行されたまま、数万人にも及ぶ国民が行方不明になっているとも報じられる。2015年にプーチンはアサド政権の「敵」を空爆し、ロシア国内で89%の支持を得た。シリア国内には各国主要メディアが支局を置いていた。それらの支局には、シリア人でアサド体制に批判的な人達も働いていた。つまり、シリア政府の公式的な発表はなくても、このような事実は日本や各国のメディアはとっくに熟知していた筈だ。
 私が疑問に思うのは、何故各国のメディアは、そのような非人道的な、あるいは残虐な事実を、アサド政権崩壊の前に、具体的に報じなかったのか、ということである。
 シリア内での支局の閉鎖(認可取り消し)を避けるためという理由もあるだろう。しかし、シリアだけでなく、中国、ロシア、その他独裁主義、権威主義の国に関しては、専門家もメディアも常に「営業停止」の覚悟の下、確固とした立場で対応すべきではないか。