標記研究会合が、下記1.〜4.の日時、場所、テーマ、出席者にて開催されたところ、その議事概要は下記5.のとおり。
記
- 日 時:2024年10月7日(月)16:00-17:30
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- テーマ:「現代中国の対露認識」
- 出席者:9名
[外部講師] | 熊倉 潤 | 法政大学教授 |
[主 査] | 常盤 伸 | JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員兼論説委員 |
[顧 問] | 袴田 茂樹 | JFIR評議員・上席研究員 |
[メンバー] | 安達 祐子 | 上智大学教授 |
名越 健郎 | 拓殖大学客員教授 | |
保坂 三四郎 | エストニア・タルトゥ大学 | |
山添 博史 | 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長 | |
吉岡 明子 | キャノングローバル戦略研究所研究員 | |
渡辺 繭 | 理事長 |
(五十音順)
- 議論概要
熊倉潤法政大学教授による報告のあと、メンバー間で質疑応答がなされた。報告の概要は以下のとおり。
はじめに
中露関係について、ロシアを中国の「ジュニアパートナー」とする議論がある。代表的な論者はカーネギー財団のアレクサンドル・ガブーエフだ。彼はウクライナ侵攻後、ロシアは中国より格下のパートナーとなったと主張する。これに反論する論者の一人に同財団のミハイル・コロスチコフがおり、同財団の中でも議論がある。私は、少なくとも中国の主観としては、中国はロシアを格下の属国やジュニアパートナーとする意図はないという仮説に沿って議論する。
1.侵攻直後の中露関係
ウクライナ侵攻開始の翌日である2022年2月25日、習近平中国国家主席はプーチン大統領と電話会談を行った。そこで示された、侵攻後最初期における中国の立場は、主に①交渉を通じた露宇間問題の解決への支持、②各国の主権・領土の一体性を尊重、③国連憲章の遵守であった。「主権・領土の一体性尊重」の背景には、中国が台湾問題や人権問題を通じて欧米から非難されたことを受けて内政干渉を嫌い、自国は主権や領土の一体性を非常に重視する国であると対外的に示してきたという事情がある。ところが、友好関係にあるロシアが明らかに主権と領土の一体性を犯す行為を行ったことで、西側諸国と共にロシアを非難はしないにせよ、今まで主張してきた主権・領土の一体性の尊重とどのように辻褄を合わせるのかという問題に直面した。高原明生氏の言葉を借りれば、中国は「十字路に立たされた」のである。
2.ロシアへの「疑念」
2022年9月15日の習近平・プーチン会見では、プーチンは中国の疑問や疑念を理解していると発言し、中国メディアに積極的に取り上げられた。ここから中国はロシアを完全に支持しているわけではなく、何か疑問や懸念を持っているのだということがプーチンの口から明らかとなった。とはいえ、中国は表立ってはその懸念を口にせず、「ロシアと協力する」または「貿易、農業等の分野で実務的な協力を深める」と発言するにとどまる。この時、ロシアは台湾問題について、中国を支持するとの意向も示しており、中露は互いに支持の交換とも取れるような行為を行なっている。
2022年12月30日の中露首脳会談では、外交部発表によれば、ロシアが「外交交渉による解決を拒否したことはない」と表明したことに中国は注目した。また、2023年2月22日の王毅外相とプーチンの会見では、中国はロシアが「対話交渉による問題解決を望む」と再度述べたことを称賛するとした。このことから、中国は外交交渉による解決を重視しており、ロシアもそれに乗っかっていることがわかる。
ここに見られるような中国の上からの物言いは、中露間に上下関係が存在するからではなく、通常の物言いのスタンスに過ぎない。
2023年2月24日には、中国はウクライナ危機の政治解決に関する立場を表明し、対話交渉が唯一の道だとして、和平交渉を進めることを支持した(このことから「和平提案」と呼ばれる)。和平が実現すれば中国は称賛され、和平が実現しなくとも当事者の責任となって、中国の責任にはならない。中国は上手く自国の立場を設定した。
3.事実上のロシア支援
中国はこのように立場の調整を済ませた後、習近平が訪露し、23年3月22日に中露首脳会談が行われた。そこで、ロシアは中国の立場表明を歓迎した。また、ロシアが和平交渉への意思を再度表明し、中国はこれを称賛するという形にまとまった。同時に発表された、30年までの長期的な経済協力計画である「中露経済協力重点方向発展計画に関する連合声明」によって、中国は経済協力を名目として事実上のロシア支援を確定した。
23年10月18日、プーチンが訪中して一帯一路サミットが行われ、プーチンはグローバルサウス諸国を前に中露の影響力強化について明確に言及した。これを西側的な眼差しから見ると、ロシアが中国からの援助を求めに行ったと認識され、ロシアがジュニアパートナーと示す論拠となることが予想される。しかし、この訪中はあくまで中国の通常の貿易経済協力の範囲内での協力関係の発展を目指したものにすぎない。
また、同サミットについて、中国メディアは習近平とプーチンが他のサミット参加国を先導するような形で横に並び歩く様子を報道した。中国がプーチンを別格に厚遇していることを示している。このことからも、中国がロシアを格下とする認識はそぐわない。強くなる中国と弱くなるロシアという構図で見れば、ロシアをジュニアパートナーと捉える見方もできる。しかし、少なくとも中国の認識の上ではロシアをジュニアパートナーとは見ていない。むしろ、ロシアは衰えたとはいえ、中国から尊重されているシニアパートナーなのではないか。
24年3月7日、全人代に合わせて行われた王毅外相の記者会見で中露関係が論じられ、対外関係が定式化されることになる。ここでは中露は冷戦とは完全に異なる一種の大国間関係の新モデルをつくったと論じられた。「同盟せず」という文言からすれば、中ソ友好同盟相互援助条約による中ソ同盟とは同じことをするつもりはないという表れになる。「対抗せず」や「第三国に対するものにせず」という文言は、中露関係が、反米対抗を打ち出した中ソ同盟関係とは異なることを示唆する。
4.相互の尊重
プーチンの大統領再選後の24年5月16日、最初の外遊先として中国が選ばれ、中露首脳会談が行われた。そこでは、国交樹立75周年に際して、「新時代全面戦略協力パートナー関係深化に関する共同声明」が発表された。興味深いのは、習近平の発言の中にある、「互いに尊重し対等に互いに信頼し、互いの懸念に配慮し、真に双方の発展振興のため互いに支援しなければならない」との一節だ。習は中ソ対立の時代を自分自身の記憶として持っているため、中ソ対立も含めた歴史の教訓として相互の尊重・信頼・配慮・支援の義務を明確に述べているのだと思われる。またこの訪中は、相互訪問の伝統が徐々に確立されてきたこともうかがわせる。
24年5月23日、中国とブラジルが発表した「ウクライナ危機の政治的解決に関する共通認識」では、ウクライナの主張をあまり汲み取らない形で、対話交渉を支持している。事実上、中国はロシアを支援している立場にあり、第三者を気取って対話交渉の重要性を指摘している。ウクライナのゼレンスキー大統領はロシア支援とウクライナ平和サミットの不参加を抱き合わせにして中国を非難した。これに対して、中国の言い分としては、ロシアを支援してきた訳ではなく、和平交渉を推進してきたと主張するにとどまる。
5.ロシア支援の公然化
主権と領土の一体性という看板を取り下げることなく、どのように事実上のロシア支援を正当化するか、という問題は中国が力を入れる焦点となる。24年6月10日のBRICS外相会合にて、中国は、中露関係を発展させることは、それぞれの根本的利益に基づく戦略的選択であるとした。中国の利益として関係の発展を目指し、事実上のロシア支援を強化するということである。24年7月3日の首脳会談で、習近平は中露の連携強化や協力強化を公然と発言。ブラジルも巻き込んで気が大きくなった中国が、事実上のロシア支援を公然化させる方向へと舵を切ったのである。プーチンもこれに応じ、協力関係の強化を今後も世代を超えて長期化する方針である。24年8月21日の李強首相とプーチンとの会見で、両国の友好事業が代々続いていくようにするとの意向が示され、長期的な関係強化へと焦点が及んだ。
この会見以前にも長期的な関係構築への意向は外交部発表で明らかにされており、関係の継続が既にはっきりと打ち出されている。2024年9月10日の王毅・ショイグ会見では、対露外交のイニシアチブをとってきた王毅により、今までの中露間のやり取りが確認された。とはいえ、7月24日のクレバ外相訪中を見ると、中国はウクライナとの関係も切っていない点も注意すべきだ。(敬称略)
(以上、文責事務局)