公益財団法人日本国際フォーラム

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皆さんも、最近、豪雨や猛暑など気象災害の発生が増えていると感じることはないだろうか。

実際、世界中で報告される洪水、暴風雨、干ばつ、熱波・寒波などによる激甚な気象災害は、1970年代から2010年代の50年で5倍近く増加した。その経済的損害も、過去50年で約8倍に拡大している(WMO, 2021)。

こうした異常気象の発生に関係していると言われているのが、地球温暖化に伴う気候変動である。ご存じのとおり、地球全体の平均気温が上がることを地球温暖化という。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書によれば、2010年代(2011年~2020年の平均)までに、地球の平均気温は19世紀と比べて1.1℃上昇しており、足元では、もう1.5度近くまで温暖化は進みつつある(IPCCa, 2022)。これは、少なくとも過去2000年の間、人類が経験したことのない気温変化だ。

こうした気温上昇は、20世紀以来の工業化で化石燃料(石炭、石油、天然ガス)を大量に燃やすようになって、大気中に急速に増えた二酸化炭素などの温室効果ガスの仕業である。増えた二酸化炭素などは、まさに温室を囲うフィルムのように地球を覆い、太陽からの熱エネルギーを以前より多く地表にとどめ、温度を上げている。

しかし、たかだか1.1℃や1.5℃気温が上がっただけと聞くと、大したことないと思う方も多いのではないだろうか。

ところが、このわずかな平均気温の上昇が、気流や海流の流れを変えたり、大気中の水蒸気を増やしたり、海水の温度や水面を上げたり、北極や南極の氷を溶かしたりと、さまざまな変化を地球に起こしている。これらが相互に作用して、世界各地の気候に深刻な影響を与えつつあるのだ。

現在、世界各国が2050年までに二酸化炭素の排出を実質的にゼロにするカーボン・ニュートラルを目指して取り組んでいる。しかし、それでも温暖化は止まらない。IPCCがまとめた最新の予測によれば、2050年にCO2のカーボン・ニュートラルが実現される場合でも、2040年までには地球温暖化が1.5℃を超える可能性が高い。しかも、各国による現在の削減目標が着実に実施されても、2050年までにカーボン・ニュートラルは実現しそうにない。むしろ現実は、2050年ごろには温暖化が2℃に近づきそうな状況だ(IPCC, 2023)。

では、この1.5℃や2℃といった、わずかな地球温暖化が、どれほどの災禍を我々の社会にもたらす可能性があるのか。それはビジネスにどう影響しうるのであろうか。以下本稿では、こうした地球温暖化による気象災害や社会混乱がもたらすビジネスリスクとして、豪雨・洪水による損壊被害、猛暑・熱波による労働生産性低下、干ばつ・水不足による農業等への影響に焦点を絞って考察する。

1.豪雨・洪水による損壊被害

(1)豪雨・洪水リスク

まず、地球温暖化によって、集中豪雨や洪水のリスクが高まる。気温が上昇して大気中に含まれうる水蒸気量が増加(気温が1℃上昇するごとに飽和水蒸気量が7パーセント程度増加)すると、一度に降る雨の量が増すからだ。

IPCC第6次報告書では、人間による気候変動の影響がなければ10年に1回程度しか発生することがなかったような豪雨の頻度が、2℃の温暖化では1.7倍に増加すると予測されている(IPCCa, 2022)。気象庁によると、日本でも2℃の温暖化で日降水量100ミリメートル以上の豪雨の発生が20世紀末(1980~1999年平均)に比べて約1.2倍、日降水量200ミリメートル以上の豪雨が約1.5倍に増加するという(文部科学省および気象庁, 2020)。

大雨や短時間豪雨によって、洪水のリスクも高まる。河川が急に水かさを増して堤防を越えたり(外水氾濫)、一か所に雨水が溜まって溢れたりする(内水氾濫)といったことが起きやすくなるからだ。

(2)ビジネスへの影響

こうした豪雨や洪水が、具体的にどのようにビジネスへ影響するかは、それぞれの業種業態、あるいは拠点やサプライチェーンの場所などによって千差万別で一概には言えない。

ただ、一例をあげれば、2011年にタイを襲ったチャオプラヤ川流域の洪水は、日本経済にも大きな影響を与えるものであった。この洪水によって、日系企業が多く所在するアユタヤ県内のローヂャナ工業団地をはじめ計 7 ヶ所の工業団地がほぼ全域で冠水し、トヨタ、日産、ホンダ、ニコン、TDK、東レなど数百に上る日系企業が被災した。

このときの影響は甚大で、世銀の試算によれば、タイ全体での経済損失は3兆6000億円にのぼったとされるほか、世界中のサプライチェーンにも影響した(世界銀行, 2011)。この洪水の影響もあって日本は、この年に1980年以来31年ぶりの貿易赤字を計上している。

気候変動によって、こうした激甚な洪水、異常降雨、台風の被害は増えると予想されている。そうした気象災害が日本国内に甚大な被害をもたらすリスクも当然ある。加えて、経済的な結びつきが強いアジア近隣諸国がひとたび自然災害で大きな被害を受ければ、その影響は日本経済にもすぐさま飛び火しうるということだ。

2.猛暑・熱波による労働生産性低下

(1)猛暑・熱波リスク

地球温暖化という言葉からは、猛暑や熱波のような異常な高温がもたらすリスクも想起するだろう。実際、冒頭で述べたとおり、近年は世界中で猛暑や熱波の被害が目立つようになっている。

IPCC第6次報告書によると、19世紀後半には10年に1回程度しか発生しなかったような極端な猛暑や熱波が、1℃の温暖化が進んだ現在では2.8倍の頻度で発生するようになっている。

これが、間もなくやってくる1.5℃の温暖化では4.1倍、2℃の温暖化では5.6倍の頻度で発生するようになる。さらに、19世紀後半には50年に1回程度だった異常な猛暑や熱波ですら、1℃の温暖化が進んだ現在では4.8倍の頻度で発生するようになっており、それが1.5℃の温暖化では8.6倍、2℃の温暖化では13.9倍に増加するという(IPCC, 2022a)。

(2)ビジネスへの影響

こうした猛暑のために、世界中で熱中症で死亡する人が相次いでいる。日本でも2023年の夏は1898年の統計開始以来最も暑くて、7月から9月にかけては熱中症で104人が死亡した(気象庁, 2024)。

特に、酷暑での屋外労働や空調のない室内で労働を強いられる職業の人々にとっては、激しさを増す酷暑は命に係わる問題で、このまま温暖化が進めば、2050 年までに世界の労働生産性は最大20%低下するという予測もある(Dunne et al., 2013)。

たとえば、今や日本でも、公共事業において半数以上の都道府県や政令指定市が最高気温35度以上の猛暑日を作業不能日として設定するようになっている。その分、工期が伸びて、コストもかさむ。

また、2019年の建設業法改正で、猛暑日などの作業不能日を加味せず著しく短い工期を設定することが禁止されている。猛暑日を作業不能日とする動きは、民間の工事にも広がっている。今後5月から10月ごろにかけて猛暑日は全国的にますます増えていき、その分、工期はさらに伸びると予想される。

3.干ばつ・水不足による農業・水力発電・水運への影響

(1)干ばつ・水不足リスク

また、地球温暖化の進行に伴って、場所によっては日照りや干ばつが深刻となる。そのメカニズムは、温暖化によって気温が上昇すると、大気中に含まれうる水蒸気量が増加して一回の雨で局地的に降る雨量が増える一方、その反動で雨の降らない日照りの日が増えるからだ。

IPCC第6次報告書によると、乾燥地域で農業や生態系に影響を与えるような干ばつは、1℃の温暖化が進んだ現在すでに19世紀後半と比べて1.7倍の頻度で発生するようになっており、2℃の温暖化では2.4倍の頻度で深刻な干ばつが起きるとしている(IPCC, 2022a)。

特に、ヨーロッパやアフリカの地中海沿岸地域、アメリのフロリダやカリフォルニア、オーストラリア南西部、アフリカ南部・西部、南米南西部など、中緯度ないし亜熱帯の乾燥地域では、世界が温暖化するにつれて降雨が減少すると予想されており、年間を通して干ばつ発生の可能性が高まる。

また、地球温暖化によって世界各地で降雪量の減少が見込まれるため、雪どけ水を水源とする河川では、灌漑に利用できる水流が2℃の温暖化で最大20パーセント減少すると予測されている(IPCC, 2022b)。

さらに中⾧期には、世界全体の氷河が最大31パーセント減少することによって、氷河からの融水を水源とする河川で流量の減少が予想されている。たとえば、ヒマラヤ氷河を水源とする黄河、長江、メコン川、インダス川、ガンジス川などが流れる中国、東南アジア、インドなどで、こうしたリスクがある(ibid)。

(2)ビジネスへの影響

河川の流量が減少すると、農業、水力発電、水運、生活水に支障が出ると危惧されている。

特に、農業については、水不足に加えて、気温上昇や気象災害が深刻化することで、土壌の劣化、受粉を担う昆虫の減少、あるいは害虫や疫病の発生など、様々な形での悪影響が予想されている。

ロシアのように現在の年平均気温が10℃以下の地域では、2℃くらいの温暖化によって農作物の単収(面積あたりの収穫量)が増加する可能性もあるが、逆に年平均気温が20℃以上の地域では、わずかの気温上昇でも大きな収穫減少となる可能性がある(IPCC, 2022b)。

近年の技術改良によって農作物の単収は年に1~2パーセントくらいのペースで増加してきたが、気候変動によってその伸びが鈍化してきている。IPCC第6次報告書によると、世界全体では今後10年あたりでトウモロコシが2.3パーセント、大豆が3.3パーセント、コメ0.7パーセント、小麦で1.3パーセント、それぞれ単収が減少する可能性がある(ibid)。

特に、地球温暖化が進むことで、主要穀物の世界同時不作のリスクが高まることが心配されています。たとえば、トウモロコシの世界同時不作の発生可能性は、21世紀初頭(2001年~2010年)には6パーセントであったのが、1.5℃の温暖化では40パーセントに、2℃の温暖化では54パーセントに増加するという(ibid)。

4.おわりに

以上のとおり、わずか1.5℃や2℃の温暖化が、猛暑・熱波、日照り・干ばつ、豪雨・洪水などの気象災害のリスクを高めるとともに、水不足、食料不足、健康被害、紛争なども誘発して人間社会に深刻な影響を及ぼす可能性がある。

こうした気候変動の影響は、農林水産業など自然環境に依存する産業のみならず、工場等の損壊や労働生産性の低下などを通じて、さまざまな産業にも影響を及ぼしうる。その影響は、時に遠く離れた途上国での被害がサプライチェーンを通じて世界中の経済を混乱させることすらある。

こうしたリスクは、遠い将来の話ではない。今すでに顕在化しつつあり、5年、10年のうちに深刻さを増すリスクである。

では、我々はどうしたらよいのか。もちろん、少しでも地球温暖化を食い止めるべく、温室効果ガスの排出をできるだけ早くゼロに近づける努力は欠かせない。

しかし、冒頭で述べたとおり、仮に2050年にカーボン・ニュートラルが実現される場合であっても、残念ながら我々の多くが生きている間は温暖化の影響が続く。しかも、2050年に世界全体でカーボン・ニュートラルが実現する可能性は全く高くない。現実的には、あと数年で地球温暖化は1.5℃を超え、2050年ごろには2℃程度の温暖化に近づきそうである。

では、どうするか。我々は、この新しい気候に適応するしかない。地球温暖化にともなって深刻化する気象災害と社会混乱が、自分たちの生活に、ビジネスに、どんなリスクをもたらすか予測し、その悪影響を最小限にする準備が、個々人としても、企業としても極めて重要である。

<参考文献>

  • Dunne, J. P., Stouffer, R. J., & John, J. G. Reductions in labour capacity from heat stress under climate warming. Nature Climate Change, 2013, 3(6), 563–566.
  • IPCC『第6次評価報告書第1作業部会報告書』2022a.
  • IPCC『第6次評価報告書第2作業部会報告書』2022b.
  • IPCC. Nationally determined contributions under the Paris Agreement. Synthesis report by the secretariat. 2023.
  • WMO. Atlas of Mortality and Economic Loss from Weather, Climate and Water Extremes (1970–2019). 2021.
  • 気象庁『2023年(令和5年)の世界の主な異常気象・気象災害』2024.
  • 世界銀行. The World Bank supports Thailandʼs Post-Floods recovery Effort. 2011.
  • 文部科学省および気象庁『日本の気候変動2020』2020.