公益財団法人日本国際フォーラム

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国際シンポジウム「変容する太平洋島嶼地域秩序 ―豪州、中国、およびインドの戦略から読み解く―」

公益財団法人日本国際フォーラム(JFIR)は、「変容する太平洋島嶼地域秩序 ―豪州、中国、およびインドの戦略から読み解く―」を下記 1.~3.の日時、場所、出席者にて開催したところ、その議論の概要は下記 4.の通りである。

  1. 日 時:2024年7月11日(木)14時30分時より16時まで
  2. 場 所:国際文化会館「講堂」
  3. 出席者:41名(以下パネリストを含む)
    【パネリスト】 
     畝川 憲之       近畿大学教授
     トーマス・ウィルキンズ 日本国際フォーラム上席研究員/シドニー大学准教授 
     三船 恵美       日本国際フォーラム上席研究員/駒澤大学教授
     プリメシャ・サハ    日本国際フォーラム客員研究員/印オブザーバーリサーチ財団研究員
     伊藤 和歌子      日本国際フォーラム研究主幹(モデレーター)
  1. 議論概要

○基調報告

<報告A>畝川憲之教授

西欧民主主義と中国の対立の舞台となっている太平洋島嶼地域において、中国との対立による地政学的変容が、島嶼国にどのような影響を与えているのか、China Threat, China Opportunityの視点から分析する。近年、太平洋島嶼地域における中国のプレゼンスは経済にとどまらず安全保障においても高まりつつある。まず、China Threatについて、主な脅威はdebt trapである。Debt trapを仕掛けられた場合、債務不履行を理由に領土を奪われる、外交関係を縛られるなど主権が侵害される可能性がある。さらに安全保障協定をめぐる脅威も懸念される。太平洋島嶼諸国がドナー国と安全保障協定を締結することで、これらの国々に戦略的にコントロールされ、この地域が西欧民主主義勢力と中国との軍事的対立の舞台となるといった脅威につながる。
 次にChina Opportunityの視点から分析する。中国のプレゼンス拡大により島嶼国が受け取る援助総額が増大し、また、援助の内容も島嶼国の要望が通るものへと変化した。島嶼国にとって、中国のプレゼンスの拡大は、西欧民主主義勢力以外の選択肢が出現したことを意味する。また、中国援助の拡大は、島嶼国に自らの主権をより強く主張することを可能にする機会を与え、主権国家としてのDignityを保持する機会を与えたと理解できる。
 以上から、debt trapといった脅威はあるものの、現状、島嶼国は中立を維持し、西欧民主主義勢力と中国との関係をうまく利用して、自国の経済的・政治的利益を最大化することに成功しているといえる。

<報告B>トーマス・ウィルキンズ上席研究員

インド太平洋地域は、オーストラリアにとって戦略的に重要性を増している。南太平洋地域は、より広大な「インド太平洋」構想の一部であり、地政学的な影響力を巡る競争の中で、「戦略的競争」の力学が投影されている。太平洋島嶼地域は多様性に富んでおり、地学的な位置だけでなく共通のアイデンティティを共有している地域を指す。この地域は、南シナ海で紛争が発生した場合にオーストラリアと米国の同盟国を結ぶ重要な国際水路、シーレーンに近く、また、メラネシア諸島はオーストラリアの外側の防衛ラインとしても機能する要所である。近年の中国の台頭により、かつてのオーストラリアのヘゲモニーは揺らいでいる。経済面では中国の「債務の罠」を利用した外交展開やインフラ・デジタルエコシステムの統制、政治面では現地政権への関与や中国の安全保障強化に利用されることなどが懸念されている。さらに、同地域は気候変動、自然災害、ガバナンス問題など非伝統的な安全保障問題も抱えており、オーストラリアはその本国への波及や軍の介入が必要になる事態を懸念している。中国の影響力のプレゼンス拡大に対して、オーストラリアは島嶼国地域に「耳を傾ける」ことでそのニーズにより敏感に対応し、影響力を維持しようとしており、太平洋地域に特化した多くの新しい組織やイニシアティブが設立された。その関心は戦略的かつ安全保障関連であり、この重要な地域における安定性を維持するために、志を同じくする様々なパートナーと協力している。

<報告C>三船恵美教授

現在、太平洋の島嶼国地域は、中国のプレゼンス増大によって、米中間の勢力圏競争の重要な舞台の1つとなっている。経済基盤が脆弱な大洋州の島嶼国地域では、国際社会からの開発援助が大きな役割を果たしており、特に中国が地政学的に重視しているのが、ソロモン諸島とキリバスだ。まずキリバスについて、キリバスは世界第3位の広大な排他的経済水域を持つだけでなく、世界で唯一、赤道と子午線の両方が通る国である。そのキリバスを勢力圏に引き込んだ中国は、宇宙での大国間競争を見据えていると思われる。海洋強国を目指す中国は、海軍よりも、浚渫船や調査船、海上警察を通して海洋でのプレゼンスを高めている。海抜平均が低いキリバスは、この中国の浚渫産業に注目し、大規模な埋め立てを含む「キリバス20年ビジョン」の土地計画を進めている。経済発展と気候変動への対応策での支援を名目に、中国の軍民両用施設が構築される可能性がある。 次にソロモン諸島について、中国の国外軍事拠点化が懸念される。また、中国は、治安維持協定やセキュリティ強化事業の支援を通して、中国に批判的な勢力を排除できる法執行体制をソロモンへ「輸出」している。日本を含めた西側諸国は、国ごとの内政事情を踏まえて、ソロモンやキリバスなどの地政学的要衝にある島嶼諸国を中国の勢力圏から引き戻すための政策を展開していく必要がある。

<報告D>プリメシャ・サハ研究員

インドは太平洋諸島フォーラム(PIF)の対話パートナーでは、あるものの太平洋島嶼地域において、戦略的なプレイヤーとしてではなく、クアッドを通じた開発協力と人材育成の観点から関与している。インドはこれまで、太平洋島嶼地域よりもインド洋の島嶼国に重点を置いてきた。インド洋の島嶼国は、太平洋島嶼国と似た課題に直面しており、インド洋における災害対応や戦略的課題に関するインドの経験は、太平洋島嶼国にも応用できると思われる。インドのインド太平洋構想では、南太平洋地域はより広範なインド太平洋構想内のサブリージョンとみなされている。しかし、インドの戦略を詳述した具体的な政策文書はなく、また、オーストラリアなどの同地域の主要国との関係も希薄である。インドが太平洋島嶼地域において戦略的プレイヤーとしての存在感を示すためには、多国間協力や他の地域プレイヤーとの連携が必要である。インドの外交政策は非同盟主義を強調しており、この特徴が他の大国と協力する上での利点となる可能性がある。人口の40%をインド系が占めるフィジーには現在も比較的交流があるが、それ以外の太平洋島嶼地域への関与も拡大する必要がある。

○自由討論

上記の報告等を踏まえて、その後参加者全員による自由討論が行われたところ、その主な論点については以下のとおり。

<パネルディスカッション>

①中国の二国間の外交ではなく対PIF外交はどういった状況か。また、PIF加盟国であるオーストラリアも島嶼地域における影響力を回復するため、PIFに対してどのような働きかけを行っているのか。(畝川教授)

⇒キーワードとして中国が島嶼国に対して掲げる「真の多国間主義の維持」が挙げられる。中国は2.3国間の枠組みが束になって連携ことを懸念しているよう見受けられる。PIFや二国間の協調だけでなく、西欧民主諸国の連帯力を高め、連携ネットワークを拡大・強化することで世界の姿勢を中国に示すことが重要である。(三船教授)

②中国の影響力拡大により、太平洋諸国は交渉力を高めており、オーストラリアもパターナリスティックな態度を改め、より対等な関係の構築を目指すアものへとアプローチ方法を変化させている。パプアニューギニアやフィジーが率先してオーストラリアに対抗することで新たな太平洋外交が始まる可能性もある。また太平洋地域における潜在的な紛争の可能性も懸念されており、中国が施設や同盟国にアクセスすることで特に北方の安全が脅かされる可能性もある。クアッドやPBPのような多国間協力枠組みは重要であり、オーストラリアと日本が協力することにより、ODAの規模が中国を大きく上回る例もある。日豪間で2016年に掲げたPacific Strategyを再度活性化させ、またインドやフランスといった外部のパートナーとの協調を促進していくべきである。(ウィルキンズ先生)

⇒日豪間のパートナーシップに関して、再考する機会を頂いた。日豪間やドナー国間の協調は難しい問題であり、2016年から始まった日豪間の対話も目立った成果はないようである。日本の立場として、太平洋島嶼国政策を西欧民主主義勢力の一員として考えるのか、日本として考えるのかで、方向性は異なる。クワッドのような枠組みの中の1つとしての外交政策と日本独自のものでは内容も異なるものになることが想定される。日米豪で、FOIPの達成や中国の囲い込みといった目的は共通しているので、協力関係を築きつつも、日本として独自の外交政策を展開することが大切である。(畝川教授)
ホイップ=法の支配をベースにした西洋民主主義の中で自由で開かれた太平洋諸国、太平洋諸国を引き戻す。

③中国の影響力台頭の中で、ソロモン諸島のように一度中国の勢力圏に入った国々を西側に引き戻すために私たちができることは何か(三船教授)

⇒ソロモン諸島を西側に「戻す」という表現をどう理解するかは難しい問題である。依然として援助額はオーストラリアの方が大きく、その関係を断ち切ることは現実的でないため、ソロモン諸島はまだ完全に中国側を選んだとみることはできない。立場を表明しない中立のポジションを活かし双方から最大限支援を得ようとする姿勢がうかがえる。ただ、ソロモン諸島にこのバランス外交を維持できる外交能力があるのかどうかは注視していくべきである。このような状況で西側の影響力を上げるには、「聞く姿勢」が重要となる。これは日本の外交においても欠けている。コミュニケーションを通して、受援国がどのような状況で、どういった課題を抱えているかを正しく理解することが必要である。相互理解を進め対等なパートナーシップの構築を目指すことで中国との差を示すことができるのではないか。(畝川教授)

④多国間協力のネットワークを強化することは有用である。南太平洋を考える際にインドネシアも考慮に入れるべきであり、インド、オーストラリア、インドネシアの3カ国協力は重要なプラットフォームにナルうる。南太平洋地域においては、国によって異なる地理的状況やそれによる脅威の違いを認識するなど、小地域に焦点を当てることが重要である。このような多国間枠組みは南太平洋だけでなく、インド洋諸国のような他地域についても様々な分野で重要なプラットフォームになり得る。(サハ研究員)

<質疑応答>

①(1)中国の警察協力について、特にソロモン諸島とキリバスにおいて進めているが、現地で受け入れられているのか。どのようなノウハウを供与しようとしているのか。規模、方法、中国の狙いは何なのか。(参加者)

⇒影響力について、太平洋諸島13ヶ国の中で軍を持っているのは3ヶ国のみであり、国内の治安の維持は警察のみが担う。警察協力で得られる国内の情報を端緒として外交も含めた情報が抜かれる可能性がある。中から影響力の拡大が懸念される。(畝川教授)

⇒現地の治安の維持よりも中国人命と企業の保護が目的とされているため、実態の数はわからない。(三船教授)

 (2)台湾は医療人材の育成などの人材的な支援、中国は道路や競技場といった目に見える物的な支援を行っているが、日本はどのような支援をすべきか。(参加者)

⇒中国とは異なるものを提供したいが、金額で対抗するのは難しい。西欧民主諸国とともに制度設計に力を貸すことが重要になってくる。例えば島嶼国のdebt trapの問題もdebt sustainabilityに対する制度が是弱であることが要因の1つである。このような制度設計を支援し強固なものにすることに日本の独自性を発揮できるのではないか。(畝川教授)

⇒ソロモン諸島マライタ州において、中国に批判的だったスイダニ前知事が罷免された問題のように、中国に不信感を持つ人々が排除され、世論が封じ込められそうになった場合に、それを国際社会へ発信することが西欧民主主義諸国の役割ではないか。(三船教授)

②オーストラリアやオーカスはどのようにフランスと協調していくつもりなのか。(参加者)

⇒北太平洋地域で紛争が発生した場合、オーストラリアやイギリスが潜水艦を派遣すると思われるため、フランスが今後オーカスで何か役割を果たす可能性は低い。オーストラリアとフランスの関係は安定しつつあり、潜水艦の取引が決裂した今、新たな分野での協力の道筋を探っている。また、フランスとオーストラリアの関係について、フランス、オーストラリア、インド、アメリカといった国々で多国間協力を築こうとする動きもある。このような防衛産業における協力は、西欧諸国が資源をつぎ込む非常に優先度の高いプロジェクトであるとともにインド太平洋の防衛力強化という点で大きな意味を持っている。(ウィルキンズ先生)

(文責、在研究本部)