公益財団法人日本国際フォーラム

  • メモ

    メモ

第2回定例研究会合
  1. 日 時:2024年5月30日(木)午後1時-午後2時半
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:29名
[外部講師] 関根 久雄 筑波大学教授
[主  査] 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員
[メンバー] 宇山 智彦 北海道大学教授
遠藤  貢 東京大学教授
畝川 憲之 近畿大学教授
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ 慶應義塾大学SFC研究所上席所員
高畑 洋平 JFIR常務理事・上席研究員*
三船 恵美 駒澤大学教授/JFIR上席研究員
[JFIR] 渡辺  繭 理事長
伊藤和歌子 常務理事・研究主幹  ほか19名
  1. 議論の概要:

北太平洋地域、ミクロネシア地域では戦後の歴史的経緯からアメリカが最大のドナー国となっているため、アメリカは政治経済の両面において影響力を持ち続けている。アメリカは、この地域のパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島と自由連合協定を結び、財政支援を初めとする経済援助、あるいは教育などの社会開発分野において手厚い支援を行っている。また、マーシャル諸島にはアメリカ軍の弾道ミサイル防衛試験場があり、その租借料は、マーシャル諸島政府の主要な歳入減の一つとなっている。
 一方で、赤道から下のミラネシア、ポリネシアでは、オーストラリアとニュージーランドが主要なドナー国だ。特にオーストラリアは独立後のこの地域の島嶼国に対して政治的経済的に非常に大きな影響を持ち続けてきた。
 しかし、2000年以降、主要ドナー国と島嶼国との関係に変化が現れている。その要因は3つある。第1に、気候変動などの環境問題が国際社会で注目される状況の中で島嶼国がその被害者として主体的にアピールするようになった。第2に、太平洋島嶼国が持っている広大な排他的経済水域(EEZ)における水産資源や海底鉱物資源の価値が高まった。第3に、中国が太平洋島嶼地域への積極的な進出を始めた。

<太平洋島嶼地域と中国>

中国は、2006年4月にフィジーで「中国・太平洋経済開発フォーラム」を開催し、中国の友好国に対する経済協力を積極的に進める姿勢を示した。またその後、フィジー首相の訪中、パプアニューギニア(以下、PNG)首相の訪中、習近平国家主席のフィジー訪問、トンガ国王の訪中、ハイレベルによる相互訪問が行われた。更に、中国艦艇がPNG、バヌアツ、トンガを訪問し、中国からPNG、フィジー、トンガに対して武器供与するなどの軍事援助など、太平洋島嶼国と中国の関係は強化されていった。
 このような中国の行動の背景として、海洋資源の確保、台湾問題、地政学的観点からみた太平洋島嶼地域の戦略的重要性が考えられる。ツバル、マーシャル、パラオの3カ国が台湾と外交関係を結んでいる。台湾を牽制する意味で、中国はこれらの国に開発援助を伴う外交攻勢を積極的に仕掛けていった。
 2019年9月、ソロモン諸島は台湾と断交し、新たに中国と外交関係を結んだことで、中国と島嶼国の関係は注目されるようになった。また、パラオやマーシャル諸島など、中国と外交関係をもたない島嶼国も中国との経済関係は密接になっている。

<中国から台湾へ、台湾から中国へ>

太平洋島嶼国は「欲しい援助を出してくれる」ドナー国を支持する傾向がある。そのため、太平洋島嶼国は「欲しい援助」を求め、頻繁に外交関係を断交したり、新しく結んだりしている。特に、中国は「一つの中国政策」への支持以外の条件付けをほとんど行わないため、他のドナーに比べて魅力的だ。例えば、ナウルは元々台湾との外交関係を重視していたが、2002年には都合の良い援助をしてくれた中国側につき、更に、2005年には台湾、2024年には再び中国へと支持する国を変えている。また、トンガ、マーシャル諸島、キリバス、ソロモン諸島も同じように支持する国をドナー国の条件によって変えている。

<「伝統的な」ドナー国>

オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、日本といった太平洋島嶼国の伝統的なドナー国は、このような太平洋島嶼国の中国への乗り換えを受けて、それまで以上に積極的にこの地域への援助を増やす姿勢を見せている。例えば、2022年6月には日本、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国で、太平洋島嶼地域の支援に向けて新たな枠組みとして「青い太平洋なパートナーシップ」を設立した。この枠組みは中国への牽制、より透明性の高い効果的な支援を目指している。また、ソロモン諸島が中国と国交樹立した1年後の2022年9月にはアメリカが太平洋地域の優先課題に応えるための「アメリカ太平洋パートナーシップ戦略」を打ち出し、昨年9月にはそれをさらに強化する援助計画を発表している。米中対立という現在の国際社会における大きなパワーポリティクスのうねりの中に、圧倒的な弱者としての太平洋島嶼国は、如何に効率的かつ自律的に開発援助を引き出しうるかが最重要課題である。島嶼国は、援助を得られれば、付き合う相手はアメリカでもオーストラリアでも中国でもどこでも良いと考えている。

<サブシステンスを生きる>

ソロモン諸島では圧倒的大多数の人々が村落社会に住んでいる。全国の土地面積の約84%は親族集団単位で所有され、個人所有の土地は少ない。これらの土地は伝統的システムに従って相続され、受け継がれてきた土地で農作業、漁撈、森林利用など、「生命の維持や生存のための活動」を行っている。このような経済状態を、サブシステンス(subsistence)経済と呼ぶ。サブシステンス経済の基本的な構成要素は、レント(rent)、産業(industry)、サブシステンス(subsistence)の3つである。レントには、開発援助、在外家族・親族からの送金、入漁料などが含まれる。また、産業には、農業、水産業、観光、鉱業、小規模ビジネスが含まれる。多くの島嶼国の人々がサブシステンスという状態で生活している。一般的に、ソロモン諸島の人々は現金収入がなくても、農地と地縁血縁間の相互扶助的関係に頼ることで、日常食に困ることはない。
 ソロモン諸島の人々の生活には、ある意味「原始的な豊かさ(subsistence affluence)」があると言える。生活環境内にある自然を活用した生業活動を通じて食糧を得ており、不足すれば地縁・血縁関係を通じて支援を受けることも期待できる。一方で、西洋的物資、学校教育、資本主義的な経済機会などの近代的諸制度に望み通りに関わることができないことや、儀礼などの伝統的行為に必要とされる現金や西洋的物資を十分に用意できない「貧しさ」という面も、人々は持ち合わせている。村社会で暮らす人々は、文脈に応じて、「豊かである自分」と「貧しい自分」の間を認識レベルで常に移動している。
 人々は、貧しさを感じたときに、開発プロジェクトを起こしたり、それに関わったり、あるいは賃金労働を求めたり、収入に関わる様々な可能性を模索する。しかし、これは従来のサブシステンス経済を断ち切って貧しさを解決するというわけではなく、サブシステンスの継続を前提とした開発、生活環境内にある自然や文化を資源とする開発、村落社会における広義の収益事業に関心を向ける。いわばそれは「西洋的近代化を指向しつつも伝統的側面を視野に入れた開発」であり、それを追及するには、効率的かつ継続的な開発援助が不可欠である。このような開発目標は、マーシャル、パラオ、トンガ、ソロモンの国家開発計画にも反映されている。

<開発的公共圏を生きる>

2000年前後にソロモン諸島で国内紛争が発生した。これは、直接的には、ソロモンの首都ホニアラが存在するガダルカナル島の人々の不満が沸点に達したことで発生した。しかし、同時にガダルカナル以外の島(州)からも、例えば同国で最も辺境の地にあるテモツ州の人々などは、独立以来、政治的経済的意思決定に基づいて、国内外からの投資を集め社会基盤整備を進めることができず、学校教育費や日用品購入に必要な現金を得る手段が少なく、「中央政府から忘れられてきた」、「無視されてきた」と感じていた。この国内紛争を契機にいくつもの地方の州の有力者や高学歴者などから分離独立の話が出され、複数の州では憲法改正や連邦制移行の模索がなされた。
 こういった開発や近代化に関わる欲求と、それを思うように享受できない状況に基礎付けられた空間を、ここでは「開発的公共圏」と呼ぶことにする。村落社会の人たちは、自らを近代的文脈の中に置くとき、村落というサブシステンス主体の社会から一時的に抜け出して、国家に対峙あるいは国家と接続しうる開発的公共圏にアイデンティティを重ね合わせている。これは、人々が、開発的公共圏を媒介にして国家との距離を測りながら、主体的・自律的に近代的状況に近づこうとする行為であると言える。共同性の単位は、人々の開発欲求との兼ね合いに応じて、村から州へ、州から国家へと拡張されるのである。

<地域的近代、「程々の」近代>

太平洋島嶼国は、「西洋的近代化を指向しつつも伝統的側面を視野に入れた開発」を目指していると言える。開発援助を通して、経済成長や貧困削減などの西洋的近代化が進む中、太平洋島嶼社会は従来のサブシステンスを基盤にした農村生活や相互扶助的人間関係といった伝統的要素の持続を前提にした開発を求める姿勢が見られる。

<自由討論>

Ⅰ ①太平洋島嶼国は、中国と台湾、または、中国とアメリカなど、2つのドナー国から一つ選ぶ外交を行っているように見える。他の狭間の国は、ドナー国を一つ選ぶのではなく、多くの依存先を細やかにバランスするような外交をしているが、なぜ太平洋島嶼国はこのようなバランス外交を行なわないのだろうか。②州の独立傾向が回りの州や国に広がることはあるか。(廣瀬メンバー)
 ⇒①太平洋島嶼国には、伝統的なドナーとして、アメリカ、日本、ニュージーランド、オーストラリア、EUが存在する。島嶼国は、条件が合えばいつでも外交関係を結ぶというスタンスであると考える。また、ドナー国側が島嶼国からどのようなメリットを得られるのかという部分も外交関係が結ばれるかどうかを左右していると考える。②ニウエはあまりにも小さく、ニュージーランドの援助に依存しているため、ニュージーランドの方針次第だと考える。

Ⅱ ①島嶼国は伝統的価値と西洋的・近代的価値を両立していると説明されたが、伝統的価値と西洋的・近代的価値の間の緊張関係は存在するか。ロシアで伝統的価値という言葉は、西洋の悪い価値が入ってこないようにする文脈や人を排斥する文脈で使うことが非常に多くなっている。②国連総会のパレスチナ国家承認決議に反対した9カ国の内、4カ国が太平洋島嶼諸国だった。一般的に、小国はこのような国際問題に対して多数派に合わせるか、微妙な問題であれば意見を表明しないことが多い。なぜこの4カ国はパレスチナ問題について、あえて少数派につく態度をとったのだろうか。(宇山メンバー)
 ⇒①基本的に価値観のレベルでは対立はない。一方で、システムの整合性がとれないことはある。例えば、伝統的な土地相続のシステムでは誰がどこまでの土地を所有しているのかが明確に決まっていない。そのため、土地を使った開発が非常に難しい。一方で、伝統的な価値がセイフティーネットとして近代的な価値やシステムを補完する場合もあり、常にこの2つの価値を共存させようという意識は島嶼国にはあると感じる。②パレスチナ決議の詳細は分かっていないが、島嶼国にとっての大きな関心は環境保全と開発だ。基本的に島嶼国にパレスチナに対する高い関心があると感じたことはないため、何かしらの援助取引が背景にあるのではないかと考える。

Ⅲ ①アフリカと太平洋島嶼国には共通点が多い一方、異なる点も多くあると感じた。アフリカの文脈では、島嶼国みたいに伝統的生活の継続を開発計画に入れることはない。独立直後は伝統性を掲げる開発戦略は存在したが、80年代の構造調整によって多くがかき消されてしまった。また、アフリカでは、植民地時代に現地の人々は労働力として資本主義経済の中の階級形成に動員されてしまったため、サブシステンス経済が根絶やしになったと感じる。更に、土地制度についても、共同体として管理する従来の形式が島嶼国のように存在するが、人口増加によって土地が希少になり、土地の私有化と国家による土地制度の管理へとシステムが移り変わっている。外交面では、島嶼国のように、欲しい援助をくれればどの国とも外交関係を結ぶ国が多いと考える。(遠藤メンバー)
 ⇒太平洋島嶼地域には、4つの脆弱性がある。それは、国土が小さく人口が少ない、国土が広く散在している、主要マーケットから遠い、海に囲まれていることだ。この4つの不利な条件があるために、島嶼国はアフリカのように先進国から目をつけられなかったと考える。一方で、近年、大国の国家戦略の変化や米中対立という文脈の中で島嶼国は大国に注目されるようになった。

Ⅳ 日本を含めたドナー国のプレゼンス拡大に向けて、どのような援助をするべきなのかについて質問したい。①気候変動から教育や保健衛生など、あらゆるものが島嶼国の開発戦略の中に含まれている。日本は、どの分野への援助に力を入れるべきか。②西洋的近代化を志向しつつも伝統的側面を視野に入れた開発は具体的にどのようなことか。③島嶼国側が公共圏の拡大を目指す一方で、彼らにとっては伝統的社会、土地に根付いた制度は非常に重要である。社会のベースにある村落が何を求めているのかをドナー国は意識する必要があると思うか。(畝川メンバー)
 ⇒①日本は、教育の支援に力を入れるべきだと考える。島嶼国は今後、援助に頼り続け、自立することはないと考える。そのため、依存状態やレントをどのように効果的に、また、戦略的に扱えるかが重要になる。このようなことを考え、実行できる人材育成に日本は関与できると考える。②サブシステンス・アフルエンス(原始的な豊かさ)は島嶼国の人々にとって重要であり、平和に生きていくための一つの手段として大事にされている。島嶼国のサブシステンス経済を前提とした開発が重要であると考える。 ③経済開発は基本的に住民レベルから見ていく必要があると考える。圧倒的大多数の国民が住んでいる村社会の中で一体何が必要とされているのかを知ることが効果的な開発につながると考える。そのため、ドナー国は村落を意識する必要はあると考える。

Ⅴ ①ソロモン諸島のソガバレは、中国マネーに影響され、中国が求める外交政策を行っていた。新しいマネレ政権は、どの程度中国が求める外交政策を実行すると思うか。②アメリカと日本が残していた負の遺産である不発弾処理の問題についてどの程度中国当局のプロパガンダが流れているか。(三船メンバー)
 ⇒①マネレは外交官として国連に派遣され、西洋諸国に大使として駐在をしていた。そのため、西洋諸国の考えや戦略に対して理解がある。また、ソガバレが率いていたOUR Party(マネレも同党のメンバーだが)は4月の総選挙で大きく議席を減らした。それでもマネレが首相指名選挙で勝利したのは他党や無所属議員を含めた多数派工作ができたからだ。ソロモンでは毎回首班指名時にはおなじみの光景であるが、連立パートナーたちとの協調が必要とされる中で、政権を維持するために場合によっては政策が軟化していくかもしれない。ソガバレ政権ほど、オーストラリアとアメリカと距離をとり、反西洋ではないことが期待できる。②不発弾の問題がどの程度メディアで偏った報道されているかはわからないが、現状、中国のみならず、アメリカ、オーストラリアも水面下で多くのプロパガンダを流していることは確かだ。

(文責、在事務局)