公益財団法人日本国際フォーラム

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今からおよそ30年前、ユーラシア大陸において、「ソ連(現ロシア)の解体」と称される出来事が起き、この出来事は既存の国際秩序から次なる国際秩序を語る上での、歴史の転換点となった。いわゆるソ連解体後、何が起こったかといえば、ユーラシア大陸に「力の真空」が生じ、欧米勢力はその未知の場を手に入れるべく、旧共産主義諸国の民主化・経済改革に乗り出した。しかし、ロシアからすれば、こうした欧米による思想や政策は、他陣営から自陣営に対する勢力圏の侵害に他ならなかった。その結果、対抗措置として、ロシアはユーラシアにおいて欧米と対峙する「パワーゲーム」を展開する。

それから、およそ30年後の2022年、ユーラシアにおいて、再びリベラルな国際秩序を脅かす出来事が生じた。ロシアがウクライナに侵攻し、第二次世界大戦以降最大規模の戦争が始まった。この戦争は未だ収束の目途さえ立たず、事態は複雑さを増している。これに加えて、中東での新たな争いや台湾情勢・朝鮮半島情勢の不透明化など、世界の在り様は激変し続けており、総じてその緊迫度は増している。

ロシアによるウクライナ侵攻が欧州を震源地とするものの、その背後には、長期にわたる米中間の対立・緊張関係を挙げることができる。裏を返せば中露関係は「蜜月」とも言われる状況とも解釈でき、ロシアのウクライナ侵攻後、中露の動向に国際社会の注目が集まった。

習近平国家主席は、昨年12月、「中ロ関係の維持・発展は、両国民の根本的利益に基づく戦略的選択だ」と発言し、昨年10月、ロシアのプーチン大統領もまた、「中露関係は『世界の安定の基盤』」と発言するなど、中露同盟とも呼ぶべき動きとも読み取れる。

また、中国はいわゆる「一帯一路」構想を通じて、「グローバルサウス」(新興国・途上国の総称)と称される、東南方面の太平洋島嶼国や中南米などにも接近し、従来のインフラ整備支援や経済支援に加えて、気候変動や防災といった多分野においても支援を表明している。

これら動きについては、様々な解説、分析、議論が積み重ねられているが、しばしば説明される言葉として「勢力圏競争」が挙げられる。この「勢力圏」の定義は、識者によって多様であるが、およそ「ある国が自らの境界線の外側において、政治・経済・軍事・文化などの分野で影響力を行使できる地域」と定義できるのではないか。この勢力圏競争において、巧みな外交戦略により着実に成果を挙げているのが、中国とロシアであろう。

そもそも中国の国際秩序観は、いわゆる「華夷秩序」を基盤としているほか、ロシアのプーチン大統領もまた、これまで何回もアレクサンドル3世の有名な言葉「世界全体で、ロシアには2つしか信頼できる同盟者はいない。それはわが国の陸軍と海軍だ」を引用し、共に自国の影響力ないし勢力圏の拡大とも呼ぶべき動きを見せている。こうした、中露による巧みな外交戦術は、欧米の影響力があまり及んでいない地域でよく見られていることは周知のとおりである。

こうしたなか、中国とロシアの勢力圏競争とその影響を大きく受ける地域として、中央アジア・コーカサス、大洋州を挙げることができる。例えば、中央アジア諸国ではすでにかなりの割合が中露の影響下にあり、日本が想定している以上に「中露カラー」に染まっているという話を聞くほか、大洋州地域では、中国の進出に伴い、島嶼国と豪州やニュージーランドといった伝統的ドナー国との関係も微妙になりつつあるようだ。

さらに最近では、国際社会において、その存在感を増している「グローバルサウス」においても同様の動きが進行している。

日本国際フォーラムでは、2023年6月から、これら国・地域の内在論理をトータルに明らかにし、もって日本外交の外交チャネルを増やす判断材料となりえる知的蓄積の継承・刷新を行うべく、「中露の勢力圏構想の行方と日本の対応『中央アジア・コーカサス・大洋州・グローバルサウスの含意』研究会を始動し、私もメンバーとして参加している。

これまで、日本における当該地域に関する情報収集・調査研究事業については、もっぱら各国・地域事情や実務に精通した専門家コミュニティを中心とする「国・地域ごとの高度専門学術研究」がその骨格を担ってきた。本研究会はこうした学術的系譜の価値を否定するのではなく、むしろ、ポスト冷戦期以降、国際関係が「対立・競争・協力」の様相が複雑に絡み合うなかにおいて、各々が専門とする分野の専門性に加えて、個々の専門性を越えた連携によって生じる複眼的視座を導入し、その相乗効果によって生まれる学術的成果を提示しようとするものである。

また、こうした意欲的な取り組みに基づく識者間の議論の中にこそ、いまだベールに包まれた中露の実態の一端が明らかになるヒントも隠されていると思われる。今日の国際社会の多数派を占めているのは、新興国や中小国であり、今我々に必要な視点はより先鋭的かつ複眼的でなければならない。

ご承知のとおり、もともと日本は、シーパワーやランドパワーとった大国間に挟まって不安定になりやすい国に位置している。同盟国である米国の存在はあるものの、やはり、隣国に位置する中国やロシアの動向、そして今後は、地政学的に離れた国・地域についても神経を注ぐ必要があることは疑いない。これまで日本は、ロシア・中国と陸続きのユーラシア諸国に対して、米中露との関係を悪化させない調整力を発揮し、外交実績を積み上げ、今日に至る。これは上川陽子外務大臣の言うところの「しなやか」という言葉にも端的に表れている。ロシアによるウクライナ侵攻という第二次世界大戦以降最大規模の負の戦争を一つの起点として、ミドルパワーである日本にとって、今何が必要で、今後何が問われているのか、引き続き日本を取り巻く国際戦略環境を冷静に見極めていく必要がある。