公益財団法人日本国際フォーラム

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気候変動対策やグリーン産業政策に対する各国の姿勢は、それぞれ時間差や温度差がある。

そうした政策姿勢の違いは、その国が直面する気候変動リスクの大小のほか、国内外の市場の動向、海外からの圧力など複雑な政治経済要因に左右される。

なかでも大きな影響を及ぼすのが、産業構造の違いを反映した国内政治である。

1.気候変動を加速させる資産 vs 脆弱な資産

気候変動対策やグリーン産業政策をめぐる政治は、温室効果ガスの排出によって気候変動を加速させる資産(炭鉱、自動車工場、鉄鋼所など)に関わる者と、気候変動による環境変化、異常気象、自然災害に脆弱な資産(沿岸の土地、乾燥地の農場など)に関わる者との間の争いとして理解することができる(Colgan, 2021)。

ここで言う資産には、資本、労働、知識など、その産業の生産に関わるあらゆるインプットを含む。

例えば、製鉄会社が所有する従来型の高炉は、製鉄過程で大量の二酸化炭素を排出するため、気候変動を加速する資産である。一方、保険会社は、気候変動によって異常気象や自然災害が激甚化すると支払いが増えてしまうサービスを提供している点で、気候変動に脆弱な資産の保有者と言える。

では、脱炭素などの気候変動対策が積極的に行われると、こうした気候変動を加速する資産や脆弱な資産はどうなるか?

気候変動対策は、気候変動を加速する資産の需要を減らし、その価値を大きく下げることになる。

例えば日本(2020年時点)では、鉄鋼業だけで国全体の二酸化炭素排出量の約12%も占める(環境省, 2022)。日本のように鉄鋼業が盛んな国が脱炭素を進めようとすると、二酸化炭素を大量に排出する従来型高炉は価値の低下を免れないだろう。

そのため、こうした気候変動を加速する資産(例:高炉)に関わる者(例:製鉄会社、製鉄が盛んな国)は、脱炭素など気候変動対策に反対するインセンティブを持つことになる。

他方、保険会社や島嶼国のように気候変動に脆弱な資産に関わる者は、気候変動が深刻化すると損害を被ることになるので、本来なら気候変動対策やグリーン産業政策に賛成する側になるはずである。

2.気候変動とともに変わる政治力学

ところが、つい最近まで、気候変動に脆弱な資産の関係者の声は、多くの国で政治的に大きな力となりにくい状況が長く続いた。むしろ気候変動を加速する化石燃料、自動車、鉄鋼といった産業が強い国では、そうした産業の政治的な影響力の方が強く、効果的な気候変動対策の推進にとって足枷となってきた。日本もそうした国の一つと言えよう。

なぜ気候変動に脆弱な人々の声は大きな力になりにくいのか?

それは、一種の認識ギャップに起因する問題だ。化石燃料、自動車、鉄鋼といった産業の保有資産が脱炭素政策によって価値を下げることは、直接的かつ明確に認識されやすい。

これに対して、気候変動による環境変化、異常気象、自然災害の影響はゆっくりと顕在化するため、それに対して脆弱な立場の人たちの間ですらその脅威や損害が認識されにくい。このため、気候変動を加速する産業の関係者が脱炭素に反対する声ばかりが大きくなりがちなのだ。

ただし、今や多くの国々が気候変動の顕在化を認識し、また、脱炭素を通じた経済成長を志向するようになってきた。

こうして気候変動対策や脱炭素が進むにつれ、気候変動を加速する資産は時間とともに減価していき、こうした資産に関わる者もやがて政治的な影響力を下げていく。

一方、気候変動の影響と見られる異常気象や自然災害が頻発化、激甚化するにつれ、気候変動に脆弱な資産に関わる者は自らの不利益をはっきりと認識するようになり、有効な気候変動対策を求める政治的な声を高めるだろう。

気候変動の深刻化に伴うこうした国内政治力学の変化は、今後各国で脱炭素やグリーン産業政策を後押しする方向に作用していくと考えられる(Farmer, 2019)。

<参考文献>

  • Colgan, J., Green, J., & Hale, T. (2021). Asset Revaluation and the Existential Politics of Climate Change. International Organization, 75(2), 586-610.
  • Farmer, J. D., Hepburn, C., Ives, M. C., Hale, T., Wetzer, T., Mealy, P., … & Way, R. (2019). Sensitive intervention points in the post-carbon transition. Science, 364(6436), 132-134.
  • 環境省. (2022). 2020年度(令和2年度)の温室効果ガス排出量(確報値).