公益財団法人日本国際フォーラム

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生活条件の悪化は、気候変動と紛争とを結ぶ重要な経路の一つである。

気候変動の影響で人々が食えなくなり、生活に行き詰れば、暴力に加担してでも食い繋ごうとする者も出てきておかしくないからだ。

もちろん気候変動に伴う環境悪化が必ず生活条件の悪化につながるとは限らないし、生活条件の悪化が必ず暴力につながるわけでもない。

しかし、これまで多くの研究が、気候変動と紛争とを結ぶ中間要因として生活条件の悪化に注目し、その因果関係を検証してきた。

1.農林水産業の生産減少

気候変動が進むと、干ばつ、洪水、熱波といった自然災害の強度と頻度が増大したり、動植物の生育環境が変化したりすることなどによって、農作物の収穫、家畜の飼育、漁や養殖の水揚げなど食料生産に深刻な影響を与える(IPCC, 2022)。

農林水産業の生産減少は、まずそれに従事する人たちの収入減を招く。平和な暮らしで収入が減少するということは、暴力によって揉め事を解決したり、力によって資源へのアクセスを確保したりすることの機会費用が下がるということだ。

多くの研究が、気候変動の影響を受けやすい農林水産業の収入減少と紛争との関係を強調している。

例えば、インドネシアでの稲作やサハラ以南アフリカのトウモロコシ栽培のハイシーズンに気温の異常が生じると、それら作物の収穫量が減少し、内戦の発生率が高まるという(Caruso et al., 2016; Jun, 2017)。

同様に、アフリカ46か国のデータを1997年から2011年まで分析した別の研究でも、その土地の主要作物の成長期に異常気象が起きると、それ以外の時期の異常気象に比べて、紛争に結びつきやすいとの結果が出ている(Harari & La Ferrara, 2018)。

また、シリア内戦に関する分析でも、主要作物の成長期に干ばつが起きると、暴動の発生を誘発しやすいと指摘されている(Linke & ruether, 2021)。

牧畜に関しても、ソマリアを対象としたある研究が、家畜価格の低迷によって、暴力行為に加担する農牧民が増加したり、そうした農牧民に対する過激派組織アル・シャバーブの勧誘が活発化したりすると報告している(Maystadt & Ecker, 2014)。

ほかにも、コロンビアでのある調査が、コーヒーの国際価格急落によってコーヒー生産の多い自治体でゲリラや反政府勢力による攻撃が大幅に増加することを見出している(Dube and Vargas, 2013)。

2.気候インフレ

気候変動に伴う物価上昇は「気候インフレ」(climateflation)と呼ばれる。

気候変動によって農作物、家畜、水産物の供給が減少することになれば、それは農林水産業者の収入減少にとどまらず、食料価格の上昇という形でより多くの人々の生活条件を悪化させることになる。

IPCC第6次報告書によると、2℃を上回る温暖化においては、特にサハラ以南アフリカ、南アジア、中南米、島嶼地域で深刻な食料不足となる可能性が高いとされる(IPCC, 2022)。

また、いまだ化石燃料に依存した現状では、その高騰は光熱費や輸送費を押し上げ、庶民の暮らしにも大きな影響が及ぶ「化石インフレ」(fossilflation)をもたらす。

2021年以来、脱炭素に向けたエネルギー転換の過渡的な副作用で石油や天然ガスの需給バランスが崩れ、そこにロシアのウクライナ侵攻の影響も重なって、化石燃料の国際価格が急騰した。

さらに、今後多くの企業が脱炭素のために割高な技術や設備に投資するようになれば、その費用が価格に転嫁されて「グリーンフレーション」(greenflation)が起きるとも考えられている。

つまり気候変動は、さまざまな経路を通じて物価上昇を招きかねないのだ(Schnabel, 2022)。

3.食料危機、物価高騰、暴動

食料危機や物価高騰が暴動に結びつくことは、天保飢饉に端を発した天保騒動など、日本の歴史にも例を見つけることができる。

ヨーロッパでも、フランス革命の先駆けとなった1789年のレヴェイヨン事件をはじめ、18世紀から19世紀にかけてパンの価格高騰が招く暴動が相次いだ(Smith, 2014)。19世紀のバイエルンでは、豪雨のためにライ麦が不作となり、その価格が上昇した結果、窃盗など財産犯の発生率が上昇したという報告もある(Mehlum et al., 2006)。

気候安全保障の研究でも、異常気象や自然災害による食料価格の上昇が都市暴動や紛争を招いた例が指摘されている。

例えば、1997年1月から2010年4月 までの期間を対象にアフリカで113の市場を調査した研究によれば、干ばつが起きると食料価格が高騰し、その結果として紛争の頻度が上がるという関係が見られたという(Raleigh et al., 2015)。

また、2007年から2008年にかけての食料価格高騰が、アフリカ諸国をはじめ世界の多くの発展途上国で食料危機と暴動を招いたことも指摘されている(O’Brien, 2012)。

気候変動によって食料生産国からの輸出が減ることになれば、食料の多くを輸入に頼る日本のような国にとっては死活問題だ。国際的な食料危機は、多くの国でマクロ経済や政治状況の安定に影響を与え、紛争を煽る可能性もある(Berazneva & Lee, 2013)。

例えば「アラブの春」(2010年から2012年にかけてアラブ諸国で相次いだ大規模反政府暴動)についても、その背景として気候変動の影響を指摘する研究者がいる。

2008年から2010年にかけて、気候変動に関連するとされる干ばつのために、ロシアや中国の小麦などが不作となった。それによる世界的な穀物の不足と価格高騰が、「アラブの春」の背景の一つとされる。

実際、世界的な穀物価格の高騰のために、特にパンの価格が大幅に上昇し、場所によってはそれ以前の3倍以上の値段になったという。これにより、アラブ諸国で当時勃興しつつあった反政府勢力が勢いづいて、「アラブの春」が広がったと指摘されているのだ。(Sternberg, 2012)

<参考文献>

  • IPCC. (2022). Climate Change 2022: Impacts, Adaptation, and Vulnerability; Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change; Cambridge University Press: Cambridge, UK.
  • Caruso, R., Petrarca, I., & Ricciuti, R. (2016). “Climate change, rice crops, and violence: evidence from Indonesia.” Journal of Peace Research, 53: 66–83.
  • Jun, T. (2017). “Temperature, maize yield, and civil conflicts in sub-Saharan Africa.” Climate Change, 142: 183–97.
  • Harari, M., & La Ferrara, E. (2018). “Conflict, climate and cells: a disaggregated analysis.” Review of Economics and Statistics, 100(4): 594–608.
  • Linke, A. M., & Ruether, B. (2021). “Weather, wheat, and war: Security implications of climate variability for conflict in Syria.” Journal of Peace Research, 58(1): 114–131.
  • Maystadt, J. F., & Ecker, O. (2014). Extreme weather and civil war: Does drought fuel conflict in Somalia through livestock price shocks?. American Journal of Agricultural Economics, 96(4), 1157-1182.
  • Dube, O., & Vargas, J. F. (2013). Commodity price shocks and civil conflict: Evidence from Colombia. The review of economic studies, 80(4), 1384-1421.
  • Schnabel, I. (2022). A new age of energy inflation: climateflation, fossilflation and greenflation. Speech at a panel on “Monetary Policy and Climate Change” at The ECB and its Watchers XXII Conference. Frankfurt am Main, 17 March 2022.
  • Smith, T. G. (2014). Feeding unrest: Disentangling the causal relationship between food price shocks and sociopolitical conflict in urban Africa. Journal of Peace Research, 51(6), 679-695.
  • Mehlum H., Miguel, E., & Torvik, R. (2006). Poverty and crime in 19th century Germany. Journal of Urban Economics, 59, 370–388.
  • Raleigh, C., Choi, H. J., & Kniveton, D. (2015). The devil is in the details: An investigation of the relationships between conflict, food price and climate across Africa. Global Environmental Change, 32, 187-199.
  • O’Brien, T. (2012). Food riots as representations of insecurity: examining the relationship between contentious politics and human security. Conflict, Security & Development, 12(1), 31-49.
  • Berazneva, J., & Lee, D. R. (2013). Explaining the African food riots of 2007–2008: An empirical analysis. Food policy, 39, 28-39.
  • Sternberg, T. (2012). Chinese drought, bread and the Arab Spring. Applied Geography, 34, 519-524.