公益財団法人日本国際フォーラム

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気候変動と紛争との関係を分析した既存の実証研究では、一部に懐疑論はあるものの、気候の変化、異常気象、自然災害と紛争の間に何らかの因果的なつながりを見出している研究が少なくない。

では、気候と紛争との間に何らか相関があるとして、それは一体どの程度の相関なのであろうか?

この点、2019年に科学誌ネイチャーに掲載された一つの論文が興味深い。気候と紛争との相関の程度について、気候安全保障に関するトップ研究者11名の意見を集約した論文だ(Mach et al., 2019)。

ここでは、気候変動と紛争との相関の程度を考える一つの参考材料として、この論文の概要を紹介しよう。

1.構造化された専門家判断

論文は、「構造化された専門家判断」(structured expert judgement)という方法で執筆された。この方法は、既存のデータから確実な結論が得られないようなテーマについて、専門家たちの不確実さの残る判断を定量的に集約する手法である。

具体的には、まずスタンフォード大学のマッハ(Mach)らファシリテーターが、過去に主要な学術誌で気候安全保障の関連論文を発表するなどした65名の候補者の中から、その専門分野(政治学、経済学、地理学、環境科学など)、所属機関、論文の影響度、気候と紛争の関係に対する賛否の態度などの観点から11名の専門家を選定した。

彼ら経験豊富で論文引用数の多い専門家11名の意見は、次の3段階のプロセスを経て集約されている。

(1)専門家一人ひとりに対して、ファシリテーターが1日がかり(6時間から8時間程度)で詳細な個別インタビューを実施
(2)11名の専門家が一堂に会して、個別インタビュー結果の集計をもとに2日間の集団討議
(3)個別インタビューと集団討議の結果をもとに、専門家グループ全員が執筆に参加して論文を作成

特に個別インタビューでは、気候が紛争に与える影響について、専門家の意見をファシリテーターが主に二つの観点からリスク(発生確率×インパクト)という数値の形で引き出している。

第一の観点は、過去の紛争に影響したと考えうる16の要因(経済社会発展レベル、格差、ガバナンスなど15の要因と気候変動)をファシリテーターが示し、それら要因が紛争の増加や減少にどの程度の確率やインパクトで影響したと思うかを尋ねるというものである。

第二の観点は、今より平均気温が2度あるいは4度上昇した場合に、どの程度の確率とインパクトで紛争が増減すると考えるかという将来予測である。なお、ここでの紛争は、一国内で生じる組織的な内戦を指し、その死者数などの規模は問わないものとされた。

2.気候要因が関連する過去の内戦は全体の3%~20%

この三段階評価の結果、11名の専門家たちは、過去100年の間に、気候や異常気象が世界の内戦発生に多かれ少なかれ影響を与えたであろうという点では意見の一致を見た。

ただし、過去100年に生じた内戦のうち、気候要因が影響したものを全体の3%前後と低く見る専門家から、20%以上と高く見積もる専門家までおり、その評価には幅がある。

また、過去100年の間、気候要因が内戦のリスクを「大幅に増大」させた確率はせいぜい5%程度だというのが、この専門家らの見立てである。彼らは、ファシリテーターが用意した16の要因の中で、気候や異常気象の影響を14番目(つまり、影響度が3番目に低い要因)に位置付けている。

一方で彼らは、気候要因よりも他の経済的、政治的、社会的な要因の方が紛争リスクに対してはるかに大きな影響を与えてきたという点でも意見が一致している。

専門家らが内戦リスクに対して特に影響力のあるものとして挙げたのは、社会経済発展の程度、国家のガバナンス能力、集団間の不平等(民族的な差別)、紛争の歴史である。特に社会経済的発展の低さは、内戦の発生とその期間に最も関連が深い要因として、専門家11名全員の間に意見の一致が見られた。

3.紛争の大幅増加 4℃の温暖化で確率26%

一方、彼ら11名の専門家は、さらなる気候変動が今後の内戦リスクを増大させるという点には強く合意している。

ここでも各人の評価には幅があるものの、専門家11名の平均推計値で言えば、世界の平均気温が産業革命前から約2℃上昇すると13%の確率で内戦リスクは「大幅に増大」し、約4℃の温暖化シナリオでは26%の確率で「大幅に増大」するとの予想である。

加えて専門家らは、気候変動と異常気象は、その影響度の評価が16の要因の中で最も不確かだともしており、もしかしたら気候がもたらす影響は想定よりもずっと大きいかもしれないと認めている。特に将来は、気候変動がこれまで予想されてきた因果プロセス以外の経路で紛争のリスクを高める可能性があるとしている。

これから地球に訪れる気候変動は、過去数千年の人類の歴史には経験のないものである。世界の平均気温が2℃ないし4℃上昇する場合の影響について、その予測にはいまだ大きな不確実性が伴う。将来の気候変動と紛争の関係について専門家らは、これまでの経験を根本的に覆すような事態もありうるとしているのだ。

4.紛争要因の一つとしての気候

以上見てきたとおり、気候と紛争との関係は、直接的で単純なものではない。気候変動や異常気象が生じても、必然的に紛争が発生するわけではない。

気候要因よりも、社会経済発展の程度、国家のガバナンス能力、集団間の不平等(民族的な差別)、紛争の歴史など、その土地ごとの経済的、政治的、社会的な要因の方が紛争リスクに対してはるかに大きな影響を与えてきたというのが、専門家たちの一致した見方である。

むしろ気候変動や異常気象は、紛争を招く多くの要因の一つとして捉えられるべきものである。気候変動や異常気象が必然的に紛争につながることはなさそうだが、両者の間に何らかの因果的なつながりを見出している研究も少なくない。

気候変動や異常気象の影響は、他の政治的、経済的、社会的な要因との相互作用の中で、時に短期のうちに、時に長い年月を経て、紛争へとつながる場合があるようだ。

<参考文献>

  • Mach, K.J., Kraan, C.M., Adger, W.N. et al. (2019). Climate as a risk factor for armed conflict. Nature 571, 193–197.