公益財団法人日本国際フォーラム

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米中対立の舞台の1つとして注目されているオセアニアでは、2010年代半ばから、地域機構である太平洋諸島フォーラムによって、「青い太平洋」と名付けられた地域秩序構築の試みが進められている。その背景にあると考えられるのは、域内外の要因によるオセアニアの地域秩序の変容である。

1990年代後半に気候変動問題をめぐる意見対立から、太平洋島嶼諸国とオーストラリア、ニュージーランド両国との間に亀裂が生じ、これらの国々が構成する太平洋諸島フォーラムの求心力は低下した。太平洋諸島フォーラムを媒介に、太平洋島嶼諸国とオーストラリア、ニュージーランドの協調を基盤としてきたそれまでの地域秩序が揺らぐ中、さらに変化をもたらしたのが、中国による太平洋島嶼諸国への接近であった。経済支援や軍事協力を通じて太平洋島嶼諸国への影響力拡大を図る中国の動きは、オセアニアの地域秩序をいちだんと流動化させることとなった。

こうした背景のもと登場した「青い太平洋」は、2019年に太平洋諸島フォーラムが発表した「青い太平洋大陸のための2050年戦略」によれば、「青い太平洋大陸」の「管理者」は太平洋諸島であるとした上で、政治的リーダーシップと地域主義、人間中心の開発、平和と安全保障、資源と経済発展、気候変動と災害、海洋と環境、技術と接続性の7つの分野をめぐって地域協力を推進するというものである。気候変動と災害など、「青い太平洋」に太平洋島嶼諸国の主張がとり入れられているのは、中国の接近によって、オーストラリアとニュージーランドに対する太平洋島嶼諸国の外交的立場が以前より強まったことを反映していたといえるであろう。一方、オーストラリアとニュージーランドにとって、「青い太平洋」は、中国の台頭を前に、気候変動問題をめぐる太平洋島嶼諸国との亀裂を修復し、影響力をとりもどすことを意図したものだったと考えられる。

「青い太平洋」に示される、このような太平洋島嶼諸国にとってのオポチュニティは、中国のさらなる動きによって、いっそう拡大しつつあるといってよい。2022年4月に中国はソロモン諸島と安全保障協定を締結し、5月には国交を持つ太平洋島嶼10か国と地域的な安全保障協定を結ぼうと試みた。後者は成功しなかったものの、中国の動きに警戒感をより高めたアメリカや日本、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスは、同年6月に「青い太平洋におけるパートナー」を結成し、「青い太平洋」への支援を通じて、中国に対抗する姿勢を明らかにした(後に、カナダ、ドイツ、韓国も「青い太平洋におけるパートナー」に参加)。さらに同年9月、アメリカは、太平洋島嶼諸国との首脳会議を開催し、「アメリカー太平洋島嶼諸国パートナーシップ宣言」を採択するとともに、「青い太平洋」への支援をうたった「太平洋パートナーシップ戦略」を発表した。中国による影響力拡大の動きは、太平洋島嶼諸国への西側諸国の援助を引き出すことにつながっているのである。

ただし、その反面、太平洋島嶼諸国にはリスクが存在することも指摘しておかなければならない。たとえば、西側諸国は「青い太平洋」を中国に対抗する「インド太平洋」の戦略的一部として位置付けているのに対し、太平洋島嶼諸国の間では、米中対立に巻き込まれるとして慎重な見方も根強い。中国が影響力の拡大に動き、それに対抗して西側諸国が「青い太平洋」への支援を強化することで、太平洋島嶼諸国は否応なく米中対立の渦の中に巻き込まれていく可能性が増す。外交的パワーの乏しい太平洋島嶼諸国にとって、いかにして米中対立から距離を置きつつ、オポチュニティを拡大していくのか、決して容易なことではないといえよう。