公益財団法人日本国際フォーラム

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狭間の国家、すなわち、欧米やロシア、中国などの大国の狭間で、政治・外交の方向性が制約されている国々は、それぞれの国の状況や政治的指向性によってバランス外交を展開したり、ある方向に傾くことで不利益を被ったりしてきた。例えば、親欧米路線をとると、ロシアから懲罰を受ける。2008年のロシア・ジョージア戦争、2014年に始まり、2022年から全面戦争となったウクライナ戦争などがその顕著な事例であり、国内の分離独立派の支援などもよく用いられる手段だ。2014年にロシアによるクリミア併合、そして、ウクライナ東部の騒乱が発生した時、欧州では「欧州が東西選択をウクライナに迫った結果だ」と、反省する声も多く聞かれた。このような動きからも、狭間の国には独立した主権国家としての自由度が極めて制限されていることが改めて示されたかに思えた。

しかし、2022年2月24日からのロシアのウクライナ侵略戦争は、ウクライナの国際的なポジションを一気に変えた。ウクライナ側の「ウクライナ戦争は民主主義を守るための戦い」というメッセージは世界の民主主義国家、すなわち多くの先進国の心を打った。そして、ウクライナは世界の中心であるとも言えるような求心力を示したのである。この事実は「狭間の国」でも、メッセージやコンセプトによって世界の中心になりうる可能性を示した。例えば、大洋州なども環境問題をアピールすることで、世界の中心になりうる可能性を示したとも言えるだろう。

他方で、そのような「狭間の国」のメッセージが盤石ではないこともまた明らかになったと言える。それらを阻害する要素として、以下のことが挙げられる。まず、「長期化」が大きなネックとなるということだ。メッセージの影響力を長期間維持することは極めて難しい。とりわけ、長くなればなる程、次に挙げる二つの要素の影響力がより大きくなるのだ。すなわち、第二に、そのメッセージを支えることが、負担になるケースである。例えばウクライナ問題であれば、ウクライナを支援することが支援国の財政の負担になるだけでなく、ロシアに対する制裁によってエネルギー価格や食料価格が高騰し、支援国の一般住民の生活を逼迫することにつながる事実もある。そのため、国民から支援に対する反発が出たり、国民の心を掴むことに腐心するポピュリスト政権であったりすると、ウクライナ支援に否定的な姿勢に転じることもありうる事実がある。第三に、そのメッセージに相反するメッセージがより強い影響力を持ってしまう場合だ。たとえば、ロシアの情報戦は対欧米諸国に対しては失敗してきたと考えられていた。しかし、当初からロシア国民及びアフリカなどグローバルサウスの一部には十分な効果を発揮してきていた。ロシアの「食糧危機やエネルギー危機などは、欧米の対露制裁によるものだ」、「ロシアは欧米に仕掛けられた戦いたくもない戦争を戦っており、ウクライナは欧米の代理戦争をしている」というような言説はかなり受け入れられてしまっていた。ロシアがウクライナ戦争において、エネルギーと食料を武器にしたことにより、世界のエネルギー価格、食料価格は高騰した。そして、その影響は世界の貧国により多く及ぶ。そのため、時間が経てば経つほど、この情報戦の威力は大きくなる。さらに、このロシアのメッセージは次第に欧米のウクライナ支援国の国民やポピュリスト政権・政党にもより広い影響を与えるようになってしまった。時間が経てば経つほど、ウクライナ戦争による部分も大きい食料やエネルギー価格の高騰が直接、人々の生活を逼迫し、次第にその負担は「民主主義」を支えるより「自分の生活を守る」ほうが重要なのではないかという思考をより強めることになってしまう。つまり、第三の点は第二の点と呼応しつつ、相互に影響しあって、メッセージの影響力低下を促進してしまい、それは長期化すればするほど、より強い反発力になりうるのだ。

これらのことから、「狭間の国家」が世界の中心に躍り出ることはやはり容易ではなく、「力」をもつ大国の圧力に圧倒される傾向が強いことが見て取れる。なお、この「力」には、経済力、軍事力、政治力、影響力、地政学的ポジションなどあらゆる力が含まれる。

他方、「狭間の政治学」の現実をまざまざと見せられたのが近年の南コーカサス三国の現実だと言わざるを得ない。南コーカサス三国、すなわち、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアは典型的な「狭間の国家」である。そして、地理的に近い位置にありながら、三国の地政学的な位置付け、外交の方向性が完全に異なるため、非常に興味深い対比ができる事例でもある。

アゼルバイジャンは天然ガス・石油を保有する資源国であり、経済的にも恵まれている一方、堅固な権威体制を維持し、外交的には欧米ともロシアともほどほどに良い関係を保つ絶妙なバランス外交を展開してきた。もちろん、バランス外交を可能としているのは資源の存在であると言える。

アルメニアは完全に陸封された小国であり、しかも国境線の8割は「敵」、すなわちアゼルバイジャンとトルコに囲まれている状態だ。本心では親欧米路線を取りたいものの、1994年の第一次ナゴルノ・カラバフ紛争でロシアの強い支援を受け、国内に2つのロシア軍基地も有し、ロシアが主導する集団安全保障条約機構(C S T O)の加盟国であるなど軍事的にロシアに依存し、またエネルギー輸入や原発の維持の面でもロシアに全面的に依存していることから、ロシアから離れられない状況にあった。

最後にジョージアは、基本的に親欧米路線をとり、ロシアとは厳しい関係にあったが、ジョージアは、資源を有しないものの、黒海に面し、また、アゼルバイジャンとアルメニアの対立により、アルメニアを経由した物流などが想定できなかったことから、石油や天然ガスのパイプラインを含む、アゼルバイジャンとトルコを結ぶインフラは全てジョージア経由であったし、黒海からの輸出入で近隣諸国をサポートしてきた面もあり、コーカサスの「ハブ国家」のステイタスを享受してきた。そのため、アルメニアと比べればかなり国際的な立ち位置は恵まれていたと言える。しかし、ロシアとの関係で様々な問題を抱えている。その最も大きなものが、自国の分離勢力であるアブハジア、南オセチアへのロシアの干渉であり、両地域はロシアの後ろ盾を得て、未承認国家化し、南オセチアとジョージアの対立に、ロシアが「自国民保護」を掲げて介入した2008年ロシア・ジョージア戦争後にはロシアが両地域を国家承認したことによって、両地域のロシア化がさらに進むなど、ジョージアにとっては困難な状態が続いている。

このような南コーカサス地域の「狭間の政治学」はウクライナ戦争で新たな局面を迎えたと言える。

まず、それに先立つ2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ戦争では、アゼルバイジャンがアルメニアに圧勝する形で、それまでアルメニア系住民が占拠していたアゼルバイジャン領の約20%のうち、全ての緩衝地帯とナゴルノ・カラバフの約4割の地域を奪還していたが、この背景にあったのはトルコの全面的な支援とロシアが介入しなかったという事実である。しかも、ロシアが仲介した停戦は明らかにアゼルバイジャンを優遇したものであった。さらに、アゼルバイジャンはウクライナ戦争の漁夫の利も得た。ウクライナ戦争勃発で欧州の多くの国がロシアからのエネルギー輸出を取りやめ、そのいくつかはアゼルバイジャンと新規契約をして天然ガスなどを輸入するようになったのである。エネルギー輸出国との関係は、輸入国のエネルギー安全保障に大きな影響を持つことから、アゼルバイジャンは欧州との関係である一定の安定カードを得たとも言えるし、経済的にもより恵まれた状況になった。また、ロシアの並行輸入の迂回路になったことによる経済的なプラスも大きかった。加えて、アゼルバイジャンはロシア人移民が入りづらい体制を取り、特に陸路での入国を認めなかったことで、ロシア人移民の影響をほとんど受けずに済んでいる。これはアルメニア、ジョージアとは大きく異なる点だ。最後に、2023年9月にアゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフに対して「対テロ作戦」を行ったが、アルメニアが非介入を宣言し、ナゴルノ・カラバフ「行政府」が1日で降伏し、2024年1月1日までの「ナゴルノ・カラバフ共和国」消滅を宣言(2023年12月22日に撤回)したことでアゼルバイジャンが係争地の全てを奪還することとなった(第三次ナゴルノ・カラバフ戦争)。この際も、ロシアは完全にアゼルバイジャン側についた。そもそも、2022年12月からアゼルバイジャンはアルメニア系住民にとって重要な補給路であった「ラチン回廊」を封鎖し、兵糧攻めを展開していたが、それに対してもロシアの平和維持軍は何もしなかったし、「対テロ作戦」でも、その後の小競り合いでも何もしないどころか、アゼルバイジャンの作戦を背後で支援していたと見られる報告も多く見られている。このようにアゼルバイジャンは狭間の国でありながら、元々の資源保有国という利点をバランス外交の中で最大限に活かし、近年はかなりの成功を遂げたと言って良い。

他方、近年の動きで最も割を食っているのがアルメニアだ。2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ戦争はもとより、その後の数度にわたる小競り合い、さらに2023年9月の1日で終わったアゼルバイジャンによる「対テロ作戦」ないし第三次ナゴルノ・カラバフ戦争でも何もしてくれなかったロシアに対する不信感と不満が募っており、特に2023年くらいからロシア離れやCSTOからの脱退を匂わす発言や欧米との関係強化が顕著に見られるようになっている。2023年にはCSTOの合同軍事演習をキャンセルする一方、米国とアルメニア本土で合同軍事演習を行ったり、フランスとの軍事協力関係を強化するなどの動きが見られた。インドとの軍事関係強化も目立つ。しかし、実際にCSTOから脱退できるのかという問題がある。脱退したところで、たとえば北大西洋条約機構(NATO)などにすぐに加盟できないのは自明であるし、ロシアを極度に敵に回るのも危険だ。さらに、ロシアがアルメニアのエネルギーインフラを握っており、ロシア離れをすれば、アルメニアのエネルギー安全保障は極度に危うい状態になりうる。特に、国の電力の約半分を支えているメツァモール原発もロシア無くしては稼働し続けることは不可能だ。他方、これはジョージアについても言えることなのだが、アルメニアとジョージアはウクライナ戦争のいわゆる「戦争特需」をかなり享受している国でもある。まず、ロシア人移住者(リロカンティ。リロカンティについては、拙稿「リロカンティ〜ロシアの新しい移民:南コーカサスの事例を中心に」『国際情勢紀要(2023年度)』2024年3月刊行を参照されたい)の流入で、経済が活性化し、ITや金融などの知識を持つものが同国のIT産業などをより発展させた。また、ロシアの並行輸入の迂回路として、かなりの経済的なメリットも獲得しており、ウクライナ戦争が勃発してから経済状況は極めて良好な状況が続いている。これも周辺国の状況で良い意味でも、悪い意味でも大きな影響が出る「狭間の国家」の特徴を示した事例かもしれない。

最後にジョージアは、アルメニアと同様にウクライナ侵攻の「戦争特需」を享受している。ロシアとは長年直行便も運行されていなかったが、戦争が始まってから直行便がかなりの数運行されるようになり、人々の往来も顕著に増えた。他方、与党の「ジョージアの夢」は、2022年の欧州連合(EU)加盟申請に対し、ウクライナ、モルドヴァがすぐに加盟候補国になれたのに対し、ジョージアは見送られたことから(2023年12月15日に加盟候補国に昇格)、反EUプロパガンダを展開するようになり、ジョージアの政治は複雑化した。ジョージアの外交の方向性がどちらに向かうのか、すなわち親欧米に向かうのか、むしろロシアに接近していくのかについては、2024年の総選挙にかかっていると専門家は口を揃える。狭間の国家としての立ち位置も、選挙の結果によって大きく変わりそうである。

以上、狭間の国家の最近の動きを、ウクライナ戦争をめぐる事例、南コーカサス三国の事例から分析してみたが、狭間の国家はやはり大国の影響を大きく受けるという事実は変わらず、また大きな制約を様々に受けており、資源など大きな経済力の源がないと自由度が確保しづらいことが改めて明らかとなった。また、民主主義など本来、全ての人々に受け入れられそうなメッセージもある一定の効果はあるものの、他方で限界もあることも明らかとなった。

狭間の国家の政治は小さなことでも大きな影響を受けやすい。2024年は選挙イヤーであり、大きな変化があちこちで起こりそうだ。今後も狭間の国家やその周辺の状況を注視してゆくことが重要であろう。