公益財団法人日本国際フォーラム

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「中露の勢力圏構想の現状と揺らぐ国際秩序:『中央アジア・コーカサス・大洋州・グローバルサウス』から考える」
標記公開シンポジウムが、下記1.~4.の日時、場所、参加者にて開催されたところ、その議事概要は下記5.のとおり。
  1. 日 時:2024年2月21日 (水) 15:00-17:00
  2. 形 式:ZOOMウェビナーによるオンライン配信
  3. 出席者:248名
  4. 登壇者:(プログラム登場順)
       議  長:高畑 洋平 JFIR常務理事・上席研究員
       開会挨拶:渡辺 まゆ JFIR代表理事・理事長
       基調報告:廣瀬 陽子 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授
       報  告:宇山 智彦 北海道大学教授
            遠藤  貢 東京大学教授
            畝川 憲之 近畿大学教授
            三船 恵美 JFIR上席研究員/駒澤大学教授
  1. 議論概要

<開会挨拶>渡辺まゆ理事長

今日、中国とロシアの「勢力圏」をめぐる競争が顕在化するなかで、その影響を大きく受ける地域として、中央アジア、コーカサス、大洋州地域が挙げられ、特に経済面での緊密化が進んでいる。特に、ロシアによるウクライナ侵略を機に、戦後築かれた国際秩序が大きく揺らぐなかで、ロシア、中国の現秩序への挑戦、一方的かつ強硬的な対外政策により、一層G7をはじめとする西側諸国と、中露の間で、分断・対立の様相を呈し、さらに、どちらにも与しないグローバルサウス等の国々が存在するという、現存の国際秩序の行方、展望および長期的な日本外交の在り方が、気になるところだ。

<基調報告>廣瀬陽子教授

本シンポジウムの母体である研究会(正式名称:中露の勢力圏構想の行方と日本の対応)が対象とするコーカサス、中央アジア、大洋州、アフリカ地域では、欧米はじめロシア、中国などの「大国」ないし「地域大国」の影響を受ける傾向があるといえる。これら地域を検討するにあたり、「狭間の政治学」という言葉を提起したいが、それは、このような自由な外交の展開が阻害されている国が、いかに賢く生き抜くかという処世術を分析することを第一義の目的としている。また、いわゆる「狭間の国」は、資源が少なく、地理的な制限があることも多く、経済的、政治的な力が大国より少ないと考えられているが、ウクライナ戦争下のロシアのように大国が一国では勢力を維持できない状況においては、狭間の国がより強い影響力を持ちうる展開も観察された。しかし、その一方で、狭間の国は大国と関係を切ることは困難であり、ナゴルノ・カラバフ戦争でロシアの支援が得られず、敗戦を甘受せざるを得なかったアルメニアとロシアの関係においては特にこれが顕著に見受けられる。中国と欧州を結ぶ貨物ルート「中央回廊」への期待が高まる中、今後は中国とトルコの影響力拡大の可能性が高まり、狭間の国の決定要因がさらに複雑化することが予想される。

<報告A>宇山智彦教授

ロシアによるウクライナ侵略戦争は、ウクライナ国家の存在を否定する衝動にかられたものであり、パワーを拡大するための勢力圏形成とは異質である。また、ロシアが主導する地域協力機構であるユーラシア経済同盟(EAEU)や安全保障条約機構(CSTO)はまとまりが弱い一方で、それほど関係が深くないアフリカのサヘル地域でロシアの勢力圏のようなものができつつある。おそらく、ロシアは明確な勢力圏構想を持っているというよりも、機会主義的に勢力を拡大できるタイミングや地域などを見極めて行動しているのではないか。ロシアの対周辺諸国政策は変化しやすく、自分が十分に力を発揮できない場や、決定的に離反する恐れのない国との関係では妥協する柔軟性と、脅迫・不安定化工作や殺戮により畏怖と敬意を植え付けようとする暴力性の両面を持っている。どこまで領土や勢力圏を拡大したら満足・妥協できるか不明確なロシアへの対応は難しいが、力の誇示は勢力圏形成には概ね逆効果になっている。周辺国は基本的に一つの大国の独占的影響下に入るより、さまざまな大国との駆け引きで実利を得ようとするため、ロシアが独占的な勢力圏を形成する可能性は低いといえる。

<報告B>遠藤貢教授

「薄い覇権」「薄い自由主義秩序」とは、「異質で、相対的に自律的な構成要素からなる覇権的な国際システムであり、これらの構成要素が密に、またしばしば協調的に相互作用し合うものの、その規範的な選好が一点に収束することはなく、支配的な権力の選好を反映することもない。そして、この支配的な権力は、このシステム(あるいはその一部)を緩やかに構造化するにとどまり、何らかの公共財を提供する役割を担う」(Verhoeven 2021)と定義できる。アフリカでは、一定の覇権的な地位にあったとも思われるフランスがサヘル・アフリカからの撤退を余儀なくされたほか、国連PKOも同地域から撤退し、その空白を埋める形でロシアのワグネルの活動が非常に目立つようになっており、この「薄い覇権」という概念はアフリカを取り巻く状況を考察する上で援用可能であると考えられる。サヘル・アフリカ地域やアフリカの角はクーデターの影響で極めて不安定化しており、こうした状況は今後も続くことが予想される。例えば、アフリカにおいてワグネルは、ロシア国防省傘下の雇い兵部隊を設立し、「アフリカ軍団 (African Corps)」として再編の動きもある。覇権国不在ともいえるアフリカに対する外交は、日本を含めG7にとってきわめて重要な意味合いを持つに至っている。

<報告C>畝川憲之教授

近年、太平洋島嶼地域における中国のプレゼンスは経済にとどまらず安全保障においても高まりつつある。こうした中国の動きの背景として、①台湾承認国を減らすこと、②国際場裏での支持獲得、③海洋・海底資源の確保、④海上交通路の確保、⑤安全保障・地政学的要因の5つが考えられる。言うまでもなく、太平洋島嶼国は地理的不利条件によって産業開発が難しく、外部からの援助に依存せざるを得ず、その結果、多くの援助を行う国が同地域におけるプレゼンスを拡大しやすい状況にある。とりわけ中国の援助額は2006年以降増加しており、とりわけ2013年以降は大幅増である。また、社会安定の維持、災害援助のために締結された中国・ソロモン安全保障協定は、両国の合意のもと中国の軍派遣を可能にするものであり、西欧諸国は中国の基地建設につながる可能性を危惧している。さらに、2022年5月から6月にかけて王毅外務大臣の太平洋訪問および太平洋島嶼地域10カ国との協定締結の試みは、安全保障を含む中国の影響力拡大の明確な意図を示している事例といえよう。今後、同地域における中国の動向について、多角的に分析する必要がある。

<報告D>三船恵美教授

西側からのデリスキングを実質的なデカップリングと捉える中国は、良好な外部環境を作るために途上国としての中国の位置づけに立脚して「中国の特色ある大国外交」に新局面を切り拓こうとしている。中国は冷戦時代から「途上国外交」を重視してきたが、2023年1月にインドが主催した「グローバルサウスの声サミット」と同年5月に「グローバルサウス」への関与強化を盛り込み日本が主催した「G7広島サミット」で「中国外し」のグローバルサウス外交が展開されたことによって、中国は、「グローバルサウス」の概念が中国を念頭にした地政学的な含意を持つようになったと懐疑的な姿勢になった。同概念については、西側が自陣営にグローバルサウス諸国を取り込み国際秩序における支配的な地位を維持し、もって西側がグローバルサウスという概念を政治の道具として活用していると見做している。こうしたグローバルサウスから中国を排除しようとする西側諸国の動きに対して強い危機意識を抱いた中国は、2023年7月に中国をグローバルサウスの「当然の」メンバーとして位置づけ、「永遠に発展途上国の大家族の一員である」という発言を繰り返している。今後は、中国が発信する従来からの「途上国」のことばと地政学的な「グローバルサウス」の含意を注意深く分析していく必要があるといえよう。
    二つ目のポイントとして、中国の「第2列島線」から「第3列島線」にかけての大洋州島嶼への関係について、(1)「一帯一路」が「一帯一路2.0」に移行している中でキリバスとソロモン諸島に重点的にプロジェクトが行われている点、(2)世界で東西南北の4半球にまたがる唯一の国であるキリバスが勢力圏競争の時代の衛星やロケット/ミサイル等を含む宇宙監視戦略において重要な点、(3)ソロモン諸島が①シーレーン(補給)、②前線基地(牽制)、③海洋資源で地政学的に重要であること指摘した。

<自由討論>

上記の報告等を踏まえて、その後参加者全員による自由討論が行われたところ、その主な論点については以下のとおり。

①ロシアの本来の怖さ・柔軟性はロシア周辺国以外でも効果を発揮しているのか。(廣瀬教授)

⇒アフリカや中東に対して、力を示すことはロシアにとって非常に重要な要素である。特に中東では中東自身に存在する力の論理とロシアの論理が響き合うことがある。欧米は中東に各種介入しているが、欧米が支持する勢力を最後まで支持し続けることがない。一方で、ロシアはアサド政権を一貫して守ったため、ロシアに対して信頼があがったといわれている。柔軟性については、グローバルサウスに対して、ソ連時代から第3世界を強く応援してきた仲間として関係を深めようと主張し、具体的に大規模な支援をしているわけではなくとも、イメージ戦略として多少の効果はある。(宇山教授)

②アレクセイ・ナワリヌイの死はロシアの内外にどのような影響を与えたのか。(参加者)

⇒既にプーチンに反感を持っている人たちにとってナワリヌイの死は、とても大きな出来事で、現在の体制ではダメだという意識を強めたが、それ以外の人たちを反プーチンに転じさせる効果は恐らく小さい。ロシアの世論調査の数字は解釈の難しい点が多いが、今年に入ってから、プーチンの支持率がさらに少し上がっている。制裁がどうやら効いていないこと、そして、戦況がロシア側に有利になりつつあるということが反映しているのではないか。いずれにせよ、今後ロシアの国内の社会経済状況と戦況がどうなるかが世論を動かす重要な要素であり、今回の件だけで何か変化があるかは疑問である。(宇山教授)

③狭間の国家は、なぜ緩衝国としての道を選ばないのか。(参加者)

⇒緩衝国という概念の捉え方が難しいが、この緩衝国の定義を、中立を維持する国とした場合、緩衝国になりたくてもなれない国が多数であるということをまず指摘したい。そして、この定義に該当するのは、アゼルバイジャンとトルクメニスタンであろう。とりわけトルクメニスタンは、永世中立を宣言しそれが認められている。またCISなども準加盟という位置づけであり、ロシアが主導するCSTOや経済関係の条約にも入っていない状況である。このように中立的な立場をとるには他の国に依存せず自国でやっていけるような環境が整っていないと難しいが、アゼルバイジャンもトルクメニスタンも資源保有国である。その他の国にとっては、やはりロシアに依存しないと生活できない場合が多く、特にエネルギーなどはロシア依存が目立つ。(廣瀬教授)

④アゼルバイジャンとアルメニアから平和の立役者として称賛されたことが、ロシアに自信を持たせ、ウクライナ戦争の長期化を招いたのではないか。(参加者)

⇒まず第二次ナゴルノ・カラバフ戦争の解決をロシアが仲介をしたわけだが、この仲介をアルメニアはポジティブに受け取っていない。そもそも戦争でロシアがアルメニアを助けるべきだったというスタンスである。アルメニアはCSTO加盟国であるため、見捨てられ、アゼルバイジャンにとって相当有利な都合の良い結論になったという感覚を持っている。他方でロシアの平和維持軍がカラバフに展開することを容認せねばならなかったことなど、アゼルバイジャンも一定の犠牲を払っており、国内からの不満もあるため、両国ともに喜んでいるというわけではない。だからこそ2023年前半の和平プロセスでは、ロシアを排除して進めるという両国の合意があった。なお、これらのことがロシアのウクライナにおける動きに大きな影響を与えたとは考えていない。(廣瀬教授)

⑤中国は、どう考えてもグローバルサウスには属さない。中国は進出を隠すためにPMC(民間軍事企業)を使いだしたのか。(廣瀬教授)

⇒アフリカにおいて、いわゆるPMC的な活動は、安全性を共有する面と、秩序を壊すという面がある一方で、金を中心として鉱物資源の権益という問題と深く関わっている。中国は非常に治安が悪い国で鉱物資源開発を行っているため、中国のPMCは動いているのではないか。(遠藤教授)

⑥中国との安全保障協定を結ばなかった太平洋島嶼国に対して、安全保障上の大きな脅威は存在するのか。(廣瀬教授)

⇒中国は、当時関係を持っていた10カ国と協定を結ぼうとしていた。協定が締結されるには、すべての国が賛同する必要があったが、防衛安全保障に関する第三国の介入を排除するコンパクト協定を米国と結んでいたミクロネシア連邦が10カ国の中に含まれていたため、協定締結まで至る可能性は最初から不可能に近かった。具体的にどの国が協定に反対したのかはわかっていないが、米国や豪州が協定に批判的な態度であったことや、太平洋島嶼国は基本的に中立な立場を維持していることから、締結に至らなかったのではないか。(畝川教授)

⑦冷戦期の中国の第3世界政策と今の中国のグローバルサウス政策はどこが違っていて、現在の政策はうまくいく見通しがあるのか。(宇山教授)

⇒一番の違いは、中国の特色ある大国外交の前にいつも枕詞のようについている「新時 代」という言葉だ。この「新時代」とは、中国が世界の中世界政治の中心に位置づけられる時代が来たということを意味する。これは、中国が世界の中のリーダーとして活躍したいという意思の表れでもある。ただし、グローバルサウスの国にとって基本的には中立的な外交をするほうがメリットであるため、このような外交政策が成功するかは確かではない。(三船教授)

⑧中国はなぜ自らを永遠の発展途上国と位置付けているのか。(参加者)

⇒一言で言うならば、中国にとって得だからである。例えば、気候変動の問題に関していえば、先進国が2050年をカーボンニュートラル達成の目途にする一方で、中国は2060年を目標に置いている。中国の技術力からすれば、先進国が築く各種技術等をそのまま中国は活用するだけなので何も努力するつもりがないということである。(三船教授)

<閉幕挨拶>高畑洋平上席研究員

言うまでもなく、中露のように大国が大国であるためには、それ以外の国に対する影響力を持たなければならず、そのためにはある程度、周辺諸国含めた関係諸国からの支持を得る必要がある。今後、現代の国際関係を「大国間競争時代」と定義付け、こうした時代のなかで、中小国がどう生き延びていくのかは、ミドルパワーである日本にとっても重要な課題である。本シンポジウムで取り上げた中小国の各種の政治力学に迫ることで、日本外交の次なる一手を導き出せるヒントが隠されていることは疑いない。引き続き皆様と議論を深めていきたい。

(文責、在事務局)