公益財団法人日本国際フォーラム

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第12回定例研究会合

標記研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議事概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2023年11月22日(水)午前10時-午後11時30分
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:8名
[主  査] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員
[顧  問] 袴田 茂樹 JFIR評議員・上席研究員
[メンバー] 安達 祐子 上智大学教授
名越 健郎 拓殖大学教授
保坂三四郎 エストニア・タルトゥ大学
山添 博史 防衛省防衛研究所主任研究官
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所研究員
[JFIR] 高畑 洋平 上席研究員
  1. 議論概要

安達祐子メンバーより「制裁下におけるロシア企業をめぐる動き」と題する報告が行われたところ、その概要は以下のとおり。

<はじめに>

2022年2月24日にウクライナへの軍事侵攻が開始されてから、多岐にわたる経済制裁がロシアに発動されている。ロシアは2014年から経済制裁に直面しているが、2022年2月以降の制裁は、「前例なき制裁」と形容されるように広範囲にわたり、ロシア企業にとって厳しいものとなっている。
 このような制裁は、長期的にはロシア経済に「逆工業化」をもたらすとみられ、経済の先行きは明るいとは言えない。しかし、短期的には、2022年から2023年のロシア経済は、当初の予測よりも悪化しなかったことが数字的にも出ている。なぜ今日、ロシア経済は「持ちこたえている」のだろうか。この疑問に対する答えを分析したい。
 まず、その背景に、政府と中央銀行の危機対応政策が考えられる。また、ロシア企業の対応が考えられる。ロシア経済はこの30年間、91年にソ連崩壊、98年に金融危機、2008年にリーマン・ショック、2014年クリミア併合、2019~20年にコロナショック等を経験したが、今のロシア企業はこれらの経済危機に対応するための経験値と適応力が身についているようだ。特に90年代は、非貨幣経済がロシアで蔓延し、企業も困難な時期を迎え、内部留保に頼るなど資金調達の問題も発生していたが企業は自衛的に行動し乗り切った企業があった。

<企業による適応:高等経済学院・ガイダール研究所の調査から>

ロシア国立研究大学高等経済学院の2022年8月から11月に実施された企業調査では、ロシア企業の制裁で生じた供給網と価値連鎖の混乱に対する「適応力」が明らかになっている。調査結果からは、2020~2021年時と2022年時の経済制裁がロシア企業に与えた影響を比較したところ、資材・部品の海外調達先を新規開拓した企業の割合が伸びていることから、22年の制裁を受けた企業は調達先の新規開拓に迫られたことがわかる。
 またガイダール研究所による、制裁対象となった輸入品の代替方法についての調査からは、ロシア企業の中国メーカー製品への切り替えが顕著であることが確認され、ユーラシア経済連合(EAEU)に加盟する旧ソ連諸国からの輸入も重要なファクターとなっていることがわかる。制裁対象の輸入品を継続して購入している企業の割合が少なくないこと、特に部品については、並行輸入の仕組みが機能していると指摘されている。

<友好国との貿易>

制裁後に、経済制裁に加わっていない「友好国」との貿易が拡大したことは広く知られており、並行輸入品の取り扱いも注目を集めている。並行輸入の効果のひとつに、「制裁が発動されていても、生活に大きな変化がなく、これまで通りの暮らしができる」という感覚を国民に与えていることがあると指摘されている。
 並行輸入は、伝統的な「担ぎ屋貿易」の形に加え、新しい方式も存在する。iPhoneを例にとると、伝統的方式では、ロシア人がカザフスタンに行って商品を購入し、ロシアに持ってくる。一方新方式では、商品をオンラインで注文し、ロシアの支払いシステムで決済をして、ロシアの配送業者で商品を運ぶ。乗用車も並行輸入事例が豊富であり、様々な輸入パターンが存在するが、いずれにしてもカザフスタンが重要な経由地となっている。同国はEAEUに加盟しているため、ロシアとの貨物の往来が簡素化されている。
 西側企業のマイクロチップがカザフスタン経由でロシアに輸入されている事例も報道されている。例えば、テキサス・インスツルメンツ社のマイクロチップがドイツ経由でカザフスタンに送られ、そこからロシア企業に輸入される例がある。

<危機下の政府企業関係>

ソ連解体後、ロシア経済は複数の経済ショックを経験し、ロシアのビジネスは恒常的なストレスにさらされ、あらゆる種類のショックに備えなければならないという認識が強まっていた。2022年には、経済制裁という新たなショックに直面した。
 危機下では、政府の危機対策が企業との対話を通じて効果を発揮することがある。例えば、新型コロナ危機では、政府が中小企業に対して広範な支援策を行い、その経験が2022年の制裁においても生かされた。また、コロナ危機では地方知事に多くの責任と権限が移譲され、地方の状況に適合させた対策が講じられた。これは、中央政府が責任を回避する動きであるとされつつも、地方が柔軟に対応できた例とされている。この柔軟性が、企業との対話を保ちながら危機対策を打ち出し、対応できた理由だと考えられる。
 大企業がロシアの連邦財政に対して貢献している例が存在する。まずガスプロムが2022年11月に行った単発的な支払いだ。もう一つの例は、2023年2月に政府が大手企業に一時金納付を求めたことだ。この一時金は超過利潤税として導入され、大企業による一回限りの課税として位置づけられた。ただし、この税金導入には批判もある。政府の突然の納付要請は、企業にとって不安定性を増す材料となっているといえる。

<おわりに>

制裁下のロシア企業は、不確実性の高い環境と予測不能な変化に柔軟に対応する必要があり、厳しい舵取りが必要となっている。ロシア企業は従来も様々な経済的なショックに直面し、その都度、意外性のある対応を見せてきた。90年代には、企業はバーター取引などの手法を駆使して生き抜いてきた。この経験が今もなお影響を与え、公式・非公式を組み合わせた様々な方策を採用している。
 しかし、過去の経験が将来にどれほど役立つかは不透明だ。2022年から2023年にかけて企業は持ちこたえているが、ロシア企業にとって、未来は予測不能で、常に新たな困難が降りかかる可能性があるという状況が今後も続きそうだ。

(文責、在事務局)