ハマスのイスラエル及び同国在住の外国人への攻撃と、それに対するイスラエルの反撃という悲惨な戦闘が続いている。そこには、深刻な人道問題も生じている。
これに関連して、日本でほとんど報じられていない問題がある。第1は、イランの国是であり、第2は、ハマスが統治しているガザ地区が、電気、燃料、水、食料など住民生活の基礎を、ハマスが撲滅を目指し軍事攻撃しているイスラエルに頼っているという奇怪な現実だ。
第1について。駐日イラン大使館のサイトでは、イラン革命(1979年)を主導したホメイニ氏に関し、「ホメイニ師はパレスチナにおけるシオニスト政権(イスラエル国)の樹立を悪魔の行為と批判した」と述べ、イラン憲法前文の「軍隊」の項目には、「イラン軍は、単に自国を防御するだけでなく全世界で聖戦(ジハード)を闘い抜く」と宣言している。
ユダヤ人人口700万余りのイスラエルは中東の大国イラン(人口約8900万人)から、その建国は「悪魔の行為」と断罪され、実際にハマス(ガザ地区)、ヒズボラ(レバノン)、フーシ派(イエメン)等のイスラム過激派は、イランの財政・軍事支援の下、イスラエルを撲滅し地図上から消す活動をしている。イランの友好国でシーア派アサド政権のシリアには、米軍もイラン軍も駐留している。イスラエル国民にとって、これがどれだけ深刻な問題か、わが国のメディアを見る限り、それが伝わってこない。ヨルダン川西岸のパレスチナでのユダヤ人居住区拡大問題だが、筆者も居住区拡大は支持できない。しかしイスラエルが全力で「自国の強化」に走らざるを得ないその危機感にも目を向けるべきだ。
第2について。ハマスが支配し、何年も対イスラエル「聖戦」を行ってきたガザ地区は、ほぼイスラエルに囲まれている。今世界では、「ガザはイスラエルから電力、水、食料などを止められ、病院なども攻撃されて深刻な人道危機が生じている」との批判が強まっている。これに対しイスラエルは「ハマスが病院などを人の盾として利用している」と反論している。
ここで驚かされるのは、極めて奇怪なことで正気の沙汰とは思えないのであるが、ハマスが支配するガザ地区は、電力、燃料、水、食料など住民生活の基本を、「聖戦で撲滅」しようとしている相手のイスラエルに頼っていることだ。メディアでは、イスラエルがガザ地区への電力、水、食料などを止めているので、人道問題が生じているとの報道がなされている。
ちなみにJICAなどの資料によると、ガザ地区の住民は約230万人、イスラエルの食料自給率が9割以上に対して、ガザ地区は約4割、ガザ地区には水問題もある。つまり、地下水の過剰揚水で、井戸水などの汚染、塩水化が進んでいるのだ。電力も不足しており、2017年の頃でも、毎日16時間を超える停電があったと言う。つまりイスラエルからの電力や水の供給がないと、正常な生活ができない状況なのだ。JICAも2015年から「ガザ地区復興支援調査」を行い、医薬品や食料支援を行ってきた。
ガザ地区やヨルダン川西岸のパレスチナ人の過半数は貧困状態にある。日本を含め。国際社会は長年、これらの地域(広義のパレスチナ)の貧困者の支援活動を行ってきた。しかし、パレスチナでの酷い汚職や指導者たちの巨額の横領については余り報じられないし、多くの中東専門家も語らない。ハマスの現指導者イスマイル・ハニヤも前指導者もカタールに数千億円の資産を有すると伝えられる。歴代のパレスチナ自治政府の議長や高官たちも巨額の資金を公私の別なく動かしてきた。トルコでハマスの多くの指導者たちが豪勢な生活を送っているとの報道もある。ハマスやパレスチナ自治政府は、一方では貧者救済を国際的に訴えながら、他方では酷い汚職に自らまみれている。
11月7日のユダヤ教安息日にハマスの戦闘部隊はイスラエルに侵入攻撃をし、子供を含む1400人を殺害し、二百数十人を人質に取った。このハマス側の殺害に対しては、国際世論はイスラエルに対するほどは強くは批判しなかった。ハマスイスラエル撲滅攻撃に対して、イスラエルが国際法に則って「主権防衛の戦い」をすれば、今日問題となっている人道問題が生じるだろうことは当然予想されたことだ。イスラエルも国の存続のために、また再び反ユダヤ主義の悲劇に遭わないために、全力で戦うからだ。長年のイスラエル空軍のガザ空爆に関しても、空爆の前にハマスが数百~3千発のロケット弾をイスラエルに撃ち込んでいる。どういう訳か空爆批判はあっても、それに関する報道や批判はこれまで少なかった。
イスラエルは1948年に建国し、翌年国連に加盟した。パレスチナの地にユダヤ人が建国したのは、そこで約2000年前にユダ王国が撲滅され、第1次世界大戦の頃、大英帝国が建国を認めたからだ。ユダヤ人は世界にディアスポラとして分散し、シェークスピアの『ベニスの商人』のように、各地で反ユダヤ主義に直面した。ポグロム(破滅させる)というロシア語は、歴史的には主としてユダヤ人への襲撃や虐殺を意味した。二十世紀になってからも、約六百万人が殺されたホロコーストも生じた。
従って、イスラエルの建国は非難できない。そして、イランの国是やそれに基づくイランの支援下のハマスやヒズボラなどの行為を認めると、ユダヤ人は再びディアスポラの悲惨な状態に陥る。私は極右的なネタニヤフ首相の支持者ではなく、イスラエル建国による八十数万のパレスチナ人難民たちの怒りは当然だと思うし、彼らの怒りには強い共感も抱いている。
こう見ると、イスラエル・パレスチナ問題には、原理的な二律背反が含まれている。そのことを理解した上で、今日の人道問題の根源、即ち、イスラエルに電力、燃料や水など住民生活の基礎を頼っているハマスのガザ統治と、それらイスラム過激派を支援しているイランの国是が正しいのか、再考すべきだ。そして、イスラエル国家には、当然存続を賭けた同国の自衛権がある。それでは何故、G7の内、日本のみが明確な支持を表明しないのか。
国連は11月7日に、イスラエルとの交戦によりガザで亡くなった国連職員(パレスチナ難民救済事業機関UNRWA員)の追悼のため、国連旗を半旗とした。私は、これまで国連のUNRWAの発言に、イスラエル批判あるいはハマス擁護のニュアンスを感じて、違和感を持っていた。イスラエルの国連大使は、11月10の国連安保理理事会で「UNRWAの職員の多くはハマスのメンバーだ」と述べた。メンバーでなくても、シンパは多いだろう。
最後に、参考までに、ガザ地区とロシア連邦内のタタルスタン共和国を比べたい。ハマスはイスラエルに囲まれ、燃料、電力、水、食料等を同国に頼りながら、またそれらを断つのは非人道的だと非難しながら、同国撲滅の戦闘を続けている。支離滅裂の独善的行為だ。ちなみに、イスラム系の人口の多いタタルスタン共和国は、ソ連邦崩壊前の1990年に主権宣言をし、崩壊後は独立国家共同体の一員を目指した。しかし、同共和国が地理的にロシアに囲まれているので独立を諦めた。もちろんロシアに対する攻撃も起こしていない。タタルスタンは石油、ガスは輸出可能で、電気、水、食料も自給できる。しかし周囲をロシアに囲まれ、ロシア人も多く住んでいるので(現在は約4割)、独立は困難だと判断したのだ。プーチン政権による攻撃や併合の可能性を考えると、タタルスタンの決定は批判できないだろう。