公益財団法人日本国際フォーラム

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近年、太平洋島嶼地域において、中国の影響力は拡大を続けており、影響力の及ぶ範囲も経済から安全保障に広がりを見せている。当然、こうした中国の動きに対して、西欧民主主義勢力は自らのプレゼンスの維持、拡大へ向けて様々な動きをとっており、この地域は西欧民主主義勢力と中国との対立の場となっている。こうしたなか、太平洋島嶼国は、「Friend to all, enemy to none」という中立アプローチをとり、バランス外交を展開している。
 それでは、同地域における中国の影響力拡大、それに伴う西欧民主主義勢力と中国との対立は島嶼国にどのような影響を与えているのだろうか。China opportunityとChina Threatの両視点から考えることができる。
 China Threatの視点から観る影響とは、中国がDebt Trapを仕掛けており、中国援助の拡大は島嶼国の主権喪失につながる危険性を伴うというものである。現在までのところ、中国のDebt Trapによって島嶼国の主権が侵害された事例、またはDebt Trapが仕掛けられていることを示す直接的証拠はないが、その可能性を完全に否定することはできない。同地域に限らず、Debt Trapの危険性をもとにしたChina Threatの視点は、西欧民主主義勢力によって繰り返し主張されており、改めての説明は不要であろう。
 そこで、本コメンタリーでは、China Opportunityに焦点を当て、中国の影響力拡大が太平洋島嶼国にとってどのような機会となっているのかを整理する。

経済的機会

オーストラリア、ニュージーランド、日本、アメリカ、フランスなどの伝統的ドナーに加え、2000年代半ばより中国からも多くの援助が同地域に入るようになっている。さらに、西欧諸国は中国援助の拡大に対抗する形で援助の増額を行っており、下記の表が示す通り、太平洋島嶼国の受ける援助総額は2009年の約16.5億ドルから年々増加しており、2018年には約28.3億ドルにまで拡大している。

 また、両者の対立は、要不要は別として、インフラ開発の加速をもたらしている。中国援助はインフラ開発が中心であり、これに加えてその素早い対応、低い援助条件のため、島嶼国から強く歓迎されてきた。これに対して、同地域における最大のドナーであるオーストラリアからの援助は、2010年代半ばまではガバナンス改善が中心であった。2017年のオーストラリアの対島嶼国援助の約36%がガバナンス改善に向けられていた(DFAT 2017)。その後、中国のインフラ開発に対抗する形で、オーストラリア援助におけるインフラ開発の比率は約16%(2017年)から約24%(2019年)に拡大し、一方でガバナンス改善の比率は約26%(2019年)にまで減少している(DFAT 2019)。また、2018年にオーストラリアは、対太平洋島嶼外交強化策であるPacific Step Upの一環として20億ドル規模のインフラ基金の設立を表明し、2019年よりその運用が開始されている。

政治的機会

中国の関与が強まる2000年代半ばまでは、島嶼国にとって西欧民主主義勢力が主なドナーであり、とりわけ南太平洋においてはオーストラリア援助が非常に大きな割合を占めていた。当時、島嶼国が受ける援助総額に占めるオーストラリア援助の比率は約50%、メラネシアにおいては約70%となっていた(Lowy Institute, Pacific Aid Map)。つまり、援助を必要とする島嶼国にとって、オーストラリア援助がライフラインであり、こうした状況下ではオーストラリアに対して彼らの不満を強く主張することは困難であった。実際に、島嶼国は、オーストラリアの介入アプローチを、植民地時代から続く支配者と被支配者の関係の継続、オーストラリアの価値観の押し付け、新植民地主義として批判し、ナショナリズムの高揚が一定程度見られたが、彼らの不満が強い反発行動に繋がることはなかった。また、同地域におけるオーストラリアの影響力が低下することもなかった。
 しかしながら、中国からの援助拡大、そしてそれに伴いオーストラリアへの依存度が低下することによって、太平洋島嶼国はオーストラリアのアプローチに対して批判をするだけでなく、強い反発行動に出ることが可能となった。
 例えば、フィジーで2006年に起きたクーデター後、軍事政権が長期間にわたり選挙を実施しないことを理由に、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカそして日本はフィジーに対して経済制裁を課し、また太平洋島嶼国(地域)およびオーストラリア、ニュージーランドによって形成される太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum: PIF)は同国のメンバーシップ停止の措置を取った。オーストラリアはじめ各国は、これまで通りフィジーは彼らの方針に従い、早急に選挙実施に向かうだろうとの予測に立っていた。
 クーデターの発生および選挙の不履行により、オーストラリアの対フィジー援助額は約3120万AUSドル(2006年)から約2760万AUSドル(2007年)へ減少した。これに対して、Lowy Instituteによると中国の援助額は約100万USドル(2005年)から約1億6000万ドル(2007年)へ増加したとされる(Hanson 2008)。こうした援助の急拡大を受け、当時のフィジー国内では、中国はフィジーにとっての救世主であり、主権を尊重してくれる国であると称され、またオーストラリアはもう必要ないと言われることもあったとされる(Hayward-Jones 2011)。結果として、フィジーは西欧民主主義勢力の予測に反して彼らへの対決姿勢を打ち出した。中国を重視するLook North政策を強化し、また2013年にはPIFに対抗する形でオーストラリアとニュージーランドをメンバーから排除した太平洋諸島開発フォーラム(Pacific Islands Development Forum: PIDF)を設立した。その後も、オーストラリアとニュージーランドが出席する限りPIF総会には出席しないとの意思を表明し、実際に2019年までフィジーの首相が総会に出席することはなかった。
 このように、中国援助の拡大は、これまでオーストラリアに対して強い反発行動を取ることが出来なかった島嶼国に、オーストラリア支配から逃れ、主権をより強く主張することを可能にする機会を与えることとなった。

参考文献

  • DFAT (Department of Foreign Affairs and Trade). 2017. Australian Aid Budget Summary 2017-2018, Canberra: Department of Foreign Affairs and Trade.
  • DFAT (Department of Foreign Affairs and Trade). 2019. Australian Aid Budget Summary 2019-2020, Canberra: Department of Foreign Affairs and Trade.
  • Hayward-Jones Jenny 2011. Policy Overboard: Australia’s Increasingly Costly Fiji Drift. Sydney: Lowy Institute.
  • Lowy Institute, Pacific Aid Map.