公益財団法人日本国際フォーラム

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第5回定例研究会合(出張報告)
  1. 日 時:2023年11月8日(金)午後3時半-午後4時半
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:26名
[主  査] 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員(担当、コーカサス)
[メンバー] 宇山 智彦 北海道大学教授(担当、中央アジア諸国)
遠藤  貢 東京大学教授(担当、アフリカ地域)
小柏 葉子 広島大学教授(担当、島嶼海域)
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ 慶應義塾大学SFC研究所上席所員(担当、ジョージア及び黒海地域)
高畑 洋平 JFIR常務理事・上席研究員*(担当、日本外交)
三船 恵美 駒澤大学教授/JFIR上席研究員(担当、中国)
[JFIR] 渡辺  繭 理事長
伊藤和歌子 常務理事・研究主幹 ほか16名
  1. 議論の概要

(1)宇山智彦メンバーより報告

<調査概要>

第4回研究会に続いて、基調報告者の宇山智彦メンバーより、次のような報告がなされた。8月21日から9月1日にかけて、アゼルバイジャンのバクー、ジョージアのトビリシ、エレヴァンのアルメニアで国際関係アナリスト、政治学者、社会学者、元外務大臣、ジャーナリスト等を訪問して調査を行ったため、その報告をする。

<アゼルバイジャン>

アゼルバイジャンは、1992-94年の第1次ナゴルノカラバフ戦争でアルメニアに敗北し、その後、軍事力でのカラバフ奪還/併合に向けた強硬路線が国内で支持を得てきた。2020年の第2次戦争で勝利し、2023年9月の攻撃で非承認国家であるナゴルノカラバフを解体した。アゼルバイジャンは、カラバフ問題を「領土的一体性」の侵害として国際社会に訴え、「多文化主義」を宣伝することで、キリスト教国アルメニアが持つ欧米との紐帯に対し優位を得ることを試みている。また、地理的には、一帯一路の一部かつロシアを通らない東西輸送路としてカスピ海ルートが注目されている。
 外交において、アゼルバイジャンのロシアに対する不信感は強く、燃料供給でウクライナを援助し、戦争によるロシアの弱体化を望むが、当面はロシアの平和維持部隊を円満にカラバフから出て行かせることを目標としている。一方で、ロシアへの労働移民が数十万人いるなど、ロシアと関係を保ち続けている。アゼルバイジャンは欧米との関係も重視しているが、カラバフ問題を内政問題としてとらえているため、アルメニア人の権利を尊重して、国際問題として解決しようとする欧米の仲介は望んでいない。トルコとイスラエルは、カラバフでの勝利の重要な要因となったため、良好な関係を保っている。他方で、イランに対しては、歴史的・宗教的に緊張関係があるため、警戒的である。

<ジョージア>

2008年の戦争は多くのジョージア人に小国の悲哀を思い知らせ、これは現在のロシアへの反感とウクライナへの共感につながった。一方で、ジョージアのロシアとの戦争を避けたい意思は強く、特に現政権は、政敵サアカシュヴィリ元大統領との関係が深いウクライナに冷淡で、ロシアに宥和的である。このような政権の外交方針への批判はあるが、内政面ではある程度支持されており、むしろサアカシュヴィリら野党への幻滅が強い。ロシアからの避難民や一般の観光客も多くジョージアに流入している。ジョージアは、ヨーロッパ志向は極めて強く、中国との関係構築にも現在熱心である。国際法上はジョージア領でありながらロシアの影響下にある非承認国家について言えば、ロシアは自立志向の強いアブハジアへの圧力を強めると同時に、南オセチアのロシア編入を求める動きは抑制している。

<アルメニア>

8月時点では、カラバフを失いつつあることはアルメニア人にとってショックだがパニックというほどではなかった。アゼルバイジャンとアルメニアが相互の領土一体性を認めて、カラバフ問題を落ち着かせることがアルメニア政府の望みであるが、アゼルバイジャンによるアルメニア本土の侵略を防ぎ、アルメニアの立場をどのように安定させるかが現在の最優先目標である。また、外交的にも内政的にも「カラバフ疲れ」があるのに加えて、2009年頃のように、トルコがEU加盟のためにアルメニアとの関係を積極的に改善しようとする状況もないことを理解していることから、今後は「悪いシナリオか非常に悪いシナリオしかない」と考えている。強硬派の野党は国民の支持を得ていない。カラバフ問題の解決のために、欧米に頼ろうにも、フランスはアルメニアに寄り過ぎていることから、仲介役には適さず、アメリカの活発な行動は見込めない状況だ。
 アルメニアは、ロシアに対して文化的に親近感がある一方で、ロシアはアルメニアを援助せず、まわりの地域での戦争を長引させることで利益を得ているのではないかという考えもあり、反感が存在する。トルコに対しては、ロシア以上の反感と警戒がある。ウクライナ侵略戦争についてはロシアへの批判と、カラバフ問題でアゼルバイジャンを支持してきたウクライナへの反感が併存する。

<まとめ>

コーカサスは大国の狭間に位置し、ユーラシア諸地域の架け橋という意味では、中央アジアと同じ一方で、狭い地域にさまざまな問題が凝縮されているため、深刻な紛争を抱え、国際関係もそれらの紛争と深く制約されている。
 3国間では、ロシアは大国主義的であることから、ロシアを刺激すべきではないという共通認識があり、さらに、ロシアの力が退潮しつつあるという認識も共有されている。欧州志向についても程度と差はあるが、共通して3国にある。
 現在、アゼルバイジャンが地域の中で相対的に大国であり、より大きなトルコとの緊密な関係を使って強気に出ている。アゼルバイジャンの「領土一体性」を理由に民族自決を否定し、独立後実効支配をしたことのない地域を「奪還」することは、世界的に危険な前例を作る行為であるが、アゼルバイジャンの地政学的・地経学的な重要性を諸外国は意識しているため、批判は鈍い。ジョージアはロシアによるアブハジア・南オセチア占領継続、アルメニアはアゼルバイジャンによるカラバフ「奪還」という現実に対してなすすべがない。欧米がこれらの国に介入する強い動機や有効な手段も少ない。

(2)質疑応答

Ⅰ ①今年の5月にパシニャン首相がナゴルノカラバフのアルメニア系住民の安全が保障される限りはアゼルバイジャンの領土として認める用意がある、そして、CSTOからの脱退はする方針はないということを発表していた。また、9月にはアメリカとの合同軍事演習などもあって相当ロシアを刺激するような動きがあったと考える。今回カラバフの動きを受けて、CSTOはどのように動くと考えるか。②国際法的にカラバフはアゼルバイジャンの領土であり、時間をさかのぼれば、力による現状変更したのがアルメニアであるからこそ、ウクライナの問題と違って国際社会が強く出られないと見ているが、宇山先生はどうみているか。(廣瀬主査)
 ⇒ ①CSTOは機能していないという批判は沢山ある。パシニャン首相は、アルメニアはCSTOから脱退しないが、CSTOがアルメニアから離れていったと主張している。つまり、手続き的にアルメニアはCSTOから脱退すると言っていないが、実質的に縁が切れてしまっているという認識だ。②第一次カラバフ戦争のときに、アルメニアはカラバフを応援しただけではなく、ナゴルノカラバフ自治州ではなかった地区も占領した。そこの部分をアゼルバイジャンが奪還するというのは、国際的にも十分説明、理解可能なものだったが、旧ナゴルノカラバフ自治州は、アゼルバイジャンが独立する前から、係争地域であり、住民がアゼルバイジャンから離れることを強く望んでいた地域である。それがソ連の解体によって、国際法的にはアゼルバイジャンの領土として認められたのは確かであり、アルメニア人住民の権利をどう保障するかということが、これまで長年の交渉の中で問題になっていた。そういう問題を無視して、アゼルバイジャンが武力で奪還するというのは、現状変更に他ならない。欧米も決して賛成しているわけではなくて、批判はするが、非常に弱い批判であるというのが現状だと思っている。(宇山メンバー)

Ⅱ ①アゼルバイジャンは短期的にトルコから支援を受け、今強気に出ているが、長期的にはトルコの影響力が拡張する危険性がある。その危険性をアゼルバイジャンの人々はどう見ているか。②アゼルバイジャンとアルメニアの両者が話合う必要性を理解していると考える。現在、その話し合いは、どの国でするべきだと考えられているか。③アゼルバイジャンによる、力による現状変更と民族浄化の主張は、論理的に弱いと考える。 (ダヴィドメンバー)
 ⇒ ①アゼルバイジャンのシンクタンクで働く人々は、トルコに依存することに危険を感じていない。兄弟民族であり、価値観も似ていて、関係を深めているからこそ強くなれると考えている。②ジョージアがアゼルバイジャンとアルメニアの仲介のために動いているのはすばらしいことだが、具体的にどのような妥協点を見つけるかは、きちんとしたアイデアが出てきていない。アゼルバイジャンは、基本的に自分が正しいという主張をしているだけで、交渉して妥協点を見出すというような姿勢は全くない。アルメニアは何とかしなければいけないと考えているが、どうやってこの問題を解決するべきかの良いアイデアはなく、悲観的になっている状況だ。③アゼルバイジャンの主張は、実際カラバフに住んでいるアルメニア人との対話の間で出てきたものではなく、アゼルバイジャンが一方的に長年をかけて論理構築をしてきたものであるため、アルメニア人に対する説得力は弱い。(宇山メンバー)

Ⅲ 1993年の四つの国連安保理決議で、アゼルバイジャン領から全ての戦力の撤退を求めたとこからアゼルバイジャンは自由権を主張できる。それに対してアルメニアの有識者はどのようなコメントをしているか。(一般参加者)
 ⇒ ナゴルノカラバフ以外の占領地から出ていくというのは20年の戦争の結果、やむを得ないこととしてアルメニアが認めた。ナゴルノカラバフについても、今年の段階ではアルメニア軍はもう関与していないというような発言をしており、既にアルメニア軍の撤退をどうするかという問題から、ナゴルノカラバフの住民をどうするのかという問題に重点が移っている。9月には、アルメニアに逃げる以外の選択肢はほとんどなくなった。(宇山メンバー)

Ⅳ コーカサスの紛争の図式や背景を教えてください。(遠藤メンバー)
 ⇒ 基本的にはソ連時代の共和国や自治州などの線引きが、不満と現在の紛争の問題の根源である。そもそも自治領域を与えられなかったことに対する不満が、ソ連時代末期に様々な場所で出ていたが、ほとんどはそれぞれの国の中で統合されていった。紛争が長く続いたのは、自治共和国や自治州が独立や帰属替えを求めたケースに多く、ナゴルノカラバフ、アブハジア、南オセチア等がそれに当たる。各紛争にロシアが関わっているが、その関わり方は様々である。また、OSCEが紛争調停に関わったが、順調に問題解決は進んでいない状況だ。(宇山メンバー)

Ⅴ アゼルバイジャンからロシアへの移民労働者数は十万人ぐらいいるという話があったが、アゼルバイジャン本国に対してあるいはロシアに対する、移民労働者による政治的な動きはあるか。(小柏メンバー)
 ⇒ 労働移民というよりは各国の民主化運動家が、ロシアを拠点にするという動きが、1990年代にはあった。ただ、その後ロシアが権威主義化を強めていったため、そのような動きは減った。ロシアにいるアゼルバイジャン人は、本国の民主化運動をするというのではなく、経済的に活動をしている。また、アゼルバイジャンの外交方針は、ロシアとの関係も重視しつつ、ロシアに従属しないようにすることを大きな目標としているため、労働移民がアゼルバイジャンをロシアに政治的に依存させているというようなことは基本的にはないと考える。(宇山メンバー)

(文責、在事務局)