公益財団法人日本国際フォーラム

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先月の【安保研報告】にこのテーマで書いた拙稿では、「この問題(北方領土問題)は北方領土の元島民の人道問題とか北海道の経済問題ではなく、『国家主権の侵害にどう対応するか』という日本国民全体の最重要問題である。これが、この問題の出発点なのだ。」と締めくくった。つまり、ロシアによる日本の国家主権侵害問題に我が国がどう対応するかに世界が注目し、日本人の国際政治感覚あるいは気概に注目している、という意味である。この点では、今日のウクライナ問題と共通の問題でもある。元島民の問題だとすれば、元島民がいない尖閣諸島や竹島は、どうなっても良いと言えるのだろうか。

本稿では、生存権を含む「基本的人権の尊重」が人間存在の基礎であると同様、近年は『力が全て』という観点からプーチン大統領や習近平国家主席、トランプ米大統領などによっても無視されがちな「国家主権」尊重の問題こそが、国際社会安定と各国家存立の基礎であるという、国際社会の基礎で最重要の事柄をあえて想起したい。それとの関連で、韓国との間の竹島問題のわが国における扱い方の問題点にも最後に少し触れる。「中国との間の尖閣問題」も重要だが、この問題をわが国は「二国間の領土問題」として認めていないので、今回は言及しない。

先月の拙論でも触れたが、今年1月29日に、小生も評議員をしている研究所「日本国際フォーラム(渡辺まゆ理事長)」が「戦後80年、北方領土問題を考える」と題した公開シンポジウムを開催したことは、北方領土問題の風化が心配される近年においては、画期的なシンポジウムだった。主催した研究所の理事長を始め、専門的にまとめた資料を基に報告された著名な報告者の皆さんには、心から敬意を表したい。このシンポジウムの報告者名と報告テーマを紹介しておく。小泉悠「ロシアの軍事戦略と北方領土」、吉岡明子 「北方領土の現状:経済、行政、社会」、大野正美「返還運動の課題と旧島民の現状」、名越健郎「諸外国から見た北方領土」、常盤伸 (モデレーター兼任)「北方領土交渉を読み解く」。

今年2月7日の「北方領土返還要求全国大会」は明治神宮近くのオリンピック記念青少年センターのホールで行われ、オンライン配信も同時に行われたが、筆者は久しぶりに大会会場に出席した。久しぶりというのは、これまでは「全国大会」を名乗りながら、この会が、毎回総理大臣や外務大臣、北方担当大臣などが出席して挨拶しながらも、「元島民の会」のような雰囲気になっていることに違和感を覚えていたからだ。

もちろん、もはや生存者が少なくなった元島民や、その子孫などが、北方領土返還運動に果たした絶大な役割に対しては最大限の敬意を抱いている。例えば、元島民で私も一緒に北方領土を訪問した個人的にも親しい児玉泰子さんは、現在は北方領土返還要求運動連絡協議会の事務局長として頑張っている。今回の大会でも、彼女は涙の出るような元住民の話をされた。超満員の帰還船の中で死亡した赤子を海葬する (感染病の蔓延を防ぐため船中での死者は海葬が義務づけられていた)のは忍び難く、家族にも「生きている」かの如く見せて日本に連れ帰った、との話である。

しかし、それとは別に、この大会は元島民関係者の問題を討議する集会というより、「日本の国家主権に対する侵害」にいかに対応し抗議するかについて、全国民が関心を寄せるべき集会である。ホールの会場は数百人以上入ると思われるが、前列数列は元島民関係者と国会議員席だった。この席は比較的空いており、一般席は、私の予想以上の満席だった。壇上には、高市総理、茂木外相、黄川田沖縄・北方対策担当相ほか、元島民代表、本大会実行委員会関係者や、学校生徒も含む関連諸団体代表が30人ほど登壇していた。

北方領土問題の風化に関連したことだが、私が少し驚いたことがある。それは、司会者が「こちらにいらっしゃるのが国会議員の方々です」と前方の席を指し、出席していた国会議員が皆立ち上がって一般席の人々にお辞儀をしたが、その数が、私が数えた限りでは僅か数人 (5人)であった。衆議院465名、参議院248名の内、壇上の総理や閣僚などを除くと、この北方領土返還要求全国大会に出席した国会議員が僅か数人というのは、日本の主権と対外政策に関わる全国大会としては、余りにも少な過ぎないか。ただ、国会議員の立場からすると、このような大会に出席してこの問題を地元で報告しても1票にもならない、もっと広く言えば、外交政策は票にならない、ということかもしれない。

北方領土問題は、ウクライナ問題と密接に関係している。つまり、ウクライナも日本も、ロシアによって不法に主権を冒されているという点で同じ立場にある。それゆえウクライナ国会は、2022年10月7日に日本の北方領土問題に関連して、日本の立場を支持しロシアを批判する決議を採択した。日本はウクライナ問題に関連して欧米の対露制裁に加わっており、ウクライナ支援もしている。しかし、ウクライナ侵略でロシアを批判する国会決議は出していない。ただ、これは国会議員の問題というより、「票にならない問題」、つまり日本国民の国際認識、領土認識、主権認識に関わる問題と言うべきかもしれない。

私が今回の2月7日の大会に出席して、強い疑問を抱いたことがある。というのは、壇上の首相、外相、北方領土問題担当相、元島民代表、その他の関連組織の代表の意思表示の中で、北方領土問題がロシアによる日本の「国家主権侵害の問題」だと指摘した人は一人もいなかったことだ。

この大会に出席した高市首相は、「北方4島の帰属問題を解決し、平和条約を締結する」との基本方針を土台としつつ、「人道的立場からの墓参再開の最優先化を強調した」と述べたと日本メディアは報道している (日経新聞2月8日)。私もこの首相の言葉は覚えている。ただ、彼女は「北方領土問題は、国民全体の問題であり、国民が一丸となって取り組むことが不可欠」とも述べた。つまり、「国家主権侵害」問題として全国民的問題ということである。

最後に竹島問題であるが、島根県は2005年3月25日に、毎年2月22日を「竹島の日」とすると制定し、式典を行ってきた。私が疑問に思うのは、なぜ北方領土のように、初めから「日本国家の主権侵害問題」として島根県ではなく日本政府が北方領土の日と同じ扱いをしないのか、という問題だ。高市首相は先日の衆議院選挙前から持論として、2月22日の島根県の式典には閣僚を派遣すると述べていたが、実際には今年は閣僚ではなく、例年通り格下の政務次官を派遣した。ただ、従来は派遣していなかった自民党三役として、有村治子を派遣した。式典会場では「堂々と大臣が出席すると言ったのはどこのどいつだ」との野次も飛んだ(朝日新聞2月23日)。かつて朝日の若宮啓文論説主幹は、「いっそのこと竹島を韓国に譲ったらと夢想する」と紙面で述べた (2005年3月27日)。