公益財団法人日本国際フォーラム

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第17回定例研究会合

「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会の第17回定例研究会合が下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところそれらの概要は下記4.のとおり。

  1. 日  時:2025年12月18日(木)9時00分-10時30分
  2. 形  式:オンライン(Zoom)開催
  3. 出 席 者:
[講  師] 村野  将 ハドソン研究所上席研究員
[主  査] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員
[顧  問] 袴田 茂樹 JFIR評議員・上席研究員/青山学院大学名誉教授
[メンバー] 熊倉  潤 法政大学教授
名越 健郎 拓殖大学客員教授
廣瀬 陽子 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授
保坂三四郎 エストニア国際防衛安全保障センター研究員
山添 博史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
              (メンバー五十音順)
[JFIR] 渡辺  繭 理事長
菊池 誉名 常務理事
佐藤  光 特別研究員
  1. 内容
    冒頭、渡辺理事長および常盤主査から本研究会の主旨等について説明が行われた後、村野将・ハドソン研究所上席研究員による報告および自由討議が行われたところ、概要はつぎのとおり。

● 村野将・ハドソン研究所上席研究員による報告:米国の国家安全保障/国防戦略とロシア要因

はじめに

米国の国家安全保障戦略(NSS)や国防戦略(NDS)におけるロシアのプレゼンスは、ウクライナ戦争やその停戦交渉をめぐる関係を除くと、核戦略や軍備管理に関するものが中心である。第2次トランプ政権の安全保障戦略を理解する上で、12月6日のヘグセス国防長官の演説に注目することが重要である。この演説は新たなNDSの骨子に相当し、NSSと併せて読むことで、第2次トランプ政権のビジョンや2029年に誕生する可能性のあるJDヴァンス政権の世界観を理解するヒントになる。

(1)新しい国家安全保障戦略(2025NSS)の注目点

新しいNSSの特徴として、第一に、目指すべき国際秩序観がないこと、第二に、地理的・戦略的重心と同盟国に対するビジョンが歴代政権と大きく異なる点が挙げられる。第1次トランプ政権のNSSは、主権国家、自由市場、法の支配、航行の自由といった第二次大戦後に形成された普遍的価値観が中国やロシアなどの修正主義勢力によって脅かされているという認識に立っていた。バイデン政権は、守るべき価値の範囲を第1次トランプ政権よりも広げ、民主主義、人権、経済的公正、気候変動といったアジェンダを含めて、「民主主義陣営」対「権威主義陣営」の構造的競争を規範、制度、同盟国との協力によって支えるアプローチを取った。しかし、第2次トランプ政権のNSSでは、これらへの言及がほとんどなくなり、米国や西半球の繁栄と安全が最優先とされている。

ロシアについて、新しい文書ではほとんど言及がない。欧州諸国がロシアを実存的脅威と見なしているという記述はあるが、ロシア自体が米国に与える軍事的・経済的影響については深く掘り下げられていない。つまり、ロシアは欧州のリージョナルな問題であり、従来言われてきたような米国に影響を与えるグローバルな脅威ではないと見なされている。

(2)ヘグセス演説(2025NDS概要)の注目点

ヘグセス国防長官の演説は、基本的にNSSを踏襲したものであるが、国防総省(戦争省)の役割や米軍の活用についてより特化した内容である。「力による平和(レーガン主義)」の再解釈から始まり、レーガン主義が焦点を絞った現実的アプローチであると説明した。そして、レーガン大統領がソ連(ゴルバチョフ)と対話できたのは強力な軍事力に裏付けられていたからであり、トランプ大統領がプーチン大統領や習近平国家主席と対話しようとしているのと同じことだと述べている。

重要なポイントとして、ワインバーガー・ドクトリンが引用され、米国は自国または同盟国の死活的に重要な国益に関わる場合のみ軍事力を投入すべきであり、投入する場合は明確に勝利する意志を持って全力で投入されるべきだと説明された。戦闘部隊の投入は、明確に定義された政治・軍事目標とそれを達成できる見込みがある場合のみとし、軍の投入は最終手段である点にも言及している。

第2次トランプ政権の優先事項として、①米国本土と西半球の防衛、②(対決ではなく)力による対中抑止、③同盟国の負担分担強化、④米国の防衛産業基盤の再活性化の4つを挙げている。特に、米国と西半球の防衛のため、ゴールデンドーム構想(各種ミサイル防衛能力の強化)や核抑止(核の三本柱の近代化や追加的オプションの開発)の重要性に言及するとともに、中国への抑止については拒否的抑止の概念を用い、侵攻を試みることすら考えられないほどの強力な抑止力構成を目指すとした。この2つを重要視する理由として、米国民の安心、安全、自由、繁栄にとって最も重要だからという理由づけがなされている。また、異なる地域での同時多発的脅威の可能性を指摘する一方、米国が全ての安全保障を提供するのではなく、各地域の同盟国が各々の安全保障環境に責任を持つことを求め、ハードパワーに基づく真のパートナーシップと同盟関係の構築について言及した。

総じて、第2次トランプ政権でのロシアへの直接的な非難や対抗戦略は限定的であり、欧州各国に防衛努力を求めると同時に、NATOの拡大へは否定的姿勢である。これは、2017年のNSSでロシアや中国を修正主義勢力と名指しした時に比べて、大きな転換がなされたと評価できる。

(3)今日の核をめぐる安全保障環境の特徴

核関係では、2026年2月に期限を迎える新START(新戦略兵器削減条約)をめぐる問題がある。新STARTは、オバマ政権時(2010年)に成立した米ロ二国間の軍備管理条約である。この条約の下では、両国がそれぞれ配備してよい戦略核弾頭数を1550発、その運搬手段(爆撃機やミサイル)を700(基/機)までとし、それが遵守されているかを相互査察や情報交換によって検証し合うというのが基本的取り決めである。しかし相互査察は、2020年にCOVID-19の影響で停止され、ウクライナ戦争で米ロ関係が悪化したことで、ロシアが条約の情報交換と相互査察を履行しなくなった。 2023年2月にプーチンが履行停止の法律に署名し、条約そのものは脱退しないが事実上機能停止している。現在は、米国が衛星などで一方的にモニタリングを行っている状況である。これによると、現時点でロシアが条約の量的制約を上回る戦略核兵器の大規模増産・配備をしている様子は見られない。これは原子力推進核巡航ミサイル(ブレベスニク)や原子力自律潜水艇(ポセイドン)などの新STARTの制約を回避することを目的に開発されたシステムの配備を優先し、米国を揺さぶることを重視しているためだと考えられる。新STARTは延長が5年間で1回のみ可能で、バイデン政権が2021年2月に延長を行ったため、2026年2月には確実に失効する。

米国の核専門家の間では超党派的コンセンサスが形成されており、将来の核態勢を考える上でロシア・ファクター以上に中国ファクターが重要になっている。バイデン政権の2022年核体制見直しでは、初めてロシアより先に中国の核軍拡についてチャプターが割かれた。2010年に中国が保有していた核弾頭は約200発だったが、2035年には米ロの1500発水準に匹敵するまで拡大すると予想されている。

(4)第2次トランプ政権の核戦略

2026年2月以降の米ロ核関係のシナリオとして、二つの可能性が考えられる。一つは、条約失効後も新STARTの上限を政治的合意として維持しつつ後継条約を議論するシナリオである。もう一つは、失効と同時に潜水艦や弾道ミサイルの余剰スペースに予備の戦略核弾頭を再搭載していくシナリオである。後者がより現実的であり、バイデン政権期から検討されてきたこともあり、第2次トランプ政権では核弾頭の増強の方向に進むと考えられる。
 また、米国本土の防衛として計画するゴールデンドーム構想は、トランプ大統領の肝いり政策であるため、ロシアや中国に譲歩して計画を中止することは考えづらい。そのため、ロシアとの軍備管理条約について、後継条約に相当するものができる状況にはない。

(5)台湾有事におけるロシア要因

台湾有事におけるロシア要因を考える上で、いくつかの多正面同時対処シナリオが考えられる。そのなかで蓋然性が高いシナリオは、ロシアが直接参戦するのではなく、中国の台湾侵攻に対して間接的支援を行うことである。具体的には、軍用部品の融通や影響力工作、日米の戦力分散を意図した陽動的な軍事活動(北方領土付近での大規模演習や領空侵犯)などが考えられる。

より軍事的協力の密度が濃いシナリオとして、台湾有事の際に中国がロシアをベラルーシのように使う可能性である。ロシアが、中国に自国領土・領空の利用を許可し、中国爆撃機がロシア領空を通過して日本海上の海自艦艇や北方の基地を攻撃するシナリオが考えられる。他には、中国本土から飛び立った爆撃機が日本へ攻撃を行った後に、ロシアの極東基地に移動して補給を受けるシナリオや、極東基地にあらかじめ中国の爆撃機が展開をして、そこから日本へ攻撃を行い、中国本土に帰投するシナリオも想定される。実際、2024年7月のロシア・中国爆撃機の北極海からアラスカ方面への共同パトロールでは、中国のH6爆撃機がロシア基地で補給を行った可能性が指摘されている。

このようなシナリオが実現すると、経空脅威対処の複雑化(北方からの脅威増大)と政治的判断の困難さが生じる。台湾有事では南西防衛に集中したいが、北方からの脅威により防空戦力が分散させられる可能性がある。また、中国爆撃機がロシア基地から出撃する場合、法的にはロシア領内への攻撃が可能だが、水平的エスカレーションのリスクがあり、米国がこれを許容するか、あるいは日本として限られた反撃力を対ロ攻撃に割くことが合理的かどうかといった問題が生じる。いずれにせよ、蓋然性が高いかどうかは別としても、こうしたシナリオについても想定しておく必要がある。

(文責、文責事務局)