「トランプは欧州に軍事的ではなく政治的宣戦布告を行った。このNSS には米国が世界の民主主義と安定の保証であるとの自信や、中国問題、世界で深刻化しているテロ問題より、欧州批判あるいは欧州の劣化について驚くほど多く述べられている。またそのことがロシア支配層に非常に気に入っている。今日では欧州がウクライナの最も熱心な支持者であり、またロシアに対する厳しい批判者であるからだ。トランプは、欧州が民主主義の分野だけでなく、モラル的にもLBGTや諸民族の多文化主義を熱心に擁護し、ヨーロッパ的アイデンティティを失って堕落していると批判する。トランプはウクライナにはカードが無いので、手遅れにならない内に、ロシアと手を打てと叫び続けている。実はトランプ自身がEU諸国や NATO 諸国に楔を打ち込もうとしており、これはクレムリンの利益に非常に合致している。トランプは欧州の極右派を支援してリベラルな支配層に対しカラー革命を検討している可能性がある。つまり、クレムリンは2028年の米大統領選で応援すべき相手ができたのだ。」
2025年が終わろうとしている今(12月29日)、この1年の国際情勢を振り返り、今年も世界政治の最重要事件となったロシア・ウクライナ戦争を振り返ってみたい。ロシア問題の専門家として、露メディアによる報道を中心にして、ロシア側の見解を紹介する。
今年(25年)2月14日、ミュンヘン安全保障会議に出席した欧州の首脳たちは、J・バンス米国副大統領の激しい欧州批判を聞いて凍りついた。トランプ政権が、ウクライナの国家主権を武力によって乱暴に踏みにじったロシアよりも、ロシアを厳しく批判する欧州をより激しく憎み見下していることを、はっきりと思い知らされたからだ。
第2次世界大戦後80年になるが、この間、世界の基本的秩序の基礎となったのは、主権の尊重であった。いかなる大国といえども、他国の領土保全など主権を侵してはならないという掟が、世界の平和と安定の基礎だとの認識はこれまで主要国の間では基本的に共有されていた。これは20世紀前半の2つの世界大戦に対する反省から生まれた普遍的とされる観念で、1945年10月に設立された国際連合も、その憲章において、加盟国が他国の領土保全や政治的独立を冒すことを、主権侵害として禁じている。国連憲章には、領土保全と民族自決の権利が共に記されている。
この基本原則に対し、ロシアが奇妙なシグナルを発したのは、2006年6月1日だった。翌日のイズベスチヤ紙が、プーチン政権は対外政策の重点を「領土保全から自決権に移した」と報道したのだ。民族自決という観念は、第1次世界大戦後に米国のウィルソン大統領が提唱し、同じ頃レーニンも民族自決を唱えた。ただ、レーニンの場合は、旧ロシア帝国の諸民族がロシア革命後の「ソビエト連邦」から離反するのを防ぐためだったが。
2006年6月のイズベスチャの記事を読んだ時、私はその前にロシア有力者たちが旧ソ連諸国の「住民の意思」による諸国のソ連併合に言及していたので危機意識を抱き、その記事を翻訳してわが国の外務省関係者や専門家らに知らせたが、その時は危機意識を共有することはできなかった。この時のロシア政権の重大な政策転換の深刻性については、世界の国際問題専門家もほとんど気づかなかった。例えば、2008年8月にロシアがジョージアに軍事侵攻した後、ジョージア内の南オセチア自治州、アブハジア自治共和国の「住民投票」で両地域を「独立国」(事実上はロシアの傀儡国家)にした後でさえ、翌2009年1月に米大統領になったオバマは、早速「対露関係のリセット」つまり、ロシアとの関係改善政策を打ち出し、その年の10月にはノーベル平和賞を受けた。2014年3月18日、プーチンはクリミア半島の併合を宣言したが、その根拠は「3月16日の住民投票の結果」、つまり自決権だった。その住民投票なるものは、「リトル・グリーメン」と称されるロシアの特務部隊支配下で行われ、独立支持は住民の97%余りと発表された。人為的トリックは一目瞭然だが、プーチンはこの時、ロシア軍の期待以上の特務行動を激賞した。
2022年2月21日に、ロシアは「ドネツク人民共和国」「ルハンスク人民共和国」の独立を認めたが、その3日後の2月24日のウクライナ侵攻は、「両独立国の要請」、つまり自決権に基づくものである。「ウクライナ側がその地域でジェノサイド(大量虐殺)を行っているので、独立国の要請により平和維持のために出兵した」との論理構造である。もちろんウクライナも国際社会も、両人民共和国の独立宣言を認めていない。
2025年2月26日のロシアの有力紙『独立新聞』はおよそ次のように伝えた。「トランプが、ウクライナの天然資源について知った時、彼の眼が輝いた。ロシア資源がさらに豊かだと知った時、彼の目はさらに輝きロシアとの新たな大規模経済・投資協力について考え始めた。トランプの対露制裁解除が条件だ。この2月24日、プーチン大統領は、ロシアはウクライナよりレアアースを桁違いに多く保有しているとしてその開発で大金を稼ぐよう米国企業を招待した。トランプは1987年以来ロシアでの事業に何回も失敗し、その成功は彼が執着する固定観念になっていた。さらにロシアにはトランプがロシアに特別に強い興味を持たせる『ニンジン』がある。それは、ロシアにおいて大規模なホテル、リゾート地、オフィスや住宅建設プロジェクトを推進することだ。トランプとプーチンの関係が良好になるにつれ、その夢が実現する可能性が生まれている。トランプはウクライナにどんな犠牲を払わせてもウクライナ紛争をできるだけ早く終わらせたいと思っている。ロシアでの大儲けは、トランプとその仲間にとっては、ドンバス地域やヘルソン州、ザポリージャ州、そしておそらくキエフさえもが、どの国に属するかということよりもずっと重要なのだ。トランプはゼレンスキーをコメディアン、人気切れの独裁者と呼び、また彼の支持率は僅か4%なので臆病にも大統領選挙を恐れているのだ、とさえ述べた。」
ロシアのメディアにも、トランプの本質は完全に見透かされていた。トランプを見下しているプーチンが、トランプの、ましてやゼレンスキーの和平案に簡単に乗るはずはない。
この12月4日に、トランプは新しい国家安全保障戦略(NSS)を発表した。やはり、ロシア有力紙『MK(モスコーフスキー・コムソモーレッツ)』は、このNSSでトランプ政権が今日の「腐敗した」欧州諸国を批判し見下していると、およそ次のように報じた。
「トランプは欧州に軍事的ではなく政治的宣戦布告を行った。このNSS には米国が世界の民主主義と安定の保証であるとの自信や、中国問題、世界で深刻化しているテロ問題より、欧州批判あるいは欧州の劣化について驚くほど多く述べられている。またそのことがロシア支配層に非常に気に入っている。今日では欧州がウクライナの最も熱心な支持者であり、またロシアに対する厳しい批判者であるからだ。トランプは、欧州が民主主義の分野だけでなく、モラル的にもLBGTや諸民族の多文化主義を熱心に擁護し、ヨーロッパ的アイデンティティを失って堕落していると批判する。トランプはウクライナにはカードが無いので、手遅れにならない内に、ロシアと手を打てと叫び続けている。実はトランプ自身がEU諸国や NATO 諸国に楔を打ち込もうとしており、これはクレムリンの利益に非常に合致している。トランプは欧州の極右派を支援してリベラルな支配層に対しカラー革命を検討している可能性がある。つまり、クレムリンは2028年の米大統領選で応援すべき相手ができたのだ。」
最後にプーチンが「ヤルタⅡ」に拘っていることを紹介したい。1945年2月、スターリン、チャーチル、F・ルーズベルトはヤルタ会談で大国による世界の分割を決定した。ロシアはウクライナの主権を侵害し、トランプも「カナダを51番目の米州に」と本気で述べた。両者の大国主義意識は共通している。プーチンはトランプの同意を期待している。