公益財団法人日本国際フォーラム

日本で、「鉄の女サッチャー」の日本版高市早苗氏が、初めての女性首相として登場した。彼女に関する首相選出過程、人物解説とか国民の支持率などは、日本メディアはもちろんだが、他国メディア、特に世界の英語メディアなどでかなり詳しく報じられている。そして、それらは多かれ少なかれ、わが国でも海外の反響として報じられている。

では、日本の大きな隣国ロシアでは、高市首相の登場をどう見ているだろうか。ロシアはわが国とは北方領土問題を抱え、安全保障上面でもわが国と対立する中国や北朝鮮と親密な国だ。経済的にもロシアは漁業やエネルギーなどで無視できない国である。そのロシア国内で、日本の新政権成立はどう報じられているかは、ペスコフ大統領報道官などのごく簡単な公式コメント以外は知られていない。現在筆者が責任者をしている、半世紀以上の歴史を有する安全保障問題研究会の【安保研報告】最新版10月30日号に、高市氏が首相になることが決定した後の主要ロシア紙メディア(電子版)における高市新政権の報道として、訳者が見つけた限りの5点の記事を、A4番で10頁ほどになるが全訳した。以下、ロシアにおける高市新政権報道で、訳者が注目した幾つかの点について述べたい。

先ず、権威のある『コメルサント』紙だが、新首相となることが決まった10月21日に早速、かなり詳しい報道をしている。記事の題名は「日本の新首相高市早苗は何によって知られているか」だ。まず彼女の両親の職業に触れて、日本では珍しい庶民出の首相であること、彼女がロックバンドのドラマーで、神戸大学では経営学を学び、その後松下政経塾で学んだこと。1987年から89年にかけて米議会でインターンを務め、帰国後法律アナリスト、テレビ司会者として働いたことなどのキャリアを淡々と述べている。その後政治家としての諸キャリアや安倍晋三元首相の弟子だったことなどを詳しく説明し、今年の10月4日の自民党総裁選で小泉氏を185票対156票で破って総裁となり、10月21日の衆議院選挙で首相に選ばれたことを、一切の論評抜きで伝えている。

彼女の政治思想については次のように述べている。

「彼女は、日本の軍事力強化の主張者である。それゆえ彼女は日本国憲法第9条の改正を主張している。ちなみに第2次世界大戦後に採択されたこの憲法では、国が戦ったり独自の軍隊を持つことを禁じている。彼女は、ロシアで禁じられているLGBTに反対し、同性婚の合法化に反対し、日本の伝統的な価値観の擁護者として知られている。」

国際関係に関しては「高市氏は中国批判者としても有名だ。つまり、彼女はアジア。太平洋地域での中国の影響力増大に対抗しようとしている。その為に、米国との軍事関係強化も考えている。彼女は、1979年から1990年まで英国首相を務めたマーガレット・サッチャーの大ファンなのだ。」以上は『コメルサント』紙の電子版速報からである。

一般のロシア人がこの記事を読めば、彼女が軍国主義者と言うより、日本国憲法により日本が独自の軍隊を持つことを禁じていることの方に、驚くのではないだろうか。

次に、やはリロシアで最も権威のあるメディアのひとつ、『独立新聞』の2025年10月22日の記事を紹介しよう。記事の題名は、「日本は新たな鉄の女性によって指導される」である。この記事は、冒頭で、彼女の政治的立場がロシアにとって厳しいこと、彼女が依拠している日本の与党自民党が少数与党であることを、次のように叙述している。

「高市早苗新首相にロシアとの関係改善を期待するのは難しい。日本の衆議院は、女性の高市早苗氏を首相に選出した。女性が日本の首相に選ばれたのは、初めてのことだ。彼女は、右翼的信念を持つ人物で、英保守党の政策を厳しく断固として遂行した英国のマーガレット・サッチャー首相を自らのお手本と見ている。ただ、サッチャーが統治を始めた時には、英保守党は有権者の大部分の支持を得ていた。しかし高市氏の場合、自由民主党と公明党の同盟は崩壊し、彼女の属する自民党は議会では少数派となっている。本紙の専門家によると、日本の新指導者は米国との軍事同盟強化という前任者の路線を継続するという。そして、ロシアとの関係正常化に向かう可能性は低い。」

ただ、近年ロシアでも対日関心は低く、日本関連情報は著名メディアでもきちんとフォローしていない。したがって、この記事も、米メディアCNNの報道に依拠している。

とはいえこの記事の後半は、ロシア指折りの日本専門家である、モスクワ国際関係大学(MGIMO ロシア外務省傘下)のドミトリー・ストレリツォフ教授のインタビュー記事だ。そのインタビューで、ストレリツォフは次のように述べている。

「日露関係に関して、深刻な変化は生じないだろう。 日本の政治エリートの中には、親露的勢力は存在しない。彼らの間には、もともと反露のコンセンサスがあるからだ。しかも高市氏は、米国志向の政治家だ。したがってロシア・日本関係はロシア・米国関係次第である。もしロシア・米国関係が改善されるなら、それはロシア・日本関係にも反映するだろう。高市氏は自ら、彼女は安倍氏の後継者だと称している。しかし私は、彼女は安倍氏のように、ロシアとの問題を根本的に解決しようとはしないと思う。」

ここで述べられている「安倍氏のようにロシアとの問題を根本的に解決しようとはしないと思う」とはなにか。元来の日露両国の理解では、「根本的解決」とは平和条約締結であり、安倍首相はそのために、ロシアに対して経済協力を熱心に行った。しかし安倍氏の弟子と言っても、高市氏はロシアとの経済協力に特に熱心になることはないという意味である。その背景には、2018年11月のシンガポールでの安倍・プーチン会談で、安倍氏が国民の合意(国会決議)もなしに独断で北方領上の2島(面積では北方4島の僅か7%)返還での解決を提案したのに、プーチンがそれを蹴ったこと、また2022年3月にロシア側が、日本が一カ月前のウクライナヘの軍事侵略を理由に対露制裁に加わったことに反発し、「平和条約交渉を停止」したこと等がある。安倍氏の弟子でも、高市氏が対露政策で同じ過ちを犯す筈はないことを、ストレリツォフは良く知っているのだ。

余談だが、2年余り前に日露両国の専門家たちによるズーム会議があった。その時私がストレリツォフ氏に次のように訊ねた。日露が合意した「東京宣言(1993年)」では「北方4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」と述べられている。つまり北方4島の帰属問題が未解決だと両国は認めた。2001年のイルクーツク声明でも、2003年の日露行動計画でも、東京宣言の尊重が謳われており、プーチンがそれらに署名した。しかし2005年9月以後、彼は「第2次世界大戦の結果南クリル(北方4島)は露領になったと」述べている。なぜか?この問いにストレリツォフ氏は日本語で「ご都合主義です」と応じた。プーチンのご都合主義という意味だが、ロシアでどう通訳されたのだろうか。