公益財団法人日本国際フォーラム

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第3回定例研究会合
  1. 日  時:2025年10月6日(月)午前10時~午前11時30分
  2. 形  式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出 席 者:22名
[主  査] 髙橋 若菜 日本国際フォーラム上席研究員/宇都宮大学教授
[副  査] 廣瀬 陽子 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学教授
[事業統括] 高畑 洋平 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学 SFC 研究所上席所員
[事業副統括] 伊藤和歌子 日本国際フォーラム研究主幹・常務理事
[メンバー] 上野 友也 岐阜大学准教授(基調報告)
甲斐田きよみ 文京学院大学准教授(基調報告)
北村美和子 東北大学スタートアップ事業化センター特任准教授
三牧 聖子 同志社大学准教授
              (メンバー五十音順)
[JFIR] 池野 琴美 日本国際フォーラム研究助手
渡辺 まゆ 日本国際フォーラム理事長・上席研究員  ほか12名

(メンバー五十音順、*本事業責任者)

  1. 議論の概要

(1)上野友也メンバーによる基調報告「女性・平和・安全保障 国連安全保障理事会における歴史的経緯と現在の展開」

1990年代の色々な地域における武力戦争での人権侵害の問題は、女性が被害を受けるだけでなく、紛争解決プロセスから女性が排除されていることであった。ボスニア内戦(1991–1995年)のデイトン合意では、女性は被害を受けたにも関わらず、補償や性暴力加害者の訴追に関する合意のプロセスに含まれなかった。以降、第4回世界女性会議(1995年)や国連特別総会の「女性2000年会議」では、女性に対する暴力の訴追を評価し、紛争解決プロセスにおける女性の政治参加を促す動きがあった。国連安保理決議1325(2000年)の採択により、最初は人権問題として認識されていた女性の保護と政治参画が、安全保障の問題として議論される。採択の過程では、2000年10月に「女性・平和・安全保障」公開会合が当時の安保理議長国のナミビアで開かれ、UNIFEMと国際NGOが決議文を草案し、決議が全会一致で採択された。決議1325の2本柱は、武力紛争におけるジェンダー暴力からの女性の保護と紛争解決プロセスにおける女性の参画である。

一方、決議1325の課題は、強制力のある包括的な手段は示していない点だ。履行に向けた制度や措置は徐々に確立していく。武力紛争における女性の保護について、性暴力を人権上のみならず安全保障上の問題とし、国連平和維持活動(PKO)の任務では女性の保護が訓練されている。また、性暴力の加害者に対する制裁の発動、被害者に対する訴追の支援が推進されている。紛争解決プロセスにおける女性の参画については、決議1325の第1項に紛争の予防、管理及び解決のために女性の参画を拡大する理念を掲げている。

WPS理念の履行においては、UNWOMANが「WPS:国レベルの履行に関するガイドライン」を出しており、行動計画上の要素を項目別に調査したものによると、参画、予防、保護、救助・回復の4項目が重視されている。ガイドラインは、例えば、以下のような具体策を行動計画に盛り込むことを推奨している。

  1. 権利の保障:法的、身体的保護のための制度の確立。土地や財産が武力紛争後に曖昧にされてしまう問題や女性に財産を持つ権力を与えないことへの対策。
  2. 予防:女性が予防に貢献するため女性の声を聞く。
  3. 参加と代表:紛争解決交渉や和平合意に女性を積極的に参画させる。選挙の過程に女性の代表を含む。
  4. 救助・回復:平和の配当におけるジェンダー平等。「武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)」プログラムにおける女性戦闘員などの効果的な包摂。

日本のWPSの履行に注目すると、日本の行動計画は第1次(2015-2018年)から第3次(2023-2028年)まで出ている。第3次の行動計画の4本柱は、女性の参加とジェンダー主流化の促進、性的・ジェンダー暴力への対応と予防、災害リスク削減・災害対応・気候変動における女性の参加、日本国内におけるWPSの措置である。それぞれに「基本政策」、「行動」、「指標」、「所管部局」の構成がある。基本政策においては日本によるこれまでの支援や施策の言及がほとんどなく、第2次行動計画の成果と第3次行動計画に向けた政策目標とのつながりが弱い。行動では、活動内容が分かるが、主体が曖昧で「日本」という言葉もなく、所管部局が不明確である。行動と指標の関係も不明確であるため、誰が何をどれほどやるのかを明確にするべきだ。  

比較例としてフィンランドの行動計画を見ると、冒頭は「フィンランドが」今まで行ってきた施策を述べ、構造計画では所管やNGOといった行動の主体が明記されている。日本では、第3次行動計画より第2次行動計画の方がより完成度が高いと言える。冒頭では日本の今までのイニシアチブが具体的に書かれていたが、第3次では削除されている。第2次目標と行動、所管は表にまとめられており、関係が明確・具体的であったが、第3次では簡素化されたため、関係性が不明瞭になっているのではないか。

以上をまとめると、日本のWPS行動計画では、これまでの日本のWPS支援や措置について触れながら、今後の方向性を示した方が良いのではないか。第3次行動計画より第2次行動計画の方が丁寧に日本の立場が表明されており、特に日本が推進する「人間の安全保障」という表現が第3次行動計画からは削除されている点に疑念を抱く。さらに、日本が主体のWPS支援や措置であれば、それを強調し、具体的な指標や所管部局を明確にするべき。この点においても第2次計画の方が明確である。そして「女性・平和・安全保障(WPS)」の安全保障は「人間の安全保障」とどのような関係にあるのかを整理する必要がある。また、第3次計画に書かれていない点では、災害難民や気候難民への対応、女性の人身売買に対する日本の対外支援、紛争におけるセクシャル・マイノリティをWPSの枠内に含むのかどうか、感染症やパンデミックにおける女性特有の被害、といった内容を第4次行動計画に向けて吟味するべきである。

(2)甲斐田きよみメンバーによる基調報告「ジェンダーに基づく暴力 ナイジェリアの事例」

ナイジェリアはアフリカで最も人口が多く、多民族国家であり、3大民族を合わせても約半数で、250以上の民族が存在する。宗教は北部にイスラーム、南部にキリスト教を信仰する人が多い。アフリカの経済・資源大国であるが、貧富の格差や南北間の地域格差も大きい。私はJICAの専門家として長くナイジェリアに関わり、首都のアブジャに在住しながら北部のカノ州でのプロジェクトを実施してきた。今回は、研究調査を進めているカノ州、南西部のオグン州、イスラーム過激派組織「ボコ・ハラム」の影響が大きいとされる北東部について触れる。

私が携わってきたJICA技術協力プロジェクト「女性の生活向上のための女性センター活性化支援」は、フェーズ1(2007-2010年)、フェーズ2(2011-2015年)に分かれる。女性センターとは、女性が識字、洋裁などの収入を得るためのスキルを無料で学ぶ場であり、1980年代後半から連邦政府のプログラムとしてナイジェリア全土に設立されたが、地方行政区が管理するようになったため予算不足で荒廃した施設も多い。ナイジェリアの政治は連邦政府、36の独立した州政府、地方行政区(LGA)の3層になっている。プロジェクトでは、女性が外出することが難しい地域背景も踏まえ、女性がセンターに通うため、夫やコミュニティの指導者など男性への啓発活動を重視していた。

北西部カノ州では、多くがハウサ人でイスラーム信仰し、シャリーアが州法に適用されているため、イスラームの戒律を厳しく実践している。女性は外出時にヒジャブを着用し、既婚女性は隔離を実施しているため、農業や屋外の活動には従事していない。夫が衣食住を賄い、妻は夫に従うという強いジェンダー規範がある。夫が渡す食材・食費で足りない場合は妻が補填しようとするが、女性の経済活動は家の中限られるため十分な収入を得ることは難しい。また材料の調達や製品の販売は子供を経由して行う。夫妻で財は別管理するため、女性は収入を自分で管理できる。離婚は可能だが、シングルでいることが蔑視の対象になり、男性が家にいないと暴力の対象になる危険があるため、すぐに再婚する傾向がある。女性は離婚されないように努めるため、女性の経済力が向上しても世帯内での地位は低いままである。

ナイジェリア北部の女性の状況は、ナイジェリアの人口保健調査(NDHS)によると、1990年頃から現在までほとんど変化していない。初婚年齢は15歳頃、18歳頃から約2年半ごとに出産を繰り返し、7人程度出産し、公的な学校教育を受けていない女性は半数以上に上る。

南西部のオグン州では、多くがヨルバ人でキリスト教を信仰し、一夫多妻が広く実践されている。夫妻とも農業に従事するが、別々の畑で働く。近年、気候変動の影響で降雨パターンが変わり不作になっているが、特に農業への投入が難しい女性農家には打撃になっている。夫妻で財を別管理し、夫が衣食住を提供し、妻が家事・育児を担うジェンダー規範があるが、実際には妻が食費や教育費の不足分を負担する。女性が家計負担をすると、夫が世帯への支出をしなくなるが、妻は夫からの暴力や、夫が他の女性へ散財する可能性があるため主張できない。したがって、女性の経済力が向上するほど男性が貢献しなくなる状況がある。離婚はネガティブに捉えられるため滅多になく、妻は夫と良好な関係を保とうとするため夫に反論しづらく、経済力が向上しても世帯内の地位は低いままである。近年、盗賊による襲撃があるためコミュニティでは治安の確保が大きな課題になっており、男性による自警団もあるため家に男性がいないとコミュニティでの地位も低くなる。

ナイジェリアの治安の悪さは、2014年のチボク女子学生拉致事件を機に世界中に報道された。北東部ボルノ州にある公立女子中等学校が武力勢力に襲撃され、寄宿舎にいた女子学生276人が拉致された。2010年頃からボコ・ハラムによる住民襲撃・拉致事件が起きていたが、この事件を機に注目が集まった結果、ナイジェリアの地方武装集団から、西洋世界に対抗するイスラーム聖戦と活動が正当化されていく。

ボコ・ハラムは「西洋式教育は罪」という意味で、ナイジェリア北東部で活動するイスラーム原理主義団体の俗称である。組織は2002年にムハンマド・ユスフがボルノ州で立ち上げた。1990年代後半からナイジェリア北部ではシャリーアの全面導入を求める世論が高まっており、ユスフはシャリーアの実施を監視する「ヒスバ委員会(宗教警察)」の委員だった。ユスフはより厳格なシャリーアの実施を求め、近代国家・教育システムを否定し、若者の支持を背景に北部の政治家を応援し、見返りを求める関係を続けた。2009年にナイジェリアの治安部隊がユスフを殺害したことをきっかけに組織は過激化し、翌年アブバカール・シェカウが新指導者になって以降、自爆攻撃や軍事拠点への攻撃が多発。2013年には国連・米国がボコ・ハラムをテロ組織に認定する。2015年には「イスラーム国西アフリカ州(ISWAP)」としてISに忠誠宣言を表明。拉致・洗脳された少女たちによる自爆テロも急増し、2019年は未成年含む女性自爆犯による攻撃が90件を超えた。近年も活動が活発化し、多数の内部避難民(IDP)キャンプが存在している。

女性・少女による自爆テロは2014年に中年女性がゴンベ州のナイジェリア軍基地を攻撃したのが最初で、2018年までの間に未成年の少女を含む240件の自爆テロ、469人の自爆に使われた女性・少女、1200人を超える死者が出ている。北部ナイジェリアでは学校の襲撃・拉致事件がボコ・ハラムの活動地域内外で続いており、2018年のヨベ州で起きた女子中等学校襲撃事件では、州政府が多額の身代金を払ったとする報道がある。被害は少女のみならず、2020年にはカティナ州の公立化学中等学校の男子寄宿舎が襲われ、344人の男子学生が拉致された。

ボコ・ハラムによらないと推定される犯行も起きている。近年は北西部において盗賊・武装集団が夜間に村を襲撃する事件が起き、隣国に逃れる避難民が増加している。学校や保健施設が閉鎖されるなど地域のインフラも破壊されている。2011年頃から増加した盗賊行為は2015年頃に組織化され頻発。その多くは宗教・政治的イデオロギーをもたず、金銭目的で拉致する身代金ビジネスになっている。

ボコ・ハラムによって引き起こされたジェンダーに基づく暴力は、4つに分類される。1つ目は拉致と性暴力である。少女が学校から連れ去られ強制的に結婚・出産させられたり性奴隷化されたりしている。このように女性を支配することにより、コミュニティを屈服させるという戦略である。2つ目は女子教育の衰退である。ボコ・ハラムは西洋教育を否定するが、特に女子教育を敵視する。度重なる学校襲撃により親が娘を学校に通わせなくなる。これは女子に教育を与えることが社会変革に繋がるという恐れが根底にあると考えられる。3つ目は女性の戦闘員化である。拉致された少女の一部は洗脳され、自爆テロの実行犯やスパイ、勧誘員として戦闘員化している。「宗教的殉教」「神の意志」と教え込まれ、死ぬことを善と刷り込まれる。このため、被害者でありながら加害者の役割を担わされてしまう。4つ目に帰還後のスティグマである。解放された女性が「テロリストの妻」「汚れた女」とみなされ、コミュニティから拒絶されることがある。こうして社会的孤立と精神的トラウマの二重の被害にあう。このように、女性・少女であることを理由に被る被害や差別、暴力が、単なる個別の事例ではなく、武力紛争と連動して「構造的」に引き起こされている。その結果、社会全体に深刻なジェンダー不平等や暴力構造が固定化・拡大する懸念がある。
 WPS原則とジェンダーに基づく対応策として以下が挙げられる。

  1. 予防(Prevention):女子学校の安全確保や地域、男性への意識改革
  2. 保護(Protection):性暴力サバイバー支援、強制結婚や兵役から帰還した女性の社会的再統合、シングル女性への安全保障
  3. 参加(Participation):女性をコミュニティ調停や平和委員に登用、避難民キャンプ内でのリーダーシップ育成、州行動計画での女性の役割強化
  4. 復興(Relief & Recovery):女性の経済的自立支援、教育支援、女性の役割の再定義

ナイジェリアのWPS国家行動計画(NAP)は、第1次が2013年に連邦女性課題省の主導で作られ、主にボコ・ハラムの被害地域を対象に、ジェンダーに配慮した平和構築と安全保障の実現を掲げた。第2次は2017年にUN Womenや英国政府の支援を受け、地域ごとのアプローチや、被害女性や元戦闘員の社会統合支援が加えられた。残された課題としては、プログラムの持続可能性や、障がい者の包摂不足、モニタリングと評価体制の弱さ、地域ごとの実施・協力のばらつき等がある。

ナイジェリアのWPS実施への日本の支援としては、2024年の上川外務大臣の訪問、UN Women, UNICEF, UNDP幹部との意見交換、UNDPと連携した女性の平和構築参加支援などが挙げられる。食料安全保障や感染症へは具体的な支援金額が提示されているが、WPSに関して支援額の提示はない。

ジェンダーに基づく暴力を減らすためには、単なる治安対策ではなく、社会構造・文化・教育・経済のすべてに働きかける包括的なアプローチが必要である。WPSはその枠組みを提供しているが、地域社会の理解と参加、持続可能な制度設計、国際的支援の連携が不可欠である。

(3)質疑応答

(a)廣瀬副査:戦時性暴力への強制的対応や国際刑事的追及の実効性、またナイジェリア女性の自己改善意識について。

→上野メンバー:国連はPKO・制裁措置を通じて対応している。女性兵士や平和構築活動への支援も進む。

→甲斐田メンバー:女性は改善意識を持つが、家庭内地位の低さや恥文化が障壁。経済力を得ても男性の家計貢献が減る構造的問題がある。

(b)髙橋主査:WPS行動計画の地域的普及状況、日本独自の定義づけ(災害・気候変動との関係)、宗教・文化との整合的実施について。

→上野メンバー:WPS行動計画を策定している国は約100か国だが、イスラーム圏や東アジアでは遅れている。日本の災害対応を安全保障に含める発想は独自であり、「人間の安全保障」との接続が今後の論点。

→一部のイスラーム解釈の恣意性を是正し、地域対話を通じた相互理解を進める必要。現地報道では拾われない女性の声を可視化することも有効。

(c)三牧メンバー:アメリカ外交におけるWPSの位置づけと課題、ナイジェリアにおける男性依存構造の打破可能性について。

→上野メンバー:米国では政権により支援方針が変化。テロ対策の文脈でWPSが軍事介入正当化に利用された側面もある。

→甲斐田:現地では「男性の存在=安全保障」という意識が根強く、女性経済力の向上が家計負担増につながる矛盾を抱えるが、それでも自立支援は不可欠。 

(d)北村:日本の防災・技術支援とWPSの連携可能性について。

→上野メンバー:日本では阪神淡路大震災の経験から災害時の女性支援の重要性を認識しており、海外支援にも応用すべき。照明・デジタル技術など女性安全を高める日本の技術貢献が期待される。

(e)高畑統括:日本の第3次行動計画の抽象化・形式化に懸念を示し、WPSを外交政策の新たな推進軸として再構築する必要を提起。今こそ日本は、WPSを通じて世界に対する責任と可能性を再定義すべきである。WPSの国際的制度化の進展とともに、日本の政策文書が抱える曖昧さ、現場における構造的暴力の深刻さが共有された。今後は、①「人間の安全保障」との接続明確化、②防災・気候変動分野でのWPS応用、③支援の実効性と透明性の確保、④現地女性の声に基づく政策形成、の四点を柱に検討を進める必要があるだろうと総括した。

(文責、文責在研究本部)