公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに

ドナルド・トランプ大統領が日本製鉄とUSスチールの間での「パートナーシップ」形成を容認したという発表は、米国政府が国内鉄鋼の安定供給を目指す合理的政策を進化させたことを示している。「パートナーシップ」という用語は、このような企業買収の文脈では異例ではあるが、大統領が日本製鉄の投資が米国の経済・国家安全保障に資することを認めたことは、重要な一歩である。

トランプ大統領はかつて、この買収がUSスチールの存続に不可欠かどうかを公の場で疑問視した。 この発言からは、トランプ大統領が、関税だけでUSスチールを海外競争から守り、その経済的地位を支えられると信じていたことが読み取れる。

大統領が今回の買収を容認する決定を下したことは、鉄鋼関税が短期的な救済措置にはなり得ても、USスチールをはじめとする米国鉄鋼企業が直面する広範で複雑な課題には対応し得ないという認識を示すものである。鉄鋼業界は現在、世界的な供給過剰、海外競合による新たな生産技術の導入、需要構造の変化といった重大な構造的課題に直面しており、これらの要因が利益率を圧迫し、米国鉄鋼産業の長期的な持続可能性を脅かしている。

こうした環境の中で、USスチールはとりわけ脆弱である。同社の製鉄所は依然として従来型の高炉一貫製鉄方式に依存しており、この方式は、コスト効率や運用の柔軟性の面で優れる現代的な電気炉(EAF)を用いた「ミニミル」と比べて、一般に設備投資と労働集約度が高い。

関税という手段が本来抱える限界も、これまでの政権の戦略におけるもう一つの欠陥であった。第一に、関税は政治的に継続が困難になりうる。さらに、関税は鉄鋼を原材料とする産業のコストを押し上げ、米国の製造業に打撃を与え、産業全体の競争力を弱める可能性がある。最後に、報復関税によって本来の効果がさらに損なわれ、貿易摩擦が激化し、経済的不確実性が一層高まる恐れがある。したがって、USスチールがその後、技術革新と近代化に向けたより広範な戦略的投資を行わない限り、関税だけで同社の長期的な存続を確保することは困難であった。

ただし、外国からの直接投資(FDI)を誘発したという点では、積極的効果もみられた。日本製鉄の幹部は、同社がUSスチールの買収に粘り強い取り組んだのは、トランプ大統領が米国鉄鋼業を保護するために関税を導入したことが直接のきっかけであったと認めている。日本製鉄による今回の投資は、USスチールにとって資金と技術の両面で極めて重要な思いがけない恩恵となる。さらに、この取引は、日本製鉄がグローバル展開を加速させるという戦略目標にも資するものである。とりわけ、同社は、USスチールからの技術窃取が指摘されている中国の国有企業・宝武鋼鉄集団のような企業と競合することを目指している。

さらに、バイデン政権下で対米国外国投資委員会(CFIUS)による買収の初回審査時に示したとされる見解とは対照的に、日本製鉄の投資は、米国が国内基盤を持つ強固な鉄鋼産業を維持することに貢献し、国家安全保障にも資するものである。

米国の課題と対応

米国の鉄鋼企業は、中国の過剰生産による深刻な経済的課題に直面している。中国製の安価な鉄鋼が世界市場に大量に流入し、市場を飽和状態にしているためである。2024年の世界の鉄鋼生産量は約19億トンと推計されており、そのうち50%以上を中国が占めている。中国の鉄鋼は政府の補助金によってしばしば生産コストを下回る価格で販売されており、それがさらに価格を押し下げている。このため、米国の鉄鋼メーカーは価格競争の中で利益を確保することが困難になりつつある。その結果、市場シェアの縮小、利益率の圧迫、コスト削減圧力に直面し、人員削減や工場閉鎖へとつながりかねない。さらに、こうした安価な鉄鋼の流入は、技術革新やインフラ投資を妨げている。中国による供給過剰により市場が歪められる中、米国の鉄鋼企業が設備投資を正当化するのが難しくなっている。

このような状況に対応するため、トランプ大統領は2018年3月18日、大統領布告9705号を発出し、1962年通商拡大法第232条に基づく大統領権限を行使し、ほとんどの鉄鋼輸入品に25%の関税を課す措置を講じた。しかし、この関税措置がUSスチールに対する投資家の信頼回復にはつながらなかった。2018年末までに、USスチールの株価は半減した。関税によるコスト上昇の影響で、米国製の鉄鋼に対する需要が減少し、鉄鋼を使用する製造業者は、そのコストを自社で吸収するか消費者に転嫁するかの選択を迫られた。いずれの選択も競争力の低下を招いた。トランプ大統領の鉄鋼関税によって、中国からの鉄鋼の直接輸入は米国全体の鉄鋼輸入量の2%未満にまで減少したものの、中国製鉄鋼がベトナムやメキシコなどの第三国を経由して関税を回避するルートまでは防げなかった。大統領は現在、この回避策を封じる方針を打ち出している。

仮に大統領が回避策を封じることに成功したとしても、関税だけでUSスチールの抱える問題を解決することは難しい。関税は本質的に不確実性を伴う措置のため、潜在的な投資家に安心感を与えるには不十分である。また、USスチールが需要増の恩恵を最大限享受するためには、まず自社の施設の近代化に向けた大規模な投資を行う必要がある。

関税だけではUSスチールを救えない理由

関税は不安定で政治的にも脆弱であるため、鉄鋼生産のような資本集約型産業において、投資家にとって十分な安心材料とはならない。たとえ有利な関税措置が講じられたとしても、USスチールのような企業が、施設の近代化や生産能力の拡大、あるいは操業維持に必要な民間投資を呼び込むことは困難である。例えば2021年4月、USスチールはモンバレー製鉄所の改修に10億ドル超を投資する計画の中止を発表した。

また、鉄鋼輸入に対する関税のような特定の関税が長期的に維持される保証はどこにもない。その一因には、関税が国内産業、外国政府、司法機関など多くの関係主体からの反発に遭いやすいからである。さらに、仮に関税が維持されたとしても、しばしば特例措置や適用除外が設けられることでその効果が大きく損なわれることがある。

国内の課題

関税は経済全体に波及効果をもたらすため、国内産業から強い反発を招くことが多い。鉄鋼関税も例外ではない。輸入鉄鋼の価格が上昇すれば、自動車、家電、建設業といった鉄鋼に強く依存する米国の製造業者にとって、原材料コストが増大する。その経済的損失は、国内鉄鋼業にとっての利益を上回る可能性さえある。鉄鋼製造において関税が1つの雇用を守るごとに、鉄鋼を消費する産業では、複数の雇用が企業の生産コスト上昇と競争力低下によって危機にさらされることになりかねない。

貿易上の課題

関税が導入されると、貿易相手国は往々にして米国製品に報復関税を課すことで応じ、それにより保護主義の連鎖が生じ、双方の経済に損害をもたらすことになる。実際、トランプ大統領が2018年に鉄鋼関税を導入した際には、EU、カナダ、中国は、米国の農産品や工業製品に報復関税を課した。さらに、最近の鉄鋼関税に対しては、インド、日本、イギリスが世界貿易機関(WTO)にて報復措置を提案している。

こうした複合的な圧力は、関税を維持することによる利益をしばしば上回る。2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は一部の鉄鋼製品に最大30%の関税を課したが、国内からの反発や欧州との貿易戦争への懸念が強まったことから、21か月後には関税を撤廃した。

2018年にトランプ大統領が導入した鉄鋼関税はより強固であった。バイデン大統領は、前任者とは広く意見を異にしながらも、この関税を維持した。ただし、トランプ大統領もバイデン大統領も、多くの国に対して少なくとも部分的な関税の適用除外を認めており、その多くは、無関税で輸出できる鉄鋼の数量に上限を設ける輸出枠との引き換えであった。2025年2月時点で、10か国が米国向け鉄鋼輸出に関する関税緩和措置を交渉によって獲得している。同月、トランプ大統領は過去の全ての適用除外措置を撤廃する大統領令を発出するとともに、今後新たな除外措置を認めない方針を表明した。ただし、同氏が最近イギリスと締結した予備的な貿易合意では、英国産鉄鋼に対する関税を関税割当制度へと置き換えることが報じられている。

法的な課題

大統領権限をめぐる法的な争点は、トランプ政権による関税政策をさらに不安定化させる可能性がある。米国憲法は、「租税、関税、輸入税、内国消費税を課し、徴収する権限」および「外国との通商を規制する権限」を議会に付与しており、本来これらの権限は大統領に属していない。このため、大統領主導による関税措置の合憲性には重大な疑義が生じている。1920年代以降、議会は立法を通じて関税に関する権限の大部分を行政府に委譲してきたが、これらの法律は一般に、(a)国家安全保障の確保や経済的ダンピングへの対抗といった限定的な状況における大統領権限の行使に制限を加えるか、または(b)関税の適用期間に制限を設けている。

連邦最高裁の判例は、立法権限を議会が大統領に委譲する際、その行使を導き制限する「明確性原則(intelligible principle)」を含めることを要件としているが、関税権限を規定する法文には解釈上の曖昧さが残されている。米国の裁判所は歴史的に、大統領による通商措置を無効とすることに慎重であった。しかし、この曖昧さが法的異議申し立ての余地を生み出しており、近年ではこうした訴訟が増加している。トランプ大統領が第1期中に導入した鉄鋼関税も複数の訴訟に直面したが、いずれも無効とはされなかった。現在では、大統領が「国際緊急経済権限法(IEEPA)」を用いて多様な関税を課していることについて、連邦地裁および米国際貿易裁判所(CIT)で訴訟が提起されている。2025年5月28日には、CITがIEEPAに基づく関税を違法とする判決を下したが、本稿執筆時点では政権側がこの判断を不服として控訴中である。

トランプ大統領の第1期以降、連邦最高裁は行政府の権限に対して、より明確な憲法上の制約を課す姿勢を強めつつある。また、最高裁が約1世紀ぶりに、議会が行政府に委譲できる権限の範囲について再検討する兆しも見られており、その中には関税を課す権限も含まれる可能性がある。

日本製鉄の投資と技術力

日本製鉄は、USスチールが抱える構造的課題に対処する上で、資金面だけでなく最先端の技術力という側面でも貢献し得る存在である。

ロイター通信によれば、日本製鉄は新たな製鉄所へのグリーンフィールド投資として最大40億ドルを投じる予定であり、さらに既存のUSスチールの施設を近代化するために110億ドル超を追加で投資する計画である。これは、米国の鉄鋼産業を再活性化させるうえで極めて重要な一歩である。

とはいえ、USスチールの再建には、先進的な製鋼技術の導入も不可欠である。この点でも、日本製鉄は戦略的な優位性を有している。同社がもたらす技術革新の意義を正しく理解するためには、製鋼プロセスの基本的な側面を理解することが重要である。

鉄鋼の製造は、鉄と酸素を含む鉄鉱石から始まる。鉄鋼を生産するためには、この酸素を除去する必要があり、この工程は伝統的に、石炭由来のコークスから得られる炭素を用いて行われてきた。この化学反応では、炭素が酸素と結合して二酸化炭素となり、純粋な鉄が残される。

このプロセスをより効率的かつ低コストにするための技術革新こそが、製鋼業の進化を促してきた。新技術の導入に失敗した企業は、次第に競争力を失い、市場シェアを縮小させ、最終的には操業停止に追い込まれていった。こうした閉鎖は、労働者や地域社会に壊滅的な影響を与える場合が多い。オハイオ州ヤングスタウンやペンシルベニア州ピッツバーグのような都市では、1970年代後半から1980年代初頭にかけての鉄鋼業の崩壊は、単に労働コストの高さに起因するものではなく、米国企業が生産手法の近代化に失敗したことも大きな要因であった。

USスチールは主に、高炉技術に依存する一貫製鉄所を運営している。これらの施設では、鉄鉱石が、コークスを用いた高温還元プロセスによって銑鉄へと転換される。銑鉄は中間生成物であり、通常は転炉でさらに精製されて最終的な鋼材となる。この一連の工程が、一貫製鉄所の特徴を成している。

20世紀後半になると、スクラップ鉄を電気アーク炉(EAF)で溶解して再利用する「ミニミル」が登場した。ミニミルでは、原料がすでに初期の精錬を経ているため、高炉を必要としない。この方式への転換は、大きなコスト面での利点をもたらした。高炉は資本集約的で、効率を保つためには連続運転が不可欠であり、15〜20年ごとに高額な炉壁の補修が必要となる。そのため、少なくとも米国においては、鉄鋼メーカーは電気アーク炉による製造方式へと移行する傾向を強めてきた。現在、米国で生産される鉄鋼のおよそ70%がEAFによって製造されているのに対し、中国では約90%が一貫製鉄所で生産されている。

USスチールは、EAF技術の導入において後れを取っており、一貫製鉄所への依存を続ける道を選んできた。しかし、日本製鉄はEAF技術において高度な専門性を有しており、USスチールにとって大きな支援となり得る。2021年初頭、USスチールはアーカンソー州のEAF製鉄所であるビッグ・リバー・スチールの買収を完了した。日本製鉄は、天然ガスの代わりに水素を用いて直接還元炉で直接還元鉄(DRI)を製造する技術の研究を進めており、これはEAFで生産される鋼材の品質を向上させる可能性がある。現時点では、DRIの生産には希少で高品位な鉄鉱石のみが使用可能であるが、日本製鉄の研究は、より一般的で低品位な鉄鉱石をDRI炉で使用できるようにすることを目指している。

もっとも、USスチールの統合型製鉄所が時代遅れであるというわけではない。第一に、EAFの主原料である鉄スクラップは、そもそも有限な資源である。世界各国がEAF方式への移行を進める中で、スクラップの供給量は減少し、その獲得競争は激化しており、バージン・スチール(新規製鋼)の生産量も減少している。さらに、EAFで製造された鋼材は、高度な品質や特殊用途を要する分野では適さない場合がある。

第二に、日本製鉄は高炉の炉壁寿命を延ばす技術を開発してきた。同社は、2030年までにUSスチールが保有する6基の高炉について、炉壁の再築あるいは大規模な修繕を行うと約束している。

最後に、一貫製鉄所は大量の二酸化炭素を大気中に排出する。そのため、環境規制や世界的な脱炭素化の潮流は、鉄鋼企業にとって重大な課題となっている。日本製鉄は、製鋼工程において生成される水素を一部コークスの代替として用いることで、鉄鋼生産の脱炭素化に注力している。2024年2月には、試験炉において二酸化炭素排出量を33%削減することに成功したと発表した。

結論

トランプ大統領が日本製鉄によるUSスチールとの提携を認めた判断は、同政権が関税という通商政策の限界を受け入れたことを示している。関税は、不公正な外国企業との競争から一時的に米国産業を保護する手段とはなり得るが、米国の鉄鋼業が直面する根本的な課題には対応できない。安定的な国内鉄鋼供給は、米国の安全保障および経済的自立にとって不可欠である。しかし、保護主義的措置のみでは、当該供給を維持する上で必要となる継続的な投資、技術革新、運用面での近代化を実現することはできない。日本製鉄によるUSスチールへの投資は、関税によって促されたものであり、トランプ政権にとって、当該産業に多額の資本と先進的な製鉄技術を注入する絶好の機会となっている。この買収は、基幹的な生産能力の維持、老朽化施設の近代化、そして米国製鉄の国際競争力の確保に寄与するものとなるはずである。

(本稿は、2025年5月30日付でハドソン研究所ウェブサイトに掲載、6月24日付で当フォーラムウェブサイトに転載した「The US Steel Deal’s Implications for Tariff Policy」を当フォーラムにて翻訳したものである)。