気候変動・環境問題について、小尾メンバーは、第二次トランプ政権下で再生可能エネルギーをめぐる文化戦争が起きる一方で、その導入や投資については党派とは関係なく展開され、再生可能エネルギー産業が拡大していることを指摘した。また、「America All in」やアメリカ気候同盟、「気候変動関連財務情報開示タスクフォース」の取り組みに言及し、米国では地方政府や企業等多様なアクターによる脱炭素社会構築が進められていることからも、日米ともに、脱炭素化を実践する非国家アクターを中心とした多元的なレベルでの日米協力への期待を示した。ハダッドメンバーは、米国のランカスター市と日本の浪江町の取り組みを紹介し、日米両国の州、都道府県、市町村など地方レベルにて、日米間にて地域のリーダー、企業、学校、住民による協力関係を育むケースが増えていることを指摘した。さらに、第二次トランプ政権下での「言葉遣い」についても言及し、「日米気候パートナーシップ」が「日米革新エネルギーパートナーシップ」等に再編される可能性はあるものの、その本質的な内容は維持されうるだろうと分析している。
今年1月に第二次トランプ政権が発足し、パリ協定からの離脱宣言や化石燃料への回帰にみられる従来の気候変動対策の放棄、USAIDの解体、「不法移民」の大量送還、「トランプ関税」の発動、「共通の価値」にかかる言及の不在、といった一連の動きにみられるように、「アメリカ第一主義」を掲げる諸政策には拍車がかかり、日本の対米政策は再考を余儀なくされている。
経済・貿易や移民問題、気候変動、メディア、政治的・社会的分断、法の支配や民主主義などの「普遍的価値」といった「非軍事領域」は、いずれも第二次トランプ政権下でドラスティックに方針転換がなされ、世界を混乱に巻き込む度合いの高い領域ばかりである。こうした「非軍事的側面」に着目し、日米が個別に抱える課題を明らかにし、共通項を見つけ、日米協力の新たな枠組みやプログラムの提案と、政策立案者や実務家向けのガイダンスの提供を目指す本事業は、日米協力の新地平を提供することは疑いない。
本事業の研究期間は2年間であり、1年度目となる本年度は、日米メンバーが自身の専門分野に基づき、上記の「非軍事領域」における日米の抱える課題を洗い出し、そこから見える日米の共通項や認識の差異を明らかにし、協力可能な分野・項目を明らかにした。
何度かのオンラインでの協議を経て、11月の米国大統領選の後、日本での新政権誕生という好機を捉え、米国メンバーを東京に招聘し、日米メンバー全員による研究会合を開催した。会合では、日米が直面する課題とは何か、それら課題に対し、日米はどのように協力可能なのか、という共通の問いに対し、「経済安全保障・貿易・移民問題」「気候変動・環境問題」「民主主義・法の支配・人権問題」「分断社会:メディアと世論」というセッションを立て、日米メンバーそれぞれが自身の問題意識と本事業で取り組むテーマを披露した。ガザ情勢に関心を寄せる若者の間で、グローバルサウス諸国と共通するような米国の「法の支配」への疑義が生じていること、米国内ではメディアによる政治報道が分極化を促進する一方で、世論調査の結果が分極化を強調し、現実と乖離している可能性があること、トランプ政権誕生による貿易をめぐる問題の再政治化、気候変動問題は地方自治体・民間といったサブナショナルレベルでの取り組みが進む可能性が高いこと、等の問題が提起された。前後して開催した一般公開シンポジウムでは、大統領選直後ということもあり、第二次トランプ政権による関税政策、IPEF等の地域枠組みへの関与、対アジア政策、日米協力等をめぐる質問が出た。国会議員・経済人とのラウンドテーブルでも、出席者からは第二次トランプ政権の政治・経済政策について、特に技術覇権の行方や、「スモールヤード・ハイフェンス」政策が継続するかどうかを含む経済安全保障政策、国際秩序形成への取り組み方等が中心となった。
11月の諸会合での議論を踏まえ、日米メンバーは1年度目の研究成果をまとめた論考の執筆に着手した。3月にはその草稿を持ち寄り、メンバーであるハダッド教授の所属する米国・コネチカット州のウェズリアン大学に日米メンバーが一堂に会し、外部有識者も交えて2日間に亘り研究会合を開催した。トランプ大統領の就任から1か月半後という、第二次トランプ政権の方向性が見え始めたタイミングで開催した本会合では、前回と比べて、日米が協力して取り組むべき課題や領域がよりクリアになったといえる。
また日本メンバーは、ハダッド教授の日本政治の授業にゲスト参加し、学生たちとディスカッションを行った。学生からの質問は、日本の事情や日米関係、日本とアジア諸国の関係など多岐にわたった。学生たちは日本の研究者から直接話を聞くことで、米国の中露に対する行動が遠く離れた日本に影響を与えるということを直感的に理解できたとハダット教授は指摘し、日米メンバーと若者世代との交流のさらなる重要性を主張した。
授業参加とともに、ハダッド教授及び日本メンバーとウェズリアン大学の学生が参加するQ&Aセッション「日米コロキアム」を開き、より多くの学生が参加した形で開催された。前日に同大学で開催した一般公開シンポジウムと合わせ、会議では時間いっぱいまで質疑応答が途切れることなく続いた。質問のテーマも実に様々で、日本の外国人労働者を惹きつけるための有効な政策、日米における「不法移民」の共通性、近年の米国の対日外交が日本の対外関係に与える影響、戦後の日本の民主主義の発展と日米関係の制度的変化、日本の複雑な政治制度や地方行政の構造、1955年体制の変遷、日米関係における米国の外交政策の変化、アニメなどの日本文化の輸出が日韓関係に与える影響、等の質問が出された。
こうした議論を踏まえ、日米メンバーによるコメンタリーが発表された。その成果は、「非軍事的側面からの日米協力」研究会ウェブサイトのコメンタリー欄に掲載されている。
メンバーによるコメンタリーから見えてきた「非軍事的側面」から見た日米協力の可能性は以下のとおりである。
まず、主査からは、「非軍事的分野」における米国の変化は必ずしもマイナスではなく、「トランプリスク」を「トランプチャンス」に変えるための包括的な日米共通の課題が提示された。米国の「世界各国の食い物になっている」という不満を改善するような取り組みの機会拡大をつうじて日米関係の強化が可能であること、「関税引き上げから生まれる貿易戦争に勝者はない」という事実を再確認し、他国を組み入れる形で貿易戦争化を徹底的に避ける工夫をすべきであること、トランプ政権が気候変動を放棄しても、世界各国と協調することが日本の役割であること、ソーシャルメディアにおける偽情報の深刻さという世界共通の課題に対し、情報の正確性を追求する仕組みづくりで日米協力を進めることで世界への貢献が可能なこと、等が指摘された、
また、最後に、トランプ政権下では「言葉遣い(wording)」に注意すべきであり、同じ気候変動対策であっても「温暖化」「持続可能な発展」を「エネルギー自立」等と言い換え、政権の否定できない言葉遣いを選ばざるを得ない点が提起された。
経済安全保障の観点からは、鈴木メンバーより、相互依存が深化し、サプライチェーンの伸長した現代では、制裁の有効性を確保し、経済的な威圧に対抗するには同盟国・友好国間での協力が不可欠であるとし、同盟の信頼性を保つには、政治問題化し、感情的な議論となることを避け、実務レベルで事務的に進めること、限定的であったり、表面的であったとしても、合意を成立させて協力姿勢を世界に向けて示すことが重要だとの指摘がなされた。
ゴベラメンバーは、日米が共通の利害を有し、協力可能な分野として海底ケーブルネットワークの強靭性の強化を取り上げた。具体的な協力項目として、海底ケーブルの生産・敷設拡大による障害への強靭性向上、世界的に不足しているケーブル敷設・保守・修理用船舶の生産拡大のための投資での協力、意図的・非意図的なケーブル損傷を効果的に保護するための他国を巻き込んだ日米協力(進化するケーブルへの脅威に対する情報共有や監視体制の強化等)、を挙げた。
クーパーメンバーは、第二次トランプ政権において日本との最も魅力的な経済的取引の分野として、エネルギーを取り上げた。日本における中東からマラッカ海峡や南シナ海経由のエネルギー輸送経路の脆弱性を補完し、より信頼性の高い強靭なエネルギー供給網を確立するための日米協力の選択肢を提示した。一つは、米国の液化天然ガスへの日本からのアクセス拡大である。トランプ大統領が肝入りで進める「アラスカLNG」事業への協力や、洋上ターミナル建設での協力であり、もう一つは、大型原子炉の再稼働に代わる、より安価で安全に購入できる小型モジュール炉の共同開発である。これらは、経済利益と安全保障上の利益を同時にもたらす可能性を秘めていると指摘する。
移民問題については、手塚メンバーは、地理的自然要件や、移民・難民等の国内への入国に対する感覚の異なる日米が共通して直面する課題として、何かの出来事をきっかけとして、日米社会それぞれで共通認識として形成されてきた「当たり前」が変化し、それが過度な政治化にも利用されうる、ということを指摘した。日本では、一般国民の感覚が追い付かないほど進む外国人労働者の受け入れが、「不法滞在」者だけでなく、「外国人」全般に対象を広げたバックラッシュの起こる可能性についても言及している。
気候変動・環境問題について、小尾メンバーは、第二次トランプ政権下で再生可能エネルギーをめぐる文化戦争が起きる一方で、その導入や投資については党派とは関係なく展開され、再生可能エネルギー産業が拡大していることを指摘した。また、「America All in」やアメリカ気候同盟、「気候変動関連財務情報開示タスクフォース」の取り組みに言及し、米国では地方政府や企業等多様なアクターによる脱炭素社会構築が進められていることからも、日米ともに、脱炭素化を実践する非国家アクターを中心とした多元的なレベルでの日米協力への期待を示した。ハダッドメンバーは、米国のランカスター市と日本の浪江町の取り組みを紹介し、日米両国の州、都道府県、市町村など地方レベルにて、日米間にて地域のリーダー、企業、学校、住民による協力関係を育むケースが増えていることを指摘した。さらに、第二次トランプ政権下での「言葉遣い」についても言及し、「日米気候パートナーシップ」が「日米革新エネルギーパートナーシップ」等に再編される可能性はあるものの、その本質的な内容は維持されうるだろうと分析している。
最後に日米が築き上げてきた「普遍的価値」に基づく国際秩序形成に関して、セーチェーニメンバーは、FOIP構想下での戦略的連携の見通しが不透明ながらも、ルビオ国務長官がQUAD諸国の外相会合を主催したことから、経済安全保障やサプライチェーンの回復等の問題の調整への関心は持続していると指摘した。他方で、日本が、既存の国際秩序を支えることに消極的なトランプ政権にいかに対応し、米国と緊密な関係を保ちつつも地域協力を深め、規範の擁護者としてのリーダーシップを発揮し、安定と繁栄を促進する国際秩序を形成するための日米協力の道を見出していくかが問われていることを指摘した。
三牧メンバーは、2025年2月の日米共同声明で「法の支配」や「国際秩序」という語が盛り込まれなかったという事実に対して、日本は共通の価値で結ばれた「価値の同盟」としての日米関係をあきらめてはならず、石破・トランプ会談で露呈した日米の価値観の断絶を見据えながらも、岸田首相の表明した米国のリーダーシップへの期待と希望を抱き、働きかけ続けるべきであることを提起した。
日米社会の政治的・社会的分断については、スラシックメンバーより、日米社会の分極化の現状や、両国における対日感情・対米感情を正確に把握する資料として、世論調査の抱える問題について米国のケースを中心に分析した。特に、人口の多くが世論調査に回答しない場合に発生する「無回答バイアス」が、調査データの信頼性を損なうことを指摘し、米国有権者が世論調査の示す以上に外交政策において分極化している可能性についても言及した。
以上のとおり、1年度目の活動をつうじて、さまざまな「非軍事的領域」における日米の抱える課題、協力の可能性が提示された。2年度目はこれらの気づきをさらに掘り下げ、政策提言として練り上げていく。トランプ政権の「アメリカ第一主義」を掲げる諸政策が進んでいく中、日米両政権にとって、本研究活動の重要性は強調してもしきれない。