メモ

当フォーラムの「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会による公開シンポジウム「4年目に入ったウクライナ侵略戦争 ロシアの行方と国際社会の選択」が、下記1~3の日時、場所、登壇者にて開催されたところ、その議事概要は下記4のとおり。
- 日 時:2025年3月12日(火) 15時〜17時
- 場 所:オンライン形式(Zoomウェビナー)
- 登壇者
[開会挨拶] | 渡辺 まゆ | (JFIR理事長) |
[主査基調報告] | 常盤 伸 | (JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員兼論説委員) |
[報 告] | 山添 博史 | (防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長) |
保坂三四郎 | (エストニア国際防衛安全保障センター研究員) | |
熊倉 潤 | (法政大学教授) | |
吉岡 明子 | (キヤノングローバル戦略研究所主任研究員) | |
[コメント] | 廣瀬 陽子 | (JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授) |
名越 健郎 | (拓殖大学特任教授) | |
袴田 茂樹 | (研究会顧問/JFIR評議員・上席研究員/青山学院大学・新潟県立大学名誉教授) |
(登壇順)
- 議論概要
冒頭、渡辺まゆJFIR理事長による開会挨拶と常盤伸JFIR上席研究員による主査基調報告「ウクライナ侵略戦争の本質と国際社会」がなされた後、山添博史氏、保坂三四郎氏、熊倉潤氏、吉岡明子氏より報告が行われ、続いて、廣瀬陽子氏、名越健郎氏、袴田茂樹氏よりコメントが述べられた後、出席者との間で質疑応答がなされた。
開会挨拶
渡辺 まゆ JFIR理事長
主査基調報告「ウクライナ侵略戦争の本質と国際社会」
常盤 伸 JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員兼論説委員
序論として、プーチン大統領は今、何を考えているか、プーチン氏のウクライナ侵略戦争とは何かについて述べたい。その前に、この戦争は何をもたらしたか、私見を4点に整理した。まず第1に、ロシアは「世界最大のならず者国家」に変質し民主化の幻想は完全に消滅したこと。第2に、ウクライナの欧州化、国民国家の方向が加速化していること。第3に、欧米内部の亀裂が深刻化していること。第4に、正義よりも力や利益が優位であるという国際社会の本質が露呈されたことを強調したい。
プーチン氏の狙いは、ウクライナ解体とロシアの勢力圏への再統合であり、帝国ロシアの復活を目指している。トランプ氏はホワイトハウスで、ウクライナのゼレンスキー大統領を非難し「プーチン氏とは多くの苦難を共にした」と共感まで示した。これはプーチン氏にとって歓喜の瞬間だった。ロシアでは長年、いわゆる「ヤルタ2.0」による国際秩序の再編を望む声が根強くあり、最近再び期待が高まっている。妄想にすぎないと思われてきたが、トランプ再登板であながち無視できなくなってきている。背景には、ソ連崩壊という事実を受容できず20世紀最大の悲劇と考えるプーチン氏の強い信念がある。その反対に1945年のヤルタ会談は最大の成功体験で、ここでソ連(ロシア)は大国としての地位を確立し東欧での影響圏を確立した。だからゴルバチョフ氏(元ソ連共産党書記長)が、1989年にブッシュ大統領との間の「マルタ合意」で冷戦を終結させ勢力圏を自分から手放したのはプーチン氏にとり屈辱だった。
今年の5月9日は、大祖国戦争(対ナチス独戦)戦勝記念80周年の節目だ。プーチン政権が対独戦争とウクライナ戦争を重ね合わせる歴史プロパガンダを内外に拡散させる重要な機会で、記念行事に習近平中国国家主席のほかにトランプ氏が加われば、ロシアにとり象徴的な勝利となる。懸念されるのは、トランプ氏とプーチン氏の2月12日の電話会談の内容だ。トランプ氏が、「第2次大戦での歴史的な米ロ(ソ)の協力関係」を強調するなど、歴史認識がプーチン氏と危険なほど共有されているようだ。私は「ヤルタ2.0」に一足飛びに至るとは思わないが、対露宥和的な和平がなされれば、かえってプーチン氏を増長させ、ロシアはさらに大規模な侵略に向かう恐れがある。
フランスのマクロン大統領は「ベルリンの壁崩壊以降の過去30数年間のイノセントな時代は終わった」と述べ、欧州の抱える深刻な現状認識を示した。
最後に強調したいのは、停戦合意でウクライナの意思が尊重されなければ、リベラルな国際秩序は崩壊し、大国が小国を犠牲にする時代に逆戻りするということだ。ウクライナの公正で永続的な和平を実現するため、今こそ国際社会の結束が求められている。
報告A「ロシアの対ウクライナ・欧州戦略? −影響・破壊工作の観点から」
保坂 三四郎 エストニア国際防衛安全保障センター研究員
ウクライナ侵略戦争4年目を迎える中で、ロシアの対ウクライナ戦略と欧州戦略について、特に破壊工作や影響力行使の観点というミクロな議論を予定していたが、この2週間で情勢が急速に変化しており、大きなピクチャーから整理する。
まず、ロシアの対ウクライナ戦略について、この1年間でウクライナ軍には約14000名の損失が生じており、動員が非常に困難になっている。ロシアはこれを受け、厭戦気分を煽るような偽情報の拡散や、徴兵センターに対する爆破といった破壊工作を活発化させた。また、ウクライナがロシアのクルスク州に逆侵攻し、北朝鮮が参戦するなどの動きはあったものの、戦局を一変させる「ゲームチェンジャー」とはなっていない。ウクライナ東部・南部の戦線では、ロシアは引き続き、違法に併合したウクライナの四州を既成事実化しようとするも、足踏み状態にある。他方、米国のトランプ政権の動向が大きな影響を与えており、ウクライナへの軍事支援やインテリジェンス共有の一時停止、領土妥協を求める姿勢など、ロシアにとっても思いがけない方向に動きつつある。ロシアの国営メディアのプロパガンダショーにおいても、トランプ氏の発言が称賛されている。
次に、ロシアの対欧州戦略は、短期的にはウクライナにおける自国の利益を欧州に認めさせることを目指すが、強い反発に直面している。欧州委員会では、ロシアに強硬な姿勢を取るカッラス前エストニア首相や、防衛宇宙担当委員に就任したリトアニアのクビリュス氏の登用により、欧州の防衛自立へ向けた動きが加速している。特に、兵器の域内生産化によってアメリカ依存からの脱却を図る動きが見られる。
英独仏伊、スカンジナビア・バルト諸国はウクライナ支援・対露制裁にコミットする一方で、ロシアにとってのチャンスも存在する。ドイツのAfDをはじめ、欧州諸国でポピュリスト政党が勢力を拡大しつつあり、ハンガリー、スロバキア、セルビアなどでは親ロシア的な政権が誕生している。他方、2024年末にはロシア産天然ガスのウクライナ経由のトランジット契約が終了し、欧州全体として対ロのエネルギー依存を低下させる方向に進んでいる。長期的には、ロシアは欧州におけるアメリカの影響力削減を目指している。
最後に、欧州軍創設など安全保障体制を巡る議論が再燃するなか、ロシアは2022年末に軍改革を発表し、兵力を115万から150万へと増強する計画を進行中である。エストニアなどのインテリジェンス機関は、今後5〜10年以内にNATO諸国との交戦の可能性を警告しており、ロシアと国境を接するリトアニア、ポーランド、フィンランド等はクラスター弾条約・地雷条約からの離脱を模索する。
総じて、トランプ政権は非常に大きな影響を及ぼしたが、結果としてウクライナおよび欧州諸国をそれぞれ団結させたのではないか。
報告B「ロシア対ウクライナ:3年間の戦場の趨勢」
山添 博史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
3年間の戦況の趨勢を出発点として、議論を深めたい。
まず、この3年間においてロシアは、進軍をしているもののウクライナを屈服させるには至っていない。ウクライナは欧米の支援を受けて防衛と反撃を続けており、ロシアは軍事的攻勢と並行して、欧米諸国の支援意志を揺るがす情報戦も展開してきた。また、仮に現状で停戦がなされた場合、ロシア側は3年前に掲げた軍事作戦の目的は果たしておらず、ウクライナに領土を奪われている状態であり、負けている状態である。このような状況でロシアが停戦を受け入れるには、大きな見返りを得るか、圧倒的な外圧に屈するかどちらかしかない。他方、ウクライナ側にとっても、現状で停戦した場合、東部の被占領地と失われた人命を受忍せざるを得ず、更なる支援が滞れば、戦線の維持すら困難となる懸念がある。アメリカによる大規模支援の見通しが立たぬ中、ウクライナは戦略目標の後退を余儀なくされ、その現状保持すら危ぶまれているのが実情である。
2024年2月以降、ロシア軍によるウクライナ防衛拠点の奪取は顕著になっている。ただし、ポクロウシクのような重要拠点ではウクライナが未だ抵抗を維持しており、士気も補給も一定程度保たれている。しかし、この状況が長期的に持続することは難しい。欧米諸国からの支援に大きく依存しているウクライナにとって、アメリカの支援停止が現実味を帯びてきた今、極めて厳しい状況になっている。
この3年間を俯瞰すれば、機動戦の成果はほとんどウクライナが挙げている一方で、消耗戦の成果においてはロシアが有利であり、欧米諸国の支援努力が実行に移されたものの、ロシアの戦力投入がこれを上回っている状況である。ただ、ウクライナに対する米国支援の見通しが激減したことは、一年前と比べると非常に大きい変化である。結果として、ロシアはこれからまだ勝てるのに現時点では不十分な成果しか得られておらず、停戦を選ぶ動機が乏しい。一方、ウクライナにとっても、ロシアが攻撃をやめなければ平和は成立し得えず、防衛と反撃を続けるほかない。2024年2月28日に明らかとなったとおり、ウクライナとアメリカとの間では平和に向かう順序や認識が大きく乖離しており、今後の展開を左右する鍵は、アメリカおよびロシアがいかなる対応を取るかにかかっている。これからアメリカがロシアに対して何を発し、いかなる姿勢を示すのかが明らかになることで、ようやく情勢の全体像が見通せるようになるであろう。
報告C「結束を謳う中露関係 −−中国の対ロシア外交の視点から」
熊倉 潤 法政大学教授
「結束を謳う中ロ関係」というテーマに基づき、中ロ関係について、ここ1か月ほどの動向に絞って、とくに重要な点について述べる。中露関係の研究は主にロシア研究の専門家によって蓄積されてきたところがあり、中国研究の側からのアプローチは少ない。私は基本的に中国外交部の発表に基づいて、中国側がどう語っているかを整理することで、本日のシンポジウムに寄与したい。
2月14日のミュンヘン安全保障会議で、王毅外交部長が中国の立場を再確認した。そこで王毅は、中国はこれまで一貫して対話協議と政治的解決を主張してきたと述べた。実際にはロシアを支援しているのではないかという声もあるが、ここで注目すべきは、習近平国家主席が開戦当初から掲げてきた「4点の主張」のなかで言われている「各国の主権と領土的一体性の尊重」である。2023年2月に中国が発表した、いわゆる「和平提案」にもあったように、中国はウクライナの領土一体性を開戦当初から尊重する姿勢を示してきた。ウクライナの領土は一体でなければならず、ロシアがウクライナの領土を切り刻むことは尊重できないという見方を中国がとっていることは、もっと注目されてよい。ただの建前に見えるかもしれないが、中国は今もこの立場を崩していない。確かに中国外交はある意味一貫している。また、「4点の主張」の4つ目には、平和のためのあらゆる努力の支持というものがある。これに関して王毅は、中国としては、米ロの和平交渉合意をふくむあらゆる平和に向けた努力を望んでいると述べている。王毅の説明は、中国の最新版の立場表明といえる。
首脳間の関係について述べると、習近平とプーチンの関係は密接で、今年1月にも長時間の電話会談が行われた。そこで習近平は「中ロは真の友人」として、共に発展し、第三国に向けたものでも、第三国の干渉を受けるものでもないと強調した。これは、いわゆる「対抗せず、同盟せず、第三国を標的にせず」という中ロの関係原則のことである。この点で、中国はロシアとアメリカが接触することについてどう見ているのかという疑問が思い浮かぶが、これに対し王毅外相は、公式見解としては支持するとは言わず、「望ましい(楽見)」という奥ゆかしい表現を使っている。その後、王毅外相の説明としては、3月の全人代の記者会見において、「中露関係は成熟し、強靱で安定している」とし、「不安定な世界における定数」であると言っている。こうした発言からも中国がロシアを実質的に支え続けることが裏付けられる。さらに注目すべきは、王毅が「ウクライナ危機がすでに3年以上続いているが、この悲劇は回避可能だった」、「この危機から各国が教訓を学ぶべきであり、一国の安全が他国の不安全の上に成り立つべきではない」と発言したとされる点である。「一国の安全」「他国の不安全」というのは、ロシアにとってウクライナのNATO加盟問題だけでなく、ウクライナが感じていた安全保障上の懸念についても排除しない表現となっている。中国は、ウクライナの領土的一体性を尊重し、ウクライナとの関係も切っていない。中国は、自らが重視してきた原則とロシアとの関係を何とか両立させようと、この3年間もがいてきた。今後も中国は、この難しい模索を続けていかざる得ないだろう。
報告D「ウクライナ戦争と北方領土」
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
ウクライナ戦争が北方領土に与えた影響について、特に経済的側面とプーチン政権による歴史ナラティブによる影響という二つの観点から論じる。
まずウクライナ戦争の経済的影響について、最も顕著な変化の一つは、ロシア政府が進めてきた「クリル発展計画」の予算が大幅に削減された点である。2025年もさらに削減される見通しだが、完全に計画が停止されたわけではなく、複数の財源を活用しつつ、インフラ整備等の工事は一定程度継続している。もう一つの影響としては、新型コロナウイルス感染拡大およびウクライナ戦争を契機として、ロシア国民の国内観光需要が急増し、北方領土が観光地として注目されるようになった点が上げられる。背景としては、SNSや動画投稿の拡散により、一般旅行者による北方領土の魅力の再発見が話題を呼び、観光客の増加へとつながった。正確な公式統計は出されていないが、自然保護区への入場者数の増加等から、来訪者数は従来比4〜5倍に達している可能性が高いと見られている。クリル発展計画に基づく空港や港湾の整備、インターネット環境の向上などが、観光客誘致を後押ししているとも言えよう。近年では、国後島・択捉島・色丹島それぞれに新規ホテルの建設も相次いでおり、観光業が従来の島の主要産業である漁業・水産加工業に加えて新たな産業として成長過程にある。一方で、プーチン政権下の経済政策は、期待された成果を出していない面も多い。たとえば、TORや免税特区など、投資促進を目的とした制度はいずれも十分な成果を上げられておらず、ロシア会計検査院も厳しい勧告を出している。人口についても、2024年時点でパラムシル島を含めても2万814人にとどまり、当初目標には達していない。
次に、プーチン政権のナラティブが島の住民とその社会に与えている影響についてお話しする。島内では、全国的な傾向と同様に軍事教育・愛国教育の推進が進み、子どもだけでなく大人も対象とした戦争関連イベントが頻繁に実施されている。とりわけ注目すべきは、ウクライナ戦争や大祖国戦争にとどまらず、アフガン侵攻の記念式典が開催されるなど、あらゆる戦争行為を英雄的に描く言説が強化されている点である。また、ロシア正教会の活動も活発化している。この1〜2年で5つの新たな教会建設が決定されており、「ロシア世界」の象徴としての教会の設立が進行している。
言論統制の強化も深刻化している。日本に関しても、明示的に島の「返還」論を唱えたわけではないにもかかわらず、日本メディアの取材に応じた住民が治安当局の捜査対象となる事例も報告されるなど、住民の言論空間が著しく制限されている実態が明らかになっている。
今後の日露関係については、ロシアにとり2025年は対日戦勝80周年ということもあり、占守島では記念野外施設の設置が進められ、プーチン大統領の北方領土訪問も噂されている。プーチン大統領は9月3日の中国訪問を予定しており、対日歴史認識をめぐって中ロが共闘する動きも懸念される。こうした中で、2025年の日露関係はさらに厳しさを増すと考えている。
(以上、文責在事務局)
ロシアによるウクライナの全面侵攻から4年目を迎えた。戦争をめぐる環境は大きく変化しており、特にアメリカの第2次トランプ政権の動向や停戦交渉の進展が世界に影響を与えている。私たちは2021年に「ロシアの論理と日本の対露戦略研究会」を立ち上げ、政治・外交・軍事・経済・日露関係の観点からロシアの本質を探ってきた。その成果をもとに、2022年から毎年この時期にウクライナ戦争に関する議論を定点観測的に続けている。
今回で4回目となる本シンポジウムでは、ウクライナ戦争の現状と今後の展望、プーチンロシアの戦略、日本と国際社会の選択肢について議論を深めたい。