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「ウクライナ侵略3年目のロシア:『プーチンの戦略』を読み解く」公開シンポジウム

当フォーラムの「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会による公開シンポジウム「ウクライナ侵略3年目のロシア:『プーチンの戦略』を読み解く」が、下記1~4の日時、場所、登壇者、参加者にて開催されたところ、その議事概要は下記5のとおり。

  1. 日 時:2024年2月13日(火)15:00-16:30
  2. 場 所:オンライン形式(Zoomウェビナー)
  3. 登壇者
[開会挨拶] 渡辺 まゆ (JFIR理事長)
[主査挨拶] 常盤  伸 (JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員兼論説委員)
[報  告] 山添 博史 (防衛省防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長)
保坂三四郎 (エストニア外交政策研究所研究員)
吉岡 明子 (キヤノングローバル戦略研所研究員)
廣瀬 陽子 (JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授)
[コメント] 名越 健郎 (拓殖大学特任教授)
袴田 茂樹 (研究会顧問/青山学院大学・新潟県立大学名誉教授)

(登壇順)

  1. 参加者:135名
  2. 議論概要

冒頭、渡辺まゆ JFIR理事長 による開会挨拶と常盤伸JFIR上席研究員による主査挨拶「ウクライナ侵略3年目のロシアと世界」がなされた後、山添博史氏より「ロシアとウクライナ:終えがたい戦争」、保坂三四郎氏より「ロシアの対ウクライナ戦略 短期、中後期」、吉岡明子氏より「『併合』から1年5カ月、プーチン政権下のウクライナ占領地域」、廣瀬陽子JFIR 上席研究員より「旧ソ連地域の構造変動」について個人報告が行われ、続いて、名越健郎氏や袴田茂樹氏よりコメントが述べられた後、出席者との間で質疑応答がなされた。

開会挨拶

渡辺 まゆ  JFIR理事長

2022年2月24日に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵攻から、2年が経過しようとしている。本軍事侵攻は、第二次世界大戦以来となる、欧州での古典的な侵略戦争と言えるものである。この侵略戦争に対処すべく、欧米がウクライナに対する軍事支援を提供するも、現在は支援の停滞を余儀なくされており、当該戦争は更なる長期化の見込みとなっている。そうした状況下にあって、現在、一方のウクライナでは持続的な抵抗に疲弊の色が見られ、他方のロシアでは更なる変質と権威主義諸国との連携強化が見られる。このようなウクライナ・ロシアの現在の状況は、法の支配に基づくリベラルな戦後国際秩序への影響をいっそう懸念させるものである。
 日本国際フォーラム(JFIR)は、当該侵攻の1年前より、常設研究会「ロシアの論理と日本の対露戦略」を立ち上げ、プーチン政権下のロシアの本質を探るべく、政治・外交・軍事・経済・対露関係のあり方に関する研究討論を重ねてきた。その成果として、本公開シンポジウムでは、ウクライナ侵略戦争の現状と展望を概観しながら、登壇者に常盤伸氏、山添博史氏、保坂三四郎氏、吉岡明子氏、廣瀬陽子氏、名越健郎氏、袴田茂樹氏を迎えて、プーチン・ロシアの現状や戦略について掘り下げていく。

主査挨拶「ウクライナ侵略3年目のロシアと世界」

常盤 伸  JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員兼論説委員

1. 反動的権威主義の帰結

ウクライナ侵略戦争は、戦後のリベラルな国際秩序に対する最大の挑戦であり、ソ連崩壊後のロシアの歩みの中でも最悪の決定であった。注目すべきは、この決定はプーチンの思考によってロシアにもたらされた突然変異的な結果ではなく、むしろ、ソ連崩壊のルサンチマン(ressentiment)を引きずるロシア特有の反動的な権威主義のある種の帰結だろうということだ。ウクライナ侵略戦争は、このようなロシア国民の独特のメンタリティが背景にある、非常に根が深い問題であって、簡単に解決に至る問題ではない。

2. 自由世界の守護者としてのウクライナ

ウクライナ侵略戦争を語る上で重要となるのが、絶望的な状況であっても、独立と自由を守る気概をもってロシアに抵抗するウクライナ国民の存在である。
 仮にウクライナ国民がロシアに抵抗するという選択肢をとることなく、強大なロシア軍に対して自由を守るため徹底して抵抗していなければ、「大国や強国が中小国を蹂躙して当然だ」という弱肉強食の世界が復活していた可能性がある。その意味で、ウクライナは自国の独立のみならず、自由世界を守ったといえるだろう。

3.関心低下と支援縮小の懸念

現在浮き彫りとなっている問題は、米欧(特にアメリカ)からのウクライナ支援が停滞していることである。各国による支援に支えられて反転攻勢の期待が高まった1年前の戦況と比較すれば、現在は厳しい状況にある。また、2023年秋に勃発したガザ紛争に国際世論が集中することによって、相対的にウクライナ戦略戦争への関心が低下すれば、ウクライナ支援が縮小する懸念がある。

4. プーチン・ロシアの脅威拡大も

2024年2月初旬に来日したラトビアの カリンシュ外務大臣は、万が一ウクライナが不利な状況で停戦に追い込まれることになれば、プーチンはさらにウクライナに再攻勢を仕掛けてこれを敗北させ、さらにはウクライナを越えて戦線が欧州に拡大するだろうと指摘し、権威主義の世界的な脅威はやがてはアジア太平洋にまで及ぶと警鐘を鳴らした。
 このようにみれば、ウクライナの独立や主権維持は、ウクライナ自身にとどまらず、国際秩序、欧州の安全保障、さらには日本の安全保障にとっても、極めて重要であると言える。それゆえ、プーチンのロシアをどうやって止めるのか、日本を含めた国際社会の叡智が問われるところだ。本研究会のメンバーによる議論によって、ウクライナ侵略を続けるプーチン・ロシアについて、議論が深まることを期待する。

報告A「ロシアとウクライナ:終えがたい戦争」

山添 博史  防衛省防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長

1.戦争の重要な変数としての反攻状況

英国防省が公表した2022年の戦況図によれば、ロシア・ウクライナ間の戦争は、ウクライナ南部に対するロシア軍の進軍に始まり、その1ヶ月後にはロシアはキーウの攻撃を断念し、焦点となる戦域が南東部に集中していった。ロシア軍の動きに対し、ウクライナ軍は、反転攻勢によってハルキウ州(2022年9月)やヘルソン州(2022年8月-11月)の広い領土を奪還することに成功した。2023年の焦点となったのは、ザポリージャ州南部の反転攻勢であった。このような一連の反転攻勢を通じて、「ウクライナがどれほどロシアを押し戻せるか」ということは、当該戦争における重大な変数であった。

2.ウクライナ・ロシアの動きの予想

当時、私の予想では、2023年に両国は強化した戦力をぶつけ合う(ウクライナは西側兵器システムを活用した攻勢に出て、他方ロシアは再編成した陸上・航空戦力を用いる)が、それでも戦争は終わらないだろうとの見立てであった。
 また、2024年には、ウクライナは戦力の導入を継続するにしても社会の負担が蓄積し、ロシアは軍事的な動員がかなり進むであろうが、戦争指導の正当性に対する疑念が高まる可能性があると予想したが、その通りになったとはいえなかった。

3.ウクライナ・ロシアの動きの実態

a. 機動攻撃におけるウクライナ優位

一昨年(2022年)は、ウクライナの方が広範な領土を回復し、大きな成果を出した。キーウ(2022年3月)・ハルキウ(2022年5月、9月)の包囲解放に成功した。資源が限られた中でドローンを中心とした作戦によって黒海艦隊に2023年9月、大きな打撃を与えた。

b. 消耗戦下のロシア優位

現在、戦況は消耗戦となっている。そして、消耗戦の中で成果を出しているのはロシアである。初期のルハンスク州、マリウポリ(2022年4月-7月)では、大規模な破壊と消耗に成功した。他に、バフムト(2022年8月-2023年5月)とマリインカ(2022年5月-2023年12月)では、ウクライナの固い守りを破って進行した。ただ「これ以上は進行できていない」という意味では、ロシアの戦果も限定的であると読み取ることもできる。
 対して、ウクライナはロボティネ(ドネツク市ザポリージャ州南部の最前線)防衛線進入(2023年8月)に成功したものの、全体としてはロシアが守りきっている。このように、消耗戦を行う上ではウクライナは大きな成果を生み出すに至っていない。
 消耗戦では、大砲の打ち合いの比重が高い。2023年秋頃には、ウクライナのロシアに対する榴弾砲は1万ほどあり、ロシアの榴弾砲を叩いて減らすというウクライナの優位性が見られた時もあった。しかし、現在ではその数が減少しつつある。対してロシアは、大砲、戦車、ドローンの投入を徐々に増加させ、戦争資源における優位性が見え始めている。またウクライナに対する支援の積み増しが見えにくいという現状がある。

4.戦争の終えにくさ

当該戦争は、終え難いということを確認しておきたい。このような状況が生じているのは、2つの原因によるものである。
 1つ目は戦争の目的だ。ウクライナは、被占領地・住民の回復、ロシアに敗北を認識させる必要といった、戦争目的がある。対してロシアは、西側やナチの脅威への勝利を主張できるような戦果をあげるという戦争目的がある。両国とも目的を未だ達成していないが依然としてこれらの目的を維持しているため、当該戦争に終えにくさが生じている。
 2つ目に、現在の戦果が、前述した双方の戦争目的に遠く及ばないことが要因である。たとえ休戦に至っても、ロシアによる更なる攻撃に十分対抗する手段をウクライナは未だ確保できていない。他方、ロシアの現状についても、「勝った」と言えるような戦果はほとんど存在せず、損失が膨らんでいる。このようなロシアの戦況は、戦争をした意味に疑念が湧くような状況でさえある。
 したがって、ウクライナ・ロシアの両国にとって、休戦や停戦は容易なものではない。

5.ロシアの今後における強要行為

2022年の全面攻撃以降、経済制裁をはじめとして、ロシアは西側から排除・敵視されている。今後、仮に休戦が成り立った場合は、ロシアとは(冷戦の初期にも見られたような)武装対峙期に入ることになり、戦闘状態が収束しても制裁は解除されず、西側から圧迫されるロシアの立場は変わらない。このような状況下においては、ロシアは「信頼を構築する」といった手段をとったところでその有効性に期待が持てないため、力を用いて敵打倒に頼る「強要行動」を実行すると予想される。ひいては、軍事力を回復してウクライナに攻撃を仕掛けるという動機にロシアの資源が投入されていくことになる。したがって、今後のロシアは、2021年以前の同国とは随分異なった様相になっていくことが予想される。それゆえ、休戦を実現するのは容易なことではないと言える。

報告B「ロシアの対ウクライナ戦略 短期、中後期」

保坂 三四郎  エストニア外交政策研究所研究員

1.政治的目標を達成する手段としてのウクライナ侵攻

ロシアによるウクライナ侵攻は3年目となったが、対ウクライナ戦争は2014年のクリミア併合から始まっている。そもそもロシアは、ウクライナが独立した1991年以来、ウクライナ内政に介入にしてきた。
 ウクライナ介入の大きな転機は、2012年にプーチンがウクライナのユーラシア統合を目指す大きな計画を発表したことにある。この時点から、プーチンのウクライナに対する執着が始まったと思われる。
 ユーラシア統合というビジョンのもと、クリミア併合が発生する1年以上前から、ロシアは非公式の政治工作(プロパガンダ等)を用いて、ウクライナをユーラシア統合に引き込もうと試みるも、失敗に終わった。次なる手段として、ロシアはクリミア併合の暴挙に出て、さらにはウクライナ東部に侵攻して傀儡政権「ドネツク/ルガンスク人民共和国」を樹立し、「連邦化」や「自治」を通じてウクライナを統制しようとした。ここで重要な点は、ロシアはウクライナ東部の領土を欲するわけではなく、あくまでウクライナ全体を欲することである。ロシアの政治的目標は、ウクライナをロシアの影響圏にとどめることである。
 現在の全面侵攻は、この政治的目標を達成するための、政治的あるいは軍事的な手段の一つに位置付けられる。当該侵攻は、当然、軍事的な手段であるが、他方、ゼレンスキー政権を転覆させ、傀儡政権を樹立するという意味では政治的な作戦でもあった。しかし、この作戦は頓挫した。現在は、領土併合を目的とする軍事作戦が続行しているが、軍事作戦そのものが目的ではないため、ロシアの政治的な目標を達成するために今後様々な手段が講じられることが予想される。

2.対ウクライナ政策の転換点のサイン

ロシアの対ウクライナ政策の転換点には、様々なサインがある。クリミア併合前の2013年9月にウラジスラフ・スルコフを大統領補佐官に任命した。また、(全面侵攻の3年前の)2019年にFSB第5局作戦情報部(DOI)を第9局に格上げさせ、2021年夏までにウクライナ課の人数を、30名から120-200名に引き上げた。当時、ウクライナ保安庁(SBU)はこの動きを偽情報作戦の拡大であるとみていたが、実際はウクライナ占領の際に占領の主体となるFSBの要員を確保する動きであったと理解できる。このように、侵攻の数年前には、ウクライナ政策の変化のサインが現れている。

3.対ウクライナ政策の短期、中長期目標とこれらの阻止のための方策

ロシアの短期目標は、ウクライナ国内の戦争疲れや欧米諸国の支援疲れが見える中で、「和平」や「停戦」という言葉を掲げながらウクライナの一部地域の違法併合の既成事実化を図ることにあるだろう。
 この短期目標を実行するに際して、ロシア国内の反応はさして支障がないように思われる。国民の愛国心が高まり、政権は支持されている。米国大統領選挙やイスラエル・パレスチナ紛争の帰趨も、対ウクライナ・欧米の交渉カードとして利用されるだろう。
 ロシアの中長期目標は、ウクライナをロシアの影響圏に止めることである。例えば、ジョージアでは2008年の戦争で、ロシアに領土の20%を占領されたが、その4年後の2012年にはプログマティックな対露政策を掲げる政権が誕生した。
 民主国家であるウクライナでも選挙が行われればロシアに対して様々なニュアンス持った政権が出現することになると予想される。ロシアはまず政権交代を追求していくことになるだろう。しかし、これが叶わないなら、傀儡政権設置を含む、軍事力による強要行動が実行されると思われる。このようにして、ロシアは自国の影響圏にウクライナを止めるよう図るだろう。
 短期目標を阻止するために我々に出来ることは、ウクライナに対する武器供与や経済支援を強化することである。また、中長期目標を思いとどまらせるには、究極的にはウクライナのEU加盟とNATO加盟が有効となる。とはいえ、加盟は時間を要する。最近、G7の間でウクライナのNATO加盟に関して協議が進み、イギリスとウクライナの間で安全保障協定が締結された。加盟に至るまでの安全保障の枠組みを支援していくことが、現実的な措置であると言える。

報告C「『併合』から1年5カ月、プーチン政権下のウクライナ占領地域」

吉岡 明子  キヤノングローバル戦略研所研究員

1.クリミアとの相違に照らした4州の現状

2022年9月30日にプーチン政権が一方的に併合を宣言したウクライナ4州(ルハンシク州、ドネツク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)いおいて、戒厳令下のもと「ロシア化」が進められている。2014年にロシアが一方的に「併合」したクリミア半島でも、力による統治は見られたが、4州においては戒厳令という口実のもと、法の支配ではなく力による統治(ウクライナの企業や個人の財産接収、デモ等の防止・弾圧、反露分子のフィルタリング、拉致・拷問)の側面が極めて強い状況にある。
またクリミアの際は、「併合」の3日後にはクリミア連邦管区という行政管理区分が新設(後に南部連邦管区に編入)されたが、4州は依然として連邦管区制度の外に置かれている。

2.人材不足

4州は深刻な人材/労働力不足に陥っている。ロシア政府は対策を講じている(例えば、人材コンペ「復興のリーダーたち」、給与2倍の大統領令、中央アジア等からの建設労働者流入)ものの、人材不足の改善にはつながっていない。そうしたなかで、中央アジア諸国やロシア国内の北コーカサス地域など、イスラム圏の比較的貧しい地域の人々が建設労働者等として占領地に流入しており、ウクライナ政府にとり、4州において民族構成が変化していく可能性も懸念材料のひとつとなっている。

3.「ロシア化」

ロシアは4州の「ロシア化」を進める過程で、ウクライナ人としてのアイデンティティを希薄化させる試みを実施している。ロシアのパスポートを持たない占領地の住民らは、年金受給や医療・教育へのアクセス等が制限され、2024年7月からはパスポート申請を拒むウクライナ人を「外国人」とみなす法律も成立させた。現時点でおよそ8割以上のウクライナ人がロシアのパスポートを申請済みとも言われ、今後この数はさらに増える見込みである。学校教育の現場では、ウクライナ語はロシア語の一方言としての地位に降格、カリキュラムはロシア語で組まれ、ウクライナ文学も図書館から一掃されつつある。教師の多くもロシアから派遣され、ロシアによる侵略を「特別軍事作戦」として正当化する内容の教科書により、プーチン流の歴史認識が占領地の子供たちに教えられている。また、テレビ等で連日のようにロシアの国営メディアがプロパガンダを流す一方で、ウクライナのメディアやインターネットへの接続は遮断するなど、情報統制も厳しく行われている。

4.復興開発の資金繰りの計画

ロシアは4州の復興開発を積極的に行っていく旨を喧伝している。ただし、4州はクリミアの際と比較にならないほど戦争による直接的被害が甚大であるうえ、経済基盤自体も破壊されているため、復興開発には多額の費用が必要となる。プーチン大統領は、4州を2030年までにインフラ、医療、教育、文化等の指標でロシア全体の平均値にまで押し上げる方針を示し、それを受け、政府は総合国家プログラム「ドネツク・ルガンスク・ザポロージエ・ヘルソン復興開発計画」を策定した。プーチン政権には、実際に4州の復興開発を進めることで、「併合」の正当性をアピールする狙いもある。

5.偏重した資金投入

しかし、実際には、ロシアは国防費に3割もの予算を割く戦時財政のもと、4州の復興開発のための予算には限りがあり、少なくとも当面の間は、戦略的要衝の復興や兵站と直結する輸送インフラの建設(ロシア本土とクリミアを結ぶ道路・鉄道等)に重点的に予算が投入される可能性が高い。同時に、マリウポリなどいわばこの戦争の象徴のような都市については、ショーウィンドウ的に「ロシア化」と復興のシンボルとして積極的に開発予算を投入している。ただし、マリウポリ等におけるロシアの一方的な開発は、戦争犯罪の証拠隠滅にも繋がり、国際社会で強い懸念を招いている。

5.シェフ制度

また、ロシア政府は、4州の復興開発の資金繰り捻出のため、ロシアの各連邦構成主体に対して4州を細かく分けた区域を各々担当させる「シェフ(支援者)制度」を導入した。ソ連時代の制度を復活させた一種の対口(たいこう)支援だが、現在のシェフ制度に法的裏付けはなく、実際には、各連邦構成主体に対して担当地域を「自発的に」支援するように半ば強要する形で進められている。
なお、戦争により財政基盤そのものが破壊された4州は、その財政の8-9割をロシア政府からの交付金に依存しているのが現状であり、2014年に一方的に「併合」したクリミアも含め、ロシアの財政の圧迫要因のひとつともなっている。4州の復興開発は、財政的な困難を抱えながら進められている。

報告D「旧ソ連地域の構造変動」

廣瀬 陽子  JFIR 上席研究員 / 慶應義塾大学教授

1.ロシアの政治的・軍事的グリップの低下

旧ソ連諸国(ロシアが言うところの「近い外国」)は、ロシア・ウクライナ戦争を通じて、ロシアの軍事的な強さに懐疑的になった。また、アゼルバイジャン・アルメニアの間のナゴルノ・カラバフ問題を通じて、CSTO(集団安全保障条約機構)の同盟国(この場合はアルメニア)を守らないロシアのイメージが誘引され、同時にCSTOの意味そのものにも懐疑的な目が向けられた。このような状況によって、ロシアに対する期待値や尊敬が弱まり、結果として旧ソ連諸国の政治家に奔放な態度や発言が目立つようになった。したがって、ロシアの政治的・軍事的グリップが以前より効かなくなったと言える。

2.アゼルバイジャン・アルメニア間のナゴルノ・カラバフ問題に見えるロシアへの見切り

ロシア・ウクライナ戦争が進行する中で、長年の課題であったアゼルバイジャンとアルメニア間のナゴルノ・カラバフ問題は、軍事的には2023年9月19日に1日で終結してしまった(ただし、和平交渉など政治的問題は残存)。
この原因の1つには、アルメニアがロシアに見切りをつけて、「ロシアの支援なくしてはアゼルバイジャンには勝てない」として、ナゴルノ・カラバフを諦めたことが挙げられる。もう1つの原因として、アゼルバイジャンもロシアの関与がないと確信していたことが挙げられる。
そもそも、戦争以前からアルメニアとアゼルバイジャンの両国はロシアの関与を忌避し、2023年前半には欧米が仲介をするようになっていたということもある。したがって、ロシアの影響力低下が指摘できる。なお、ナゴルノ・カラバフ問題では、2024年1月1日までにナゴルノ・カラバフ共和国が消滅するとの発表があったが、2023年12月22日にこの発表は撤回になったため、実態としてはほとんど存在していないとはいえ、名目的には残存している。

3.貿易における関係の深化

旧ソ連諸国がロシアに対し軍事的な関係を軽視しているのに反して、ロシアとの貿易関係は、むしろ深化している。ロシアが制裁をかけられている中で、旧ソ連諸国がロシアの貿易を並行輸入で支えてきたという背景がある。なかでもアルメニアは、旧ソ連諸国の中ではロシアとの関係変化率が高い国であり、軍事面では失望が増える一方でも経済的面ではむしろ関係が深まっており、ロシアと離れられない関係にある。

4.断ち切れないロシアとの関係

旧ソ連諸国全体として、ロシアと関係を断ち切ることは困難であるという風潮がある。「怒らせると何をされるかわからない」という恐怖や、CSTOに期待できないとはいってもNATOのように守ってくれる組織がないという事情から、ロシアとの関係を断つことができないのである。
 また、ロシアは、資源も原発も有するエネルギー大国である。ロシアのエネルギー経済の強みは、中央アジア諸国の出稼ぎ労働者が数多くロシアにいることからも推察できる。秀でたエネルギー経済という強みを踏まえると、ロシアとの関係を断つことが難しい。
 さらに、戦争特需として、例えば並行輸入や、ロシア人移住者が周辺国に行くことによってロシア資本が流れるほか、有能で技術のある者が周辺国に流れることで、周辺国の技術や経済力を高めている。近隣諸国に流れたロシアからの移住者も周辺国の経済を大きく活性化しており、周辺国では戦争特需とも言うべき経済的活況が生まれているケースが多い。このような事情から、反戦・反露的な国であっても、直行便を使って経済関係を深化させているのが実情である。したがって、国益を考慮したうえで、ロシアとの関係を切ることが困難となる。
 ロシアは経済と「脅迫」と言う強みを持っており、それが旧ソ連諸国を決定的に離反させない求心力になっている。

5.中国、トルコの影響の拡大

中国、トルコの影響の拡大は、戦争勃発前からの継続的なものであったが、戦争を契機にいっそう高まっていると言える。
 中国は、一帯一路の展開により中央アジアへの進出を強めてきた。例えば2003年5月には西安で中国・中央アジアサミットを開催し、6カ国で発展戦略に協力して相乗効果を生み出すことを呼びかけるほか、治安、防衛能力構築の強化をご支援し、いっそう関係を深めている。トルコは、2020年にアゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフ戦争に勝利した後ろ盾であったため、その地域における影響力を強めている。
 このような状況で中国、トルコは、ロシアを迂回する中央回廊で力を伸ばしており、これが経済的にその地域やヨーロッパを利することから、影響力を強めていると言うことができる。

6.旧ソ連諸国とロシアの間の関係の変化

このように、ロシアと旧ソ連諸国の関係は、変化した部分、変化のない部分、ロシア・ウクライナ戦争以前から継続している部分がある。変化に関しては、政治的軍事的領域においてロシアの影響力が低下した。しかしその一方で、エネルギー経済といったロシアの強みが再認識されたほか中国・トルコの地域における影響力が拡大している。しかし、これらを考慮しても、旧ソ連圏の構造変動と言えるほどの大きな動きは未だ確認できていない。旧ソ連諸国とロシアの関係の変化、あるいは旧ソ連圏におけるロシアの存在感の変化を追っていくためには、今後も細やかな観察分析が必要である。

コメントA

名越 健郎  拓殖大学特任教授

1.全体に対するコメント

アメリカの保守系司会者タッカー・カールソンによる、プーチンとの2時間にわたるインタビューにおいて、実際にプーチンが話したことは、長い歴史解説や停戦を望んでいることや、戦争目的にとどまり、中身がなく釈然としない印象であった。プーチンが言いたかったことは、アメリカは数千キロ離れたウクライナに対してまでなぜ関心を持つのかということであったと推測している。こういったプーチンの姿勢は、(プーチンとトランプが秘密裏に繋がっているか否かは別として、)トランプの選挙運動への側面支援であり、ロシアはトランプの当選を望んでいると捉えられる。アメリカ国務省高官のコメントには、11月までロシアは和平交渉をせずに戦争を続けるのではないかという見立てが含まれていたが、実際にロシアはその線に従うことになるのではないかと考えている。

2.各報告者に対する個別的な質問形式のコメント (質問に対する応答は後述)

[山添氏に対する質問]

プーチンにとっては、むしろ戦争を続行させる方が良いのではないか。アフガニスタンの先例に見られるように、戦争が終われば、帰還兵が戻って社会に動揺をもたらすほか、戦時のように社会を統制する口実がなくなる。さらに軍事経済も転換を迎えることで大変な労力となる。このように、ロシアは、可能な限り戦争を続行するのではないか。

[保坂氏に対する質問]

仮に傀儡政権をウクライナで樹立しても、反プーチン・反ロシアの気風が強く、選挙によって民主派政権ができると予想される。そこで、プーチンは、仮に今後首都キーウを制圧した暁には、併合するのではないか(とはいえ、ウクライナ西部については、プーチンはネオナチの拠点と見なしているため、併合しないだろう)。このように、プーチンは傀儡政権の樹立を考えていないように思える。

[吉岡氏に対する質問]

ロシアはウクライナ4州を併合し、その旨を憲法に書き込んでいる。しかし、ロシア側の言い分を見ると、ヘルソン州とザポリージャ州の南部2州については住民と相談して領域を決めると言われている。今後、仮にウクライナが停戦協議をするとなれば、その線引きの問題が浮上すると思われるが、これについてはロシアどのように考えるのか。

[廣瀬氏に対する質問]

「ロシアを怒らせると何をされるかわからない」という恐怖を抱いているのは、カザフスタンであると思われる。同国の政権は、秘密裏にプーチンと繋がっているという情報もある。同国にロシア人が多いこともあり、同国の動向やロシアとの関係が今後の焦点になるのではないか。

コメントB

袴田 茂樹  研究会顧問 / 青山学院大学・新潟県立大学名誉教授

1.全体に対するコメント

今回のシンポジウムでは、「古典的侵略戦争」や「全面的侵略戦争」という表現が度々使用された。しかし、フランシス・フクヤマの「歴史の終焉(The End of History and the Last Man)」のように、冷戦後はこういった事態はもう起きないとの期待が多くの人にあったのではないか。その結果、今後は「平和の配当」として、どの国も、軍事費などは最小にすればよい、と楽天的に考えた。その期待に反して、ウクライナ・ロシア侵攻が発生したが、民主主義各国はウクライナへの十分な軍事支援をする余裕を失っていた。

2.各報告者に対する個別的なコメント

[山添氏に対するコメント]

山添氏の報告では、ウクライナ側の攻勢が必ずしも思い通りには進んでおらず、大きな成果はないという側面が指摘された。ウクライナ・ロシア侵攻は「膠着状態」とも表現される。しかし、私としては、軍事大国ロシアの全面的な侵攻を受けても、2年後も膠着状態にあること自体が、まさにウクライナの凄い力を示していると評価できると考える。
 また、停戦協定の締結は容易ではない。山添氏の「当該戦争は、終え難い」との見解に賛成だ。その理由だが、プーチン大統領は、停戦とか和平の交渉を口にはするが、交渉の条件として、クリミアと4州の帰属問題は当該交渉の中で議題にしないという条件を最初から提示しており、この条件は撤回されていない。しかし、このような一方的主張をウクライナが受け入れられるはずがない。

[保坂氏に対するコメント]

保坂氏の報告では、プーチンはウクライナのどこか一部分を欲するのではなく、ウクライナ全体を欲するという指摘があった。ドネツク・ルハンスクの独立を長い間認めなかったのも、むしろ「トロイの木馬」としてウクライナの中に残すことで、両「人民共和国」が、ウクライナの内政だけでなく対外政策にも強大な影響力を持つような強い自治権をウクライナの中で有するという魂胆があった。
 また、ロシアはかねてからウクライナをNATOに加盟させないことを主眼としていた。しかし、その目論みのために講じた一連の手段が功を奏さず、現在のウクライナ侵略に至っている。和平・停戦交渉が進まない以上は、日本としてできることは一義的には経済支援をはじめとするウクライナ支援であり、今後も講じる支援の内容を、経済復興支援だけでよいのか真剣に検討していく必要がある。

[吉岡氏に対するコメント]

吉岡氏の報告では、ロシアによるウクライナ4州のロシア化についての詳細な報告は充実している。ウクライナ4州では財政基盤が破綻していることから、ロシアが資金繰りに困難を抱えている状況が指摘された。今後のロシアの対応だが、参考として、例えば中央アジアの大地震の際は、支援地域と被支援地域の割り振りがなされた。ロシアのウクライナ4州併合についても、このようなロシアの支援地域の割り振りに基づく4州支援が進行する可能性が高い。そうなると、ロシアがウクライナから奪う地域への支援を割り振られたロシア国民の不満が強まる可能性がある。今はプーチン支持が高くても、今後ロシア国民の不満が高まることに期待する。

[廣瀬氏に対するコメント]

廣瀬氏の報告では、旧ソ連諸国に対するロシアのグリップが落ちているとの指摘があった。ナゴルノ・カラバフ問題を見るとそれは明らかである。また、一方で、廣瀬氏の指摘の通り、ロシアとの経済や安全保障を含む多層的な関係により、ロシアと関係を切ることもできない。また、対露制裁の抜け穴として、またロシアの戦争特需にあやかっているという側面もある。このようにロシアをめぐる旧ソ連諸国の関係は複雑で微妙なものであり、今後もしっかりと注視していく必要がある。

山添氏による応答

[名越氏への応答]

カールソンのインタビューでは、プーチンがウクライナ侵攻において何に注力しているのかが分かりにくいという印象があった。アメリカの政治への混乱に拍車をかけたいということは伝わったものの、当該侵攻をどのように勝つかという意志や強いリーダーとしてのアピールも伝わらないものであった。
 また、当該侵攻での戦い方に関して、ロシアはアウディイフカにかなりの戦力を投入しているが、ここでのロシアの消耗の割合は非常に大きい状態にある。このような戦い方の有効性には疑問があり、それよりも訓練度を上げて集中的に攻撃する方が良いだろう。勝ちを進めるのであれば焦らずに事を運ぶ方法もあるが、ロシア軍各所の功績争いや主張が交差して、功を焦っているというようにも見える。このように、全体として、勝つために最短の手段を使っているようにはあまり見えない。
 他に、戦争状態が終わるとロシアが困るという状況があると思われる。現在の緊張状態・戦闘状態であれば統制は可能だが、戦闘が終わればロシアの多大な損害に対する指摘は強まる。それゆえ、プーチンとしては、自分が始めてしまった当該侵攻について、どのように出口を見つけるのかという点については本人自身もさほど探れていないのではないだろうか。2022年12月に大型記者会見を実施せず、1年経過した2023年になって行っている様を見ても、プーチンの勝つための自信が揺らぎ、勝つための方向性が定まらず、色んな決定を先送りしているようにも見える。その間に、プーチンは、アメリカを弱体化させる、あるいは、アメリカが当該侵攻に対する関心から離脱するように仕向けることを狙っていくだろう。

[袴田氏への応答]

ウクライナの方がロシアに対して戦果は非常に大きいと理解できる。大規模な戦力を投入し続けるロシアに対して、少なくとも大きく負けてはいない。加えて、昨年自身(山添氏)が恐れていたような、ウクライナの主要戦力がロシア軍に破砕されるという事態も起こしていない。したがって、ウクライナの戦い方やそれに対する全体の国力を高く評価したい。
 しかし、本侵攻の性格はウクライナにとって不公平なものであり、ロシアは100点相手に取られないと負けないが、ウクライナは10点を取られれば負けるという様相をしている。現状ではウクライナは点を取って勝ち続けているが、それでもロシアが負けるにはまだ遠いという不公平な状況にある。ウクライナは勝ちを継続しなければならないという点が非常に難しい問題である。

保坂氏による名越氏・袴田氏への複合的な応答

ロシアは傀儡政権の樹立を狙うというのが自身(保坂氏)の見立てであるが、そうではなくむしろ、ウクライナのドニプロ川から東半分を全てとる(占領・併合する)というシナリオも確かにあり得るもので、ロシアの一部の論者においてもそのような主張は見られる。
 しかし、そのシナリオは、政治的・軍事的・経済的コストを勘案したうえでのことになるだろう。併合によって、ロシアは政治的・軍事的・経済的コストを負うことになり、給与や年金の支払いといったあらゆる公共の支出が増えることになる。2014年-2021年では、ロシアはドネツク州とルハンスク州、さらにクリミアを事実上占領し、そこに歳出していたものの、その際の人口はおよそ200万人(注:この数字は「併合」したクリミア自治共和国のみ。ウクライナ政府の試算によれば、ドネツク州とルハンスク州の被占領地域には160万人が居住)にとどまった。その後、2022年9月にウクライナ4州を併合宣言したことで、費用が数百万に膨れ上がった。これにさらに上乗せする形で、仮に人口が密集するキーウを含む東部全体を併合するとなれば、1000万人を超える規模に対して費用を負担することになる。吉岡氏が報告した復興にかかるコストも、現在の数倍の規模となる。他にも、ヘルソン州でも見られたように、併合に対する現地の抵抗運動が発生する可能性があり、これを軍事的に抑える必要も生じる。
 このような事情を加味すると、最もコストを回避しながらウクライナ全体をコントロールする方法は、傀儡政権を立てることである。(仮に軍事力で強要したとしても)「ロシアはウクライナの政権交代を支援したに過ぎない」という建前を言っておくことが、ロシアが政治的・軍事的・経済的コストを最小化する方法となる。とはいえ、このような考えはあくまで自身(保坂氏)が(合理的と信じる)計算に基づくものであって、プーチンが全く違う計算をする可能性はある。その意味で、前述の東半分シナリオなども全くあり得ないこととはいえず、考慮しておく必要がある。

吉岡氏による応答

[名越氏への応答]

ヘルソン州とザポリージャ州に関しては住民と決める、という旨は10月3日のペスコフ大統領報道官の言葉であったと記憶している。実際のところ、ロシアがどこまでの範囲を同国に併合したのかについては曖昧なままである。併合条約においても、併合時の境界線を境界とするという書き方がされているに過ぎず、具体的にどこであるのかということには言及されていない。しかし、ペスコフの発言の後、ロシアが正式な見解として採用している主張は、ウクライナ4州の境界線全てを含めてすべてロシア領になったという旨である。しかし、その後になってから、例えばヘルソン州はウクライナ軍によって相当奪還されている。そういった奪還により、ロシア国内では境界線が曖昧なまま議論が進められているということが実情である。

[袴田氏への応答]

対口支援について、地方からの不満が出始めている。特に、財政的に余裕のない地域の住民は、支援を必要としているのであり、これに対して、ウクライナの方に多額の支援が行くことに不安が出始めている。しかし、現時点ではこの不安の発生が政権を揺るがすほどの大きなうねりになる気配は見えていない。その理由としては、各連邦構成主体は恐らくどの政府制度に参加し、どの予算を割り当てているかという事柄を一切表には出していないためである。しかし、ロシアの専門家やメディアの予想によれば、例えば選挙のためにとっておくような表にできない資金に当てがあったり、あるいは、談合してその地域の企業を派遣したりと、様々に工夫してやりくりをしているという分析がされている。そのため、現時点では各地域で財政がマイナスになるというほどの大きな影響には発展していない。とはいえ、こういった状況が長期化すれば、さらなる不安を呼ぶ可能性がある。
 他に、ウクライナ4州の財政負担が大きく連邦の予算に頼っている事態を受けて、ロシアの財務省は費用を抑えようと動いている。このとき、交付金の全体額を抑えようと、これまで連邦の資金に浸かっていたチェチェン、ダゲスタン、トゥヴァをはじめとする地域に対する交付金も一緒に抑えようとする動きが出ている。このような事態に対して、これらの地域がどのように動くのかという点は注目に値する。

廣瀬氏による応答

[名越氏への応答]

「ロシアを怒らせると何をされるかわからない」という恐怖を、旧ソ連諸国のバルト3国を除いた国で最も危惧しているのは、やはりカザフスタンであるという認識がある。同国は北部のロシア人口が極めて多い。今回のウクライナ侵攻に限らず、遡って2008年のジョージア侵攻の際に国民保護を訴えた時点から、カザフスタンの恐怖心は相当高まっていると言える。
 また、自身(廣瀬氏)もトカエフがプーチンと繋がっているという噂を耳にしたことがあり、だからこそ、ウクライナ侵攻以来、ドネツク・ルハンスクのロシアによる承認を認めないという姿勢や、プーチン大統領に対して彼を怒らせても仕方ないような発言もできるのではないかということも聞いている。
 とはいえ、国境が繋がっていない場合、あるいは、ロシア人がそれほど人口を占めていない場合であっても、「ロシアが何をするかわからない」という恐怖は依然として存在すると推察される。例えば、2022年に、キルギスはタジキスタンとの国境紛争が再発しているが、その際にはキルギス、タジキスタン双方の住民の間で、ロシアは相手国の背中を押したに違いないという噂が広まった。噂の真偽は不明だが、そのような噂が広まると言うことが、ロシアの潜在的な恐怖が実在することの証拠とも言える。そして、現実にナゴルノ・カラバフでもロシアがアゼルバイジャンと結託して、不安定な状態を作り出した実例もあり、モルドヴァでも不穏な空気が濃厚になってきている。また、ロシアから離れているほど、「ロシアはウクライナに対して本気を出していない」、あるいは、「ロシアが本気を出せばいっそうの脅威となる」といった言説が広まっている地域もあると聞く。したがって、このような目に見えないグリップが効いてると言える。

[袴田氏への応答]

特需を享受する国が存在し、例えば並行輸入で大きな利益を享受する国がある。しかし、それは結局のところ、ロシアの経済力を高めてしまうことでもある。
 また、現時点で、カザフスタン・アルメニア・キルギスに対しては既に制裁が及んでいる。これらの国家とロシアの関係は、制裁を受けてもなお、ロシアとの経済関係を享受するのかという各国のバランス感覚に基づく判断に委ねられている。カザフスタンは取り締まりを強化しているとEUに報告しているが、その実効性については不明である。このようなロシアをめぐる関係性については、今後も細やかな観察が必要となってくる。

(以上、文責在事務局)