政策提言

緊急提言

【緊急提言委員会とは何か】

 緊急提言委員会は、外交政策提言機関として誕生した当フォーラムとして、政策委員会の取り上げる中長期的な問題だけでなく、激動する内外情勢のなかでその変化に対応し適時適切な緊急提言を行なうことも必要ではないか、との問題意識から、委員会の一つとして設立され、1992年6月4日から活動を開始した。
 ウルグアイ・ラウンド交渉が最終段階に入っていた1993年2月5日、緊急提言委員会は全国紙4紙に意見広告「『コメ輸入の関税化』受入れを決断しよう」を賛同する113名の連名で掲載し、その後のわが国政府の最終的態度決定に大きな影響を与えた。
 その後、2001年6月29日には「対露政策に関する緊急アピール」をメンバー10名の連名により発表した。また、2003年にはイラクの大量破壊兵器保有疑惑、北朝鮮の核開発疑惑など国際情勢が危機的状況を迎える中、「イラク問題について米国の立場と行動を支持する」との緊急提言を有志39名の連名により、2月20日付けで新聞発表した。2009年4月30日には、国民各界を代表する92名の連名による、緊急アピール「対露領土交渉の基本的立場を崩してはならない」を意見広告として、全国紙4紙に発表した。
 また、緊急提言委員会は、緊急提言委員だけでなく、政策委員にも参加を呼びかけて、随時拡大緊急提言委員会を開催するが、2007年3月22日には、靖国神社参拝問題などのいわゆる「歴史認識」問題をめぐって意見交換を行い、2010年10月6日には尖閣諸島沖漁船衝突問題事件をめぐって議論し、これらの成果はそれぞれ報告書にとりまとめられ、発表された。

(6)「『尖閣諸島沖での漁船衝突事件』に関する意見交換」(2010年10月6日)

当フォーラムは、さる10月6日に「尖閣諸島沖での漁船衝突事件」に関する意見交換のための拡大緊急提言委員会を開催し、当日は伊藤憲一理事長・政策委員長、 田久保忠衛緊急提言委員長など36名が参加し、当フォーラム・メンバー間において 「中国の行動をどう見るか」「菅内閣の対応をどう考えるか」のテーマで自由討議を行った。なお、その際、当フォーラム等3団体のホームページ上に掲載されている政策掲示板「百花斉放」「議論百出」「百家争鳴」に掲載された本件関連の論考38点を、 参考資料としてとりまとめ、席上配布した。拡大緊急提言委員会の自由討議の全容に関する「速記録」は、下記の通りである。

→ 「『尖閣諸島沖での漁船衝突事件」に関する意見交換のための第6回拡大緊急提言委員会』-速記録ー」(2010年10月6日)

(5)「緊急アピール『対露領土交渉の基本的立場を崩してはならない』」(2009年4月30日)

当フォーラム緊急提言委員会は、4月30日の内外記者会見において、国民各界を代表する92名の連名で、緊急アピール「対露領土交渉の基本的立場を崩してはならない」を発表した。この緊急アピールは時事通信により即日内外に配信されたほか、翌朝の読売新聞、朝日新聞、産経新聞、日本経済新聞、北海道新聞、The Japan Times等によって広く報道され、また、緊急アピールの全文およびその署名者名簿は、5月11日付けの全国紙4紙の朝刊に意見広告として掲載された。

→ 緊急アピール「対露領土交渉の基本的立場を崩してはならない」意見広告(2009年5月11日)

(4)「『歴史認識』問題に関する意見交換」(2007年3月22日)

靖国神社参拝問題などのいわゆる「歴史認識」問題をめぐって、当フォーラム・メンバー間において自由闊達な意見交換の機会をもつことを目的として、2007年3月22日、拡大緊急提言委員会が開催された。出席委員による意見交換を行ったが、特定の結論や提言等のとりまとめは行わなかった。

→ 「『歴史認識』問題に関する意見交換のための拡大緊急提言委員会-速記録-」(2007年3月22日)

  

(3)「イラク問題について米国の立場と行動を支持する」(2003年2月20日)

2003年、イラクの大量破壊兵器保有疑惑、北朝鮮の核開発疑惑など国際情勢が危機的状況を迎える中、「イラク問題について米国の立場と行動を支持する」との緊急提言を有志39名の連名により、2月20日付けで新聞発表した。この反響は大きく、21日朝の読売、産経、ジャパンタイムズ等各紙が本件を大きく報道したほか、雑誌『世界週報』にもアピール全文と署名者名が掲載された。

→ 「イラク問題について米国の立場と行動を支持する」(2003年2月20日)

   

(2) 「対露政策に関する緊急アピール」(2001年6月29日)

政府の対露政策のぶれに危機感を高めた緊急提言委員会は、2001年4月9日同委員会の傘下に「対露政策を考える会」(末次一郎座長)を設置して、議論を重ね、同年6月29日「日本は二島先行返還論にこれ以上拘わるべきでなく、あくまでも東京宣言を原点として四島の帰
属問題を解決せよ」との「対露政策に関する緊急アピール」を発表した。その後、袴田茂樹座長のもとで、同会は2004年2月13日、緊急提言委員会より独立し、 「特別研究活動」の一つとなった。

→ 「対露政策に関する緊急アピール」 (2001年6月29日)

   

(1) 緊急アピール「コメ輸入の関税化受け入れを決断しよう」(1993年2月5日)

ウルグアイ・ラウンド交渉が最終段階に入っていた1993年2月5日、本邦主要4紙に5段抜きの意見広告「『コメ輸入の関税化』受入れを決断しよう」を賛同する113名の連名で掲載し、その後のわが国の最終的政策決定に大きな影響を与えた。

→ 緊急アピール「コメ輸入の関税化受け入れを決断しよう」 (1993年2月5日)