戦略的競争とAUKUSの役割
2026年6月12日
トーマス・ウィルキンズ
日本国際フォーラム上席研究員/シドニー大学准教授
はじめに:メディアの過熱
豪英米の三国間安全保障パートナーシップであるAUKUSは、国際メディアの報道において常に注目を集める存在となっており、新たな動きがあるたびに、専門家・アナリストから厳しい視線や様々な憶測の対象となっている。最近公表されたAUKUS国防相会合の共同声明は、「最適経路(Optimal Pathway)」の第二段階で豪州に引き渡される予定の、米国のバージニア級原子力潜水艦三隻が、当初計画されていた「中古」二隻・「新造」一隻ではなく、すべて「就役中」の艦艇になることを明らかにした。この決定について豪英米三国は、「サプライチェーン管理や、運用・整備上の要件を簡素化し、費用対効果を最大化する」のが目的であると説明した[1]。
この発表を受けて、ただちにAUKUSの現状や信頼性をめぐる批判的な論評が改めて活性化した。その論調は、2025年にエルブリッジ・コルビー米国防次官(政策担当)が主導した、米国防総省によるAUKUS見直しをめぐる騒動を想起させるような激しいものだった[2]。ある論者は、新たな取り決めを自動車販売店でだまされたようなものだと喩え、「ポルシェの代金を払ったのに、渡されたのは小型の二人乗り車だった」と評した[3]。今回の決定は、米海軍造船所における建造ペースの遅れが、豪州へのバージニア級艦の引き渡しの遅延、あるいは引き渡しそのものの頓挫につながりかねないという、かねてからの懸念を一層強めるものとなった[4]。他方で、今回の改定案はバージニア級艦の運用上の複雑性を軽減するものであり(三隻すべてが異なる型ではなく、同じ「ブロックIV」建造艦になる)、コルビーによる2025年の見直しが「から騒ぎ」に終わったことと同様に、今回の変更も大きな失態を意味しないとする政府の説明を支持する専門家もいる[5]。とはいえ、労働党政権内でAUKUSへの反対論が再燃し、それに伴って国内論争が活性化したことから、このプロジェクトは引き続き注目を集めている[6]。
本稿は、AUKUSプロジェクトをめぐる新たな動向や停滞について、ときに誇張を伴いながら展開される議論からは距離を置き、むしろ、この根深く多面的な取り組みをより広い視点からどのように評価し得るかに焦点を当てる。すなわち、アングロスフィア(英米圏)の同盟国が戦略的競争を共同で遂行するための、強力な手段としてのAUKUSについて論じる。
戦略的競争:その課題
戦略的競争は、現代の国際システムを特徴づける要素として、政策担当者やアナリストの間で広く認識されている。この用語は、演説、政策文書、報告書の至るところで用いられている。例えば、英国の2025年「戦略防衛見直し」(Strategic Defence Review: SDR)は、「政治的、軍事的、経済的、技術的な力をめぐる、国家間および非国家主体間の戦略的競争の激化」に警鐘を鳴らしている[7]。米中対立を中心軸としながら、戦略的競争は米国の同盟国・パートナー国を含む複数のアクターを巻き込んで展開されているのだ。その本質は、国際秩序全体における優位をめぐる多次元的な競争であり、複数の争点領域を含んでいる。なかでも中心となるのは、(i)外交・秩序形成、(ii)軍事・防衛、(iii)経済・技術、(iv)インテリジェンス・情報の各領域における競争上の優位を追求する動きである。
米国、英国、豪州、日本などの国家は、これらの課題に対応するため、自国の主権の下にある資源をこれまで以上に動員し、「国力のあらゆる手段」あるいは「総合国力」を活用することで、戦略的優位を生み出そうとしてきた。しかし、それだけでは挑戦国に対抗するには不十分である。強大な国力を有する米国でさえ、こうした課題のすべてに単独で対応することはできない。そのため、米国とその同盟国・パートナー国は、それぞれ資源を結集し、共同で目的を達成しようとしてきた。二国間の取り組みを除けば、その主要な枠組みの一つが「戦略的ミニラテラリズム(strategic minilateralism)」である。QuadやAUKUSに代表される戦略的ミニラテラルは、米国の同盟国・パートナー国から成る少数国間の協力体制であり、制度化された枠組みのなかで多様な競争的取り組みを推進しようとしている。こうした戦略的ミニラテラル協力は、地域秩序を形成しようとする明確な意図を持ち、かつ勢力均衡に影響を及ぼし得るだけの十分な資源と能力を備えている点で、その他の重要性の低い「一般的な」ミニラテラルとは区別される[8]。
AUKUS:同盟国による対応
2021年9月に発表されたAUKUS三国間安全保障パートナーシップは、米国、英国、豪州による原子力潜水艦(SSN)の共同開発を中核に置いた[9]。 AUKUSは二つの「柱」によって構成されている。第一の柱では、九つの作業部会が潜水艦事業全体を担当する。「最適経路(Optimal Pathway)」に沿って、潜水艦事業は三つの段階で進められる。第一段階では、豪州の潜水艦乗組員の訓練が行われるとともに、米英のSSNがパース近郊のスターリング海軍基地にローテーション展開する(西部潜水艦ローテーション部隊:Submarine Rotational Force-West)。第二段階では、豪州の既存のコリンズ級潜水艦が段階的に退役する一方で、米国のバージニア級SSNの現役艦三隻(場合によっては五隻)を豪州に引き渡す。最終段階では、新たなAUKUS級SSNを建造し、まず英国海軍に、続いて豪州海軍に配備する。AUKUSの第二の柱は、先進的な能力の共同開発に焦点を当てており、「ゲームチェンジ」をもたらすような技術の開発を目的とした八つの作業部会で構成されている。開発対象となる技術には、無人水中航走体(UUV)、量子コンピューティング、AI、自律システム、先進サイバー、極超音速・対極超音速、電子戦システムが含まれている。
両方の柱の協力活動・目標を、三国間で既に構築されている高度な安全保障協力とあわせて考えれば、この三国間のパートナーシップは、同盟国の能力を大きく結集する潜在力を有している。この力が効果的に活用・発揮されれば、複数の領域において大きな競争上の優位がもたらされ得るのだ。すなわち、AUKUSは活動の中核である潜水艦「取引」にとどまらず、以下のような形で競争上の戦略的優位を生み出すのである。
| (i) | 第一に、外交面で、AUKUSは地域の安全保障環境に大きな衝撃を与え、地域安全保障アーキテクチャの重要な構成要素として定着している。AUKUSは、勢力均衡によって地域秩序を維持するという、米国と、その最も緊密な同盟国二か国による明確な戦略的決意の意思表明となっている。同時に、アングロスフィア諸国の強固で再活性化された戦略的連携を示すものでもある。ただし、加盟国は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のビジョンを共有しているものの、AUKUSは、Quadとは異なり、公共財の提供や地域ガバナンスへの貢献を目的としていないため、秩序形成における「ソフトパワー」の要素が欠如している。もっとも、特にキャンベラにとってAUKUSは、同国の「統合的ステイトクラフト(integrated statecraft)」アプローチの基礎となる地域外交に、防衛面の裏付けを与える役割を果たしている[10]。 |
| (ii) | 第二に、AUKUSの軍事・防衛面は、戦略的競争の遂行において重要な役割を果たしている。豪州が独自のSSN艦隊を取得することは、「豪州の水中戦能力の段階的な飛躍」を意味している[11]。それは、拒否的抑止戦略の中核になるとともに、豪州の同盟パートナーとしての地位を強化している。重要なのは、これにより同盟国で利用可能な潜水艦能力の規模そのものが拡大することだ。さらに、こうした新たな集団的抑止体制の下、加盟国は三国間(および二国間)の軍事演習・訓練を実施しており、地域的な危機の際における「連合(coalition)」作戦を遂行し得る能力を生み出している。 |
| (iii) | 第三に、経済・技術(および経済安全保障)の領域は、挑戦国との戦略的競争における重要な軸となっている。この点について論者たちは、AUKUSが持つ経済的(かつ戦略的)な「可能性」を強調してきた[12]。実際、とりわけ英国・豪州両政府は、防衛産業基盤の再活性化が、より広範な経済の「成長エンジン」となり得ることを強調している。AUKUSの事業全体が、投資機会・雇用・官民パートナーシップ・開発中の各種技術の商業利用といった面で、国内的な利益をもたらすことが期待されている[13]。現に、AUKUS第二の柱における重要・新興技術協力は、軍民両用の応用を明確に念頭に置いたものだ。米国の国防イノベーションユニット(Defense Innovation Unit)、英国の防衛・安全保障アクセラレーター(Defence and Security Accelerator)、豪州の先進戦略能力アクセラレーター(Advanced Strategic Capabilities Accelerator)といった組織同士の連携を強化するとともに、加盟国間に存在する防衛技術・装備移転の障壁を低減・撤廃することで、AUKUSは、加盟国にとってのイノベーション・科学技術能力の増強装置として機能している。 |
| (iv) | 最後に、AUKUSは戦略的競争におけるインテリジェンス・情報の領域においても大きな貢献を果たす可能性がある。情報活動は機密性が伴うため詳細の多くは明らかにされていないが、第二の柱に設置された情報共有作業部会は、電子戦システムに関する計画を含め、同盟国間のデジタル・インフラの構築を通じて、機微なデータを交換するための新たなネットワークの整備を進めている。さらに、ファイブ・アイズを通じて蓄積されてきた加盟国間の情報共有の仕組みとあわせれば、三国間の状況認識・評価能力はさらに強化されることが見込まれる[14]。 AI、量子コンピューティング、サイバーといった先進的な能力は、いずれもインテリジェンス分野において応用性があり、UUV(上記共同声明で「旗艦プロジェクト」として発表されている)も同様である。これに関連して、AUKUSは、情報の機密を守るだけでなく、外部からの圧力に対して自らの正統性を維持するため、敵対勢力による情報工作にも対応する必要がある。後者の例としては、北京が国際原子力機関(IAEA)においてAUKUSの信用を損なわせようとする試みや、AUKUSの意図・透明性について地域のステークホルダーを安心させるために、東南アジアで情報発信のキャンペーンを展開する必要性などが挙げられる[15]。 |
日本とAUKUS:
AUKUSプロジェクトの進展は、当然ながら日本の政策担当者にとっても関心の対象である。このプロジェクトには、日本の主要な同盟国である米国に加え、戦略的パートナーである豪州・英国が含まれており、この戦略的ミニラテラルが地域の安全保障環境に及ぼす影響は大きい。本稿は、AUKUSを戦略的競争における多面的な手段として捉えることで、その意図された効果について、より明確に理解するための新たな視座を提示した。日本自身も、競争上の戦略的優位を追求している。東京がAUKUS第二の柱(先進的な能力)の一部への参加を検討し、海上自衛隊によるSSN取得も視野に入れる中で、AUKUSの経験は日本にとって依然として示唆に富み、教訓となり得る。
(本稿は、6月12日付で当フォーラムウェブサイトに転載した「Strategic Competition and the role of AUKUS」を当フォーラム研究本部にて翻訳したものである)