政治家にとって、言葉は命である。首相の所信表明演説は、国内に政策方針を説明する場であると同時に、国際社会に対して日本の意思と関与を示す機会でもある。国際社会はその言葉を手掛かりに日本の優先順位を読み取り、協力の可能性を判断する。高市早苗首相の10月5日の演説も、昨年10月24日の就任直後の演説と照らし合わせ、何が継続され、何が具体化され、どの課題が残されたのかを検証する必要がある。外交には継続性が求められる。所信表明のたびに新たな構想を打ち出す必要はなく、原則の反復が政策の予見可能性を支える場合もある。ただし、就任時には将来への約束であった言葉も、約1年後には、その約束をどう履行してきたかという説明責任を伴う。同じ方針を掲げるのであれば、その下で何を実現し、何が行き詰まり、次にどの判断を下すのかが問われる。両演説を通じて維持されているのは、日米同盟を外交・安全保障の基軸とする立場、中国との戦略的互恵関係の推進、領土問題を解決した上での日露平和条約締結という基本方針である。韓国やASEANとの関係強化も継続して掲げられている。これらの継続には合理性がある。ただ、その一方で、それぞれの関係を通じて何を達成し、その取組を日本外交全体の中でどう結び付けるのかについては、なお説明の余地がある。

変化が認められるのは、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の説明である。昨年は時代に合わせた進化を表明した。今回は地域の自律性と強靱性を掲げ、POWERR Asiaによる備蓄システム構築や与信供与など、エネルギー供給を支える協力手段を示した。抽象的な方針を、地域諸国の需要に応える具体的な取組へ結び付けた点は評価できる。もっとも、同構想は既に7月の首相会見でも、進化したFOIPの具体策として説明されていた。今回求められるのは、構想の再提示に加え、協力がどこまで進み、供給不安をどう軽減しつつあるのかという説明である。相手国の脆弱性を和らげ、自ら判断できる選択肢を広げる効果が示されてこそ、FOIPの進化は実質を伴う。昨年明示されたCPTPPの締約国拡大や、日米フィリピン・日米豪印の安全保障協議への言及は、今回の演説には見られなかった。この省略をそのまま政策の放棄と捉えるべきではないものの、経済ルール、安全保障、資源供給の協力をどう組み合わせるのか、その全体像を示すことは重要であろう。

具体策の提示だけでなく、相手国にどのような意思を伝えるかという点でも、両演説には違いがある。例えば対中政策では、昨年は首脳同士の率直な対話を明示していた。今回は海洋問題、軍事活動、威圧的措置、邦人の安全、人権上の懸念を詳しく列挙し、中国に責任ある行動を求める一方、首脳対話への直接の言及はなくなった。関係安定化という目標を維持しつつ、懸案への対応を強調する説明となっている。今回も対話自体は掲げられており、首脳対話への明示的な言及がなくなったことだけで、その意欲の後退を断定することはできない。とはいえ相手側が発信の変化をどう受け止めるかには留意する必要がある。中国に求める行動を具体化するのであれば、日本自身がどの水準で対話に関与し、危機を管理するのかも重要になる。抑止と対話をどう組み合わせ、対立の拡大を防ぎながら国益を守るのか。その判断と仕組みが求められる。

北朝鮮については、昨年、拉致問題を内閣の最重要課題としたのに対し、今回は現在進行形の人道問題と位置付け、首脳会談も含めた対応を掲げた。優先順位を示す表現から、問題の性格と交渉手段を示す表現への変化である。首脳会談を選択肢として明示した以上、その実現に向けた政治的関与が問われる。安保三文書については、昨年の翌年中という改定目標と、今回の年末までという期限は、同じ2026年を指している。検討開始から期限を伴う見直しへと表現は強まったが、新たに予定を前倒ししたわけではない。今後は、改定の内容とともに、防衛力の強化によってどの危機に備え、外交上のどの選択肢を確保するのかを確かめる必要がある。国際裁判所への支持や、和平調停を含む紛争の平和的解決への積極的関与を説明した点も注目できる。日本の役割を広く示したことには意味がある。ただし、役割を広げる言葉は、引き受ける責任も広げる。限られた外交資源をどこに集中し、どのような負担を担うのかが明確になってこそ、他国は日本の関与を見込んだ協力を構想できる。

次なる日本外交を考えるには、こうした演説上の変化に加え、そこで十分に位置付けられなかった外交資産にも目を向ける必要がある。日本には、開発協力、科学技術、人材育成、各地域との対話を通じて蓄積してきた知見と関係がある。それらを、国際秩序の変容に対応する戦略の中でどう活用するか。ここに、日本外交を深化させる余地がある。その一つになりえるのが、女性・平和・安全保障(WPS)である。今回の演説は和平調停や紛争の平和的解決への関与を掲げたが、その過程に女性の参画をどう確保するかという視点は明示されなかった。和平を誰と形成し、その後の社会を誰が支えるのかは、平和の持続性に関わる問題である。女性の意思決定への参画、暴力の予防、被害者支援を平和構築に組み込むことは、日本が目指す平和の内容を具体化する。日本としては、防災や開発協力の経験を生かし、紛争や危機の影響を受ける人々の安全と、復旧・復興への参画を支える協力が考えられる。女性の参画を研修や事業への参加にとどめず、計画や資源配分を決める過程に結び付けることが重要である。人間の安全保障とWPSを通じて、社会が危機に対応する能力を高める。その継続的な関与は、日本と相手国の行政機関、地域社会との関係を支える外交資産となり得る。

地域的な視野についても、日本外交が強調してきたインド太平洋と、ユーラシア大陸の動向を併せて捉える必要がある。筆者が提唱してきた「ユーラシア外交」は、海洋に重点を置く日本外交に、大陸側からの視野を加えるものである。日本の安全と繁栄に関わる秩序の変化は、海上交通路や周辺海域だけで生じるわけではない。大陸内部における国家間関係、資源供給、交通網、制度の形成も、日本の外交上の選択肢を左右する。今回の演説では、中国、ロシア、韓国、ASEAN、インド、中東などへの言及がある。しかし、個々の国や地域との関係を、ユーラシア大陸全体の変動の中でどう位置付けるかという説明は十分ではない。大陸の動向を近隣大国との二国間関係や、グローバルサウスという括りだけで捉えると、各国の異なる利害や、地域を横断する関係の変化を見落としかねない。必要なのは、日本がユーラシアをどのような外交上の空間として捉えるかという構想である。欧州から大陸内部、南アジア、東アジアへと広がる国家間関係を視野に、資源、物流、安全保障、開発協力を相互に関連付けて考える。各国が複数の大国や制度との関係をどう組み合わせ、その選択が周辺地域にどのような影響を及ぼすのかを把握することが、日本自身の関与を選ぶ前提となる。

その意味において、例えば中央アジア・コーカサスは、その視点を具体化する地域の一つである。各国の対外関係の多角化を、輸送回廊、通関、物流、人材育成などの協力によって支えることが考えられる。その意義は当該地域との関係強化にとどまらない。欧州とアジアを結ぶ経路や、周辺大国への依存のあり方が変わることを、日本の供給網と外交関係の多角化にも関わる問題として捉える必要がある。他の地域についても、それぞれの条件と需要に即して、日本が担える役割を検討すべきである。この海洋と大陸を併せて見る視点は、北極を考える上でも重要になる。北極は、ユーラシアと北米の双方に接し、海域の利用と沿岸国の政策、資源開発と環境保全、科学と安全保障が交錯する空間である。そこで形成される関係やルールは、海洋外交と大陸外交を横断して捉える必要がある。北極を視野に入れることで、日本外交は、インド太平洋の外側で進む秩序変容も含めて、自らの戦略的位置を考えることができる。日本が北極で関与を確保する基盤となるのは、観測・研究の知見と、それを支える国際協力である。その成果を、気候変動への適応、海洋環境の保全、航行の安全に関する意思決定へつなげることが考えられる。研究の独立性と現地住民の意思を尊重しつつ、科学的な貢献を政策対話や制度への関与に結び付ける。その継続は、日本が地域の変化を理解し、協力相手として信頼を得る基盤にもなる。

こうしたユーラシア外交と北極への関与を、FOIPとどう結び付けるかが次の課題となる。海洋の開放性を支える取組と、大陸側で各国の主体性や地域間の連結性を支える取組を、日本外交全体の中で位置付けるのである。どの協力が相互に補強し合い、どの依存やリスクを分散できるのかを見極める「接続外交」の視点が、FOIPの深化にもつながる。WPSと、こうした地域への関与は、扱う課題も手段も異なる。それでも、日本が蓄積してきた知見や関係を、相手側が必要とする能力や選択肢へ転換するという点で共通する。社会の意思決定を支えること、国家の対外的な選択肢を広げること、科学に基づく協力を維持することを通じて、日本自身の信頼と関与の余地を育てることができる。国際秩序が分野・地域ごとに異なる主体によって担われる「分有化」の下では、日本には、同盟による抑止を確保しながら、異なる立場や体制の国々とも協力を組み立てる構想力が求められる。そのためには、海洋と大陸の双方を視野に、日本の安全と繁栄への寄与、相手側の需要、継続して担える役割を見極め、外交資源を配分する必要がある。

所信表明演説は、事業報告書ではなく、すべての地域や分野に言及する必要はない。しかし、そこで十分に語られなかった領域にも、日本が蓄積してきた外交資産と、今後の関与を広げる可能性がある。高市外交の継続を深化へとつなげるには、既存の方針の下で何を達成したかを説明するとともに、それらの資産をどのような戦略に組み込むのかを示すことが求められる。政治家の言葉は、国際社会の期待と判断に働き掛ける。首相の言葉に重みを与えるのは、過去の約束を引き受け、現在の選択を説明し、将来の行動への見通しを示すことである。日本が何を守り、どこに関与し、どの関係を結び付けるのか。その判断を、他国が協力を構想できる政策として示すことが、次なる日本外交に求められる。