中国の「改正国防動員法」を読む
三船 恵美
日本国際フォーラム上席研究員/駒澤大学法学部教授
Ⅰ 軍事的な有事だけではない、全面的な安全保障に備える体制構築の一環
Ⅱ 改正の主要なポイント
「改正国防動員法」の主要な改正ポイントを見ていこう。
● 第1章 総則―「発展の利益」「軍と地方の協同」「新興領域」なども新たに明記
「改正国防動員法」が対処する脅威対象として「発展の利益」が新たに明記され(第2条)、軍事紛争のみならず、サプライチェーンの分断、経済制裁、サイバー攻撃などの武力衝突に至らない「グレーゾーン事態」にも適用され得る。国防動員の情報化・人工知能(AI)の水準を高め、一体化した国家戦略体系および能力を統合・向上させ(第4条)、先進技術の応用を推進し「新興領域」における国防動員力を発展させる(第8条)。この「改正国防動員法」は、サイバーやAIなど、幅広い現代戦争においても適用されることになる。
国防動員においては、「中国共産党の指導を堅持」し、「平戦結合(平時と戦時の結合)、軍地協同(軍と地方の協同)、軍民融合の方針を堅持」するなどの原則が明記された(第3条)。「国防動員業務目標責任制」を導入し、中央国家機関の関連部門、地方各級人民政府、関連軍事機関に対する督促・検査を強化する(第5条)。また、国家が「国防動員能力の検証評価メカニズム」を構築し(第6条)、国防動員に必要なデータサービス保障制度を確立し、国防動員と密接に関連するデータを収集・使用し、データセキュリティを確保する(第7条)。国防動員に必要な経費は、中央政府と地方政府の財政責任の分担を原則とする(第9条)。
国防動員業務において知り得た情報については、国家秘密のみならず、職務上の秘密、企業秘密、個人のプライバシーや個人情報についてまでも守秘義務を負うことになる。「漏洩」や「不正提供」は禁止されている(第11条)。
● 第3章 国防動員計画、実施準備計画および潜在能力統計調査
国防動員の準備を省県級政府の経済社会発展計画に組み込み、実施計画を軍の作戦準備案に組み込んでいる(第20条〜第25条)。国防動員の潜在能力については、国家が政府統計調査システムへ組み込み、国防動員の潜在能力の分析・活用を強化する(第26条)。
● 第4章 国防と密接に関係するプロジェクトと重要製品
「経済建設と国防建設の調和した発展」すなわち「軍民融合」を促し(第27条)、国防と密接に関係するプロジェクトや重要製品のリストは、国務院発展改革部門や中央軍事委員会の関連部門が共同で策定し、国務院および中央軍事委員会の承認を受けなければならない(第28条)。リストに掲載されたプロジェクト・重要製品は、国防上の基準・技術規範に従って設計、生産、施工、監理、受入検査、維持管理を行い、優先的に先進的かつ適用可能な民用基準および技術規範を採用しなければならない。
● 第7章 軍品科学研究、生産および維持補修保障
国務院および中央軍事委員会の関連部門は、軍需品の産業チェーンおよびサプライチェーンの安全評価業務を組織・展開し、強靭性(レジリエンス)と安全水準を向上させる(第46条)。各級政府と軍機関は、軍需品の汎用化、シリーズ化、モジュール化を推進し、軍需品整備保障の社会化を推進し、先進的な軍民両用技術・装備を開発・応用することを支援・援助し、軍民標準の汎用化水準を引き上げ、軍需品科学研究、転産(民需から軍需生産への切り替え)、生産拡大及び整備保障の総合能力を向上させなければならない(第48条)。
● 第9章 国防勤務
国防勤務とは、軍隊の作戦を支援・保障し、戦争災害の予防と救助を担い、社会秩序の維持を協力・支援するタスクである(第57条)。
男性18~60歳、女性18~55歳の「中国公民」は、国防勤務を担わなければならない。旧法の「交通運輸、郵政、電気通信、医療衛生、食品・食糧供給、建設工事、エネルギー・化学工業、大型水利施設、民用原子力施設、報道メディア、国防科学研究、生産・整備などの都市インフラ保障」に加えて、改正法では、ネットワークセキュリティ関連企業の義務化が明記された(第58~60条)。国防勤務の義務を負うのは「中国公民」に限られているため、現地駐在員などの日本人が個人として動員されることはない。
● 第10章 民用資源の徴収、徴用、補償(旧法では「民用資源の徴用および補償」)
国防動員時に備蓄物資が不足する場合、政府が民用資源である施設、設備、交通手段、場所などを徴収・徴用・軍事改造できる(第63条)。個人・家庭の生活必需品や居住場所は免除対象となっている(第65条)が、いかなる組織および個人も軍、武装警察、民兵組織が求める民用資源の徴収・徴用を受け入れる義務を負う(第64条)。個人(日本人駐在員)には及ばなくても、現地法人(企業・組織)は徴収・徴用・罰則の対象になる。
日系企業にとっての同章の重要なポイントは、旧法では返還を前提とする「徴用」とそれへの「補償」が明記されていたが、改正法では所有権が移転される(=返還を前提としない)「徴収」が加わった点である。改正法には、「徴用」された民用資源の「公平かつ合理的な補償」(第67条)が規定されてはいるが、「徴収」が明記されたことで、返却されないリスクが生じるようになったのである。
● 第11章 宣伝教育
国防動員の実施決定後は、中央政府・地方政府・軍の関連部門・機関は、情報発表および伝達の秩序を規範化し、フェイクニュースで妨害・破壊する組織・個人を法律に基づき処理する(第72条)ことが新たに明記された。徹底した情報統制でプロパガンダが形成されていくことになる。
● 第13章 法的責任
第78条は、個人に対する義務違反と罰則を明記している。対象となる行為として、国防動員の潜在能力についての資料提供の拒否・遅延、民用資源の徴収・徴用への拒否・遅延、徴用された民用資源に対する改造の阻害、国防動員情報のでっち上げ・拡散、国防動員業務の秩序への妨害・破壊などが挙げられている。
第79条は、企業・組織に対する義務違反と罰則を明記している。対象となる行為として、国防動員の潜在能力の資料提供の拒否・遅延、請け負った国防要件を貫徹するプロジェクトの不履行、戦略物資の備蓄・調用の不履行、軍需品の科学研究・転産・生産拡大・整備任務の不履行、軍事調達の拒否・遅延、民用資源の徴収・徴用の拒否・遅延などが挙げられている。
Ⅲ 「平時の監視・把握」を「有事の動員基盤」に組み込んだ改正法
今回の国防動員法の改正は、習近平指導部発足以降、中国が進めてきた安全保障法制間の内容の齟齬を埋め、有事のみならず平時においても、物理的に執行・強制・接収する一環として行われた。
2015年に制定された「国家安全法」は、2014年に提唱された「総体国家安全観」に基づいて制定された。「総体国家安全観」とは、中国共産党による統治の維持と政治的安全を最優先に位置づけ、政治・経済・軍事・社会・サイバーなど多様な領域を包括して国家安全保障を守るという統治理念である。また、2019年に公表された「新時代の軍事戦略方針」は、軍事だけでなく経済・技術・データを含む包括的な安全保障の方針であり、情報化・AIの発展に伴い進む現代戦争へ対応するための統合作戦能力の深化を掲げていた。
また、国家の主権や領土保全だけでなく、「発展の利益」が脅かされた場合にも有事の動員が発令されることは、2020年の「改正国防法」にすでに盛り込まれていた。
平時の情報収集については、2014年の「反スパイ法」(主に国家機密や情報の提供・盗取などを対象)、2017年の「国家情報法」(国内外の組織や個人に情報工作への協力を義務づけ)や「サイバーセキュリティ法」(データ・ローカリゼーションの導入やサイバー保護の法制化)、2021年の「データセキュリティ法」(中国の国家安全保障と権益を侵害する国内外のデータ処理やデータの国外への持ち出し・提供を禁止)、2023年の「改正反スパイ法」(国家の安全保障と利益にかかわる文書・データ・資料・物品の提供・窃取やサイバー攻撃もスパイ行為に追加)、2024年の「改正国家秘密保護法」(保護される機密情報を「業務上の秘密」にまで拡大、秘密のレベルは行政部門が単独で決定可能)、2026年の「改正サイバーセキュリティ法」(罰則強化、AI関連の新設、域外の組織や個人も対象)などが制定されてきた。
今回の改正国防動員法は、単に有事のルールを変えただけでなく、一連の安全保障法制によって把握されてきた人・モノ・情報を、「平時と戦時の迅速な切り替え(平戦快速転換)」によって、物理的に接収・運用させることになる。日系企業にとっては、有事になって急に動員が始まるのではなく、平時から情報提供やデータ連携、動員準備としての備蓄や調査への協力が義務付けられ、有事の動員基盤として組み込まれていることを意味している。
中国は「改正国防動員法」(全14章82条)を2026年10月1日に施行した。旧法(全14章72条。2010年施行)から大幅に改正された同法は、2026年8月28日に全国人民代表大会(全人代:中国の立法機関)常務委員会で採択された。
「国防動員」について定義した同法第2条では、事態に対処する脅威として、旧法でも記載されていた「国家の主権、統一、領土保全、安全」に加え、「発展の利益」が明記された。改正法においては、デカップリング(経済的な分断)、経済制裁、海外資産や先端技術・データの保全までも国防動員の対象に含め、台湾、日本、フィリピンとの有事のみならず、西側諸国からのデリスキングによる経済安全保障上の摩擦をも含んだ、全面的な安全保障に備える構造へ拡張された。
また、「平時と戦時の迅速な切り替えを保障し、経済および社会の総合力を国防力へと転換する活動を指す」とも定義されたことで、有事に限らず平時においても、中国に拠点を置く外国企業にとって事業継続やデータ管理のリスクに直結する制度的な大転換となった。