南部アフリカにおける一党優位体制の動揺と民主主義の行方 —南アフリカ・ボツワナ・ナミビアの2024年選挙—
2026年5月20日
佐藤 光
日本国際フォーラム特別研究員
はじめに
1.民主主義の後退論とアフリカの文脈
現代の比較政治学において「民主主義の後退(democratic backsliding)」とは、クーデターのように民主主義が一挙に崩壊する現象ではなく、選挙で選ばれた指導者によって、民主的な制度や規範が漸進的かつ目に見えにくい形で掘り崩されていく過程を指す[3]。2010年代以降、民主主義の後退は世界的な傾向として広く指摘されるようになったが、その規模と広がりを最新のデータによって示しているのが、V-Dem研究所の『デモクラシーレポート2026』である。同報告書は、現在の世界的な民主主義の後退を「第三の権威主義化の波(third wave of autocratization)」と位置づけ、民主化の第三の波以降に拡大した民主主義の成果が大きく後退していると指摘している。同報告書によれば、2025年末時点で民主主義体制のもとで暮らす人々は世界人口の26%にとどまり、自由民主主義体制のもとで暮らす人々はわずか7%(6億人)にまで縮小した。また、現在進行形で「権威主義化(autocratization)」の過程にある国は44か国、世界人口の41%(34億人)を占めている[4]。
サハラ以南アフリカ地域では、人口の34%が民主主義体制のもとで暮らす一方、66%は権威主義体制のもとにあり、12カ国(地域の24%)が権威主義化の途上にある[5]。一方、ベナン・ボツワナ・ガンビア・レソト・モーリシャス・セーシェル・ザンビアの7カ国(地域の14%)が民主化の途上にある事例として位置づけられている[6]。なかでも、ボツワナは新たに「Uターン(U-turn)」型の民主化過程に戻った事例の一つとして扱われ、2025年時点で「選挙民主主義(electoral democracy)」に分類されている。同年に新たに民主化していると認定されたのはボツワナ、グアテマラ、モーリシャスの3カ国のみであり、いずれも「Uターン」型に分類されている[7]。しかし、Uターンには脆弱性もあり、2021年に選挙民主主義に戻ったザンビアが、2025年には再びグレーゾーンの選挙権威主義体制へと後退しつつあり、Uターンは必ずしも民主主義の不可逆的な深化を意味するものではない点には注意が必要である。この点は、2024年の選挙によって一党優位の動揺を経験した南アフリカ、ボツワナ、ナミビアの政治変化を評価するうえでも重要である。
こうしたアフリカにおける民主主義の後退傾向への懸念に対しては、異なる評価もある。アリオラ(Leonardo R. Arriola)らの分析によれば、アフリカ大陸全体で民主主義が一様に後退しているとまでは言えない。1990年代の民主化を経た後の各国の政治的位置付けは、その後の四半世紀を通じて大きく変化しておらず、南部アフリカ3カ国を含め、1995年時点で相対的に民主化の進んでいた国は、2015年時点でもおおむね同様の順位を保っていた[8]。
そのうえで注目すべきは、現職指導者が民主化への圧力に対応する際に用いる制度的な手段である[9]。その一つが、憲法や刑法、裁判所などを利用して国内の反対勢力の活動を制約する「ローフェア(lawfare)」である。もう一つは、対外関係を利用する方法で、外国からの政治的圧力に対して主権を強調したり、ドナー側が求める政策を選択的に受け入れたりすることで、外部からの民主化圧力をかわそうとするものである。いずれの場合にも、その背景にあるのは、現職側が政府機関を掌握していることによって得られる優位である。野党や市民社会は、現職側と同じ制度的資源を利用できないため、この非対称性が民主化の進展を制約する要因となってきた。
この点から見ると、2024年の南部アフリカ3カ国における一党優位の動揺は、世界的な権威主義化の趨勢のなかで、長期与党が保持してきた制度的優位が選挙競争を通じて部分的に弱まった事例として捉えることができる。
2.サハラ以南アフリカにおける一党優位政党制
なぜこうした一党優位が長期にわたり持続するのか。グリーン(Kenneth F. Greene)は、メキシコの制度的革命党(PRI)を支配政党制(dominant-party system)の事例として分析し、支配政党の優位は単なる資金力ではなく、国家資源へのアクセスを政治的資源に転換する能力によって支えられると論じる[12]。こうした資源上の優位が縮小すれば、支配政党の選挙上の優位も揺らぐ可能性がある。
他方、南部アフリカの一党優位には、政党間の資源格差だけでは捉えきれない歴史的要因も存在する。サウソール(Roger Southall)やメルバー(Henning Melber)は、ANCやSWAPOなど、植民地支配やアパルトヘイトに対する解放運動を担った政党が、政権獲得後も解放闘争の歴史的遺産や正統性を政治的基盤としてきたことを論じている[13]。こうした解放運動政党においては、解放闘争期に形成された組織的・政治的関係が、政権獲得後の党・国家関係や政党間競争にも影響を及ぼしてきた。また、アフリカにおける一党優位の持続は、与党側の優位だけでなく、政党システムの構造や野党側の競争能力からも捉える必要がある[14]。
これに対して、独立以来のBDPによる長期政権については、初代大統領セレツェ・カーマ(Seretse Khama)が有した歴史的・社会的正統性、ダイヤモンド収入を背景とした経済成長と公共政策、さらに国家資源へのアクセスをめぐる与野党間の資源格差や、野党の組織的分裂など、複数の要因が指摘されている[15]。こうした一党優位体制が、2024年の選挙を通じてどのような変化を示したのか。以下、南アフリカ、ボツワナ、ナミビアの順に、2024年選挙の結果とその背景を具体的にみていく。
3.2024年選挙にみる一党優位の動揺
(1)南アフリカ―過半数割れと国民統合政府(GNU)の発足
2024年5月29日に実施された国民議会選挙において、ANCの得票率は40.18%で、2019年の57.50%から大幅に低下した[16]。その結果、国民議会では400議席中159議席にとどまり、2019年の230議席から議席数を大きく減らすこととなった。これは、1994年の民主化以降初めて、いずれの政党も議会で単独過半数を確保できない選挙となった。ANCの支持基盤の縮小は、以前から指摘されており、2016年の地方選挙では、ANCは全国で53.91%の得票率を得た一方、8つの大都市自治体のうち4自治体で得票率が50%を下回った[17]。その後の2021年地方選挙においては、ANCが過半数を確保できた大都市自治体は2つだけであり、地方選挙全体での得票率も45.59%まで低下していた[18]。
今回の選挙を前に、ANCの単独過半数維持は不透明で、得票率40%台前半あるいはそれ以下まで低下した場合、主要政党との連携が必要になると予想されていた[19]。こうした選挙情勢を背景として、最大野党の民主同盟(Democratic Alliance: DA)は他の野党との連携を進め、2023年8月に「Multi-Party Charter for South Africa(複数政党憲章)」と呼ばれる選挙前協定を締結し、ANCに対抗する体制を整えた[20]。
他の野党の動きとして、ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)元大統領が率いる民族の槍(uMkhonto weSizwe: MK)の躍進も目立った。2018年に大統領職を辞任したズマは、その後ラマポーザ(Cyril Ramaphosa)政権との対立を深めていた。2023年にズマの支持勢力を中心に結成されたMKに対し、同年12月にズマが公に支持を表明すると、同党はANCから離れた党員や支持者の一部を取り込みながら勢力を拡大していった。これに対して、ANCはMKの政党登録に異議を申し立て、取り消しを求めたが、選挙裁判所は2024年3月26日にこの申し立てを退けた[21]。選挙では、全国で得票率14.58%、58議席を獲得して第3党となったが、なかでもズマの政治的基盤であるクワズール・ナタール州では大きく支持を伸ばし、ANCに代わって第1党となった[22]。同州議会選挙でもMKは、80議席中37議席を獲得したものの単独過半数には及ばず、選挙後にはANC、DA、インカタ自由党(Inkatha Freedom Party: IFP)、国民自由党(National Freedom Party: NFP)による連携のもとで州政府が形成され、MKは州政権に加わらなかった[23]。
南アフリカでは、2008年のムベキ(Thabo Mbeki)支持派を中心にした人民会議(COPE)、2013年のジュリアス・マレマ(Julius Malema)率いる経済的自由戦士(EFF)の設立など、ANCから離脱した政治家による新党結成がこれまでにもみられた。比例代表制のもとでは、新党であっても一定の全国的支持や特定地域の支持基盤があれば議席獲得が可能である。そのため、MKの登場も、ANC内部からの分裂を通じて南アフリカの政党政治が多元化してきた過程の延長として捉えられる[24]。
選挙の結果、単独過半数に届かなかったANCは、DAやIFPなど複数の政党との協力による国民統合政府(GNU)の形成を選択し、ラマポーザが大統領に再選された。これにより、1994年以来続いてきたANCの単独過半数を前提とする政権運営は終わり、複数政党による政権運営へと移行した[25]。このANCの後退を、従来の支持層が既存の野党へ移動した結果としてのみ捉えることはできない。クワズール・ナタール州では、ANCが2019年選挙で過半数を獲得していたが、今回約17%まで後退する一方、MKが約46%を獲得して第1党となった。ANC自身も選挙後、MKの登場を、行政サービスに対する有権者の不満や低投票率とともに、過半数喪失の要因の一つに挙げている[26]。
この点から見れば、ANCの大敗は、単純に与党から既存野党へ支持が移った結果ではなく、ANC内部やその周辺で進んできた離反や分裂が、新たな政党間の競争につながった結果という側面をもつ。今回の選挙は、ANCによる一党優位を大きく動揺させるとともに、これまでのANC中心の南アフリカ政党政治が、より多元的な競争へと再編されつつあることを示したと考えられる。
(2)ボツワナ―独立以来初の政権交代
同じ2024年、10月30日に投票が行われたボツワナの国民議会選挙では、さらに劇的な政治的変化が生じた。独立前年の1965年の立法議会選挙以来、政権を維持してきたボツワナ民主党(Botswana Democratic Party: BDP)は大敗し、野党連合「民主改革のためのアンブレラ」(Umbrella for Democratic Change: UDC)が、直接選挙で争われた61議席のうち36議席を獲得して単独過半数を確保した。このほか、ボツワナ会議党(Botswana Congress Party: BCP)が15議席、ボツワナ愛国戦線(Botswana Patriotic Front: BPF)が5議席、無所属が1議席を獲得した[27]。一方、BDPは2019年の38議席からわずか4議席へと急減した[28]。
こうした各党の議席数の差は、有権者の支持の差をそのまま反映したものではなく、全国得票率をみると、UDCが約37%、BDPが約30%、BCPが約21%、BPFが約8%であった[29]。したがって、BDPは依然として全国で約3割の票を獲得しており、4議席という結果のみでその支持基盤の縮小を評価することには注意が必要である。2024年選挙はBDPからの大幅な支持離れを示した一方、議席数の壊滅的な減少には、小選挙区制の下で生じた得票率と議席率の大きな乖離も影響していた。
選挙結果を受けて、マシシ大統領(Mokgweetsi Masisi)は11月1日、BDPの敗北を認め、UDC党首ドゥマ・ボコ(Duma Boko)に電話して祝意を伝えたことを明らかにした[30]。また、国民の意思を尊重し、新政権への速やかな権限移譲を行う意向も示した[31]。これにより、ボコは第6代大統領に就任し、独立以来58年間続いてきたBDP政権から初めての政権交代が実現した[32]。長期政権を維持してきた与党が選挙で大敗したにもかかわらず、現職大統領が結果を受け入れ、平和的な権限移譲が行われたことは重要な特徴の一つである。
BDPの歴史的大敗の背景としては、まず経済状況の悪化が挙げられる。ボツワナはダイヤモンド産業を基盤として経済発展を遂げてきたが、その経済は国際的なダイヤモンド市場の動向に左右されやすい。IMFによれば、実質GDP成長率は2022年の5.5%から2023年には2.7%へ低下していたが、世界的な原石ダイヤモンド需要の低下に伴う採掘や取引活動の縮小により、2024年にはさらに1.0%まで減速すると予測されていた[33]。
選挙前の世論調査では、経済問題のなかでも特に雇用が大きな関心事となっていた。2024年10月のアフロバロメーター(Afrobarometer)調査では、政府が取り組むべき最重要課題の一つとして「失業」を挙げた回答者は59%にのぼり、医療(29%)、犯罪・治安(20%)、貧困(14%)を大きく上回った。なかでも18~35歳では、その割合は66%に達した[34]。同様の傾向は2022年の調査にもみられ、同年齢層の60%が無職で仕事を探していると回答する一方、政府の雇用創出への取り組みを肯定的に評価したのは14%にすぎなかった[35]。これらの調査結果からは、若年層を中心として雇用問題への強い懸念と政府の対応への低評価が選挙以前から存在していたことがわかる。こうした雇用に対する不満がすでに存在するなかで、ダイヤモンド市場の低迷による景気減速が進んだことは、BDPにとって大きな逆風となった。
経済状況に加えて、BDP自身の組織上の問題も無視できない。BDPではマシシの党首就任後に党内対立が続き、2019年選挙で重要な役割を担った党幹部の一部が周縁化された。経験豊富な党幹部の離脱によって草の根の有権者との接点が弱まり、広報やSNSを通じた働きかけでも野党に後れを取ったとの指摘がある[36]。もともと、BDPに親近感をもつ有権者の割合は、2000年代初頭の約半数から2020年代には約5分の1まで低下しており、支持基盤の縮小が長期的に進行していた[37]。2024年の敗北は、長期的に進んでいたBDPの支持基盤の縮小に、経済状況の悪化や党内対立が重なった結果と考えられる。
BDPから離れた票を実際の政権交代につなげるうえで、野党側の動きも重要であった。UDCは2012年に結成され、複数の野党勢力を結集することでBDPに対抗してきた。今回の選挙では、BCPがUDCから離脱していたため野党が完全に一本化されていたわけではなかったが、UDCを中心とする野党勢力はSNSを積極的に活用し、若年層や遠隔地を含む有権者への働きかけを強めた。また、与党ほどの資源を有していなかったものの、過去の選挙以上に組織的な選挙運動を展開し、経済成長や雇用創出、民主主義の回復などを主要な争点として掲げたことも功を奏した[38]。UDCの勝利はBDPへの不満だけでなく、そうした不満を実際の投票行動へと結び付ける選挙運動を展開できたことにあった。
以上から、ボツワナで初めて政権交代が実現した背景を、選挙直前の情勢だけでは説明できない。BDPへの支持は以前から低下しており、そこに経済状況の悪化や党内問題が重なった。同時に、UDCが政権への不満を自分たちへの支持に結びつけるだけの競争力を備えていたことも、政権交代を可能にした条件であった[39]。
(3)ナミビア―与党優位のなかの浸食
2024年11月27日に実施された大統領選挙・国民議会選挙では、SWAPOのネトゥンボ・ナンディ=ンダイトワ(Netumbo Nandi-Ndaitwah)が大統領選挙で58.07%を獲得し、ナミビア初の女性大統領となった。しかし、国民議会選挙では、SWAPOの得票率は53.38%にとどまり、議席数も2019年の63議席から51議席へ減少した。これに対して、新興野党の独立変革愛国党(Independent Patriots for Change: IPC)は20.21%を獲得して20議席を得て第2党に躍進した。アファーマティブ・リポジショニング(Affirmative Repositioning: AR)も6.61%・7議席を獲得して第3党となった一方、従来の野党第一党であった人民民主運動(Popular Democratic Movement: PDM)は5.48%、5議席まで後退した[40]。
SWAPOの支持低下には、長期政権に対する不満とともに、若年層を中心とする有権者の社会的・経済的要求の変化が関係している。独立闘争を主導したSWAPOは、独立後もその歴史的正統性と全国的な党組織を基盤として政権を維持してきた。しかし、独立闘争を直接経験していない世代が有権者の中心となるにつれ、歴史的正統性が投票行動に及ぼす影響も弱まりつつある。2019年選挙の時点で、SWAPOは国民議会で議席の3分の2を確保できず、大統領選挙でもハーゲ・ガインゴブ(Hage Geingob)の得票率が2014年の87%から56%へ大幅に低下していた。つまり、2024年選挙以前からその支持基盤の弱体化が表面化していた[41]。その背景には、政府の雇用対策に対する若年層の強い不満がある。アフロバロメーターの調査では、18~35歳の回答者の44%が求職中であり、64%が政府に対応を求める重要課題の一つとして失業を挙げていた[42]。さらに、2024年に公表された別の調査では、政府の腐敗対策を低く評価した回答者が76%に達しており、フィッシュロット事件[43]に象徴される汚職問題と経済問題など、長期政権に対する不満が蓄積していた[44]。
地域別の投票結果をみても、SWAPOの支持基盤の変化は明らかである。国民議会選挙における得票率は、2014年の約80%から2019年の約65%、2024年には53%へと低下した。首都ウィントフック(Windhoek)を含むコーマス州(Khomas)では、2014年には都市部の9選挙区中8選挙区でSWAPOが3分の2以上を得票していたが、2024年にはウィントフックの選挙区のうち2選挙区を除いて過半数を割り込んだ。港湾都市ウォルビスベイ(Walvis Bay)やスワコプムント(Swakopmund)のあるエロンゴ州(Erongo)でも、すべての選挙区で得票率が40%を下回った。支持率の低下は都市部だけでなく、伝統的な支持基盤である北中部のオシャナ(Oshana)、オシコト(Oshikoto)、オハングウェナ(Ohangwena)、オムサティ(Omusati)でも平均得票率は69%まで低下し、SWAPOの全国得票に占める同地域の比重も低下している[45]。
ただし、SWAPOから離れた票が特定の野党に集まっているわけではない。第2党となったIPCも単独で過半数を獲得した選挙区はなく、党首パンドゥレニ・イトゥラ(Panduleni Itula)の大統領選得票率も2019年の29.4%から2024年には25.84%へ低下した。2019年に16.65%を得票したPDMは、2024年には5.48%まで後退した。SWAPOへの支持が低下する一方で、その受け皿の中心となる野党は固定されていない[46]。
11月27日の投票では、投票用紙の不足や有権者確認機器の不具合などによって一部の有権者が投票できず、投票期間が30日まで延長された。IPCなど野党側は延長措置の合法性を争い、大統領選挙の無効を求めて最高裁判所に提訴した。しかし、2025年2月、最高裁判所は大統領による投票期間の延長を適法と判断するとともに、延長対象となった36投票所についてもSWAPOを有利にする差別的措置ではなかったとして、異議申立てを棄却した[47]。
それでもSWAPOは国民議会で単独過半数を維持し、大統領選挙でもナンディ=ンダイトワが過半数を確保した。この点は、ANCが国民議会で単独過半数を失った南アフリカや、BDPが政権から転落したボツワナとは異なる。ナミビアにおいて、2024年選挙はSWAPO支配の終焉を意味するものではなかったが、支持基盤の縮小は都市部から従来の中核的な支持地域にまで広がっている。都市化や世代交代、社会経済的不満を背景として、独立以来続いてきた一党優位体制の社会的・地域的基盤は徐々に侵食されつつあると考えられる。
4.3カ国の比較
3カ国では、与党の後退という共通した傾向がみられる一方、その変化の程度には明確な差異が存在する。各国の長期与党の得票率の推移を示したのが表1である。前回選挙から2024年選挙までの得票率の変化をみると、低下幅が最も大きかったのはボツワナのBDPであり、2019年の52.65%から2024年には30.47%へと22.18ポイント低下した。

注:得票率はいずれも国民議会選挙における各党の全国得票率。
ボツワナでは、1966年の独立以来政権を維持してきたBDPが敗北し、UDCへの政権交代が実現した。3カ国のなかでは最も大きな政治的変化である。南アフリカでも、ANCが国民議会で初めて単独過半数を失い、複数政党による政権運営へと移行した。他方、ナミビアではSWAPOが大統領職と国民議会の過半数を維持したものの、その得票率は低下しており、長期支配を支えてきた支持基盤の縮小がみられた。2024年選挙がもたらした変化は、ボツワナではBDPの長期政権の終焉(政権交代)、南アフリカではANCの一党優位体制の動揺、ナミビアではSWAPO支配の漸進的な弱体化という、それぞれ異なる形で現れた。
その一方で、3カ国には共通する背景もみられる。各国で程度や現れ方は異なるものの、高い失業率をはじめとする経済・社会状況への不満や汚職、ガバナンスに対する不信は、長期与党への支持を弱める要因となった。また、独立や解放闘争を直接経験していない若年世代の比重が高まるなかで、長期与党が歴史的に保持してきた正統性だけでは支持を維持することは以前より難しくなっている。さらに、野党側の再編や新たな政治勢力の登場も、与党から離れた票の行方を左右した。ただし、その結果は同じではない。ボツワナでは政権交代にまで至ったのに対して、南アフリカとナミビアでは長期与党の後退が確認されながらも、政権交代には至らなかった。
この違いは、先に整理した長期与党支配の維持と動揺をめぐる理論的枠組みからも説明できる。ボツワナでは、ダイヤモンド産業への依存度が高い経済構造のもと、需要低迷に伴う経済状況の悪化や失業問題によって、BDP支配を長く支えてきた経済実績に対する評価が低下した。こうした状況に加えて、UDCを中心とする野党勢力が政権への不満を受け止める組織的な受け皿を形成したことで、与党からの支持離れが実際の政権交代につながった。この点は、長期与党の支配を支える資源上の優位と野党の競争力との関係に着目するグリーンの議論とも、一定の整合性をもつ[49]。
これに対して南アフリカでは、電力危機や失業、汚職をめぐる不信などによってANCへの支持は大きく低下したものの、ANCが解放闘争を主導したという歴史的正統性と組織的基盤が完全に失われたわけではない。また、ANCから離れた票もDAやMKをはじめとする複数の政党に分散した。そのため、ANCは単独過半数を失ったものの、最大政党として政権形成の中心にとどまった。ナミビアでも同様に、都市部や若年層を中心としてSWAPOからの支持離れが進んだ一方、独立を実現した政党としての歴史的正統性と地域的支持基盤はなお一定の強さを保持している。さらに、野党側にはSWAPOから離れた有権者の支持を集約できる単一の政治勢力が形成されておらず、こうした要因が変化を支持基盤の「浸食」の段階にとどめている。
3カ国を比較する際には、長期与党がどの程度後退したのかだけでなく、その過程がどのような制度のもとで進んだのかにも注目する必要がある。いずれの国でも、選挙制度そのものが機能不全に陥ったわけではなく、与党の敗北や後退をめぐる政治的対立は、選挙や司法の制度的手続きのなかで処理された。ボツワナでは、マシシ大統領が選挙結果の判明後速やかに敗北を認め、BDPからUDCへの平和的な政権交代が実現した。南アフリカでは、ANCがMKの政党登録の適法性を争ったものの、選挙裁判所はその申し立てを退けた。ナミビアでも、投票期間の延長などをめぐる異議申立てが司法手続きによって審理され、最高裁判所は大統領選挙を無効とする申し立てを退けた。これらの点から、長期与党の後退が進むなかでも、選挙結果やそれをめぐる政治的対立を制度的手続きによって処理する枠組みは、3カ国ともに維持されていたと評価できる。
以上から、2024年の3カ国の選挙は、南部アフリカの一党優位体制が一様に崩壊したことを示すものではない。むしろ、経済・社会構造の変化や世代交代を背景として、解放・独立を担った政党あるいは長期支配政党の政治的優位が共通して弱まりながらも、その結果には、各国における与党の歴史的正統性、組織的・資源的基盤、さらに野党が与党から離れた支持を集約する能力が大きく関わっていた。
また、こうした一党優位体制の動揺を、そのまま民主主義の後退として捉えることも適切ではない。長期与党が選挙によって敗北し、あるいは単独過半数を失うことで政党間競争が拡大していることは、選挙を通じて政権担当者を統制する垂直的アカウンタビリティが機能した結果とみることができる。また、選挙をめぐる政治的対立が司法を含む制度的手続きによって処理されたことは、選挙をめぐる紛争処理において、水平的アカウンタビリティの制度的枠組みが機能していたことを示している。少なくとも政党間競争とアカウンタビリティという観点からみれば、3カ国で進んだ一党優位体制の動揺は、民主主義の深化につながる側面をもっている。
ただし、この変化を民主主義の一方向的な深化とみることにも慎重である必要がある。一党優位体制を動揺させた経済停滞、高い失業率、不平等などの社会経済的問題は、既存の政治制度や政府に対する不満を高め、民主主義の安定性を損なう要因ともなりうる。また、汚職や行政機能への不信に加え、南アフリカで以前から問題となっている外国人排斥など、民主主義の質を損ない、将来的な民主主義の後退につながりうる要因も存在している。したがって、3カ国で生じている変化は、単純な「民主化」あるいは「民主主義の後退」のいずれかとして理解するよりも、政治的競争とアカウンタビリティの強化という民主主義の深化が進む一方で、その質を低下させ、将来的な後退につながりうる要因も併存する過程として捉える必要がある。
おわりに
2024年の南アフリカ、ボツワナ、ナミビアの選挙は、一見すると世界的な民主主義の後退傾向とは逆方向の変化を示した。民主主義の後退をめぐる議論の多くでは、選挙の競争性が損なわれ、現職や与党の優位が固定化されることが重要な問題の一つとして指摘されてきた。3カ国の事例は、長期間続いた与党優位が、選挙を通じて相次いで揺らいだものである。その背景には各国固有の事情に加えて、失業や物価高騰に対する不満、汚職、ガバナンスへの不信、独立や解放闘争の記憶を共有しない世代への交代、受け皿となる野党の再編など、他の民主主義諸国にもみられる政治的・社会的課題が存在している。その意味で、3カ国で生じた変化は、南部アフリカに固有の現象としてのみ捉えるのではなく、長期与党の正統性がどのような条件のもとで弱まり、それが政治的優位の後退や政権交代にどのように結びつくのかという、より広い問いのなかに位置づける必要がある。
他方で、一党優位体制の動揺によって生じた政治的競争の拡大が、そのまま民主主義の質的な向上につながるとは限らない。ボツワナでは、政権交代を実現したUDCが、厳しい経済・財政状況のもとで有権者の期待に応える統治を実現できるかが問われる。南アフリカでは、ANCが単独過半数を失ったことで成立したGNUが、参加政党間の政策的相違を調整しながら安定した政権運営を維持できるかが課題となる。ナミビアでも、SWAPOは政権を維持したものの、都市部や若年層を中心とする支持基盤の縮小という構造的な課題に直面している。政権交代が起きた国でも、起きなかった国でも、有権者の不満を生んだ経済・社会的条件そのものは残されている。2024年の選挙が示したのは、長期与党への支持がもはや固定的ではないという事実である。その変化が民主主義の安定や統治の改善につながるかは、今後の動向をみる必要がある。
3カ国の事例が示すのは、長期与党への支持が永続的なものではないという事実である。その動揺が政権交代や競争の拡大に結びつくかどうかは、与党の組織的基盤や野党の競争力、経済・社会状況など、各国の政治的条件に左右される。一党優位体制の後退そのものではなく、その後にどのような競争と統治が形成されるのかが、各国の民主主義の行方を決めることになる。
粒良麻知子「ボツワナの2024年総選挙と初の政権交代」『アフリカレポート』第64号、2026年、22頁。
2024年に南アフリカ、ボツワナ、ナミビアで相次いで実施された選挙は、独立・民主化以来数十年にわたり一党優位体制が続いてきたこの3カ国において、与党が軒並み得票率を大きく減らす結果となった。南アフリカのアフリカ民族会議(ANC)は1994年の民主化以来初めて過半数を割り込み、ボツワナのボツワナ民主党(BDP)は独立以来58年間保持してきた政権の座を失った。ナミビアの南西アフリカ人民機構(SWAPO)も国民議会で過半数を維持したものの、議席を大きく減らした。
世界的にみれば、2020年代の民主主義は後退局面にある。V-Dem研究所が2026年3月に公表した最新の報告書は、2025年末時点で世界に92の権威主義体制と87の民主主義体制が存在し、世界人口の74%(60億人)が権威主義体制のもとで暮らしている[1]。V-Demの分類では、権威主義体制の数が民主主義体制の数を上回っており、サハラ以南アフリカもこうした世界的傾向の例外ではない。しかし、同報告書は、ボツワナを2025年に新たに確認された「Uターン(U-turn)」型の民主化事例の一つとして位置づけている[2]。
世界的に民主主義の後退が進むなかで、なぜ南部アフリカのこの3カ国では、長期にわたって維持されてきた一党優位が相次いで動揺したのか。本稿では、民主主義の後退論とアフリカにおける一党優位政党論を手がかりに、2024年の3カ国の選挙結果とその背景を比較する。そのうえで、一党優位が動揺した要因を明らかにするとともに、こうした変化が南部アフリカの民主主義にどのような意味を持つのかを検討する。