第379回国際政経懇話会
中国外交と日中関係の展望
2026年7月14日(火曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
第379回国際政経懇話会は、青山瑠妙早稲田大学教授・現代中国研究所所長を講師に迎え、「中国外交と日中関係の展望」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
1.日 時:2026年7月14日(金)17時から18時まで
2.開催方法:オンライン形式(ZOOMウェビナー)
3.テーマ:中国外交と日中関係の展望
4.講 師: 青山瑠妙 早稲田大学教授・現代中国研究所所長/グローバル・フォーラム有識者メンバー
5.出席者:22名
6.講師講話概要:「中国外交と日中関係の展望」
(1)激変する国際情勢と中国外交の位置付け
現在の中国外交を理解するためには、急速に変化する国際秩序全体を俯瞰する視点が不可欠である。近年の国際政治では、中国の急速な台頭によりパワーバランスが大きく変化しているほか、第4次産業革命の進展に伴い、データが「新しい石油」と称されるように、経済と安全保障を切り離して考えることはできない。また、グローバル化によって形成された相互依存関係は、近年では経済制裁や輸出管理などを通じて国家間競争の手段として利用されるようになり、経済安全保障が各国の外交政策の中心課題となっている。こうした環境の変化を背景として、国家が産業政策を通じて戦略産業を保護・育成する動きも強まっており、戦後国際秩序は大きな転換点を迎えているのだ。
(2) 米中戦略競争と中国の対外姿勢
現在の中国外交の中心には、アメリカとの戦略的競争がある。2026年5月14日から15日に開催された米中首脳会談では、中国は従来以上に自信を示す姿勢を打ち出した。中国は「G2」概念をアメリカ側の議論として捉え、中国の台頭とアメリカの相対的な衰退を前提とした新たな国際秩序の構図を作り出している。そこでは、従来の地理的勢力圏ではなく、中国とアメリカという二つの大国が世界を管理する主体となるとの発想が背景にあり、中国の外交姿勢には国力への強い自信が表れている。また、2026年9月には習近平国家主席の訪米が予定されており、今後の米中関係を占う重要な外交日程として注目される。軍事面でも、中国は能力向上を急速に進めている。2026年7月6日に実施された潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験は、中国が核抑止力の近代化を進める一環として位置付けられる。現時点では第二撃能力を含め依然としてアメリカには及ばないものの、中国はここ数十年で飛躍的な軍事力向上を実現しており、長期的にはアメリカと対等な戦略的地位を確立することを目指している。さらに、インド太平洋地域では、多国間共同演習やオーストラリアによる太平洋地域での防衛協力の強化など、安全保障面での連携が進展している。NATO首脳会議ではルッテ事務総長がSLBMの問題を軽視できないとの認識を示し、欧州大西洋地域とインド太平洋地域で同時多発的な危機が発生する可能性への懸念を表明した。中国を取り巻く問題はもはやアジア地域だけの課題ではなく、欧州を含めたグローバルな安全保障課題となっているのだ。
(3)経済安全保障時代の対中政策
経済分野においても、中国をめぐる政策は大きく転換している。従来の自由貿易を前提としたグローバル化から脱却し、経済安全保障を重視する政策へと各国が移行している。その背景として、第一次トランプ政権で通商代表を務めたロバート・ライトハイザーは、中国の過剰生産能力が国家補助金によって支えられ、不公正なダンピングを引き起こしていると批判し、中国製品への規制強化を主張した。また、バイデン政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジェイク・サリバンは、「Small Yard, High Fence」という考え方を提示し、安全保障上重要な先端技術分野のみを重点的に保護する政策を推進した。さらに、エドワード・フィッシュマンらが提唱する「チョークポイント戦略」では、重要鉱物、電池、宇宙、防衛産業など、中国が必要とする分野で同盟国間の連携を強化することが重視されている。日本とEUも重要鉱物、防衛産業、宇宙、電池分野で協力を強化しており、中国との全面的なデカップリングではなく、戦略物資を中心にリスクを管理する方向へと政策を転換している。
(4)中国の対外政策と外交戦略
中国の対外政策は「周辺諸国」「EU」「グローバル・サウス」の三つを柱として展開されている。周辺外交では、中国・ASEAN自由貿易協定(FTA)3.0の推進が重要な柱となっている。同協定では、デジタル経済、グリーンエコノミー、インフラ整備を中心に協力を拡大し、幅広い分野で経済統合を進めている。EUとの関係では、外国補助金規則(FSR)、外国直接投資審査制度、産業加速法案など、中国企業への規制を強化する動きが進んでいる。一方で、ブリュッセルでは官僚級の貿易協議も継続されており、競争と協力を並行して進める姿勢が見られる。また、中東情勢では米国とイランの衝突を受け、「結果として利益を得るのは中国ではないか」との見方もある。さらに、これまで関係が悪化していたオーストラリアやカナダの首相が相次いで訪中するなど、中国との関係改善を模索する動きも見られ、中国の外交的影響力が拡大していることが見てとれる。
(5)中国国内政治・経済の現状
国内政治については、軍上層部の人事をはじめとする動きを踏まえ、習近平政権の権力基盤が依然として安定しているのか、また台湾政策へどのような影響を及ぼすのかが重要な論点となる。経済面では、不動産市場の低迷や消費マインドの停滞、国際情勢の不確実性、短期的な失業問題、長期的な少子高齢化と労働力不足など、多くの課題を抱えている。一方で、中国はEV、バッテリー、ソーラーパネルなどのグリーン産業で世界をリードしているほか、半導体、人工知能、バイオテクノロジー、宇宙開発など先端産業への投資を積極的に進めている。第15次五か年計画では、伝統産業の高度化に加え、戦略的新興産業と未来産業の育成が重点政策として掲げられている。特に2023年以降は、次世代通信、人工知能、バイオテクノロジー、新素材など15分野を重点産業に指定し、2024年には製造、情報、材料、エネルギー、宇宙、ヘルスケアの六分野を中心とする未来産業育成政策を打ち出した。中国は多くの構造的課題を抱えながらも、依然として技術革新を成長の原動力として位置付けている。
(6)日中関係の展望
最後に、日中関係は「戦後最も厳しく複雑な状況」にあると言える。中国とロシアの関係強化、北朝鮮の核・ミサイル開発、台湾海峡情勢、南シナ海をめぐる対立など、安全保障環境は一層不安定化している。その一方で、日本国内の政権運営も日中関係に大きな影響を与える可能性がある。APECに向けて関係改善の余地がある一方、両国関係が好転しない可能性も否定できない。こうした不確実な国際環境のなかでは、安全保障上の警戒を維持しながらも、中国との対話や経済関係を適切に管理する現実的な外交が、日本にとってこれまで以上に重要になる。
(文責、在事務局)